第4話【水風船(仮)】
「うーわ」
生徒が午後の授業真っ只中なので、暇を持て余したユフィーリアは在庫の管理をする運びとなった。
購買部の裏側に積まれた木箱を片っ端から開けて商品を確認し、商品棚の品物に追加していく。最初こそ文房具やお菓子などの食料品が多く見られたが、とある1つの木箱を開けたユフィーリアは中身を見て顔を顰めた。
一緒に在庫の管理をしていたエドワードが「どうしたのよぉ」と問いかけてくる。彼もまた木箱を開けながら質問を投げかけてきたので、ユフィーリアが開けた箱の中身は確認していない。
ユフィーリアは木箱に詰め込まれた商品を1つだけ取り出して、エドワードに見せる。
「見ろよ、エド」
「…………」
さすがのエドワードも言葉を失っていた。
ユフィーリアが彼に見せたのは、避妊具である。
学生の間でこんなものが必要になってくるとは、ヴァラール魔法学院の風紀はどうなっているのだろう。しかも大小様々な商品が一緒の木箱に詰め込まれているので、うっかり大きさの違う商品を売ってしまった暁には信用とか色々と終わる。
ユフィーリアとエドワードは顔を見合わせると、
「……店内にはまだ知られてないよねぇ?」
「商品棚には出てねえはずだぞ」
さすがに常設の商品棚にこんなブツを置くほど風紀は乱れていないようで、商品棚を暇そうに見て回るハルアやアイゼルネは何も反応していない。授業中なので変な客も来ず、可愛い新人のショウも安心して店頭へ立たせることが出来る。
いやいや、そうではない。
目下の問題はこの特定の客層にしか必要のなさそうなブツを一体どうするか、ということだ。
店頭に出ていないということはあえて出さなくてもいいのだろうが、もし本当に必要になった生徒もしくは教職員が購入に訪れたら大問題である。ユフィーリアたちが普段起こしている問題行動よりも大問題だ。
というか、必要になるって何だ。やはり風紀は乱れているのか、この学院は。
「腹立つな、こんなモンが売れると」
「まあ、必要な時は必要だもんねぇ。余計に孕ませないだけいいんじゃないのぉ?」
「学院の風紀が乱れている可能性について言及は?」
「学院長に円形脱毛症が出来た程度でどうでもいいねぇ」
「それな」
「でしょぉ?」
うぇーい、と互いに拳をぶつけ合って意見の一致を確認するユフィーリアとエドワード。
そう、たとえブツが売れようが売れまいがどうでもいいのだ。
授業で使う道具だとか、本人たちが愛し合った結果に使う状況へ至ったとか、正直なところ興味ないのだ。まさしく「勝手にどうぞ」である。
しかし、こんなブツを見つけてしまった以上、遊ばない訳にはいかないのだ。
「エド」
「何よぉ」
「これ使って遊ばねえか?」
可愛らしい箱を掲げ、ユフィーリアはエドワードを遊びに誘う。
「いいねぇ。その分の代金はどうするのぉ?」
「請求書を作って学院長宛に送りつける」
「悪いねぇ、問題児だねぇ」
「問題児筆頭だからな」
ニヤリとユフィーリアは笑うと、
「エド、請求書を作ってくれ。学院長宛にな」
「はいよぉ」
即座に応じたエドワードは店の事務机から羊皮紙を引っ張り出し、宛名の欄に学院長の名前と代金について書き込んでいく。
請求書が順調に作られているところを見届けて、ユフィーリアは店頭に戻った。もちろん、あの商品は1つだけ忍ばせたままだ。
生徒や教職員が客として訪れた気配はない。ハルアは同じ商品棚をぐるぐると回っているし、アイゼルネは羽箒を片手に商品棚の埃をパタパタと落としているだけだ。ショウに至っては精算機の隣に立てかけてあった型録を手持ち無沙汰に捲っている始末である。
全員が暇を持て余しているのは、火を見るより明らかだった。
「お前ら、注目!!」
店内全体に聞こえるように声を出せば、すぐさま他の3人が反応する。
「どうしたの!?」
「何かあったのかしラ♪」
「どうしたんだ、ユフィーリア?」
相変わらず素晴らしい反応速度だ。拍手を送りたくなる。
「お前ら、これで遊ぶぞ」
そう言って、ユフィーリアが彼らに見せたのは例のブツである。
可愛らしい箱に収まった、必要な時以外に必要ではないブツだ。一般常識では聞き覚えのあるものだが、あまりお目にかかれないブツである。
女の子が好みそうな桃色の箱を見上げたハルアが首を傾げ、アイゼルネが「あらマ♪」と笑い、ショウが石化した。ハルアの反応は想定内だが、ショウは用途に覚えがあるようだ。
まあ、彼の場合は叔父夫婦による虐待の影響があるだろう。身を持って使い方を知っているか、それとも使ってくれなかったか。
「……ユフィーリア、それは」
「ショウ坊、これは風船だ」
「……いや多分違うと思う」
「風船だ」
ユフィーリアは自分の意見を強制的に押し通し、
「ショウ坊、アタシの言うことは?」
「絶対」
「じゃあこれは何だ?」
「風船」
「よし、いい子」
洗脳完了である。
上司命令で彼の常識を捻じ曲げたことに罪悪感はなくもないが、これに関しては『風船』で押し通す他はない。これは風船である、間違いなく風船である。
ショウの頭を撫でて褒めてやり、ユフィーリアはこの例のブツをよく理解していないハルアにも懇切丁寧に教えてやる。
「ハル、これは水風船だ。だからこの中に水を入れて遊ぶんだよ。分かったか?」
「凄え面白そうだね!!」
よかった、ハルアは馬鹿なので簡単に信じた。そもそもこのブツの正体を知らない時点で負けていたのだ。
ユフィーリアは南瓜頭の娼婦に視線をやり、目だけで「余計なことは言うなよ」と告げる。
彼女は首を横に振って応じた。「そんなことしないワ♪ 楽しそうだもノ♪」とでも言っているのだろうか。
購買部の裏手から「ユーリ、請求書できたよぉ」とエドワードが言ってきたので、ユフィーリアはニヤリと笑う。
「お前ら、表に出ろ」
――水風船戦争の始まりである。
☆
水風船戦争をやるにあたって、設けられた規則は1つ。
それは魔法を使わないこと。
エドワードとハルアは魔法を使うことが出来ず、ショウもまた使える魔法は浮遊魔法のみという弱点を抱えている。魔法を許してしまうと魔法の天才と呼ばれるユフィーリアの独壇場となってしまうので、当然のことだが魔法の使用は禁止された。
その上で現在、水風船戦争の生き残りはこの3人だ。
「いい加減にしろ、お前らァ。しつこい男は嫌われんぞ」
両手に似非水風船を握りしめ、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは残り2人の参加者を睨みつける。
「ユーリこそしつこいよ!! さっさと退場しなよ!!」
こちらも両手に似非水風船を握り、黒いつなぎ姿の少年――ハルア・アナスタシスがユフィーリアに向けて言い放つ。
「負けない……ここまで来たら負けない……!!」
残り1つだけとなった似非水風船を両手で掴み、黒髪赤眼の少年――アズマ・ショウは密かに負けず嫌いを発揮していた。
最初こそ、似非水風船の手持ちは3つまでだった。
しかし敗退者が割と早めに出たことで、似非水風船は適宜補充される仕組みとなったのだ。これでは永遠に終わらない。
ちなみに敗退の要因は、身体のどこかに似非水風船が当たればいい。似非水風船は脆いので、少し力を込めれば簡単に割れてしまうのだ。
身体にぶつかれば呆気なく割れてしまうし、衣服も容易く濡れてしまう。勝敗はそんな適当な考えで決められている。
なお、敗退者はこちらである。
「みんな頑張ってねぇ」
「頑張レ♪」
3人から少し離れた場所で、エドワードとアイゼルネが声援を送っていた。
エドワードは速度よりも腕力を重視するパワー型であり、アイゼルネは罠などを使い分ける技巧型である。素早さと正確性を重視する水風船戦争には向いていないのだ。
そんな訳で早々に退場させられた2人は、応援しながら似非水風船の量産に勤しんでいるのだった。意外と水風船作りも楽しんでいる模様である。
「この手だけは使いたくなかったんだけどなァ」
ユフィーリアはそう言うと、右手で掴む似非水風船にほんの少しだけ力を込める。
すると、水風船がパキパキと音を立てて凍りついた。
氷魔法を使い続けたことによる特殊体質『冷感体質』の上手な使い方である。煙管で冷気を吸い出さなければ冷気が身体に溜まり、こうして自分の身体どころか触れたものすら凍らせてしまうという厄介な体質だ。
凍りついた似非水風船をハルアめがけて投げつけ、それが合図となる。
「ッ!!」
凍りついた水風船を避ける為に大きく飛び退ったハルアは、負けじとユフィーリアめがけて水風船を投げつけてくる。
ユフィーリアが投げた水風船は地面に叩きつけられて、薄い水風船の表皮と中に詰まった氷が弾け飛ぶ。ハルアが投げた水風船はあらぬ方向に飛んでいき、遠くの方でパァンという音を聞いた。
これで全員揃って水風船は1つずつの状態だ。補給をしなければ敗退の危機である。
「ユーリ狡い!! 凍らせるとか絶対に痛い奴じゃん!!」
「はははは!! 物は使いようってなァ!!」
ユフィーリアは左手に握りしめた似非水風船を、ハルアの顔面めがけて投げつけた。
ハルアは反射的に膝を折って水風船を回避すると、すぐさま自分の手持ちの水風船を投擲する。
だが、彼が優れているのは素早さだけであり、正確性はほぼ皆無に近い。弓矢でさえ弓を握りしめて距離を詰めれば当てられる、と豪語するほどだ。
大暴投を決め込んだ先にいたのは、残り1つの水風船を抱えるショウである。赤い双眸で投げつけられた似非水風船を冷静に見極め、最小限の動きでもって回避する。
身を捻っただけでハルアの投げた水風船を避けたショウは、自分の持っている水風船をユフィーリアに投げた。
「おっと」
的確に顔面を狙って投げつけられた似非水風船を華麗に宙返りをして回避するユフィーリアだが、
「ぶッ」
バシャン、と。
似非水風船が誰かに当たって弾け飛び、その中身に詰められた水を容赦なくぶち撒ける。
ショウが「あ」と呟き、ハルアが「げ!!」とあからさまに顔を顰める。着地をして、振り返ったユフィーリアもこの世の地獄を見た気分になった。
そこに立っていたのは、黒髪の青年である。
烏の濡れ羽色の髪を紫色の蜻蛉玉が特徴の簪でまとめ、色鮮やかな紫色の双眸が恨めしそうに問題児を睨みつける。中性的な顔立ちは女性にも男性にも受け取れるが、背格好と爽やかな印象のある声で男性だと判断できるだろうか。
仕立てのいい襯衣と洋袴、厚手の長衣が歩くたびにヒラヒラと揺れる。胸元では不思議な色合いの宝石を使ったループタイが煌めき、彼の気品を示していた。
ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドがまさかの大当たりである。
「…………ユフィーリア?」
「よ、ようグローリア。お勤めご苦労さん……」
引き攣った笑顔で冥府の特別労働者という刑罰から解放された学院長を労うユフィーリアだが、
「何か言うことは?」
「水も滴るいい男だな、グローリア」
「正座」
「ウィッス」
ユフィーリアは静かに正座する。主任に倣うようにして、ショウとハルアも正座で説教を受ける準備を整えた。
エドワードとアイゼルネも大人しく正座をし、さあ謝罪のお時間である。
今回ばかりは問題児もさすがに反省である。何せ購買部の商品で遊んでいたのだから。




