第5話【狂王の炎宴】
学院長室の扉を叩くと、部屋の主はちょうど部屋で仕事をしている最中だったのか、すぐに「どうぞ」と入室を促してくる。
「失礼いたします」
学院長室の扉を開け、瀟洒な調度品の数々が置かれた学院長室に足を踏み入れるショウ。
真っ赤な絨毯は高級感が漂い、天井には煌々と明かりを落とす照明器具が吊り下げられている。壁沿いには背の高い本棚が大量に設置され、小難しそうな魔導書がたくさん詰め込まれていた。
部屋の奥には大きな窓があり、窓に背を向けるような形で立派な執務机が設置されている。執務机には古い電話機のような形をした通信魔法の受信機が置かれ、たくさんの書類が山積みとなっている。
書類の山に挟まれるような形で仕事をする学院長の青年は、来訪者を確認する為に顔を上げた。
「やあ、ショウ君じゃないか。この時間帯だったら、ユフィーリアたちの墓参りに行ってると思ったんだけど」
顔を上げた黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドは、羽根ペンを走らせていた手を止めてショウに微笑みを投げかける。
たった1人で学院長室を訪れるのは苦手だが、今は苦手だ何だと言っている暇はない。
ユフィーリアたちの墓が、髑髏仮面の神父の手によって荒らされていたのだ。棺桶に収納されていた遺体は残らず持ち去られ、棺桶は粉々にされ、石の墓標は横倒しとなっていた。墓を直すのは、ユフィーリアたちの遺体を取り戻してからでも遅くない。
ジワジワと忍び寄ってくる学院長に対する恐怖心を押し殺し、ショウは地下墓地で見てきた光景を伝える。
「ユフィーリアたちの墓が荒らされていたんです」
「ええ!?」
驚いた様子で紫色の双眸を見開くグローリアは、
「それって本当? ユフィーリアたちの死体は?」
「持ち去られている様子でした。棺桶もバラバラに壊されて……」
「そんな……」
グローリアは「何てことだ……」と頭を抱える。
「魔法で蘇らないように棺の蓋を釘で留めておいたのに……わざわざ棺桶を壊してまで死体を持ち去るなんて、よほどユフィーリアたちに執着があるようだね」
「許せません」
ショウは自分の感情を吐き捨てる。
あの髑髏仮面の神父が許せなかった。
大切なユフィーリアたちの墓を掘り返し、遺体を持ち去るなんて許せるはずがなかった。彼女たちの遺体で何をするのか不明だが、きっとショウの考えつかないような実験に使われるのだろう。
死人に口なし、という言葉を思い出す。
遺体となった彼女たちに何をしようが、文句を言うことはない。問題児とはいえ、彼女たちの遺体は様々な魔法の実験に使えることだろう。
――ユフィーリアたちが、そんな惨い実験に使われるなど嫌だ。
「俺は、ユフィーリアたちの墓を荒らした犯人が許せません」
「僕も許せないよ」
少し怒ったように唇を尖らせるグローリアは、
「せっかく安らかに眠っていたのに、その死体を悪用されたら大変だ。特にユフィーリアは魔法の天才だし、死者蘇生魔法で蘇らせてから洗脳魔法でも使われて操られたら誰も太刀打ちできないよ」
「犯人の姿は見ました。特定できませんか?」
「どういう格好をしていたの?」
グローリアの質問に対して、ショウは髑髏仮面を装着した神父の格好を出来る限り正確に伝える。
「髪の毛は俺よりも長く、髑髏の仮面で顔を覆っていました。身長は高くて体格は細身、真っ黒な神父服を身につけて胸元では錆びた十字架の装飾品を付けていました」
「髑髏の仮面に神父服――ということは冥府の関係者か。補佐官の誰かかな?」
「そうなんですか?」
「うん」
グローリアは頷くと、
「冥王様の補佐官は、冥王様の書類を届けたりする際に何度か地上に出てくるんだよ。その際に『冥府の代表者である証』として髑髏の仮面を装着するんだ」
「なるほど」
あの神父は髑髏の仮面を装着していた。特徴だけ聞けば、冥府の関係者であると判断できる。
相手が冥府の関係者だろうと関係ない。
神父がユフィーリアたちの遺体を連れ去ったのは事実だ。彼の手からユフィーリアたちを取り返して、棺に戻してやらないといけない。死してなお酷使されるなんて可哀想だ。
ショウは真っ直ぐにグローリアを見据え、
「学院長」
「どうしたの、ショウ君。いつになく真剣な様子だけど」
「何か武器になるようなものはありませんか」
「え?」
グローリアは不思議そうに首を傾げ、
「えーと……冥王様の補佐官を相手に喧嘩でも売るつもり?」
「殺します」
ショウの答えは、至極簡単だった。
理由はどうあれ、あの髑髏仮面の神父はショウの大切な人たちを連れ去った。それは度し難い罪だ。
例え土下座されたところで、ショウは絶対に神父の所業を許すことなど出来ない。許すことが出来ないとなれば、神父にユフィーリアたちの遺体の在処を聞き出してから殺すしかない。
ひどく暴力的な思考回路だが、今のショウにはそれしか思いつかなかった。
「……そっか。君はユフィーリアたちのことが好きなんだね」
「はい」
即答だった。
好きだから大切なのだ。ユフィーリアも、エドワードも、ハルアも、アイゼルネも大好きだから大切なのだ。
大切な人たちを傷つける相手は、誰であろうと許さない。再び魔力暴走を引き起こしても構わない、この手で必ず髑髏仮面の神父を殺してユフィーリアたちを取り戻す。
グローリアは「うん、分かったよ」と応じ、
「それなら、君にピッタリの武器があるよ」
爽やかな笑顔で言うグローリアは、ポンと手を叩いた。
すると、ショウの目の前に黒い箱がドスンと音を立てて落ちてきた。
落ちた衝撃で黒い箱の施錠が解かれ、その中身がショウの眼前に晒される。赤い布が敷き詰められた箱の中には、布の台座と同じ色をした長弓が置かれていた。
弓の本体まで真っ赤に染まり、弦の部分が糸のように細い炎だ。めらめらと今も燃えているにも関わらず、布の台座を燃やすことなく箱の中に横たわっている。
ここで剣や槍を与えられたら満足に使えないところだったが、弓であれば話は別だ。弓の腕前は多少の自信がある。
赤い長弓を箱から持ち上げて、ショウは「これは?」と問いかける。
「神造兵器と呼ばれる類の武器さ。銘は『狂王の炎宴』」
「神造兵器……?」
「そう、神々が作った兵器だから神造兵器って言うんだよ。弩級の威力を持つ代わりに使い手を選ぶって言われているんだ」
朗らかな笑顔で言うグローリアは、
「その長弓は初代の冥王が罪人の魂に罰を与える際に使われたとされる神造兵器で、強力な炎の魔法が使えるのさ」
「炎の魔法……」
炎と聞くと、魔導書図書館の『物語の世界樹』を燃やしてしまったことを思い出す。
ショウが魔力暴走を起こしてしまったせいで『物語の世界樹』は燃え、大切に保管されていた魔導書も燃やされ、巻き込まれてしまったユフィーリアたちも殺してしまった。記憶にはないが、炎の中に消えていくユフィーリアの後ろ姿を想像して涙が出そうになる。
彼女を助けなければ。
髑髏仮面の神父をこの手で射殺し、ユフィーリアたちの遺体を取り戻すのだ。
長弓を握りしめる手に力を込め、ショウは貴重な武器を貸し与えてくれた学院長にお礼を言おうと口を開く。
「あの――」
次の瞬間、目の前が真っ黒に塗り潰された。
「――――ッ!?」
上下左右、どこを見渡しても真っ暗な闇の中。
床に立っているのかさえ怪しく思えてくる場所に突如として放り出されたショウは、闇の中でも色を失うことのない真紅の長弓を構える。
何が起きたのか理解できなかった。つい先程まで学院長室にいたはずなのに、どうしてこんな闇の中にいるのか。
警戒するように周囲へ視線を巡らせると、どこからか声が聞こえてきた。
――狂え。
それは老人を想起させる、嗄れ声だった。
――狂え、狂え。
姿の見えない老人は、ショウに向けて言う。
――愛する者を救いたければ、愛する者を助けたければ、御前はただ愛に狂え。
――御前はただ、愛する者の為に狂え。
長弓を構えるショウの前に、1人の女性が姿を見せる。
どこまでも真っ黒に塗り潰された世界に於いて煌めく浮かび上がる銀の髪、光の差さない青い双眸。人形のような顔立ちに生気はなく、だらりと僅かに開いた唇から赤い舌が覗く。
首まで覆う黒い上衣と幅広の洋袴、袖のない外套と真っ黒な長手袋が二の腕まで覆う。肩が剥き出しとなった特殊な黒装束を纏うその女性は、背後から誰かに抱きしめられて無理やり立たされている様子だった。
ユフィーリア・エイクトベル。
世界で1番優しい魔女であり、ショウの大切な女性。
「彼女が愛しいかね」
力なく華奢な身体を預ける彼女の背後から、髑髏仮面の神父が姿を現した。
神父の節くれだった指先が、ユフィーリアの細い首を絞めた。ギリギリと5本の指先は彼女の柔らかな喉にめり込んでいき、やがてその細い首を折り曲げてしまった。
頭を垂れるユフィーリア。物言わぬ彼女を、この凶悪な神父は傷つけた。死してなお、彼女はこの神父に苦しめられた。
許さない。
許してなるものか。
真紅の長弓を構えたショウは、炎を糸状に細くして張られた弦に指をかける。
「貴方だけは許さない」
手元に炎が生じる。
それは弦を引っ張ると形を変え、鏃から羽根まで炎で作られた矢が番られていた。
ぶわりと闇の中を紅蓮の炎が照らし、神父の身体にもたれかかるユフィーリアの遺体ごと髑髏仮面の神父を焼いていく。
灼熱の炎に苦しむ髑髏仮面の神父に狙いを定め、ショウは矢を放った。
「今ここで死ねッ!!」
炎の矢は寸分違わず神父の眉間を撃ち抜き、全身を炎で包み込む。
それと同時に、ショウの全身からも力が抜けた。
極度の緊張状態から解放されたからだろうか。灼熱の炎の中に身を横たえると、重くなる瞼に抗えず目を閉じてしまう。
深淵の中に意識が沈んでいき、やがて手放してしまった。
――ぷつん。




