第2話【植物園】
花宴用の大きめの弁当とアイゼルネが淹れた美味しい紅茶の薬缶、それから購買部で大量に購入した菓子類を抱えて問題児たちが向かった先は、ヴァラール魔法学院の植物園である。
時刻は間もなく昼休みが終わる頃合い。
生徒たちは午後の授業の準備をし始め、移動教室がある生徒は授業道具を抱えて目的地へ向かう。教職員も自分の受け持つ授業の準備をし、資材を授業で使う教室に運ぶ最中である。
誰も彼もが次の授業に向けて動く時間帯だが、問題児たちは関係ない。彼らはこれから楽しい花宴を開くのだ。
「……いいのだろうか。仕事をしなくて」
「いいんだよ。どうせやることなんてねえんだから」
どこか遠くで「用務員の連中はどこだ!?」という叫び声が聞こえたが、知らないったら知らないのだ。おそらく素材を補充しておかなかったことに対する説教だろうが、素材集めぐらい自分たちで行け。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、聞こえてきた絶叫など我関せずとばかりに無視する。
これから楽しい花宴なのに、邪魔をされたくないのだ。もし用事があるならぶん殴られる覚悟をしてから挑んでほしい。なかなか理不尽である。
堂々と「仕事しない」と宣言したユフィーリアに、ショウは苦笑いを浮かべた。
「貴女がそう言うのであればいいのだが」
「おうよ。怒られるのなんて遅いか早いかの問題だろ」
「通常運転だな」
「これが問題児だよ」
学院長のグローリアに説教されるのであればいざ知らず、他の教職員に説教されても問題児の心には響かないのだ。適当に謝罪して終わりだと思っている節がある。
有象無象の扱いなど、大抵がそんなものだ。悲しきかな、我が道を突き進む問題児たちに他人の扱いなど教え込んでも無駄である。
清涼感のある匂いの煙を吐き出すユフィーリアは、
「さて、ショウ坊。初心者のお前に言っておこう」
「?」
「これから行く植物園は、魔導書図書館の『物語の世界樹』よりも危険な場所だからな。アタシやエドたちから離れるなよ」
「そうなのか?」
不思議そうに首を傾げるショウ。
植物園は花宴の時期だけ、昼休みの時間帯のみ開放されるのだが、ユフィーリアたちは昼休みが終わって施錠が済んだ植物園だ。
この施設は授業に用いられることが多く、魔法薬学で使う薬草を育てていたり、魔法植物学の授業に必要な標本があったりと様々だ。当然ながらそこかしこに魔法のかかった植物が群生している。
開放されている時間帯は危険な魔法植物を休眠状態にするので、生徒たちに襲いかかるような真似はない。これから向かう時間帯はすでに魔法植物たちも活動を始めている頃合いだろうが、魔法の天才と言わしめたユフィーリアが対策をしない訳がなかった。
「魔法植物には睡眠魔法がよく効くんだよな、これが。お前にも教えてやるから実践してみろ」
「おお、思いがけず魔法の授業か。浮遊魔法に次いで睡眠魔法も教えて貰えるとは」
「他にも学びたい魔法があれば教えてやるぞ」
「では好きな人を振り向かせる魔法を」
「後ろに立って名前でも呼べ」
「物理的に振り向かせろと……?」
そんな賑やかな会話をしていると、午後の授業が始まる鐘の音が校舎内に響き渡る。
バタバタと慌てた様子で次の授業の準備をし始める生徒たちを横目に、問題児たちは悠々と植物園を目指すのだった。
ちなみに余談だが、可愛い新人のショウに「好きな人を振り向かせる魔法を教えてほしい」と冗談とも本気とも取れそうな台詞に、ユフィーリアはちょっぴりモヤモヤしたのは秘密だ。秘密ったら秘密なのだ。
☆
ヴァラール魔法学院の端に、巨大な温室が鎮座している。
壁や天井は硝子製だが、よく見てみると硝子には魔法陣のようなものが刻まれている。世界中の魔導書が集まる魔導書図書館よりも危険な場所と謳われるので、壁や天井を構成する硝子には防衛魔法の陣がしっかりと刻まれて対策がされていた。
硝子の向こう側には色とりどりの花が咲き乱れ、綺麗な翅の蝶々も何匹かひらひらと飛んでいた。どっしりとした樹木も確認でき、柑橘類のような果実を多く実らせていた。
この温室が植物園である。世界各地から魔法植物と呼ばれる魔力を持った植物を集めて、生徒たちの授業の施設として用いられている。植物園内には危険な植物も多いので、基本的に開放されていることはない。
「お、やっぱり扉は開かねえな」
植物園の扉を押してみるも、施錠魔法がかけられているのか開かない。
生徒が簡単に侵入しないように、と対策されているようだが、まずは問題児と語られる用務員の対策をするべきだろう。魔法の天才であれば施錠魔法など簡単に解けてしまうのだ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で、コンコンと硝子の扉を叩く。
「〈開け〉」
ガチャン、という施錠の外れる音がした。
扉を押せば簡単に開き、花の匂いが鼻孔をくすぐる。
温室特有の温かさが肌を撫で、美しく咲き乱れる花々が問題児たちを何の抵抗もなく迎え入れてしまう。珍しい来訪客に、植物園を飛び交っていた蝶々たちもひらひらと寄ってきた。
頭上を舞う虹色の翅を持つ蝶々を見上げ、ショウが赤い瞳を輝かせる。
「綺麗な蝶だ」
「オーロラモルフォって種類の蝶だ」
虹色の翅を揺らして飛ぶ蝶の群れを見上げ、ユフィーリアは言う。
「コイツらの鱗粉は魔法薬の材料に使われるんだよ」
「どんな魔法薬の材料になるんだ?」
「傷薬と若返りの薬だな」
虹色の翅を動かして飛ぶ蝶々から、キラキラとした鱗粉が舞い落ちる。
蝶々の数は数え切れないほど多いので、鱗粉は綺麗を通り越して鬱陶しく思えてくる。これ以上はまずい。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、
「〈凍雪の風〉」
真冬を想起させる冷たい風が吹き、頭上を飛ぶ虹色の蝶々が散らされる。
手酷い扱いを受けた虹色の蝶々は、慌ててその場から離脱し始める。
少し手荒な方法になってしまったが、虹色の蝶々が撒き散らす鱗粉を多く吸うのは良くない。吸いすぎると目や鼻が痒くなってしまうし、最悪の場合だと身体が拒否反応を起こしてしまう。
どこか遠くに飛び去っていく虹色の蝶の群れを見送り、ユフィーリアは部下たちに振り返る。
「大丈夫か? 体調が悪いとかねえな?」
「平気だよぉ」
「全然大丈夫!!」
「何もないわヨ♪」
「どうかしたのか?」
全員揃って虹色の蝶に見惚れていたらしく、鱗粉を吸ったことによる拒否反応は出ていない様子だった。鱗粉の拒否反応が出ると、治癒魔法や薬などで治すことは出来なくなってしまい、治療が長期に渡ってしまう。
『7番目の魔女様だわ』
『7番目の魔女様が来たわ』
『7番目の魔女様がいらっしゃったわ』
その様子を見ていたのか、近くにあった唇を模した草花がワサワサと揺れ始めた。
唇の形によく似た花弁がモゴモゴと動き、歌うように『7番目の魔女様が来た』と騒ぎ立てる。
人間の唇から茎が伸びて土に植えられたような、奇妙な植物である。ワサワサと揺れるたびに口を揃えて『魔女様が来た』と歌うので、可愛い新人が初めて見る植物に驚いていた。
「唇が喋った……!? これも植物なのか?」
「おしゃべり草って魔法植物だ。見ての通り、お喋りが大好きな花だな」
花についてユフィーリアが説明すると、件のおしゃべり草たちはワサワサと揺れながら『そうよ』と歌う。
『私たちはお喋りが大好き』
『生徒を観察するのも好きよ』
『若い子は苦手。だって私たちを遠慮なく千切っていくのよ』
『優しく摘んでくれなきゃ痛いのよ』
おしゃべり草たちは、揺れながら文句を言う。
おそらく文句の対象は魔法学院の生徒たちだろう。
植物園の草花は魔法薬の調合に使え、魔法薬学の授業では該当する草花の採取から始まる。乱暴に遠慮なく草花を千切っていくから、おしゃべり草たちも我慢ならなかったのだろう。
余談だが、おしゃべり草は鎮痛剤の魔法薬に使われる薬草だ。摘み取るにはまず睡眠魔法で眠らせてから、土を掘って根っこごと持っていかなければならないのに、どうやら手酷く扱われているらしい。優秀な魔女や魔法使いとは何のことだろうか。
ともあれ、今回はおしゃべり草の摘み取りが目的ではないので、情報通なお花たちを相手にユフィーリアは交渉を試みる。
「今日は花宴をやる為に来たんだ。どこかいい場所を知らねえか?」
『花宴!!』
『素敵だわ』
『7番目の魔女様はいつも面白いことを考えつくのね』
『羨ましいわ』
『若い子たちも花宴をやりに来ていたわ』
『男女でお弁当なんて突いて何が楽しいのかしら』
ワサワサと揺れるおしゃべり草たちは、
『本当はいけないんだけどね』
『7番目の魔女様に教えてあげるわ』
『他の人には内緒よ』
「お、ソイツは嬉しいな」
まさかおしゃべり草から有意義な情報が貰えるとは思わなかった。お喋り好きな草花なので適当な会話に付き合わされるかと思いきや、日々の悪戯で面白さを提供しているのが功を奏したらしい。
『3番地区に、雪の桜が運ばれてきたの』
『挿し木で育てたのよ』
『ようやく満開になったのよ』
『とても綺麗になったのよ』
『魔法学院の生徒や教職員は立ち入り禁止にされているけどね』
『きっと7番目の魔女様なら許されるわ』
『『『『『だって学院が誇る問題児だもの』』』』』
口を揃えて問題児と認定されたが、まあいいだろう。花たちにとって問題児は面白おかしいことをやらかす芸人か何かと思われているらしい。
つまらない人生を送るよりも悪戯で面白おかしく生きていれば、何かいいことがあるのだ。嬉しいことである。
ユフィーリアは「情報提供ありがとう」と告げ、おしゃべり草の情報に従って3番地区に向かう。
「おしゃべり草の奴らもいいモンだな。碌な会話に付き合わされねえと思っちゃいたけど」
「……ユフィーリア、聞いてもいいだろうか?」
「ん? どうした、ショウ坊」
ショウへ振り返れば、エドワードやハルア、アイゼルネも神妙な面持ちでユフィーリアを見つめている。何かあったか?
「あの花たちに『7番目の魔女様』と呼ばれていたが、あれは……」
「ああ」
ショウたちがやたら神妙な面持ちをしている理由に、ユフィーリアは合点がいった。
普通であれば名前で呼ばれるところを、あのおしゃべり草たちはユフィーリアのことを『7番目の魔女様』と呼称したのだ。
これを疑問に思ったのだろう。何故7番目の魔女様なのか、と。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「ヴァラール魔法学院の創設に関わった順番だよ。アタシは7番目に名乗りを上げたんだ」
「ということはぁ、ユーリは1000歳超えのババアってことぉ?」
「エド、お前は今日の昼飯抜きな」
「そんなぁ!?」
失礼なことを言ったエドワードには昼飯抜きの刑罰を冗談で言い渡しながら、ユフィーリアたちは3番地区を目指すのだった。




