第1話【購買部】
「わっふー!!」
午前最後の授業真っ只中、ヴァラール魔法学院の中庭に奇声が響き渡る。
訳の分からない銅像が中心に据えられた噴水や東屋などが設置された綺麗な中庭だが、そこに1つだけ明らかにおかしなものが存在する。
どこぞの有名な彫刻家が作成したとかいう目も鼻も口も存在しない学院長の銅像が飾られた噴水ではなく、ベッドである。そう、人間が夜寝る時に用いるベッドである。
掛け布団はなく、敷き布団のみとなったベッドは何かの台座よろしく置かれている。そこにベッドがあるだけでも混乱を招くのに、そのベッドの使い道でさらに混乱する羽目になる。
「わっふー!!」
ベッドの上に乗った銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、誰もが振り返る美貌に相応しくない奇声を上げながらベッドの上で飛び跳ねている。
一体どういう仕組みをしているのか、彼女が飛び跳ねて遊ぶベッドは異常に弾性がある。1度の跳躍で校舎の3階まで届かない勢いで跳ねる、跳ねる、跳ねる。「わっふー!!」と奇声を上げたくなる気持ちも分かる気がする。
常軌を逸脱した弾性を発揮するベッドは、ユフィーリアが使っているものだけではない。他にもあと4つほどあり、それぞれ絶賛使用中である。
「跳ね、跳ねるぅ!! 跳ねるよぉ、これぇ!!」
ぼよーん、ぼよーん、とベッドの上で飛び跳ねる強面の巨漢、エドワード・ヴォルスラムが堪らず声を上げた。あまり強い弾性を持つベッドに慣れていないのか、少しばかり体勢の維持が厳しそうだ。
「うははははーい!! たーのしーい!!」
飛び跳ねながら器用に月面宙返りを何度も決める赤茶色の短髪の少年――ハルア・アナスタシスは、大いにベッドの感覚を楽しんでいる様子だった。「次は何しよう!?」などと叫んでいるあたり、まだまだベッドで遊ぶ気満々のようだ。
「これは癖になるわネ♪」
扇情的なドレスを身につけた南瓜頭の娼婦――アイゼルネは、ドレスの裾を気にしながらベッドの弾性を堪能していた。他の4人と比べると高さはないものの、体勢を崩すことなく連続で飛び続けていた。
「お、おおう、おおおおおう」
変な声を漏らしながら高い弾性を発揮するベッドで飛び跳ねて遊ぶ黒髪赤眼の少年――アズマ・ショウは、年相応の表情を見せる。彼もまた先輩のハルアを真似て月面宙返りに挑戦するが、少し上手くいかずに背中からベッドに落ちた。やはり柔らかなベッドがショウの背中を受け止めて、ぼよんぼよんと軽く弾ませる。
わざわざ中庭で、こんな馬鹿みたいな遊びをしているのには理由はない。
今朝の朝刊で『ベッドの弾性を高めて遊ぼう』という内容の記事が載っていたので、これを面白がったユフィーリアが「じゃあ挑戦してみようじゃねえか!!」ということになったのである。行動力の化身である。馬鹿とも言う。
自分たちが普段使用しているベッドを中庭に設置し、ベッドに弾性を高める魔法をかけていざ挑戦。最初は跳ねても校舎の2階に到達できるか否か、という程度だったのだが、これではつまらんとユフィーリアがさらに魔法の重ねがけを実行した。
その果てに生まれた怪物が、この半端ないほど高く跳べるベッドである。どうしてこうなった。普通の感覚を持ち合わせる人間がこの場にいれば、どんなタチの悪い悪夢を見ているのだろうと頭を抱えることだろう。
ぽーんぽーんと高い弾性を持つベッドの上で飛び跳ねるユフィーリアほ、
「よーしこのまま魔法を重ねがけしてさらに」
バキィ、と。
嫌な音がした。
ベッドの脚から。
「あッ」
ユフィーリアはベッドから転げ落ちた。
体勢を崩し、中庭の地面に全身を打ち付ける。おかげで真っ黒な礼装に土埃が付着してしまった。
見れば、ベッドの脚がボッキリと折れてしまっていた。あれだけベッドの上で飛び跳ねていれば、当然の帰結と言えようか。むしろ結構長持ちした方だと思う。
折れ曲がってしまったベッドを「あちゃー」と眺めるユフィーリアだが、立て続けに4回ほど似たような音を聞いた。
「うわあッ」
「わあッ!?」
「きゃッ♪」
「わッ」
同じくベッドで激しく飛び跳ねていたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人も盛大に体勢を崩し、中庭の地面へ転がっていた。彼らのベッドも脚が折れ曲がっている状態で、これではまともに使うことが出来ない。
世の中には魔法という便利なものがあり、修復魔法を使えばまた元の状態のベッドが使えるようになる。
魔法の天才と呼ばれるユフィーリアが愛用の煙管を一振りすれば修復魔法が発動され、たちどころに折れたベッドの脚など元通りだ。
ところが、ユフィーリアは修復魔法を使わなかった。
「この際だ、大きめのベッドを買おうぜ」
「ええー、いいのぉ? 修復魔法を使えばまだいけるのにぃ」
折れたベッドの脚を弄るエドワードが、新たなベッドを買うと宣言したユフィーリアに言う。
「いいだろ、大きなベッド。王様とかが使うような広いベッドに寝てみたくねえか?」
「天蓋付きのネ♪ 素敵だワ♪」
「だろ?」
すでにベッドを直すことは諦めたらしいアイゼルネが、楽しそうな口振りで応じる。
「しかし、そんなベッドを買う場所などあるのか? 普通の家具屋では売っていなさそうな雰囲気があるのだが……」
ベッドの金額よりもまず購入先に心配を抱くショウに、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えてニヤリと不敵に笑ってみせる。
「ショウ坊にいいことを教えてやろう」
「何だ?」
「ヴァラール魔法学院の購買部の話だ」
世界で唯一の魔女・魔法使いの教育機関であるこのヴァラール魔法学院には、購買部が存在する。
日用雑貨からお菓子などの食品類、授業で使う文房具など置いてある商品は多岐に渡る。しかも学生が購入しやすいように格安で販売しているので、お財布にも優しいお店なのだ。
そしてこの購買部、他の商店では絶対にあり得ないことを豪語している。
「『何でも揃う購買部』ってのがウリだからな。当然、ベッドも置いてあるだろ」
☆
ヴァラール魔法学院の購買部は、植物園から少しばかり離れた場所にある煉瓦造りの小屋だ。
おとぎ話に出てくるような古風の小屋には看板が掲げられ、軒先に置かれた立て看板には『今日のお勧め』と丁寧な文字で書かれている。隅には猫の肉球のおまけ付きだ。
店名は『ねこねこ☆しょっぷ』である。別のものが売ってそうだが、立派な購買部だ。
「いくらぐらいするだろうか」
「あんまり高けりゃ値下げ交渉するか、グローリアのツケにする」
値段に不安を覚えるショウの横で、ユフィーリアがしれっと学院長のグローリアへ請求が行くようにすると宣言する。完全に悪戯の的か、財布としか考えていない発言である。
ユフィーリアが黒猫の硝子絵図が嵌め込まれた扉を押すが、不思議なことに扉は開かない。
どうやら内側から鍵がかかっている様子で、取手を押しても引いてもガチャガチャと音が鳴るだけである。これはおかしい。
首を傾げたユフィーリアは、
「閉店か?」
「でも『営業中』の看板が出てるよぉ」
エドワードは扉の表面に吊り下げられた札を示す。
小さな木札には『おーぷん』とあり、まだ営業していることを告げていた。
店にも明かりは灯っているし、店主が立て篭もりでもしているのだろうか。真面目な働きぶりで生徒や教職員からの人気も高いはずだが、果たして何の気紛れがあったのか。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で扉を叩き、
「〈開け〉」
施錠魔法を解除。
ガチャン、と錠前が外れる音がすると、扉はすんなりと開く。
扉の向こうにはやや狭い店内が広がっており、所狭しと並べられた商品棚には文具やお菓子などの商品が整列している。中には骸骨の形を模した器に入ったお菓子なども置かれており、それを見たエドワードが「ひいッ」と上擦った悲鳴を漏らしていた。
店の奥まで進んだユフィーリアは、会計の向こうへ呼びかける。
「おーい、店長。いるかァ?」
ややあって、ドタバタドタドタッ!! という慌てぶりが窺える足音が耳朶に触れた。
「はいですニャ!! いらっしゃいませなのニャ!!」
ひょこりと会計台から顔を覗かせたのは、真っ黒の毛並みが綺麗な猫である。
しかもただの猫ではない。
山高帽を装備し、明るい黄色の双眸でユフィーリアを見上げる二股の尾を持つ猫だ。しかも流暢な人間の言葉を話した始末である。
購買部を経営しているのは猫又だ。それを指摘すると「猫妖精ニャ」と主張してくるが、どちらも可愛いので生徒や教職員は気にしていない様子である。
「あ、用務員の皆様!! ちょうどいいところに来たんですニャ!!」
「あ? 何だよ、ちょうどいいところって」
ユフィーリアが首を傾げると、黒猫は台座の上に飛び乗ってユフィーリアの長手袋に覆われた右手に自分の両前脚を乗せる。
「実はですニャ、うちのお嫁さんが産気づいたって通信魔法が届いたんですニャ」
「お、嫁さんもう産まれんのか?」
「そうですニャ!! ミィも心配だから側についててあげたいのニャ!!」
黒猫は黄色の瞳を潤ませると、
「だから用務員様に店番をお願いしたいのニャ!!」
「え? いやいやいや、待て待て待て」
話が唐突すぎる。
黒猫の嫁が産気づいて、今日にも赤ん坊が産まれそうだというのは理解できた。
でも大切な購買部を学院で1番の問題児に任せてどうする? 最悪の場合、店がなくなることも考えられるのに。
ちょっと面倒なので断ろうとしたが、黒猫は急いで店の奥に引っ込んでしまう。何をするのかと思えば、自分の身長に合った旅行鞄を引き摺ってきた。本当に問題児へ店を任せる気のようだ。
「ではよろしくお願いしますのニャ!!」
「待て待て待て!! アタシはまだ了承してねえぞ!!」
ピュー、と黒猫は風のように店から飛び出していき、その場にはユフィーリアたち問題児が残ることになってしまった。
店を閉めるのは簡単だ。
扉の外に飾ってある立て看板をしまい、木札をひっくり返して『くろーず』にすればいいだけの話。
でも、店主直々に任されてしまったとなれば仕方がない。
「よし、お前ら」
ユフィーリアは心底楽しそうに笑うと、
「店番やるかァ!!」
「はいよぉ」
「分かった!!」
「いいわネ♪」
「了解」
面倒だ何だと言ったが、任されたのであれば仕方がないのだ。
ついでに問題児であるユフィーリアたちに店番を頼むということは、店主は購買部を好きにしていいと言っているようなものである。そういう解釈になるのだ。
ベッドを買いに来たはずが流れで店番をすることになったユフィーリアたち問題児だが、それはそれは楽しそうに購買部の開店準備を進めるのだった。




