第3話【雪桜と白狐】
お喋りが大好きな魔法植物のおしゃべり草による情報提供を元に、問題児たちは植物園の3番地区を訪れた。
綺麗に舗装された小道を辿っていくと、3番地区と呼ばれる区画だけは別の扉で切り離された空間にあった。硝子の扉には向こう側が見えないように細工が施され、ぼんやりと何かが光っている程度しか認識できないようになっている。
当然ながら、扉には『関係者以外立ち入り禁止』とあった。『問題児立ち入り禁止』の文字ならよく見るが、このヴァラール魔法学院で珍しい表現である。
施錠魔法で突破できるかと思いきや、扉全体に防衛魔法まで張り巡らせるという徹底ぶりだった。ここまでされると、何がこの向こうにあるのか確かめたくなる。
「ユーリ、また迷宮区でオニキスオオグモを閉じ込めてた扉みたいになるのぉ?」
「あの時の施錠魔法は性格が悪い代物だったけど、今回はそこまで頑丈じゃねえな」
扉にかけられた施錠魔法の複雑さを警戒するエドワードに、ユフィーリアはそんなことを言ってのける。
雪の結晶が刻まれた煙管で硝子の扉を叩き、まずは施錠魔法の解除。
施錠魔法を解除しても結界が張られているので、当然ながら扉には触れない。一般の魔女や魔法使いが防衛魔法を解除するとなれば非常に面倒なことになるが、ここにいるのは魔法の天才と言わしめた魔女である。
結界に守られる硝子の扉に手を触れさせ、ユフィーリアは魔法を発動。
「〈魔法看破・破壊〉」
パキン、と薄い何かが割れる音が耳朶に触れる。
同時に、硝子の扉を覆っていた結界が呆気なく破壊された。
ハラハラと結界の破片が空中分解されて消え、施錠魔法も解かれて無防備となった扉は簡単に問題児の侵入を許してしまう。
ユフィーリアが行使した魔法は、発動された魔法を破壊する魔法である。厳密に言えば魔法ではなく魔法に近い技術だ。
これを使うには魔法のことを知る必要がある。どんな魔法が使われているのか、どんな魔法式で発動されているのかなどを分析し、魔力の流れを逆にすることで魔法は空中分解して消えるのだ。かなり高度な技術で、高名な魔女や魔法使いでも滅多に取らない手法である。
平然と立ち入り禁止区域に足を踏み入れたユフィーリアたちが見たものは、
「凄えなァ」
「大きいねぇ」
「雪みたい!!」
「綺麗だワ♪」
「うわあ……」
見上げるほど高い硝子の天井から、燦々と陽光が降り注ぐ。
邪魔になりそうな雑草の類は見られず、綺麗に整備された芝生が広がっている。駆け回ればいい運動になりそうなものだが、特筆すべき点はそこではない。
広々とした空間の中央に鎮座する、巨大な桜の木だ。
どっしりとした幹は芝生に根付き、四方八方に伸びる枝には雪のように白い小さな花弁を咲かせている。花弁は重力に従ってひらひらと木の下に落ち、花弁が積もったそこは雪原のように真っ白な大地と化していた。
確かにこれは、生徒や教職員に見せたら大変なことになるだろう。あまりの見事な光景に、あの桜の木の枝を手折ってしまおうかと考える輩もいるかもしれない。
残念ながら、その考えは推奨されない。
目の前に咲き誇る真っ白い桜の木は、誰もが驚くほどの希少な植物だからだ。
「初めて見たな、雪桜なんて。話には聞いたことあるけど」
「ユーリでも見たことないのぉ?」
「ねえな。桜花潤天京の象徴に『永遠雪桜』ってのがあるけど、多分あれから枝を貰って育てたんだろうな。育てるのが難しいって聞くけど、ここまで立派に育てるには時間も苦労も半端なかったろうよ」
雪桜の育成は非常に難しく、純度の高い魔力を定期的に注いで温度や湿度等を一定に保つことで成長する。見上げるほど大きく育つには100年単位の日時が必要とされ、人間の寿命を捨てた魔女や魔法使いでなければ育てることは不可能だろう。
あのおしゃべり草には、いい情報を貰ったようだ。
これほど綺麗な場所で花宴が出来れば、最高の思い出になる。ショウにもいい経験がさせられた。
「よしお前ら、早速――」
花宴をしようか、という言葉は掻き消された。
「誰じゃい、儂のぷらいべえと空間に土足で入り込む馬鹿は」
芯の通った青年の声であるが、それがなぞった言葉は老人が使うようなものだった。
真っ白な花弁を大量につけた枝がゆさりと弾み、白い何かが芝生に降り立つ。どうやら雪桜の枝に座って様子を窺っていたらしい。
見事な花を咲かせる雪桜の前で仁王立ちをするその白い何かの正体は、雪のように真っ白い毛皮を持つ狐だった。
2本の足で立つ狐は、三角の耳をピコピコと揺らし、薄紅色の双眸でユフィーリアたち問題児を睨みつける。左右に裂けた口からは牙が覗き、下手なことをすれば噛み殺すとばかりに見せつけられる。
白衣を着込み、真っ黒な袴を身につけたその狐には、9本の立派な尻尾が生えていた。9本の尻尾を持つ白い狐ということは、神霊として祀られるぐらいに大物だ。
白い狐は「んん?」と薄紅色の瞳を細め、
「お主、ゆり殿か?」
「……アタシをそういう風に呼び間違えるってことは」
ユフィーリアも相手に覚えがあった。
純白の狐、9本の尻尾。
ヴァラール魔法学院が創設される時、学院の敷地内を結界で覆うことを提案した防衛魔法の達人。東国では豊穣神として奉られる神霊。
ふさふさの尻尾を揺らしながら大股で歩いてくる白狐は、ユフィーリアの手を取るとぶおんぶおんと上下に大きく振り回した。
「おお、おお!! 久しいのう、ゆり殿!! ここ最近は会いに来てくれんから寂しかったぞ!!」
「ちょ、おい、待、腕が千切れる!!」
「あうッ」
容赦なく両腕を振り回されるので、ユフィーリアは白狐の柔らかい体毛に覆われた手を振り払った。
ユフィーリアは顔見知りだし名前も知っているが、彼女の部下たちはこの白狐と初対面である。
なので、こうなることは簡単に予想できた。
「ちょっとぉ、誰なのぉ?」
「ユーリの知り合い!?」
「ウチの主任とどういうご関係かしラ♪」
「ユフィーリアに馴れ馴れしいのだが」
「おりょ?」
白狐は不思議そうに首を傾げ、
「何じゃ、儂は警戒されておるのか? 安心せい、ゆり殿とは飲み友という奴よ」
「ユーリ、こんな狐と飲み友達なんて聞いてないんだけどぉ?」
「説明して!!」
「いつ飲んだのかしラ♪」
「ユフィーリア……?」
「視線が怖い!! 視線が怖い!!」
何故か信頼に於ける部下たちから説明を求める視線を受け、ユフィーリアは視線の怖さに思わず叫んでいた。ちゃんとした説明をしなけばボコボコにされそうな予感さえあった。
説明も何も、エドワードたちと出会う前に何度か酒宴に招かれただけだ。
ヴァラール魔法学院が創立してからは随分と会うことも少なくなり、存在をすっかり忘れていたのだ。というより、東国で奉られる豊穣神だから故郷に戻っているものだと思っていた。
ユフィーリアは銀髪をガシガシと乱暴に掻くと、
「コイツは八雲夕凪、東国の『桜花潤天京』で豊穣神として祀られてるお狐様だ。ヴァラール魔法学院が創設される時、5番目に協力した魔法使いで、学院の敷地を覆う結界を1人で賄ってる宴馬鹿だ」
「カカカ、宴馬鹿とは酷いもんじゃのう。否定できんがのう」
カラカラと軽い調子で笑う白狐は、
「紹介に預かった八雲夕凪じゃ、よろしく頼むぞい。ゆり殿とは学院を創設した際に協力しあった仲じゃ」
「そっかぁ」
「そうなんだ!!」
「そうなのネ♪」
「そうなのか」
呵呵大笑する白狐――八雲夕凪の言葉をあっさり信じたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人はそれ以上何も言わずに引き下がった。ちゃんと的確な判断が出来て偉い。
「ところでゆり殿、お主は儂のぷらいべえと空間まで一体何の用じゃ。結界まで破壊しおって」
「花宴に最適な場所をおしゃべり草に教えて貰ったんだよ。雪桜が綺麗に咲いたって言ってたからな」
「あんのお喋りども……ちと灸を据えてやらんと分からんか」
八雲夕凪は不機嫌そうに尻尾を振っていたが、
「まあ、ゆり殿ならいいじゃろ。学院長の奴めは信用ならんが、お主のやることなすことは面白いからのう」
「おしゃべり草にも言われたけど、アタシらは芸人か何かに見えるのか?」
「カカカ。全裸の氷像を激しく踊らせて入学式をぶち壊した挙句、給仕の格好で学院長を追いかけたお主らを芸人と思わずに何とするのじゃ」
「ははは。殴ってほしいならそう言えよ」
「カカカ。花宴の場所を貸してやるから勘弁せい」
そこで八雲夕凪は「花宴かのぅ……」と呟く。薄紅色の双眸で満開の雪桜を一瞥すると、
「のう、ゆり殿や。儂も花宴に参加してもええかの?」
「何でだよ。場所だけ貸せよ」
「頼むのじゃー、儂も久々の宴席に参加したいのじゃー。この学院には飲める連中が少なくて儂も1人で晩酌するしかなくて寂しいのじゃー」
もっふもっふの頬をユフィーリアに擦り付けてきて懇願する八雲夕凪を引き剥がしつつ、ユフィーリアは「どうする?」と部下たちにお伺いを立てる。
ユフィーリアが決定を下せば渋々納得するのかもしれないが、可愛い部下たちに出来れば自分の意見を押し付けたくないのが本音だ。
彼らが嫌がれば退散するし、八雲夕凪を受け入れるのであればそうする。判断は4人の部下に委ねられた。
彼らは全員して顔を見合わせると、
「場所だけ提供するのは不公平じゃないのぉ?」
「食べ物は持ち寄りだよ!!」
「飲み物でもいいワ♪」
「条件が飲めなければ帰ります。もしくは追い出します」
つまり彼らは「場所だけじゃなくて食べ物か飲み物を持ち寄れ」と言っていた。それが条件であり、飲めなければ撤退か八雲夕凪に喧嘩を売ると宣言した。
八雲夕凪は薄紅色の双眸を瞬かせ、それから「カカカ」と笑い声を響かせる。
彼からすれば予想外の反応なのだろうか。第一印象は警戒心を抱かれてしまったが、学院長と違って警戒する必要もないと判断されたようだ。
ひとしきり笑った八雲夕凪は、
「相分かった。成人向けにはとっておきの清酒を、未成年には茶菓子と茶を振る舞ってやろうではないか。それでどうじゃ?」
「それならいいよぉ」
「お酒が飲めるなんて最高ネ♪」
「お茶菓子!!」
「歓迎します」
酒と茶菓子とお茶に釣られた部下たちは、八雲夕凪を喜んで歓迎した。現金な奴らである。
早くも賑やかな空気が漂い始めた花宴に、ユフィーリアは楽しくて仕方がなかった。
今までは面倒だ何だと理由をつけて避けていた花宴だが、今年の花宴はとても楽しくなりそうだ。




