第3話【特別労働者の仕事】
冥府の特別労働者がこなす仕事は、基本的に重労働である。
「待て待てー☆」
ユフィーリアは爽やかな笑みを浮かべて、逃げる死者の魂を追いかけていた。
赤黒い空には不吉の象徴とも呼べる鴉が飛び、見渡す限りに続くゴツゴツとした岩肌の剥き出しな大地。枯れた木にはボロボロの黒い死装束を纏う死者の魂が引っかかり、その下で浅黒い肌をした人型の怪物が棍棒を片手に死者の魂をぶん殴っていた。
これが呵責である。現世で罪を重ねて、冥府の裁判場で罰を言い渡された罪人の魂が受ける暴力だ。棍棒でぶん殴られるだけならまだしも、永遠に切り刻まれたり、針で全身を貫かれたりと現世で犯した罪によって刑罰の内容も変わる。
冥府の特別労働者として徴用されたユフィーリアたちも、この罪人の魂に対する呵責を仕事として与えられた。なので逃げる死者の魂を満面の笑みで追いかけ回しているのだ。
「あはは☆ 待て待て☆」
ユフィーリアは楽しそうだった。
それはもう、暴力と悲鳴と絶叫しかないこの冥府の刑場で、誰もが振り返るほどの美貌に綺麗な笑みを浮かべるほど楽しそうだった。何かもう全身からこれでもかとキラキラした空気が放出されている様子だった。
死者の魂を追いかけ回すことがよほど楽しいのだろう。逃げる死者は必死の形相で逃げ回っているのだが、付かず離れずの距離を維持しながら追いかけてくる銀髪の魔女は心の底から楽しそうだった。
そんな彼女の手には、棍棒の先端に棘付きの鉄球がついた武器が握られている。やり取りだけ見れば砂浜で呑気に鬼ごっこでもしてそうな雰囲気だが、死者側からすれば殴られればタダでは済まない。
「待てって――」
グッと爪先に力を込めたユフィーリアは、
「――言ってんだろッ☆」
あえて付かず離れずの距離を維持していたが、一足で距離を詰めると棘付きの鉄球がついた棍棒を薙ぐ。
鉄球が確実に死者の頭部を捉え、ボッと首から上を胴体とサヨナラさせた。あらぬ方向に転がっていく生首。てんてん、と鞠のように転がると上から鴉の襲撃を受けて再び悲鳴を上げる。
一方でその場に残された胴体は膝から頽れると、ピクリとも動かなくなってしまった。活きがいいのは生首だけで、胴体の方はただの肉の塊と化す。
ユフィーリアはうつ伏せに倒れた胴体を見下ろし、
「えいえいッ☆」
「ぎゃあ!! 止めろ止めろ止めろイダダダダダダ!!」
棘付きの鉄球で、重点的に股間を狙い撃ちする。
どうやら首と胴体がサヨナラグッバイしても、痛覚だけは仲良しこよしらしい。痛覚が繋がっているのならば、まだまだ玩具として機能する。
相手は死んでいるのだ。生殖機能など必要ないではないか。棘付き鉄球で何度も殴られて潰れたところで、死者に【自主規制】など必要なしである。
「ふう、いい汗掻いたァ」
生首の方が泡を吹いて気絶を果たしたところで、ユフィーリアは棘付き鉄球で虐める行動を止めた。
懐にしまっていた雪の結晶が刻まれた煙管を取り出し、仕事終わりの一服だと言わんばかりに深く吸う。清涼感のある匂いの煙を「はあ」と吐き出せば、背中の方から聞き慣れた形式で名前を呼ばれた。
振り返れば、同じように冥府の特別労働者として徴用された3人の部下が駆け寄ってくる。一仕事終えた彼らも、どこか楽しそうな雰囲気があった。
「おう、お疲れさん」
「お疲れぇ、ユーリ。冥府の特別労働者って何するのかと思ったけどぉ、意外と楽しいじゃんねぇ」
泣く子も裸足で逃げ出す強面にニッコニコの笑みを張り付けるエドワードは、肩に担いでいた金棒をドスンと足元に落とす。ゴツゴツの地面が抉れた。怖さ倍増である。
ちなみにこの金棒、ただの金棒ではない。エドワードの身長に合わせてかなり長さがあり、膨らんだ先端部には小さな棘がこれでもかも生えている。殴られれば穴が開くのは間違いない。
エドワードの隣では、黒い三叉の槍を担ぐハルアが「うん、楽しい!!」と頷いた。
「ショウちゃんも連れてくればよかったね!! 絶対に楽しいと思うよ!!」
「ショウ坊にはまだ刺激が強すぎるんじゃねえのか? 特にそこの奴なんかはよ」
「あラ♪」
指名されたのは南瓜頭の娼婦ことアイゼルネだ。真っ黒な衣装が通常装備である冥府に於いて、彼女の煌びやかで扇情的な意匠のドレスはかなり刺激が強すぎる。
だが、ユフィーリアが指摘したのはアイゼルネ本人ではない。
アイゼルネが尻に敷いている、太った男性のことだ。
全身にギトギトの汗を掻き、黒い布で目隠しをされ、さらに太い首には鉄製の首輪が嵌められている。首輪からは麻縄が伸びていて、縄の先端はアイゼルネが握っていた。
死者を意味する黒装束は着ておらず、代わりに真っ黒な男性用下着のみを身につけた変態的な格好をしていた。汗だらけの背中に手巾を敷いて、四つん這いにさせた小太りな男を椅子にして南瓜頭の娼婦は優雅に座っている。
アイゼルネはどこからか取り出した棘付きの鞭を揺らしながら、
「だっておねーさんの得物、これなんだもノ♪」
「だからって調教するか? それ興奮してんじゃねえか」
ユフィーリアが冷めた視線を小太りな男へやれば、彼は「あはあッ!!」と気持ち悪い声を上げてビクン!! と跳ねた。
「ひ、冷ややかな目が、目がぁッ!! あはぁッ、さ、最高ッ」
「あらやダ♪ 豚さんが言葉を話しちゃったワ♪」
アイゼルネは四つん這いになった男の背中から立ち上がると、ピシリと棘付きの鞭で男の背中をぶっ叩く。
「おねーさん、人間の言葉を話すように許した覚えはないけれド♪」
「ぶひぃッ!!」
豚の鳴き真似を披露する小太りの男へ、アイゼルネはピシャンピシャンと棘付きの鞭で叩いてお仕置きを施す。もう完全に雰囲気がそういう店だ。ここが冥府とは思えなくなってきた。
ユフィーリアは遠い目をしながら煙管を吹かす。
この状況を可愛い新人に見せたら、絶対に心的外傷を負う羽目になる。それは可哀想だ。彼は純粋培養なのだから、大切にしなければならない。
「……ショウ坊に会いてえなァ」
「だねぇ」
「うん!!」
現世に置いてきてしまった可愛い新人に想いを募らせる問題児の元へ、冥王第一補佐官がやってくる。
艶やかな黒髪は地面に届くほど伸ばされ、神父服の胸元では錆びた十字架が揺れる。少女めいた儚げな印象のある顔立ちは、あの現世に置いてきたことを後悔する可愛い新人の少年と瓜二つだ。
頭に髑髏の仮面を乗せた神父様――冥王第一補佐官のアズマ・キクガは、不思議そうに首を傾げながら言う。
「邪魔をしたかね?」
「いいや全然。それよりも何か用事か?」
「ああ、ザァト様がお呼びだ」
キクガは冥王の居城方面を顎で示すと、
「急ぎなさい。『すぐに呼んでこい』と頼まれたのだから」
☆
そんな訳で冥王ザァトの御前に参上した問題児は、深刻な表情を見せる白髪の子供――冥王ザァトと対峙を果たす。
学院長とは違って、冥王から直々に呼び出しを受けるようなやらかしはしていないはずだ。せいぜいアイゼルネが死者の魂を調教して、半裸で「私は雄豚です」と訴えることに興奮を覚えさせたぐらいだろうか。
それでもちゃんと死者の魂を追いかけ回して、ぶん殴って、目も当てられない暴力を与えて反省を促しているつもりだ。何か冥府の掟に違反してしまったのだろうか。
すると、今まで難しそうな表情で腕を組んでいた冥王様が、ようやく口を開いた。
「其方らよ」
「何すか、冥王様」
「死んでおらんよな?」
「…………ん?」
何か変な質問の内容だった。
「えっと、どういう意味っすかね」
「いやな、実は現世で其方らが死んだことになっておってな?」
「はい?」
話の内容が読めなかった。聞き飛ばしたんじゃないかと思った。
「何でそんなことになってんの?」
「知らん。其方らに恨みを抱く何某の仕業だろうが……まあ実物を見てもらった方が早い。キクガ、用意せよ」
「承知しました」
冥王ザァトの命令を受け、キクガは足早に裁判場から立ち去る。
少しの時間を置いて、キクガは何かを抱えて裁判場に戻ってきた。
彼の腕には4体の木彫りの人形が抱えられている。木材を適当に削って人型に整えただけの雑な作りをしたそれは、表面に名前が刻まれているようだった。
そのうちの1体をキクガから手渡されたユフィーリアは、人形の表面に刻まれた名前を確認する。
「アタシの名前じゃねえか」
「俺ちゃんのもあるよぉ」
「オレのもある!!」
「やだワ♪ おねーさんの人形もあるけド♪」
4体の人形には、ユフィーリアたちの名前がそれぞれ彫られていたのだ。
現世で死んだことになっていると言われても理解できないし、何故こんな雑な作りをした人形が冥府へ送られることになるのか。
これがユフィーリア・エイクトベルとして弔われたのであれば、タチの悪い嫌がらせである。冥府の特別労働者として徴用されただけなのに、死者として扱われるのは不謹慎だ。
予想外の事態に頭を抱える冥王ザァトは、
「これらの人形が正式に弔われたものとされ、死者の台帳にも誤植が発生している。ややこしいことこの上ない」
「ザァト様」
側に控えるキクガが冥王ザァトを見上げ、
「冥府の特別労働者として徴用された彼らを死者として扱うのは、冥府側の規定にも抵触します。即刻、現世に作られた彼らの墓を掘り返すことを推奨しますが」
「え、そんなんでいいの?」
「間違った墓が在り続けても、無駄に敷地を食うだけだ。本当に必要な死者が弔われなければ意味がない訳だがね」
キクガは頭に乗せた髑髏の仮面を装着すると、何故か固まった様子の冥王ザァトに向き直って言う。
「私は現世へ赴き、彼らの墓を掘り返して参ります。すぐに戻ります」
冥王ザァトからの応答を待つ前に、キクガは早足で再び裁判場を立ち去った。
キビキビとした仕事ぶりや隙のない態度は、さすが冥王の第一補佐官を務めるだけあるだろう。彼が上司ではなくてよかった、と心の底から思う。
あれほど生真面目な仕事人間が上司だった場合、悪戯をすれば即刻クビを言い渡されそうな予感がある。やはり学院長は、あの腐れ外道な爽やか暴君野郎でよかったのかもしれない。
ポンポンと手の中で木彫りの人形を弄ぶユフィーリアは、
「しっかし、縁起でもねえよなァ。冥府の特別労働者で徴用されただけだってのに、死者として扱うとか何事だよ」
「だよねぇ。どうせ1ヶ月もすれば解放されるんだからさぁ」
「知らんぞ、我」
冥王ザァトが唐突に口を開いたと思えば、何やらとんでもない言葉を告げたような気がする。
全員して冥王ザァトへ注目すれば、白髪の子供は先程の言葉を繰り返した。
その言葉は、本来であればあり得ないものだった。
「だから知らんぞ、我。冥府の特別労働者を許可した覚えなど、一切ない」




