第6話【判決の行方】
「あー……うん、なるほど……そッスね、はい……」
問題児筆頭と植物園の管理人が集められた場所は、ヴァラール魔法学院の学院長室である。
本来の部屋の主人は冥府で絶賛労働中なので、彼の腹心である副学院長が部屋を守っている状態だ。
執務机は相変わらず小難しい書類や魔導書が山のように積み重ねられたまま、仮の主人は学院長室に置かれた瀟洒な長椅子に我が物顔で寝転がっている。提出された報告書を目隠しされた状態にも関わらずきちんと読み込み、問題児がやらかした事件をちゃんと判断しようと考えている様子だ。
副学院長――スカイ・エルクラシスは報告書から顔を上げると、
「結論から言うとッスね、ユフィーリアはまあ厳重注意ってことで」
「え」
てっきり説教からの罰則コンボが決まると思っていたユフィーリアは、厳重注意というあまりにも軽すぎる処罰に拍子抜けした。
「いや、あの、副学院長? アタシ、貴重な植物を凍結させて殺しちまったんだぞ?」
「そッスね」
「厳重注意で済む話か?」
「普通なら『また問題児がやらかした!!』と批判して終わるところッスけどね」
スカイは瀟洒な長椅子から起き上がると、
「ユフィーリアは自分の部下を助ける為の緊急措置として、ああやって肉食人花を止めるしか方法はなかった。ほぼ反射的に魔法を発動させるとなると、自分の得意な魔法になるんスよね。今回は運が悪かった、そういうことッス」
問題は、とスカイは何の罪もないとばかりに報告書を提出してきた植物園の管理人を睨みつける。
「アンタッスよ、八雲君!! 肉食人花は人間や動物などの肉を主食とする危険な魔法植物だってのに、施錠魔法と防衛魔法を組み合わせた特別区画に閉じ込めてなかったんスか!? 生徒から死者が出たらどうするつもりッスか!!」
「うええ? 儂が悪いんかのう?」
「完全にアンタが悪いッスよ!! 肉食人花の飼育方法を纏めて渡したはずッスよね、あれ読んでないんスか!? 今まで何してたんスか、植物園で!!」
「ちゃんと魔法植物の世話をしとったわい。だから今日まで肉食人花の被害がなかったんじゃろ」
「監督が行き届いていなかった言い訳には出来ないッスよ!!」
スカイの本気の説教が、植物園の管理人である八雲夕凪に襲いかかる。
今回の事件は八雲夕凪が危険な魔法植物である肉食人花を厳重に管理していなかったことで起き、ユフィーリアは自分の部下が肉食人花に襲われたところを助ける為に魔法で対抗して殺してしまったという流れである。
肉食人花が厳重に管理されていれば事件は引き起こされなかったし、もしユフィーリアが面白半分で肉食人花に喧嘩を売って殺してしまったのであれば問題児側の責任になる。今回は管理をしていなかった八雲夕凪の責任だ。
説教を回避できたと胸中で拳を天高く掲げるユフィーリアに、スカイが「あ、そうそう」と八雲夕凪の説教を中断して言う。
「仕事をサボって花宴をしていたのはちょっとアレなんで、ユフィーリアはみんな揃って反省文ッス」
「あー、まあ反省文で済むならいいか。うん」
「あれ、意外と素直ッスね。何か心変わりが?」
「イイヤ何デモ」
説教からの罰則コンボを警戒したが、反省文で済んでよかったとユフィーリアは安堵する。
さて、今回の大罪人である八雲夕凪には厳しい罰則が待っていた。
あの問題児筆頭たるユフィーリアが説教を回避したいと本気で願ったほどだ。回避したいのは説教ではなく、このあとに待ち受ける罰則の方である。
スカイは閲覧魔法を発動させ、そこに記載された情報を読み込む。
「八雲君」
「何じゃい」
今回の事件について責任を取らされる立場である八雲夕凪は、憮然とした態度で副学院長のスカイに応じる。
「奥さんを呼ぶッスね。ボクから今回の事件を説明するんで、奥さんに叱っていただきましょう」
「なあッ!?」
八雲夕凪の声がひっくり返った。
そう、スカイの説教では最終的に身内の人間が呼ばれるのだ。
スカイが得意とする魔法は閲覧魔法――普通の魔女や魔法使いが使う閲覧魔法よりもより詳細に情報が記載されているので、家族構成や過去の遍歴なども確認できるのだ。しかも1000年や2000年など遡れる時間に制限はない。
通常の閲覧魔法は500年を過ぎると記載される情報に誤植があったり、誤字が見つかったりする場合が多く、魔法自体が上手く作用しなくなる。スカイにはその制限がなく、閲覧魔法を使えば過去を見放題という訳だ。
「まままま待っておくれ副学院長殿、妻を呼ぶと言っても学院とは遥か遠く離れた場所におってじゃな」
「大丈夫ッスよ、世の中には通信魔法っていう便利な魔法もあるんで。あ、超長距離転移魔法の方がいいッスか? ボク、そっちも得意ッスよ」
「かかかかかか勘弁しておくれ!!」
八雲夕凪は半泣きで慈悲を求め、さらにユフィーリアにも縋り付いてきた。
「ゆり殿、頼むのじゃ。副学院長を止めてほしいのじゃ!!」
「はははは」
ユフィーリアは八雲夕凪に清々しいほどの綺麗な笑みを向けると、
「ざまあ」
「酷いのじゃーッ!!」
「高みの見物をしようと思ったんだろうが、残念だったなァ!! せいぜい奥さんに叱られて心を入れ替えてこいよズボラ管理人さんよォ!!」
八雲夕凪の「酷いのじゃーッ!!」という悲鳴を尻目に、ユフィーリアはいきいきと学院長室をあとにした。
扉を閉ざしても、その向こうから八雲夕凪の嘆き声が聞こえてくる。
どうやか奥方に説教されたくないようなので、副学院長を相手に駄々を捏ねているらしい。往生際の悪い狐である、とっととお縄につけ。
やれやれと肩を竦めて雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「お」
学院長室の前で静かに待機していたショウとハルアが、ユフィーリアに気づいて駆け寄ってくる。
「ユーリ!!」
「ユフィーリア」
「お前ら、ちゃんと医務室には行ったか?」
ショウとハルアは、揃って「うん」と頷いた。
肉食人花に振り回されていたので、怪我は見られなかったが念の為に医務室へ行かせたのだ。幸いなことに擦り傷1つなかったようで、ユフィーリアはようやく安心できた。
ショウとハルアの頭を撫でてやるが、何故か2人は浮かない顔である。首を傾げるユフィーリアは「どうしたよ」と聞く。
「ごめんなさい、ユフィーリア。俺たちのせいで貴女が怒られるとは思わなくて……」
「ユーリ、ごめんなさい。オレ、ショウちゃん守るって言ったのに危ない目に遭わせちゃった」
「何だよ、そんなことか」
ユフィーリアはショウとハルアの頭を強めに撫でてやり、
「ショウ坊は気にすんな、今回の事件は八雲の爺さんの責任になったから。厳重注意ってことで済んだよ」
「……そうか」
「ハルも、そんなに落ち込むなよ。ショウ坊には怪我がなかったし、お前も十分に危ない目に遭ったんだ。『守れた』だの『守れなかった』だの悩むのはなしだ」
「……うん」
しょんぼりと肩を落とした様子の2人に、ユフィーリアは快活な笑みで言う。
「ほれ、植物園に戻るぞ。エドとアイゼを置いてきちまったからな、アイツらを回収しないと風邪を引かれるだろ。お前らもちゃんと手伝えよ」
「……うん!!」
「分かった」
しっかりと頷いた2人の部下を引き連れ、ユフィーリアは植物園へ向かう道を辿る。
ちょうど授業の終わりを告げる鐘の音が校舎内全体に鳴り響き、生徒たちが次々と教室から飛び出す。「今日は何をする?」「花宴しようぜ」と相談し合う生徒たちを横目に、ユフィーリアは密かにニンマリと笑う。
彼らは知らないのだ。植物園には綺麗な雪桜が満開を迎え、学院で忌み嫌われる問題児がそこで楽しく花宴をしていたなんて事実など知る由もない。多分、この先もずっと雪桜の存在には気づかず終わるのだ。
さて、酔っ払ったエドワードとアイゼルネを回収したら、施錠魔法と結界を張り直さなければならない。
八雲夕凪が文句を言ってくる? 彼も立派な魔法使いなら、ユフィーリアの施した施錠魔法と結界ぐらい解除できるだろう。
「ショウ坊、ハル」
「何だ?」
「なぁに!!」
「また花宴やろうな」
「ああ、是非」
「うん、いいよ!!」
さて、今度はどこで花宴をしようか。
放課後を迎えた生徒に混じる問題児たちは、密かに次の花宴を計画するのだった。




