第3話【七魔法王】
『世界創造の根幹となる7人の魔女・魔法使い――偉大なる彼らを七魔法王と呼称する。
世界を形作ったとされる七魔法王は現在でも世界に対する絶対的な発言力と権力を有し、魔女・魔法使いから神々よりも崇拝される存在である。
彼らは7人の叡智を集結させ、魔女・魔法使い専門の教育機関を作った。
それが唯一無二の名門魔法学校――ヴァラール魔法学院である』
黄ばんだ頁に視線を走らせるショウは、その文章の中にたびたび出てくる固有の名称を口にする。
「七魔法王……」
この書籍によれば、世界を形作ったとされる最も古い魔女・魔法使いらしい。その偉大さは神々さえも上回り、魔女・魔法使いからは現在でも畏敬の念を抱かれる存在なのだとか。
彼らは後世に優秀な魔女・魔法使いを遺そうと考え、7人の叡智を結集させてヴァラール魔法学院を創設した。この名門魔法学校が本当の意味で名門と呼ばれるのは、ひとえに七魔法王が関係しているのも要因の1つだろう。
立ち読みの状態で随分と真剣に本を読み込んでいたらしい、ショウは唐突に肩を叩かれて「ひゃあッ!?」と変な声を上げてしまった。
「ショウちゃン♪ お茶が入ったから座って読みましょうネ♪」
「あ、アイゼルネさん……ありがとうございます」
橙色の南瓜を被った豊満な体つきの美女――アイゼルネに促されて、ショウは用務員室の隅にある長椅子に腰掛けた。
長椅子の前に設置された脚の低い机に、アイゼルネが入れたばかりの紅茶を置く。読書の邪魔にならないよう配慮してくれたのか、彼女は特に何も言わなかった。
ユフィーリアの机にあった本なので、汚す訳にはいかない。紅茶を飲む際は細心の注意を払いながら、黄ばんだ頁に視線を落とした。
『七魔法王の役割は次の通りである。
第一席【世界創生】は世界を作り出した始まりを司る魔法使い。
第二席【世界監視】は第一席が作り出した世界が正常に動くことを監視する魔法使い。
第三席【世界法律】は第一席が作り出した世界に、秩序を齎す為の規律を制定する魔女。
第四席【世界抑止】は第三席が敷いた規律に異議を唱える暴徒を抑え込む魔法使い。
第五席【世界防衛】は第一席が作り出した世界を、未曾有の危機から防衛する役割を担う魔法使い。
第六席【世界治癒】は第一席が作り出した世界が深く損傷した場合、それを治癒する役目を負う魔女。
最後の第七席【世界終焉】は、規律に異議を唱える暴徒で溢れ、世界の損傷が深すぎて手に負えないと他の七魔法王が判断した場合、第一席が作り出した世界に終わりを与える存在』
黄ばんだ頁には七魔法王の役割が簡潔に記されており、その詳細については他の頁に記されているようだ。
目次を参照にして第一席【世界創生】から詳細を読み込んでいくが、他の七魔法王はどんな魔女や魔法使いであり、その性格や嗜好など実際に本人から聞いたのかとばかりに記載がある。
なのに、最後の第七席【世界終焉】だけは記述がほとんどない。黄ばんだ頁に並んだ文章は、ひどく簡潔だ。
『第七席【世界終焉】は、あらゆる情報が欠落している。他の七魔法王も詳細については知らないようだ。
性別は男であり、女であると推測。
冒頭には性別が不明であるので「存在」と表現したが、実際のところはやはり不明。
世界に終わりを与える存在だからか、それを認識する人物はいないようだ。
ただし、対をなす魔法使いである第一席【世界創生】が言うには次の通りだ。
――鋏は「終わり」の証であり、また黒衣は終焉を示すものである』
それだけの文章で、第七席【世界終焉】の記述は終わった。
「短すぎる……」
この第七席【世界終焉】とは、徹底して情報をひた隠しにした存在らしい。性別すらも掴めないとは驚きだ。
静かに本を閉じたショウは、アイゼルネが入れた紅茶のカップに手を伸ばす。
ふわりと鼻孔をくすぐる花の香り。カップの中に満たされた飴色の液体を口に含めば、ほっと安心できる味が舌の上に広がる。
(――いや、待て)
紅茶を飲みながら、ショウはふと思い出す。
(ヴァラール魔法学院を作り出したのは、七魔法王と書かれていた)
この書籍によると、ヴァラール魔法学院を作り出したのは七魔法王という魔女や魔法使いにとって神々よりも畏敬の念を抱かれる7人の魔女・魔法使いらしい。
しかし以前、ユフィーリアからこういう話を聞いたことがある。
おしゃべり草と呼ばれる魔法植物から「7番目の魔女」と呼称され、それはヴァラール魔法学院の創設に関わる順番だと説明を受けた。ユフィーリアは7番目に名乗りを上げたから、7番目の魔女だと。
それはつまり、この第七席【世界終焉】だから「7番目の魔女」と呼ばれていたのでは?
「ショウちゃん、大丈夫!?」
「ハルさん」
用務員の先輩であるハルアが隣に座り、ショウに「思い詰めたような表情だったから!!」と言う。どうやら真剣に悩んでいると思い込まれたらしい。
そうだ、とショウは思いつく。
望み薄かもしれないが、ハルアはショウよりも用務員としての勤務歴が長い。ショウよりもユフィーリアについて知っているかもしれない。
「ハルさんは、ユフィーリアについて何か知らないか?」
「ユーリについて!? 何で!?」
「花宴の際に、おしゃべり草から『7番目の魔女』と呼ばれていただろう。ユフィーリアは7番目に名乗りを上げたからだと言っていたが、実際にヴァラール魔法学院を創設したのは七魔法王と呼ばれる存在で……もしかしたら、ユフィーリアはこの七魔法王の1人なのではないかと思って」
ショウが訳を説明すると、ハルアは首を傾げた。
「知らないね!!」
「知らない?」
「お酒が好きなところとか、面白いことが大好きなことは知ってるよ!!」
「他には?」
「何も知らない!!」
ハルアは首を横に振り、
「誕生日も、過去に何をしていたのかも、オレは全部知らないよ。オレはユーリに助けてもらった身だから、あんまりユーリの過去には踏み込めないんだよね。ユーリも言いたくないみたいで」
「言いたくない……?」
あの世界で1番優しい魔女の過去を、彼女のあらゆる情報を、誰も知らないとは完全に想定外である。
この中で最も勤務歴が長いエドワードに同じような疑問をぶつけるが、やはり返ってきた答えは「知らないねぇ」だった。
同性のアイゼルネならばどうかと思ったが、やはり彼女も知らない様子だ。無言で首を横に振るだけだった。
「……もしかして、この世界は他人の過去に触れてはならないという規則でもあるのか?」
「それはないと思うけどねぇ。閲覧魔法なんてものがあるぐらいだしぃ」
ショウが提示した可能性を、エドワードが否定する。
用務員たちが抱えた疑問は共通していた。
主任であるユフィーリア・エイクトベルの知られざる過去を知りたい。教えてくれないのであれば、その理由が知りたい。
互いに顔を見合わせ、それから4人揃って頷いた。
「ユーリが戻ったら聞いてみようかぁ」
「そうだね!!」
「聞くのが1番よネ♪」
「ああ」
その時、用務員室の扉が開かれる。
「ただいまァ。あー、疲れた」
用務員室の扉を開けて、会議に出かけた銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが帰宅する。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、彼女は「退屈な会議だった」と欠伸をしながら言った。
用務員室の最奥に設置された主任の事務椅子に座ると、机の上に放置されたままになっていた紅茶のカップを手に取る。入れたばかりは冷たかったそれも、少し時間を置いた影響で温くなっていた。
「ユフィーリア」
「ああ、ショウ坊。今日の深夜の見回りってお前とハルだったっけ?」
ユフィーリアは紅茶を一気に飲み干してから、そんなことを言う。
「今日からしばらく深夜の見回りはやらなくていいぞ。お前らは先に寝てろ、アタシが1人でやるから」
「ユフィーリア、それは……」
貴女の負担になるのでは、という言葉は彼女の言葉によって遮られてしまう。
「大丈夫だって。最近は何かと物騒だしな、部下のお前らが怪我をするのは嫌だし」
空になった紅茶のカップを事務机に置き、ユフィーリアは隣の居住区画の扉に手をかける。
「そんな訳で、アタシは今から昼寝する。夕飯の時間帯になったら起こせよ」
じゃあな、と言い残して、ユフィーリアは居住区画に消えてしまう。
結局、質問は出来なかった。
いいや、質問をする隙さえ与えられなかった。最初からこの展開を知っていたかのように。
(ユフィーリア、貴女は……)
閉ざされた居住区画の扉を4人で見つめ、ショウは胸中で質問を投げかける。
(何者なんだ……?)
どうして、過去を話してくれないのだろう。
どうして、何も相談せずに問題を1人で解決しようとしてしまうのだろう。
ユフィーリアと、ショウたちとでどこか距離があるように思えた。




