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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第1章:異界からの訪問者〜問題用務員、異世界召喚魔法大成功事件〜
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第4話【異世界召喚魔法】

 正直な話、創作上に書かれる異世界召喚魔法は何の参考にもならなかった。


 星の数ほどある創作小説に出てくる異世界召喚魔法は、数え切れないほど枝分かれして、どれが本当に成功する方法なのか分からない。

 全ての方法を試していたら何日かかるか不明であり、ついでに言えば論理も色々と崩壊してしまっている。これでは異世界召喚魔法どころか、通常の召喚魔法ですら発動せずに失敗する可能性が大いにあり得る。


 とりあえず用務員室の本棚に置かれた全部の創作小説に目を通してみたが、何の成果も得られなかった。「これらを書いた作者は、碌に召喚魔法を調べなかったな」ぐらいの情報しか残らなかった。



「いやな、アタシもそれなりに魔法は使うぜ。魔法の勉強もやぶさかじゃねえよ、調べれば調べるほど面白いものが見れるからな」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、最後の創作小説を閉じたユフィーリアはキッパリと告げる。



「でもこれはねえわ。円を描いて適当に線を引いても魔法陣は完成しねえし、そもそも召喚魔法を舐めすぎてんだろ。魔法式の対象を『世界規模』にしても、異世界には繋がらねえだろふざけてんじゃねえよ1から魔法を学び直してこいやお花畑野郎がッ!!」


「ユーリ、創作物フィクションに対して本気の説教をしても無駄ヨ♪ この作者様が書く世界では発動しちゃうのがお約束なのヨ♪」



 息継ぎをせずに創作小説に対する怒りの感想を叫んだユフィーリアは、南瓜頭の娼婦から静かに諭されて冷静さを取り戻す。


 とはいえ、全く参考にならない訳ではない。

 未だ確立されていない異世界召喚魔法に様々な調味料を加えた結果、どうしようもなく論理が破綻してしまい失敗する未来しか見えないが、色々と継ぎ接ぎすれば成功の道が切り拓けるかもしれない。


 清涼感のある匂いの煙を吐き出しつつ、ユフィーリアは言う。



「成功するのか疑問に思えてきた」


「自信を持ってヨ♪ ユーリしかまともに魔法を使える人っていないのヨ♪」


「いやもうこれ成功する確立なんて限りなく無だろ。皆無だろ。どう考えても『ぼくのかんがえたさいきょーのまほう』的なアレだろ」


「でも、全く参考にならなかった訳じゃないんでショ♪」


「まあな」



 咥えていた煙管を一振りして魔法を発動させ、ユフィーリアは机の上に積まれた数々の創作小説を本棚に戻していく。ついでに自分が出した魔導書も元の位置にしまった。

 次いで、魔法で羊皮紙と羽根ペンを操作する。積み重ねられた魔導書の下敷きになっていた羊皮紙が勝手に引っ張り出され、さらにインク瓶に頭を突っ込んだままになっていた羽根ペンが起き上がる。広げられた羊皮紙の上に羽根ペンがくるくると踊り、文字と図面を描いていく。


 自動手記魔法と呼ばれる魔法だ。少し難しい魔法だが、勉強をすれば誰でも使えるようになる便利な魔法である。


 異世界召喚魔法に関する情報の精査とそれらを組み合わせて魔法陣を生み出す作業は自動手記魔法に任せ、ユフィーリアは積み重ねられた魔導書に手を伸ばす。

 他にも異世界召喚魔法に使えそうな魔法はないか、と魔導書の表紙を開く。小難しい前置きは飛ばし、召喚魔法や転移魔法を重点的に探していく。


 流れるような動作で魔法を発動させ、あまつさえ魔法を手足のように扱う銀髪の魔女の姿を目の当たりにしたアイゼルネは、お茶の準備をしながらポツリと呟いた。



「本当に天才型なんだかラ♪」



 ユフィーリア・エイクトベルは、魔法の天才である。

 普段はその自由奔放とした性格に隠れがちだが、魔法に関しては一般的な魔女や魔法使いを遥かに超える才能を持っている。多種多様の魔法に精通し、星の数ほど存在する魔法を手足のように操る様は天才以外の表現が見つからない。


 本人は「魔法が面白いから極めただけで、こんなの誰でも出来る」と言っているが、多数の魔法を同時に行使する技術は、熟練の魔女や魔法使いでも扱えない。

 しかも、彼女は基本的に詠唱をしない。五節以上の呪文が必要になる自動手記魔法でも、簡単な動作だけで発動させてしまうのだ。これを天才と呼ばずに何とする。


 紅茶の入ったカップをユフィーリアの前に置いたアイゼルネは、



「そう言えば、どこで異世界召喚魔法を試すのかしラ♪」


「儀式場」


「この前、第5儀式場を爆発させて出禁になったばかりでショ♪」


「第5儀式場を出禁になった覚えはあるが、他の儀式場を出禁になった覚えはねえな」



 魔導書を読みながらしれっとそんなことを言うユフィーリアは、やはり魔法の天才という印象より問題児筆頭という印象が勝ってしまう。


 他の儀式場を無断で使用する気満々のユフィーリアに、アイゼルネは「ユーリらしいわネ♪」と苦笑するしかなかった。

 彼女らしいと言えば彼女らしい。それでこそ問題児筆頭である。



 ☆



 そんな訳で、異世界召喚魔法の準備である。


 ヴァラール魔法学院には、大規模な魔法を使う際に使用する儀式場が多数用意されている。

 申請すれば誰でも使うことの出来る施設だが、一部は使用禁止を言い渡されていた。もちろん問題児と呼び声高い用務員連中である。


 しかし、彼らは問題児。使用禁止と言われていようが問答無用だ。



「広い儀式場は勘付かれる。かと言って、狭い儀式場を使えば自由に魔法陣を描くことさえ出来ない」



 ずらりと並んだ儀式場の扉を、1つ1つ丁寧に確認していくユフィーリア。


 儀式場の広さは劇場と思えるほど広大なものから、納屋のような狭さのものまで多岐に渡る。広い儀式場を使えばより規模の大きな魔法を扱うことが出来るが、無断で使用するには不向きである。

 手頃な広さのある儀式場ということで、ユフィーリアが選んだのは『第7儀式場』と札が下げられた儀式場だった。広さは教室1つ分程度で、そこそこの広さがある。


 薄暗い第7儀式場の内部へ足を踏み入れたユフィーリアは、



「召喚魔法には触媒が必要になってくるが、今回は異世界の生物が対象になってるからな。触媒になるモンは選べねえ分、魔法式で補う」


「ユーリ、小難しい話はついていけないから10字以内に纏めてよぉ」


「超頑張る」



 さて、異世界召喚魔法の準備開始だ。



「エド、魔法水マホウスイは汲んできたな?」


「見ての通りだよぉ」



 エドワードが抱えているのは、小さめのかめだった。

 かめの中では白濁とした液体がちゃぽちゃぽと揺れていて、匂いは全くしない。中身の液体を撒く為の柄杓ひしゃくが甕から伸びていて、すでに用意は出来ている状態だ。


 この水は、魔法水マホウスイと呼ばれる特殊な液体である。

 魔法の源となる魔素が大量に溶け込んでおり、使用者が有する魔力と結びついて自在にその形を変える性質を持っている。基本的に魔法陣を描く際に使用される消耗品で、授業などでもよく使われていた。


 魔法水が入った甕を掲げるエドワードは、



「でもぉ、勝手に使っちゃってよかったのぉ? 白墨チョークの方が良くなぁい?」


「白墨だと何度も書き直す羽目になった時が面倒だろ。魔法の実験ってのは失敗を前提に考えた方がいい」



 それに、とユフィーリアはニヤリと笑った。



「魔法水の管理はアタシら用務員の仕事だぜ。多少ちょろまかすぐらい、どうってこたァねえよ」


「あれぇ? この前使いすぎて学院長からめちゃくちゃ叱られたからぁ、管理は副学院長に移ったんじゃないのぉ?」


「そうだっけ? じゃあ普通の水でも入れてかさ増ししてから返却するか」



 さすが問題児、誤魔化し方も意外と雑である。バレたら確実に大目玉を食らうというのに、危険を顧みない馬鹿な行動に出るものだ。


 呑気に笑うユフィーリアは、エドワードの持つかめから伸びた柄杓ひしゃくで魔法水を掬い、第7儀式場の床にぶち撒ける。

 びちゃ、ばちゃ、と煉瓦レンガ造りの儀式場の床が容赦なく濡れる。魔法水は床に染み込まずに、そのまま水溜りのような状態で床に広がった。



「そしてコイツを投げるっと」



 魔法で手元に転送させた羊皮紙を広げ、ユフィーリアは床の水溜りに投げつける。


 羊皮紙に記入されているのは、複雑な魔法陣だ。

 あらかじめ自動手記魔法に任せて書き込んだ魔法陣で、召喚魔法を基礎に転移魔法も要所に盛り込まれた特別仕様となっている。他ではあまりお目にかかることの出来ない芸術品だ。


 水溜りに投げつけられた羊皮紙はヒラヒラと水面めがけて落ち、あっという間に濡れてしまう。表面に記載された魔法陣からインクが染み出し、それが水溜りと混ざった瞬間を見計らって、ユフィーリアは短く告げる。



「〈形成オン〉」



 バチィ!! と水溜りから紫電が弾ける。


 ユフィーリアの魔力を受けた魔法水は、バチバチと青白い紫電を弾けさせながら徐々に形を変えていく。

 水溜りの中に浮かぶ羊皮紙に描かれた魔法陣が輝き、魔法水はその通りに変形する。大きな円を描き、その内側には緻密な魔法式が書き込まれていき、完璧な魔法陣が瞬く間に出来上がった。


 召喚魔法は何かしらの触媒を必要とし、人間や動物の死体を触媒とするなら死霊が、悪魔の角や心臓などを用意すれば該当する悪魔が召喚される仕組みだ。錆びた剣や槍を触媒に用いて、古の勇者を召喚したという結果もある。

 今回は異世界人が対象となっているので触媒はなく、魔法の発動に必要な計算式である『魔法式』のみの構成となっている。なので自然と魔法陣に詰め込まれる計算式は膨大なものとなり、隙間が見当たらないくらいにミッチリと線が書き込まれる形となった。


 床に広がる魔法陣を目の当たりにしたエドワードは、



「これが異世界召喚魔法の魔法陣なのぉ?」


「成功すればな」



 魔法陣を前に、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者の如く振り翳す。


 そう、全ては成功すればの話だ。

 異世界召喚魔法が確立されればこの魔法陣が使われることになり、世の中に広められる。まだ誰も成功させたことのない、というより実現させたことのない魔法だから、意味のない幾何学模様と言われてもおかしくない。



「――〈空に天界、地に冥府。7つの門を潜りて応じよ〉――」



 厳かに呪文を唱えるユフィーリア。


 床の魔法陣は呪文を受けて、さらに輝きを増す。

 薄暗い儀式場を昼間のように煌々と照らし、ついでに風も起き始める。バタバタとユフィーリアの銀髪と外套の裾を容赦なく乱し、成り行きを見守っていたエドワードたちも慌てた様子で儀式場の外に避難する。



「――〈汝の運命は我が手に有り、汝の身は我が下に在る。されど我は汝を束縛せず、汝の自由を赦す〉――」



 ジジ、ザザザ、と魔法陣が揺らぐ。

 果たして、これは成功の兆しか。それとも無様に失敗するだけか。


 成功に期待するユフィーリアは、最後の詠唱文を口にした。



「――〈召喚サモン異界より来れり訪問者(アナザーズゲスト)〉――」



 その時だ。


 魔法陣が眩い輝きを発し、ばしゅん!! と音を立てると魔法陣そのものが弾け飛ぶ。

 失敗を予想するが、答えは否。確かに儀式場には変化が起きていた。


 つまり、



「――――」



 魔法陣があった場所に、見覚えのない人間が立っている。


 ボサボサの黒髪に虚な瞳、痩せ細った身体。

 軍服を想起させる黒い衣装を身につけているが、どこか汚れているようにも見える。頬は腫れ、覇気はなく、生きているのか死んでいるのかさえ分からない人間だった。


 見た目的に、少年だろうか。まだ若々しい様子だが、身体は鶏ガラのように痩せ細っているし黒い瞳には光が差さない。



「…………おーい? どちら様?」



 自分で呼び出しておきながら、異世界人の少年に対してユフィーリアはそんなことを問いかける。


 ペタリ、と少年の足が踏み出される。

 靴を履いておらず、靴下のみで覆われている。明らかに何かあったとしか思えない。


 覚束ない足取りでユフィーリアの元へ歩み寄った少年は、



「…………」



 膝から崩れ落ちて、前のめりに倒れ込む。


 倒れ込んだ先で待ち受けていたのは、ユフィーリアの豊かな胸だった。

 少年は非常に羨ましいことに、美女の胸へ顔から飛び込んだのである。相手がいくら魔法学院の誇る問題児と名高い魔女とはいえ、誰もが1度は振り返るほどの絶世の美貌の持ち主だ。同い年ぐらいの少年がいれば、彼の行動を蛮勇だと称賛することだろう。


 さすがに胸を枕にされるとは想定外だったユフィーリアは、とりあえずこの不躾な少年をぶん殴ってやろうと拳を握る。



「え……いや待て待て待て」



 そこで初めて、少年の異常を察知する。



「軽すぎじゃねえか、コイツ……?」



 驚くほどに、この少年は軽かった。

 まるで中身が詰まっていないのではないか、と思えるぐらいに。

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