第2話【いらっしゃい、問題児の購買部へ】
「いらっしゃいませェ」
購買部に午後の授業で使う文房具を購入しに来た男子生徒は、店番をする人物を前にしてさぞ驚いたことだろう。
会計に立っていたのは、このヴァラール魔法学院で最も会計という立場に似つかわしくない魔女である。
透き通るような銀髪と色鮮やかな青い双眸、高級人形と張り合えるほど整った顔立ちには人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。購買部の制服は着ておらず、肩だけが剥き出しとなった特殊な形の真っ黒な礼装を身につけているだけだ。
魔法学院の用務員であり、問題児筆頭と名高い魔女――ユフィーリア・エイクトベルが何故か購買部を乗っ取っていたのだ。
「帰ります」
「まあまあ、待てや待て。アタシはまだ何もしてねえぞ」
彼女の満面の笑みによる「いらっしゃいませ」は呪いの魔法なのか、文房具を購入しに来たはずの男子生徒は購入予定の品物をポンと放り出す勢いで商品棚に戻すと、くるりと踵を返した。
ところが、相手は退店を許さなかった。
逃げる男子生徒を引き寄せる魔法と商品棚に放り出された文房具をまとめて会計台に転送させる魔法をほぼ同時に発動させ、ニコニコの笑顔で精算機を打ち込み始めた。
「おーおー、珍しいなァ。真面目に勉強か?」
「何で問題児が……しかもその筆頭が……」
「店長から『店番してくれ』って頼まれたんだよ。はーい、お会計が587ルイゼになりまーす」
精算機に表示された金額は意外と良心的で、購買部の商品棚に提示された金額の合計と一致する。ぼったくりをしようという精神はないらしい。
男子生徒は安堵した様子で財布を取り出し、だが精算機の向こう側から財布を強奪されることを警戒した面持ちで精算する。
店員として立つユフィーリアは受け皿に置かれた代金を精算機の中に入れ、発生したお釣りと一緒に領収書と紙袋に入れた文房具類を渡す。普通の接客態度である。
意外と真面目に店番の業務へ取り組む問題児の姿勢に拍子抜けした様子の男子生徒だが、残念ながら平和なお買い物だけでは終わらなかった。
「ところで」
ユフィーリアは綺麗な笑みを男子生徒に向け、
「ご一緒にエロ本は如何ですか?」
「はあ!?」
男子生徒の口から上擦った声が漏れた。
「な、何を言ってるんですか!?」
「え? その年頃だったら興味あるだろ、エロ本。まさかご存じない……?」
「存じ上げますけどぉ!?」
「ああ、そう。それならよかったよかった」
誰もが振り返る銀髪の魔女は、会計台の下を何やらゴソゴソと漁ると1冊の本を取り出した。
それは薄い雑誌である。
表紙を飾る女性は露出の高い水着姿で妖艶に微笑み、下品な内容の題名が表紙の女性を取り囲む。けばけばしい色合いの表紙に加え、裏表紙もまさかの玩具の広告だった。詳しい話は避ける。
表紙の女性をガン見して、ゴクリと生唾を飲み込む男子生徒。文房具を入れた紙袋を強めに抱きしめて、
「え、あの……こ、困ります……」
「その割には視線を外さないようだけどなァ」
試しにユフィーリアがエロ本を掲げると、男子生徒の視線もそれに合わせて動く。もう表紙の女性に悩殺されたようである。
「買わねえの?」
「か、買いません……」
「本当にィ?」
「ほ、ほ、本当……」
「…………今ならお安くしておきますよォ」
「う、うぅ……」
男子生徒は酷く迷う素振りを見せてから、細々とした声で訴える。
「他の人には見えないようにしてくれますか?」
ユフィーリアはニッコリと笑うと、
「毎度ありがとうございまーす」
そうしてエロ本の表紙を紙で覆い隠し、さらに紙袋を二重にして細工をした上で認識を阻害する魔法をかける。
エロ本を手にした男子生徒は周囲の視線を気にするような素振りを見せて、制服である長衣の下にエロ本を入れた紙袋を隠した。急いでユフィーリアに頭を下げた彼は、そそくさと購買部を飛び出した。
ユフィーリアは店内から慌てて飛び出していく男子生徒を笑顔で見送り、
「今日で5人目だなァ、エロ本を買う奴」
☆
「ユフィーリア、購買前の清掃を終えたぞ」
「おう、お疲れさん」
ちょうど昼休みとなった時間帯なので、ユフィーリアは購買部に売っていた適当なお菓子を摘んでいた。
授業に必要な文房具を買いに来る生徒は何人かいるが、適当に接客をしながら空腹を満たしていたところである。先程7人目の男子生徒を唆してエロ本を購入させたところで、購買前を掃除させていたショウが掃除道具と一緒に店内へ戻ってきた。
色とりどりの砂糖菓子を摘むユフィーリアを見て、ショウは首を傾げる。
「代金はどこから?」
「ちゃんと自分の財布から出したよ。購買部の店長は敵に回したくねえんだ」
嫁さんを第一に考える猫又の店長には、日頃からよくしてもらっているのだ。頼めば値引きしてくれるし、面白い話を教えてもらえるので、仲良くしておくことに越したことはない。
購買部の商品を無断で食うような真似はしないのである。問題児筆頭と名高いユフィーリアでも、そんな犯罪じみたことはしないのだ。
ショウは「そうか」と頷くと、
「俺も何か買ってもいいだろうか。お昼時だからお腹が……」
「エドとハルが適当なレストランまで行って、昼飯を買ってきてくれるってさ」
「そうなのか」
「時間がかかるだろうから、軽く腹に入れとけよ。奢ってやるから」
「いいのか?」
こちらを伺うように見てくるショウに、ユフィーリアは「遠慮すんなよ」と笑い飛ばす。
「じゃあこれを」
そう言って、ショウが商品棚から持ってきたものは、ユフィーリアが食べているものと同じ砂糖菓子だった。
小さな瓶に詰め込まれた色とりどりの砂糖菓子は目を惹き、口に含めば様々な味が楽しめる面白いお菓子だ。美味しい味もあれば吐き出すほど不味い味もあるので、初心者にはあまり向かないお菓子でもある。
ショウがおずおずと砂糖菓子の瓶を差し出してきたところを見て、ユフィーリアは「本気か?」と言う。
「ダメなのか?」
「いやこれ当たりと外れの落差が激しいぞ。他のにしとけよ」
「でも……」
「食べたいならアタシのやるから。ほれ」
開きっぱなしにしている砂糖菓子の瓶を逆さにして、ユフィーリアはなるべく美味しそうな色合いの砂糖菓子を選んでショウの手のひらに転がす。
とりあえず砂糖菓子の瓶を商品棚に戻したショウは、ユフィーリアから分け与えられた砂糖菓子の1つを摘む。
黄色のそれをまじまじと観察してから、口の中に含んだ。控えめに咀嚼してから、彼は「み゛ッ」と短めの悲鳴を漏らす。
「酸っぱい……」
「痺れ檸檬だな、まずまずの奴に当たったじゃねえか」
「俺の知っている檸檬の何倍も酸っぱい……」
「そりゃあ痺れるほど酸っぱいって聞くからなァ」
酸っぱそうな表情をするショウに、ユフィーリアは硝子製の箱に陳列された飲み物の瓶を魔法で引き寄せる。
硝子製の箱は飲み物専用の商品棚で、中には鉄製の仕切りで飲み物がずらりと並んでいた。その中でも透明な液体で、瓶の底に色鮮やかなラムネが沈んでいる飲み物を選んだ。
精算機に飲み物の金額を入れて、自分の財布から飲み物の代金を精算する。それから瓶の蓋を魔法で開けてやって、ショウに渡した。
「ほら、飲めよ」
「すまない……」
あまりの酸っぱさに声が震えているショウは、ユフィーリアから手渡された飲み物をチビチビと飲んで酸っぱさを解消させる。飲み物も炭酸が効いているのか、最初に飲んだ時は「ぴッ」と甲高い声が漏れた。
「つい炭酸を選んじまったけど、大丈夫か?」
「この世界にも炭酸というものはあるのだな……」
「圧力を操作する魔法があってな。それを使えばどんな飲み物も炭酸になるぜ」
「凄いな、魔法は」
「今度教えてやるよ」
「楽しみだ」
すると、購買部の扉が開かれて、来客を告げる小さな鈴の音が店内に鳴り響く。
ユフィーリアとショウは接客の態度に切り替えて、2人して口を揃えて「いらっしゃいませ」と告げる。
購買部の扉を開けたのは客ではなく、やや小さめの箱を抱えた南瓜頭の娼婦――アイゼルネだった。
「ユーリ♪ 今日の入荷予定の商品が届いたわヨ♪」
「お、そうか。よしショウ坊、手伝え」
「了解した」
アイゼルネから箱を受け取り、ユフィーリアとショウはその中身を確認する。
箱が小さかったので文房具か何かだと思っていたが、中身は小さな瓶の群れである。
商品の1つを手に取れば、それはどうやら爪紅のようだ。ヴァラール魔法学院の校則に『爪紅の使用は禁ずる』と書いてないが、女子生徒たちの間では流行しているのだろうか。
「なかなかいい爪紅だな、こりゃ」
「そうなのか?」
「ちょっとお高めの爪紅ヨ♪ 学生のお小遣いでは買えるだろうけど、背伸びをしたような感じかしラ♪」
多種多様の爪紅の瓶が並ぶ箱を抱え、ユフィーリアはどこに陳列するか店内を見渡す。
店番はまだ始まったばかりだ。
さて次はどんな生徒が客として購買部を訪れるのだろうか。




