第6話【悲劇を望むか】
押し付けられた木箱の中身は大量の本で、片付けを渋ったユフィーリアが本の表紙に美少女が恥ずかしそうな姿を晒した絵を転写して、それを適当な本棚にしまって目に留まるようにして。
手渡された本の中にはユフィーリアに似た銀髪碧眼の美女が、破けた黒を基調としたドレスを押さえて涙を浮かべている絵もあった。目の前で不思議そうにしている銀髪の魔女に姿を当て嵌めてしまって、ちょっと罪悪感があった。
そんな悪戯に勤しんでいたら、今度は「行くなよ」とその銀髪の魔女に言われていた『物語の世界樹』の中に入ることとなった。急展開すぎる。
「……ユーリ、質問なんだけどぉ」
「何だよ、エド」
先頭を歩くユフィーリアは、そのすぐ後ろを追いかけるエドワードに振り向かず応じる。
「この箱の中身って何なのぉ? ガタガタ揺れてるんだけどぉ」
エドワードが抱える木箱は、先程から絶えずガタガタと揺れている。
まるで「開けろ」と主張しているかのようだ。箱の中身が気になるところだが、ユフィーリアは「ちょっと危険な本だ」以外に教えてくれなかった。
何もしていないのにガタガタと揺れる木箱を一瞥したユフィーリアは、
「本だよ、本。魔導書」
「ただの本がここまで揺れるぅ?」
「そりゃお前、これから『物語の世界樹』に行くんだ。中身はお察しだろ」
そう言われて、ショウは魔導書図書館へ来るまでの会話内容を思い出す。
確か、魔導書図書館の中心に鎮座する『物語の世界樹』には読めば死に至るような危険極まる魔導書が数多く保管されているとか。
なるほど、1人でに動いても納得できる理由だ。この世界は魔法が当たり前のように存在しているので、勝手に動き回る魔導書なんかもありそうである。
歩いて五分もしないうちに、用務員一行は『物語の世界樹』の前までやってきた。
世界樹の表面には、控えめな木製の扉が埋め込まれている。
立派な木の根の横にひっそりと存在する扉は、さながらおとぎ話の世界にでも繋がっているかのような幻想的な気配が漂う。扉には丸い小窓があり、金色の装飾も随所に施されている。
「いいか、お前ら」
扉の前に立ったユフィーリアは、雪の結晶が刻み込まれた煙管を咥えたまま真剣な表情で言う。
「この先は学院内でも指折りの危険区域だ。間違っても他の魔導書に触れたり、読んだりするんじゃねえぞ。必ずアタシの側から離れるな、分かったか?」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「分かった」
ショウはしっかり頷いて、ユフィーリアの言葉に理解と納得を示す。
本当ならば、彼女1人でどうにか出来たかもしれない仕事内容だ。いや、彼女1人しか出来ない仕事内容なのかもしれない。
それなのにこうして部下にも手伝わせてくれるなんて、少し嬉しい。頼りにされているような気分だ。
ユフィーリアは木製の扉の表面を煙管で叩くと、
「〈開け〉」
すると、ガチャンと扉から鍵の外れる音が聞こえてきた。
扉は何の障害もなく簡単に開かれて、ショウたちをその向こう側に誘う。
おとぎ話に出てくるような雰囲気の扉を潜った先で待ち受けていたのは、
「わあ……」
ショウは目の前の光景に息を呑む。
ぐるりと円を描くように歪曲した壁に沿って本棚が並び、そこには大量の魔導書が詰め込まれていた。題名はどれもこれも不穏な単語ばかりを使っていて、中にはガタガタとエドワードが抱える木箱と同様に震えている魔導書もある。
中心には螺旋階段が貫き、首が痛くなるほど見上げても終点が分からない。最上階へ行くには少しばかり骨が折れそうな予感があった。
読書をする為に設置されたものだろうか、埃を被った長椅子がちらほらと置かれている。あれは掃除をしないのだろうか。
「エド、箱を置け」
「はいよぉ」
エドワードは抱えていた木箱を床に置き、ガタガタと揺れる木箱の蓋をユフィーリアが魔法で開ける。
「グローリアの奴に付き合ってられるか。全部まとめて適当な場所にぶち込んで、さっさと帰るぞ」
「いいのかしラ♪ 危険なものもあるんじゃないノ♪」
「これらは全部、読んだら影響が出るものばかりだ。触ったり、表紙を見ただけじゃ何の意味もねえよ」
ユフィーリアは木箱から数冊の魔導書を取り出しながら、
「お前ら、扱いに気をつけろよ。絶対に開くな。空いてるところに魔導書を詰め込んだら、大人しく長椅子に座って待ってろ。間違っても魔導書を読もうとか考えるんじゃねえぞ」
☆
「『セラフィの日記』『アグラスヴェーナの書』『マルクト・マルクト』……」
抱えていた魔導書を慎重な手つきで本棚に収納するショウは、その題名を読み上げてみた。
先程まで扱っていた魔導書とは違い、題名が書籍に使われるようなものではないものになっている。表紙には中身を意味する抽象的な絵すらもなく、最初に読み上げた『セラフィの日記』に至っては黄ばんだ紙を麻紐で束ねてまとめただけの紙束である。
ユフィーリアが言うには、これらは全て読んだ途端に死に至る魔導書らしい。本を開かない限りはその効果を発揮せず、ただ無意味に収納されるだけの本だ。
空いている隙間を探して、ショウは本棚に3冊の魔導書をしまう。
「命懸けだから緊張感が……」
「ショウちゃん、大丈夫!?」
「わあッ!?」
唐突に話しかけられたショウは、驚きのあまり飛び上がってしまった。
「は、ハルさん。驚かせないでくれないか……」
「ごめんね!! 許して!!」
「いや、怒ってはいないが……」
用務員の先輩であるハルアの声が大きく響いている。他に利用者がいれば「うるさい!!」と怒鳴られることは請け合いなしだ。
やたら大きな謝罪の言葉がキーンと耳に突き刺さり、ショウは怒っていないことを告げる。
別に驚いただけであり、ハルアは何も悪いことをしていない。驚いた表紙に魔導書を取り落とすような問題は起きなかった。もしそんな問題が起これば、ユフィーリアに迷惑をかけてしまう。
「ハルさんは終わったのか?」
「終わったよ!!」
「魔導書は開かなかったか?」
「うん!! 落としもしなかったよ!! ユーリが珍しくめちゃくちゃ注意してくれたからね!!」
「そうか」
ショウは短く応じると、近くにあった長椅子を示す。
「では座って待っていようか。他の人もまだ時間がかかるだろうし」
「うん!!」
ハルアからの了解も得て、ショウは埃っぽい長椅子に腰掛ける。座る際に長椅子の埃を払い落としたのは、せっかく仕立ててもらった礼装が埃塗れになるのが嫌だったからだ。
隣に座ってきたハルアは、唐突に駆け出すなどの奇行に走らず大人しく待機している。言動は喧しいし、行動も読めないところはあるが、上司であるユフィーリアの命令はきちんと聞ける先輩だ。
薄暗い世界樹の内部をぼんやり眺めて、ショウはハルアと共にユフィーリアや他の先輩用務員が魔導書を片付け終わるのを静かに待つ。
ショウとハルアがいるのは、世界樹の1階だ。
エドワードとアイゼルネも「こっちに空きがあるよぉ」「これをそっちに入れてくれるかしラ♪ おねーさんじゃ届かないのヨ♪」などとやり取りしながら、順調に魔導書を本棚に収納していた。
ただ、この場にユフィーリアだけがいなかった。
「ユーリどこに行ったんだろうね!!」
「さあ……?」
「急に『クソが!!』って叫んで消えたよね!!」
「多分、学院長に対する悪口では……?」
そう、ハルアの言う通りだった。
ユフィーリアは急に「クソが!!」と叫ぶや否や、1冊の魔導書を片手に転移魔法で消えてしまったのだ。魔導書に吸い込まれたのかとドキドキしたが、上の方から「あの野郎、混ぜやがったな!!」という罵声が聞こえてきたので無事であることが確認できた。
まあ、学院長がどうなろうが知ったことではない。ショウは彼の行く末に心底興味がなかった。
「あらぁ、ハルちゃんとショウちゃんが一番乗りぃ?」
「エドワードさんも終わりました?」
「終わったよぉ」
無事に魔導書の片付けを終えたエドワードとアイゼルネが、ショウとハルアの座る長椅子の付近まで戻ってくる。何事もなく終わってよかった。
「あとはユーリを待つだけだワ♪」
「どこ行っちゃったんだろうねぇ。転移魔法まで使ってさぁ」
「――読むとまずいだけじゃなくて、読ませようと誘ってくる魔導書があったからだよ」
声が上から降ってきたと思ったら、上層階からユフィーリアが華麗に落ちてくる。何の問題もなくスタンと着地を果たした銀髪の魔女は、不機嫌そうに煙管を吹かしていた。
「そういう魔導書は、上層階に収納するようにしてんだ。簡単に声が届かないようにな」
「どうやって誘うんだ?」
「知り合いの声に似せて『この本を読め』とか言ってくるんだよ。見分け方は今度教えてやる」
ユフィーリアは床に置かれた木箱の中身が空であることを確認し、
「無事に終わったか?」
「終わったよぉ」
「魔導書は開かなかったか?」
「開かなかった!!」
「落としたりは?」
「してないワ♪」
「体調に異変は?」
「問題ない」
「よし」
それぞれに魔導書を開いていないことと体調に変化がないことを確かめてから、ユフィーリアは安心したように頷いた。
「もうこんなところは出るぞ。危なくて仕方ねえ」
「お昼だもんねぇ」
「今日は何がいいかな!?」
「おねーさんもお腹が空いたワ♪」
「切り替えが早い……」
それまでの緊張感はどこへやら、いつのまにか会話内容は今日の昼食についてに移行していた。
ショウも無事に終わったせいか、緊張感が緩んでいた。
このまま何事もなく、世界樹の外に出られればいい。そしてみんなと楽しくお昼ご飯が食べられればいい。
そう思っていたのに。
――悲劇を望むか――
どこからか、嗄れ声が聞こえてきた。
「え?」
立ち止まったショウは、ふと背後を振り返る。
中央を螺旋階段が貫く、薄暗くて広い空間。円を描く壁に沿って置かれた本棚には、危険極まる魔導書が数多く保管されている。
その螺旋階段のすぐ近くに、長衣を被った誰かが立っている。厚手の長衣によって全身を覆い隠し、袖から覗く真っ白な手には立派な装丁の本が握られている。
不気味な印象を与えるその誰かは、淡々とした口調で問いかけた。
「《《悲劇を望むか》》?」
先程の嗄れ声が問いかけてきた内容と同じもの。
次の瞬間、ショウはどこからか出現した檻に閉じ込められていた。
囚人を捕らえる為の鉄の檻ではなく、さながらそれは鳥籠のようだ。華奢な鉄格子を掴んで揺らしてみるも、見た目以上に頑丈な設計となっている。これでは簡単に壊せない。
「ショウ坊!?」
ユフィーリアがショウの異変に気づいて、鳥籠に駆け寄る。
「大丈夫か、ショウ坊。今助けてやるからな!!」
「す、すまないユフィーリア。俺にも何が起きたのか分からず……」
そこで、ショウは息を呑んだ。
鳥籠の破壊を目論むユフィーリアの背後に、見慣れた男が立っている。
中肉中背の中年男性、疲れ切った表情に死んだ魚のような目でショウを見つめている。カサカサに乾いた唇から呼吸が漏れ、その手には拳が握られる。
叔父だった。
長きに渡ってショウに暴力を振るい続けた、忌々しい叔父の姿がそこにいた。
「何で……」
どうしてここに。
疑問を持つより先に、ユフィーリアの背後に立つ叔父が動く。
握られた拳を振り上げて、この世界で誰よりも優しい銀髪の魔女を後ろから殴りつけた。
「――――ッ!!」
倒れるユフィーリアへ馬乗りになった叔父が、何度も何度も彼女を殴りつける。誰もが振り返るような美貌が痛みで歪み、傷1つない淡雪のような肌へ青痣が作られる。
動かなくなった彼女の胸倉を掴み、叔父の手が真っ黒な衣装を力任せに引き裂いた。贈り物の包み紙でも破くような手つきで、動くことのない彼女の黒装束を。
その光景は、確かに悲劇だった。
かつてショウが叔父に振るわれていた暴力を、今度はユフィーリアが受けることになるなんて。
そんなことはあってはならない。彼女は穢れてはいけない存在で、何よりも尊い魔女なのだから。
「やめろ……」
――貴方が彼女に触るな。
「やめろ……ッ」
――貴方如きが、彼女を穢すな。
「やめろ――――――ッ!!」
鳥籠の中に閉じ込められ、目を逸らしたくなるような光景を前にしたショウは激昂する。
叔父に対する恐怖が憎しみに変換され、炎となって噴出される。
ショウを中心に噴き出された炎は愛しい銀髪の魔女へ暴力を振るう叔父を包み込み、燃やして消し炭にした。
これでいい、ざまあみろ。




