第1話【花宴】
ヴァラール魔法学院の火事から1週間が経過した。
校内は驚くほど何も起きず、生徒による暴動すらない。彼らは今日も高い授業料を払って魔法という高等教育を施されている。
学院長の本性が知れたところで、彼の残した功績を見れば霞んでしまう。魔女や魔法使いなど残酷なことをしてナンボという世界であり、学院長のグローリア・イーストエンドだけが凄惨で人間を人間とも思わないような実験を数え切れないほど繰り返している訳ではない。
まあそんな訳で、生徒たちの印象は「何だ、学院長もただの魔法使いか」という認識である。魔法の使えない一般人がこの場にいれば卒倒しそうな印象だ。外面がいいのも考えものである。
「――ところで話は変わるんだけどよ」
今日も今日とてゴチャゴチャした様子の用務員室に、ヴァラール魔法学院きっての問題児たちが集められた。
彼らを招集したのは問題児筆頭と名高い銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルだ。
透き通るような銀髪と宝石を想起させる青い瞳、高級な人形と並び立つほど整った美貌。白磁の肌を強調させる黒装束は、肩の部分だけが剥き出しの状態となった特殊な形になっている。二の腕まで黒い長手袋で覆われた指先が撫でたものは、奇妙な物体だった。
人形である。
幼い少女が玩具として強請りそうな、可愛らしい人形だ。
その人形だが、ユフィーリアの机の上でブリッジした体勢でピタリと止まっている。真っ赤な口紅が塗られた風の口元もカッと開かれ、今にも叫び出しそうな雰囲気がこれでもかと漂っていた。
「こちら、購買部で安売りされていた呪いの人形『ジュリエッタちゃん』です」
「何つーモンを買ってきてんのよぉ!!」
問題児の1人でありユフィーリアの右腕と噂されるエドワード・ヴォルスラムが、あまりの恐怖に絶叫する。
灰色の短髪に涙を浮かべる銀灰色の双眸、顔立ちは確実に人間を3人ぐらいは毎日殺していそうな強面だが、幽霊やお化けなどの類が苦手な筋骨隆々の巨漢である。
懸命に机の下へ頭を突っ込んで呪いの人形から身を守ろうとしているが、彼の身長は2メイル(メートル)超えの大男である。ついでに迷彩柄の野戦服へはち切れんばかりの筋肉を押し込んでいる。たかが事務机程度で身を隠せるはずがない。
ユフィーリアは「エドよォ」と不敵に笑いながら、
「呪術の触媒にされた人形が怖いのかァ? たかが人形だぜ?」
「呪術の触媒にされたってことは、いくらか持ち主の怨念が込められて動く可能性があるじゃんねぇ!! 俺ちゃん知ってるんだからねぇ!!」
「お、ちゃんと学んでるな。偉い偉い」
「そうじゃない!! 俺ちゃんが言いたいのはそうじゃない!!」
ガタンガタン、と事務机を揺らしながら叫ぶエドワード。
美味しいお肉ではなく人間の肉を喜んで貪りそうな強面なのに、お化けや幽霊の類が苦手とは面白い反応を見せてくれる。ニヤニヤが止まらない。
これ以上は可哀想なので、ユフィーリアは「安心しろ、エド」と言う。もちろん心の底から彼が安心できる言葉を選ぶ。
「この人形は確かに呪術の触媒として使われてたけど、安売りされてたって言ったろ。その時にもう呪術は完全に解けて何もねえから安心しろ」
「本当にぃ?」
「アタシが嘘を吐いてどうするんだよ。グローリアの奴じゃねえんだし」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えると、
「呪術の触媒を処分するのは大変だから、購買部が買い取ることになってんだよ。その時に解呪もしてるから呪いの効果は人形に残されてねえんだ」
「じゃあ何で買ったの!?」
その質問をしてきたのは、用務員の馬鹿代表ことハルア・アナスタシスである。
毬栗を想起させる赤茶色の髪と琥珀色の双眸、18歳という年齢の割に幼い顔立ち。大小様々な衣嚢が縫い付けられた黒いつなぎという異様な服装の彼は、興味深そうに呪いの人形を観察していた。
カッと開かれた人形の口に人差し指を突っ込みながら、ハルアは言う。
「面白いことでもするの!?」
「そりゃあ当然だろ」
ユフィーリアはニヤリと笑うと、
「アイゼ、用意は?」
「こちらニ♪」
応じたのは妖艶な赤いドレスに身を包んだ南瓜頭の娼婦――アイゼルネである。
明るい緑色の髪を太めの三つ編みにし、花を模した髪飾りが彩る。収穫祭で見かける橙色の南瓜で頭部をすっぽり覆い、男性なら魅了され、女性なら嫉妬しそうな豊満な体躯を赤いドレスに包み込む。スカートに刻まれた切れ込みから覗く太腿が艶かしく、踵の高い靴を華麗に履きこなす姿は、用務員室が怪しげなお店に見えてしまう。
彼女がユフィーリアに差し出したものは、真っ白な手巾である。
折り畳まれたそれをゆっくりと開けば、乗せられていたのは真っ黒い誰かの髪の毛だ。どこから入手したのか不明だが、髪の毛を出してくるとは異常性しか感じられない。
しかし、呪術には髪の毛などの遺伝子情報が必要になってくるのだ。相手を確実に呪いたいのであれば尚更だ。
「ユフィーリア、これは誰の髪の毛なんだ?」
真っ白な手巾に乗せられた1本の長い黒髪をじっと観察する可愛い新人――アズマ・ショウが問いかける。
艶やかな黒髪を編み込みした上で高く結ぶというお洒落な髪型にし、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳が興味深そうに手巾の黒髪を眺める。少女めいた顔立ちは儚げな印象があり、東国の伝統衣装である和装を魔改造した彼専用の礼装が今日も映える。そこにいるだけで可愛い。
ユフィーリアは「よくぞ聞いてくれた」と満面の笑みで言い、
「これはな、グローリアの髪の毛だ。アイゼに奴の寝室へ侵入してもらい、枕に残っていた抜け毛を取ってきた」
「学院長の? しかし、学院長は冥府で特別労働者として働いている最中では?」
「そうなんだけどな、ショウ坊」
真っ白な手巾に乗せられた黒髪を摘むユフィーリアは、
「アイツは現在、魔法の使用を一切禁じられた冥府の特別労働者でヒィヒィ言いながら仕事をしている最中だ。なかなか大変だと思うぜ。グローリアはもやしっ子代表だしな」
「それで?」
「手っ取り早く仕事の邪魔をしてやろうと思って。ショウ坊を騙して魔法の実験をしようとした罰だ、ウチの可愛い新人を何だと思ってやがる」
そう、ユフィーリアがわざわざ購買部から呪術の触媒となった人形を購入したのは、これが理由である。
可愛い新人のショウを利用して2度の魔力暴走を引き起こした挙句、魔法実験の被験体にしようと目論んだのだ。興奮状態で「ショウ君を僕にちょうだい!!」と言ってきたあの馬鹿に殺意を抱いたのは言うまでもない。
そんな訳で仕返しである。ボッコボコに顔面を殴っただけでは物足りないのだ。魔女の恨みは根深い。
「はい、まずはこの髪を人形に食わせます」
ユフィーリアは摘んだ髪の毛を人形に食わせる。
カッと開いた人形の口は、この為に存在するのだ。
呪いたい相手の身体の一部を入れる必要があるので、触媒に巻きつけるよりも食わせて確実に落ちないように細工するのが最適である。
雪の結晶が刻まれた煙管の先端でブリッジした体勢の人形を叩き、ユフィーリアは人形に告げる。
「〈我が恨むは冥府に在り。グローリア・イーストエンドなる男也〉」
ギチ、と人形の首が動く。
「〈我が恨みを晴らせ、ジュリエッタ。死よりも恐ろしい痛みと恐怖を与え給え〉」
人形の首が360度回転すると、白目を剥きながら甲高い声で叫び始めた。
「マ゛マ゛あああああああああああああッ!!」
ブリッジのまま四肢を器用にガサガサガサガサッと動かしながら、人形は用務員室を飛び出していく。
それと同時に、校内へ昼食の時間を告げる鐘の音が鳴り響いた。
ちょうど午前の授業が終わった生徒たちが教室の外に出るのだが、果たして廊下を疾駆するブリッジ状態の呪いの人形とご対面した時にどんな反応をするか。
こうなる。
「ぎゃああああああッ!?」
「誰が呪術を使った!!」
「何だこれ!!」
「誰を呪ってんだこいつ!?」
用務員室の外は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、ブリッジしながら冥府まで学院長を呪いに行った人形を見て騒ぎに騒いでいた。
呪術を行使した本人はのほほんとしたものである。
悠々と煙管を燻らせる彼女は、鐘の音を聞いて「お」と反応する。そろそろ昼食の時間だ。
「お前ら、昼飯に行くぞ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「了解した」
呪いの人形のことなど忘れたとばかりの切り替えの速さで、ユフィーリアたち問題児は昼食に向かうのだった。
☆
『本日から花宴用のお弁当を販売!!』
『花宴用お弁当のご予約は3日前までにご連絡ください』
廊下を歩いていると、そのような内容の張り紙をいくつか見かける。
張り紙をしたのはヴァラール魔法学院に併設された4つのレストランが、自分たちで内容を考えて張り出したものだ。
色とりどりの食材を詰めた弁当に少し貴重で学生にはちょっと贅沢な食材を使ったパーティー用の惣菜、中には花を象った甘味など様々な種類の張り紙があった。
数名の生徒が張り紙を見ながら「これにしようよ」「予約する?」などと話し合っているのを横目に、ユフィーリアは思い出したように呟く。
「そういや、もう花宴の時期か」
「花宴?」
聞き覚えのない単語に、ショウが首を傾げる。
「あー、春になると綺麗な花が色々と咲くからな。学院の植物園が一時的に開放されて、そこで弁当が食えるようになるんだよ」
「お花見みたいなものか?」
「オハナミ?」
今度はショウの口から聞いたことのない単語が飛び出し、ユフィーリアが首を傾げる。
「似たようなものだ。花を見ながら弁当を食べるという行事は、俺の元の世界にもあった」
「なるほどな。やったことあんのか?」
「いや、ない」
張り紙を見ながら楽しそうに会話する生徒たちへ羨望の眼差しを送るショウは、
「滅多に外出するような人たちではなかったし、外出を許されることはなかったな……」
それから、ポツリとショウは呟く。
「いいな、お花見」
その一言で、ユフィーリアたちのやるべきことは決まった。
どこのレストランに行くか、などと話し合っている場合ではない。
花宴には弁当が必要だ。豪華な弁当を拵えて、可愛い新人に花宴を存分に楽しんでもらうのだ。
「行き先変更。お前ら、購買部に行って食材を買うぞ」
「はいよぉ」
「お菓子も買っていい!?」
「いいわネ♪」
「え? 急にどうしたんだ、ユフィーリア……?」
唐突に行き先を変更されて困惑するショウに、ユフィーリアは親指をグッと立てて言う。
「ショウ坊、これから花宴やろうぜ」
「え」
「やったことないなら、やるのが1番だろ。花宴は今だけの行事だぜ」
やったことがないのならば、経験するのが1番だ。
危険なことはさすがに安全を確保した上で考えるが、花宴は誰もが楽しめる行事である。危険な部分はどこにもないので、初心者も安心安全だ。
ショウは赤い瞳を瞬かせると、
「いいのか?」
「当たり前だろ」
ユフィーリアはショウの頭を撫でてやり、快活な笑みを見せる。
「遠慮なんていらねえんだよ、ショウ坊。これから美味い弁当を作ってやるから、お前は初めての花宴を目一杯に楽しめ」
そんな訳で、問題児たちの午後の予定は植物園で花宴となった。




