第2話【創設者会議】
言い訳になるが、会議を忘れたのは故意ではない。
学院長からのお言葉は右から左に受け流すという規則でも作り上げてしまったのか、驚くほど記憶に残らないのだ。ショウに言われなければ、あのまま優雅に午後のお茶会をしていたに違いない。
それにしても、3時とは中途半端な時間帯に会議を設定したものである。せめて夜中だったらまだ出歩きやすかったのに。
「わざとじゃない、わざとじゃない、わざとじゃない。――よし」
会議に大幅な遅刻をしたユフィーリアは、自分に言い聞かせるように何度も「わざとじゃない」と唱えながら廊下を爆走していた。
会議にはただでさえ時間に厳しい連中が勢揃いするのに、遅刻をすれば何を言われるか分かったものではない。きっと非難が集中する。
特にグローリアに至っては「どうして遅刻してきたの!!」と文句を言いそうだ。朝食の時間帯に「ゴミ捨て行ってきてね」とばかりの気軽さで言ってきたものだから忘れるに決まっている。こういいことは何度か忠告するか、せめて何日か前に文書で知らせてほしいものだ。
無人の廊下を突っ走り、ユフィーリアはようやく学院長室の前まで辿り着いた。扉の向こう側は異様なまでに静まり返り、遅刻したユフィーリアのことを今か今かと待っているようだ。
「嫌だなァ……」
心底嫌そうな表情で、ユフィーリアは学院長室の扉を開ける。
「失礼しまー……」
細々とした入室の挨拶を掻き消さんばかりに、グローリアの悲鳴が耳を劈く。
「本当にあり得ないんだけど!! 君ってどういう味覚をしている訳!?」
「それは此方の台詞ですわ、学院長様。貴殿がこれほどつまらない男性とは思いませんでしたの」
学院長であるグローリアは、全身真っ赤な淑女と言い争いになっていた。
夕焼け空にも似た色鮮やかな赤い髪は肩口でバッサリと切られ、瞳の色も頭髪と同様の赤い色を帯びている。艶っぽい口元には真っ赤な紅を引き、鮮烈な印象を与える真っ赤なドレスが彼女の白い肌を際立たせる。
全身真っ赤な淑女の名前は、ルージュ・ロックハート。魔導書図書館の図書館司書を務める魔女であり、魔導書図書館にある蔵書の内容を一言一句漏らさず記憶しているという凄まじい記憶力を持っている。
ルージュは真っ赤な扇で口元を隠すと、
「ただのお紅茶では味に刺激がありませんわ。もう少し遊び心がほしいところですの。――それはもう、魔法学院最大級の問題児のように」
「だからと言って毒草を独自で混ぜ合わせてオリジナルの紅茶を作ったらダメなんだよ!! いいかい? 君の常識で人間は死ぬんだよ!!」
「わたくしが調合した毒草紅茶すら飲めないのでしたら、創設者に名を連ねることなど出来ませんのよ?」
そう言って、ルージュは綺麗なカップに口をつけて、優雅に紅茶を啜った。カップの中に満たされた液体は普通ではあり得ない紫色をしており、色々とまずい雰囲気が漂う。
常人であれば噴き出すことは確実とされているだろう怪しい色の紅茶を悠々と啜る彼女は、その不味さを理解していないのか。部屋の中を充満する悪い空気は、もしかしてこの紅茶が原因か。
ユフィーリアは早くも帰りたくなった。このまま扉を閉めたら許されないだろうか。
「ようやくいらっしゃいましたね、エイクトベル様!!」
「げ」
扉を閉めようとするユフィーリアの存在に気づいたのは、真っ白な修道服を身につけた少女である。
真っ白な頭巾から垂れ落ちる金髪はよく手入れが施され、新緑の如き緑色の双眸をキッと吊り上げて怒りを露わにする。男性受けしそうな愛らしい顔立ちには怒りの感情を浮かばせ、遅刻してきたユフィーリアに対して純粋に怒っている様子だった。
華奢な身体を真っ白い修道服に包み、細やかな胸元では磨き抜かれた十字架が揺れる。これだけで髑髏仮面をつけた神父とは対照的に見えるが、立場が違うので比較の対象にはならない。
彼女の名前はリリアンティア・ブリッツオール。ヴァラール魔法学院の保健医として働く聖女である。
「人違いです」
早々に目をつけられて退散しようとしたユフィーリアだが、リリアンティアに「待ちなさい!!」と呼び止められる。
「この時間帯の学院長室は人避けの魔法がかけられており、適用されないのは我々のみです。ここには貴女を除いた全員が揃っておりますので、最後の1人であるエイクトベル様以外に間違いありません」
「チクショウ、完全に逃げ道を塞いできやがった」
リリアンティアに正論で捩じ伏せられ、ユフィーリアは観念したように学院長室へ足を踏み入れる。
いつもの赤い絨毯が敷かれ、身分相応の瀟洒な調度品が置かれた広い執務室。壁際に聳え立つ本棚には小難しい魔導書が隙間なく詰め込まれ、同様に学院長の執務机にも魔導書が数冊ほど積み重ねられていた。
常日頃から呼び出されている見慣れた学院長室の風景だが、今回ばかりは事情が違う。学院長を含めた7人のヴァラール魔法学院創設者が集結しているのだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「グローリア、最後に来たぞ」
「ああ、よかった。君が最後に来ないと始まらないもんね」
不思議と遅刻したことに対する言及はなく、グローリアは立派な装丁の本を開く。
魔導書のようであり、魔導書ではない。
グローリアが広げるあの本は、ユフィーリアの煙管と同等の意味を持つ。分かりやすく言えば、彼はあの本を用いて魔法を使うのだ。
本の頁を指先でなぞれば、学院長室が闇に包まれる。
前後左右すら曖昧にする、黒く塗り潰された空間。
そこに浮かび上がるかの如く1から7までの番号が割り振られた椅子が、円形に設置される。誰がどの番号に座るのか、自然と理解できた。
「それでは全員、着席を」
ユフィーリアは7と番号が割り当てられた椅子に座り、その他もそれぞれの番号の椅子に座る。
最後にグローリアが、1と番号の割り当てられた椅子に座った。
真っ黒な空間の中に7人の魔女・魔法使いが集まり、これより会議が始まる。
「創設者会議――改め、七魔法王会議の開始を宣言する」
グローリアの開会の宣言で、会議は始まった。
☆
「まずは出席者を確認してからだね。第一席から順番に名前を」
グローリアが議長となり、まずは出席者の確認から行われる。実に丁寧なことだ。
「第一席、グローリア・イーストエンド」
「第二席、スカイ・エルクラシス」
2の番号が割り当てられた椅子に座るのは、副学院長のスカイである。彼の黒い長衣はこの空間の中にあると完全に溶け込んでしまい、まるで首だけが浮かんでいるようにも見える。
「第三席、ルージュ・ロックハート」
3の番号が割り当てられた椅子に座るのは、全身真っ赤な淑女のルージュだ。優雅に扇を揺らしながら、彼女は応じる。
「第四席代理、アズマ・キクガ」
4の番号が割り当てられた椅子には、髑髏仮面の神父ことキクガが座る。本来であれば冥王ザァトが担うべき場所だが、彼は冥王ザァトの第一補佐官だ。冥府から動けぬ身である彼が、腹心に委任するのは当然のことである。
「第五席、八雲夕凪」
5の番号が割り当てられた椅子には、9本の尾を持つ白狐の八雲夕凪が座った。ふさふさの尻尾を揺らす白い狐は、これから始まる話し合いを楽しそうに待ち構えている。
「第六席、リリアンティア・ブリッツオール」
6の番号の椅子には、純白の修道服を着た少女のリリアンティアが座った。膝まできちんと揃えてお行儀よく座る彼女は、グローリアの指示に異議を唱えることなく従う。
「第七席、ユフィーリア・エイクトベル」
そして最後の7の椅子には、ユフィーリアが座る。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、非常に面倒臭そうな態度でグローリアの指示に従った。どのみち逃げ場はないので、従う他はない。
グローリアは全員の出席を確認すると、
「それでは議題だけど、みんなはドゥンケルハイト監獄から3人の脱獄犯を出した事件を知っているかな?」
ユフィーリアを除いた5人が、知らないとばかりの反応を示す。
今朝の新聞を読んだユフィーリアは、3人の脱獄犯を出してしまった異常事態をちゃんと知っていた。まさかこの議題が会議の場に出るとは思わなかったが。
煙管を悠々と燻らせる銀髪の魔女に、ルージュが「ちょっと」と厳しめな視線を寄越してくる。
「話し合いの場ですのよ。気怠げな態度はよしなさいな」
「アタシはこの話題をちゃんと知ってんだよ。今朝の新聞を読んでねえのか」
ツンとした態度で返せば、ルージュは不機嫌そうにそっぽを向いた。言い負かされたことが彼女の矜持を傷つけただろうか。
「それで、その3人の脱獄犯なんだけど」
グローリアが口火を切ったところで1度は静かになるが、
「――どうやら、3人ともこの学院の中に生徒として紛れ込んでいるみたいなんだ」
衝撃的な発言で、再びその場がざわめいた。
これにはさすがのユフィーリアも驚きが隠せなかった。
ドゥンケルハイト監獄と言えば、主に終身刑を言い渡された囚人と死刑を言い渡された囚人を扱う監獄である。入れば2度と地上には出られないと囁かれ、実質その通りになっている場所だ。
そんな場所から逃げた3人の囚人は、最低でも終身刑程度の重い罪を背負った重罪人ということになる。そんなのがヴァラール魔法学院の内部に息を潜めているとは考えられない。
「全員を集めたのは他でもない、その脱獄した3人の囚人に厳しい処分を下してほしいと監獄長から文書にてお願いされた。この世界に於ける最も重い処分は、終焉以外にあり得ない」
そこで、とグローリアは朗らかに微笑んだ。
「学院に潜り込んだ3人の囚人に対する終焉の決議を、今この場で諮ろうと思う。賛成の人は挙手を」
「わたしは反対です」
グローリアの意見に異議を唱えたのは、真っ白な聖女のリリアンティアだ。
「終焉とは輪廻転生が通用しない、正真正銘の魂までの消滅を意味します。逃げ出した彼らにも反省を促せば、きっと改心して」
「甘い考えは止すのじゃ、聖女殿」
リリアンティアの言葉を遮って、八雲夕凪が口を開く。
「反省しとらんから逃げ出したのじゃろ。お主がどれだけ説法を垂れようと、脱獄犯には通用せんて」
「でも……」
「私も同感だと思うがね」
八雲夕凪の意見に賛同を示したのは、代理でこの場にいるキクガだった。
「当該人物が反省していない以上、これ以上の議論は無駄だと思うがね」
さすがに第四席代理と第五席から厳しい意見を貰ったリリアンティアは、悔しそうに顔を俯かせた。
純粋な少女である。話し合いで解決すれば、そもそもこの場にユフィーリアは必要ないのだ。
議長であるグローリアが「それでは採決を」と告げ、
「賛成の人」
第二席、第三席、第四席代理、第五席の4票を獲得。
「反対の人」
第六席のみが挙手をする。
結果は誰が見ても明らかとなった。
脱獄犯は反省の余地なしと判断され、この世界に於ける最も重い処分が適用される。身体の死のみではなく、魂さえも消滅させる正真正銘の『終わり』という刑罰。
「それでは、ユフィーリア。採決の結果、3人の脱獄犯に対する終焉の適用が認められた」
その刑罰を執行する処刑人は、
「生徒の中から脱獄犯を炙り出し、彼らに終焉を」
「――了解」
ユフィーリア・エイクトベル――すなわち、自分である。




