第7話【君を助ける最善の魔法】
「クソが、どうなってやがるこの檻!!」
扉のなる部分も見当たらず、ただ唐突に世界樹の内側に出現した鳥籠。
この中には可愛い新人のショウが1人で閉じ込められ、救助を待っている。早く助けてやらなければ、何が起きるか分からない。
解錠魔法を使おうにも魔法が弾かれ、閲覧魔法で詳細を確認しようとしても失敗に終わる。この鳥籠には魔法を無効化する加護でも与えられているのか。
「ユーリ、誰かが外部から干渉してるよぉ!!」
「本当か、エド!!」
「鳥籠と同じ魔法の匂いがするもんねぇ、間違いないよぉ!!」
エドワードが世界樹の外を睨みつけながら、自信満々に言う。問題児の中で最も優れた嗅覚を持つ男が言うのだから、信憑性はかなり高い。
ユフィーリアは舌打ちをした。
こんな高度な魔法を仕掛けた上に、ユフィーリアの邪魔を完璧にこなす相手など片手で数えられるぐらいしかいない。考えられる人物が2人ほどいるが、そのうちのどちらかであることは間違いなさそうだ。
「エド、ハル!! 魔力の匂いを辿って、この鳥籠を作った馬鹿を引き摺ってこい!!」
「はいよぉ!!」
「分かった!!」
外部から鳥籠の状態維持を企む何某をとっ捕まえる為に、エドワードとハルアが世界樹から飛び出していく。
彼らの背中を見送ってから、ユフィーリアは南瓜頭の娼婦に振り返った。
最も戦力外であると判断されがちだが、彼女もまたユフィーリアに次いで問題児の中では魔法が使える。それに、ユフィーリアよりも彼女の方が秀でている魔法が何種類かあるのだ。
「アイゼ、お前はアタシを手伝え」
「おねーさんでいいのかしラ♪」
「この鳥籠は罠魔法の1種だ。罠魔法ならアタシよりもお前の方が造詣が深い、知恵を貸せ」
「分かったワ♪」
即座に応じたアイゼルネは、同じく鳥籠を壊すべく魔法の解析をし始める。
すると、鳥籠の中に囚われたショウが動く。
それまでは救助を待っていたはずの彼は、鳥籠の華奢な鉄格子を握りしめたまま固まっている。黒曜石の双眸を見開き、掠れた声で呟く。
「やめろ……」
その言葉は誰に向けて放たれたものか。
「やめろ……」
徐々に熱を帯び始める言葉に、ユフィーリアは異変を感じ取った。
見開かれたショウの瞳が、ゆっくりと赤色に変わっていく。
変色魔力反応――魔力が感情の起伏を読み取って、瞳や髪の色を変化する珍しい現象。彼の瞳が赤く変色したということは、何かの感情に反応しているということで。
ショウは何を見ている?
「まずい、アイゼ。離れろ――!!」
ユフィーリアは咄嗟に鳥籠にかけられた魔法の解析に勤しんでいたアイゼルネを庇った瞬間、鳥籠に閉じ込められたショウの絶叫が劈いた。
「やめろ――――!!」
次の瞬間、ショウを中心に紅蓮の炎が噴き出して、アイゼルネを庇うユフィーリアの右腕を容赦なく焼いた。
「づッ」
「ユーリ♪」
右腕を焼かれた影響で、握りしめた雪の結晶が刻まれた煙管を取り落としてしまう。
鳥籠に囚われたショウは俯いたまま、華奢な鳥籠の鉄格子に寄りかかる。気絶してしまったのだろうか。
それでも炎の勢いは弱まらず、世界樹内を徐々に侵食していく。床を燃やし、螺旋階段を燃やし、壁に沿って設置された本棚や保管された魔導書ごと何もかもを焼き尽くしていく。
炎の熱に負けたのか、魔法で作られた鳥籠がしゅわりと溶けて消えた。その中に閉じ込められていたショウは解放され、燃え盛る炎に包まれる床に倒れ込む。
「ショウ坊……ッ!!」
ユフィーリアは倒れたショウに向かって手を伸ばすが、
「ダメよ、ユーリ♪」
アイゼルネに阻まれて、伸ばした手が宙を掻く。
南瓜のハリボテで頭部を覆う娼婦は『物語の世界樹』を燃やし尽くさんとばかりに広がっていく炎を見据え、深く刻まれた自身の谷間から1枚のカードを抜き取る。
どこにでもあるトランプカードだ。図柄も数字も関係なく、ただのトランプカードを人差し指と中指の間に挟み、南瓜頭の娼婦はユフィーリアを抱きしめながら言う。
「ここから逃げなきゃダメ♪」
「でもッ」
「ほら、ちゃんと煙管を持ちなさイ♪ ユーリが火傷しちゃうでショ♪」
取り落としたはずの雪の結晶が刻まれた煙管をユフィーリアの左手に握らせると、アイゼルネは魔法を発動させた。
「〈転移〉」
景色が一瞬にして切り替わり、ユフィーリアとアイゼルネは転移魔法によって『物語の世界樹』の外へ移動する。
アイゼルネも転移魔法を使えるが、保有する魔力量が少ないので移動距離はかなり短い場所に限定される。長距離の移動には多くの魔力が必要となり、彼女の魔力量では短距離の転移魔法で外に逃げるのが限界だ。
肝心の『物語の世界樹』は全体的に紅蓮の炎が包み込み、ごうごうと隅から隅まで燃やしていく。あれでは保管している魔導書も消し炭となっていることだろう。
燃える世界樹を前に座り込むユフィーリアは、
「ショウ坊……!!」
「ダメ♪」
炎の中に取り残されたショウを助ける為に立ち上がろうとするが、アイゼルネに引き止められる。
「アイゼ、行かせろ!!」
「ダメ♪ 右腕も大火傷を負ってるのに、炎の中に突っ込ませるなんて馬鹿みたいなことは出来ないワ♪」
南瓜のハリボテ越しに真剣な眼差しを寄越すアイゼルネは、
「おねーさん、ユーリの方が大切なのヨ♪ 自分の命を捨てるような真似はしないでちょうだイ♪」
「――――」
アイゼルネの純粋な心配を受けて、ユフィーリアは何も言えなくなってしまう。
確かに彼女は大切だ。用務員として一緒に働き、問題児として一緒に悪いことを積み重ねてきた。何度も助けられた場面もあった。
心配してくれているのは痛いほど理解できる。ユフィーリアだって自己犠牲などというお綺麗な志はなく、魔導書図書館が燃えようが『物語の世界樹』が燃えようが、正直な話どうでもいいのだ。
問題は、この火事の中心に誰がいるかということで。
「何よこれぇ!? 世界樹が燃えてるんだけどぉ!?」
「お祭り!?」
先に世界樹の外へ飛び出したエドワードとハルアが魔導書図書館に一時帰還を果たし、燃え上がる世界樹を目の当たりにして驚きを露わにする。
彼らはユフィーリアに説明を求めようとしたが、それよりも先にユフィーリアの右腕に注目する。
先程、ショウを鳥籠から助けようとしたところ、炎が噴き出す寸前でアイゼルネを庇った際に出来た傷だ。長手袋さえも燃えてなくなり、焼け爛れた皮膚が外気に晒された状態となっている。
あまりにも酷い火傷痕を見て、エドワードは「どうしたのよぉ、これぇ!!」と叫ぶ。
「まさかあれなのぉ? 焼けちゃったのぉ!?」
「エド、頼む」
ユフィーリアはエドワードの銀灰色の双眸を真っ直ぐに見据え、
「アイゼとハルを連れて、出来る限り離れてろ。それで、必ずアタシとショウ坊を引っ張り出してくれ」
「え、ちょっとユーリ!?」
ユフィーリアはアイゼルネの腕を振り払い、雪の結晶が刻まれた煙管を掴む。
ごうごうと燃え盛る炎は、見ているだけでも全身が溶けてしまいそうなほど熱い。正面から何の対策もしないで突っ込めば、全身が黒焦げになって無様な死体を晒すだけだ。
魔法の天才と呼ばれたユフィーリアが、無策で突っ込むほど馬鹿ではない。かといって、ただ水をぶち撒けただけではすぐに炎は復活してしまうことは間違いない。
だから、多少の相性は悪くてもこうするしかない。
「〈大凍結〉!!」
ユフィーリアは得意とする氷の魔法を発動させる。
ただ魔法を発動させただけでは、炎によってあっという間に溶かされてしまう。それを避ける為に込められるだけ魔力を込めた。
氷の魔法は魔力を込めれば込めただけ持続するし、威力も高くなる。相性が悪いとされる炎の魔法さえ、魔力を込めれば凍りつかせることが出来るのだ。それだけ膨大な魔力量を必要とするので、常人は絶対にやらないことだが。
入り口部分だけ氷の魔法によって凍りつかせ、ユフィーリアは世界樹の中に飛び込む。
部分的に凍結させただけなので、内部はやはりどこもかしこも真っ赤に燃えている。息も出来ないほどの熱気がユフィーリアを襲い、思わず咳き込んでしまった。
こんなところで立ち止まる訳にはいかない。この紅蓮の炎の世界で、あの可愛い新人が気絶しているのだ。もしかしたら焼けてしまっているかもしれない。その時は、丁重に弔ってやる必要がある。
「ショウ坊……ッ!!」
彼は、いた。
紅蓮の炎の中で、身を横たえている。
ユフィーリアは魔力を込めた氷の魔法を適宜発動して燃え盛る世界樹内部を進み、倒れたショウを抱き起こす。
炎さえ凍りつかせるほど魔法を使ったせいで、魔力欠乏症になりかけていた。指先が震え、倦怠感が身体にのしかかってくる。
疲労感を訴える身体に鞭を打ち、倒れたショウを抱き起こしてユフィーリアは懸命に彼を呼びかけた。
「ショウ坊、しっかりしろ。ショウ坊!!」
「ん……ぅ……」
口元が僅かに動き、ショウがぼんやりと瞳を開く。
赤く染まる彼の双眸とユフィーリアの青い双眸が交錯する。
よかった、まだ生きていた。生きていてくれた。――それだけで、何故か涙が出そうになる。
「ゆふぃ、りあ……?」
「大丈夫だ、ショウ坊。もう大丈夫」
ユフィーリアはショウの華奢な身体を抱きしめると、
「絶対に助けてやるから」
魔力欠乏症がどうした、そんなもので彼が救えるか。
自己犠牲の精神などクソ食らえと思っていたが、あながち馬鹿に出来るものではない。多分、ユフィーリアも同じものを抱えている。
何故なら、ユフィーリアは彼と約束したのだ。
「言ったろ、ショウ坊」
彼の後頭部を優しく撫でてやりながら、ユフィーリアは言う。
「アタシがお前を幸せにしてやるって」
今持っている魔力の全てを注ぎ込み、ユフィーリアは魔法を発動させる。
普通であれば大規模に展開される魔法の領域を、この『物語の世界樹』周辺に限定する。エドワードがユフィーリアの言葉をちゃんと守ってくれていれば、ハルアとアイゼルネを連れて世界樹周辺から逃げているはずだ。
だから、きっと範囲外にはいない。そう信じたい。
転移魔法で逃げてもいいが、魔導書図書館の大切な中枢――『物語の世界樹』を燃やした犯人がショウであると判明するのは避けたい。
悪いことは全部背負う。彼が罪人でいる必要はない。
ユフィーリアは、ヴァラール魔法学院でも屈指の問題児なのだから。
「――〈凍てつく大地、震える空、永遠の眠りにつく世界〉――」
ゆっくりと詠唱をしていく。
「――〈其処は既に終焉を迎えた静謐なる氷獄〉――」
喉が焼けるほどの熱気に包まれているのに、真冬にも似た空気が漂い始める。
「――〈永遠に眠れ、氷結世界〉――!!」
ユフィーリアを中心に展開された氷の魔法が、紅蓮の炎を凍りつかせていく。
燃える魔導書も、燃える世界樹も、何もかもを氷漬けにしてやる。
氷の魔法は『物語の世界樹』全体を侵食し、凍りつかせて、焼失の時を止めた。
「これで、いいだ、ろ……」
ショウを抱きかかえたまま、ユフィーリアは瞳を閉じる。
重度の魔力欠乏症を引き起こした影響で、彼女の両足や左腕が氷漬けになっていた。顔色も徐々に悪くなり、パキパキと音を立てて長い銀髪までも凍りついていく。
後悔はなかった。この腕の中で気絶する、可愛い新人さえ守れれば。
――遠くの方でユフィーリア、という呼び声が聞こえた。




