第4話【墓荒らし】
ユフィーリア・エイクトベルが死してから、5度目の朝を迎えた。
「…………」
寝床にしている長椅子に腰掛け、ショウは垂れ落ちる黒髪を掻き上げる。
世界が色褪せて見える。
眼球の問題ではなく、単にショウの心の問題だ。窓から見える空は晴れているにも関わらずどんよりと曇ったように映り、希望に満ちた朝を告げる小鳥たちの囀りはただの雑音でしかない。
あれだけ素敵な景色として映ったはずの異世界は、こんなにも汚いものだったか。
「…………着替え」
かろうじて着ている寝巻きを脱ぎ捨て、ショウは真新しい襯衣に袖を通す。細身の洋袴を穿いてから、寝床の側に置いたままの靴を手に取った。
元の世界で見かけた下駄と長靴を一体化したような、不思議な形の靴である。これを仕立ててくれた銀髪の魔女は「こういうの格好いいだろ」と笑いながら言っていた。
長靴に足を突っ込み、しっかりと靴紐を結んで解けないようにする。靴の大きさもピッタリで、まさしくショウの為に誂えた最高の靴だった。
着替えが終わると、長椅子の背もたれに引っ掛けた外套を羽織る。これも元の世界で見かけた着物とよく似た形をしており、袖の布が普通の衣服と比べると長い。袖や外套の裾には、真っ白な雪の結晶が模様として刻み込まれていた。
この雪の結晶を見ていると、あの悪戯好きで優しい魔女の姿が目に浮かぶ。氷の魔法を得意としていた彼女は、いつも雪の結晶が刻まれた煙管を咥えていたか。
「…………」
外套の上から和服の帯を想起させる真っ白いベルトを巻くと、赤い組紐でベルトを飾る。これで身支度は完了だ。
ショウは最後に、自分の髪へ触れた。
髪型はどうしようか。いつもなら銀髪碧眼の魔女が魔法を使って結んでくれるのだが、彼女はもういない。これからは自分で結ばなければならない。
「…………いいか」
別に結ばないでも、いいか。
綺麗に着飾っても、彼女に褒めてもらえなければ意味がない。
他の人ではない。彼女以外の褒め言葉など、ショウはほしくない。
適当に櫛で梳かしてから、ショウは用務員室から立ち去った。
こんな時でも空腹を訴える身体が恨めしかった。
いっそ餓死でもしてしまえば、彼女たちの後を追いかけることが出来るのに。
(いいや……)
朝の静けさに包まれた廊下を歩くショウは、死んだ魚のような目で色褪せた世界を見やる。
問題児のいなくなったヴァラール魔法学院は、平和そのものだ。
教室が勝手に占拠されることもなければ、授業を邪魔される必要もない。生徒も教職員もどこか生き生きとした様子で、この3日間を過ごしていた。
彼らの死を嘆いているのは、ショウだけだ。
(……殺した犯人が後追い自殺をしても、迷惑か)
――問題児を殺したのは、ここにいる異世界からやってきた少年なのだ。
☆
手短に朝食を終えてから、ショウはヴァラール魔法学院の地下墓地へ向かった。
ユフィーリアたち問題児が埋葬されたのは、学院の地下にある迷宮区の一角だ。見覚えのある地下墓地の片隅に彼女たちの棺桶は埋められて、一抱えほどもある石の墓標が置かれた。
魔力欠乏症を患っていた時は歩行もままならず、学院長や副学院長に付き合って墓参りに行ったものだ。現在は魔力欠乏症も完全に回復し、自分の足でユフィーリアたちの墓に行くことが出来るようになった。
「ユフィーリアは赤い色が好きと聞いていたが……他の人は何色が好きだろうか。これでいいかな……」
手にした小さな花束は、中庭で摘んだ花を束ねただけの簡単なものだ。
ユフィーリアの墓前に供える花束は赤を基調とした花を選んだが、エドワードやハルア、アイゼルネの好きな色を事前に聞いておけばよかった。
青や黄色などの明るめな色合いを選んだが、用務員の先輩たちは気に入ってくれるだろうか。気に入ってくれたら嬉しい。
何度も墓参りに訪れているおかげで、地下墓地に行くまでの道のりは完璧に覚えた。この時ばかりは暗かったショウの表情も明るくなり、足取りも軽いものとなる。
「ん……?」
見慣れた地下墓地に辿り着くと、そこにはすでに先客がいた。
地面に届くほど長い黒髪が動くたびに揺れ、不気味な印象を与える髑髏の仮面が猥雑に配置された石の墓標の群れを眺めている。身につけた黒い神父服は土で汚れ、胸元では錆びた十字架が引っ掛けられている。
髑髏仮面の神父は真っ白な円匙を担ぎ、それから何事もなかったかのように地下墓地の隅に建てられた木造の小屋へ姿を消す。あの真っ白な円匙を置きに行ったのかと思ったが、それにしてはやけに時間が長すぎる。
見知った神父が、地下墓地で何か作業をしていたようだ。円匙を持っていたということは、誰かの墓でも建てていたのだろうか。
「…………ッ!!」
大量にある石の墓標のうち、覚えのある箇所のものがひっくり返されている。
慌てて駆け寄れば、そこはユフィーリアたちの墓だった。
棺桶が埋められた場所は掘り返されて大きな穴が開き、棺桶は見事に破壊され尽くしている。その中で眠っていただろう彼女たちの遺体はなく、ズタボロになった棺桶と横倒しとなった石の墓標だけが残されていた。
「あ、ああ……」
摘んできた花で作られた小さな花束を落とし、ショウは膝から崩れ落ちる。
そんな、嘘だ。
何故ユフィーリアたちの墓が、こうも荒らされている?
彼女たちはここで眠っていたのだ。せっかく安らかな眠りについたのに、どうしてここまで残酷な真似が出来るのだろうか。
「あの神父……ッ」
そう言えば、髑髏仮面の神父は真っ白な円匙を持っていた。全身も土で汚れていた。
可能性として考えられるのは、ユフィーリアたちの墓を掘り返した犯人はあの髑髏仮面の神父であるということだ。
弾かれたように立ち上がったショウは、髑髏仮面の神父が姿を消した木造の小屋へ駆け寄る。建て付けの悪い扉があるだけで窓はなく、部屋の様子を覗くことは出来ない仕様となっていた。
「ユフィーリアの墓を荒らしたのは……ッ!!」
貴方ですか、という言葉は掻き消えた。
そこにあったのは、埃を被った姿見だけだった。
今にも動き出しそうな2体の骸骨が鏡を支える不気味な意匠の姿見で、小屋へ突撃したショウの全身を映すだけだ。墓を荒らした犯人である髑髏仮面の神父の姿はなく、気味の悪い姿見だけが嵐を受けただけで吹き飛びそうな木造の小屋に放置されている。
小屋を見渡しても神父の姿はなく、姿見の裏を見てもやはり隠れている様子はない。彼はどこへ消えた。
「……墓荒らしをするなんて、許せない」
特に、大切な人たちの墓を荒らすなど言語道断だ。
ショウは2体の骸骨が支える姿見を睨みつけ、小屋の扉を閉めた。
神父の姿が小屋にないということは、転移魔法でどこかに行ったのだろうか。浮遊魔法しか使えないショウにとって、あの髑髏仮面の神父を追いかける手段はない。
ならば、出来る手段は待ち伏せぐらいのものだろう。
「学院長の元へ行こう」
ユフィーリアたちがいない現在、頼れる大人は学院長のグローリア・イーストエンドと副学院長のスカイ・エルクラシスぐらいだ。
彼女たちが生きていれば「いや絶対に止めとけ、何か裏があるに決まってる!!」とショウに警戒を呼びかけるだろうが、学院長と副学院長の2人なら何か解決策があるかもしれない。
膝についた土埃をパタパタと落とし、ショウは地下墓地から足早に立ち去った。
ユフィーリアたちの墓を戻してやらなければ、という考えはなかった。
墓荒らしをした髑髏仮面の神父を懲らしめて、連れ攫われたユフィーリアたちの遺体を取り戻さなければならないという使命感に駆られていた。
――彼は知らない。
ヴァラール魔法学院が抱える最大級の問題児は、実は冥府の特別労働者として徴用されていて、今日も今日とて死者の魂をニコニコ笑顔で追いかけ回すという仕事に専念しているということを。
――彼は知らない。
大切な人々の来世の幸せを願って足繁く通う墓地には誰も眠っておらず、適当な木材を削って作られただけの人形が遺体の代わりとして棺桶に収納されていたことを。
――彼は知らない。
大切な人たちの墓を掘り返した髑髏仮面の神父は、冥府の第一補佐官であり血の繋がった実の父親であるということを。
アズマ・ショウは、何も知らない。




