表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第5章:世界樹は悲劇を望むか〜問題用務員、図書館中枢保管庫全焼事件〜
35/109

第5話【世界樹の中へ】

 木箱の山が召喚された。


 比喩表現にあらず。これは紛うことなく事実である。

 浮遊魔法の練習をするべく図書館内1周の旅に出かけた可愛い新人の帰りを待つユフィーリアたち問題児の目の前にドカドカドカドカッ!! と勢いよく木箱の山がどこからか召喚されたのだ。


 どこかで見覚えのある木箱である。開けたはずの木箱もまた丁寧に封が施され、問題児たちの前に「仕事だぞ」とばかりに積み上げられた。



「あんのクソ爽やか暴君野郎がァァ――――ッ!!」



 ユフィーリアは絶叫していた。

 魔導書図書館では原則、大声での会話が禁じられている。図書館は静かに使用することが徹底されており、壁の張り紙にも何枚か『図書館では静かに』という唇の絵と共に掲示されている。


 それらを無視しての大絶叫だ。もはや木霊まで聞こえてきた。



「仕事を押し付けてんじゃねえぞ、あの暴君が!! 給料を7割に減らしたくせに真面目に仕事しろってか!?」


「ユーリ、こんなのがあるよぉ」


「どれだッ!?」



 エドワードが積み上げられた木箱の上から拾ってきたのは、1枚の羊皮紙だった。


 受け取って羊皮紙の表面に書かれた文字を確認する。

 少しばかり癖のある文字が織りなす文章は、非常に簡素で腹立たしい内容だった。



『魔導書図書館にいるなら、この本をちゃんとしまっておいてね』



 文面からして、学院長であるグローリア・イーストエンドだ。

 やはりクソ爽やか暴君野郎である。給料を七割も減額するだけでは飽き足らず、薄給となった可哀想な用務員たちに情け容赦なく仕事を押し付けてくる暴君である。あとで思い切りぶん殴ることを心に決める。


 ユフィーリアはグシャリと羊皮紙を握り潰すと、



「エド、この紙燃やしとけ」


「食べちゃっていい?」


「いいぞ。腹壊すなよ」


「壊さないよぉ」



 ユフィーリアからグシャグシャに握り潰された羊皮紙を受け取ったエドワードは、そのまま口の中に羊皮紙を押し込んだ。

 山羊のように羊皮紙を咀嚼し、ちゃんと飲み込む。普通の人間ではまず考えつかない行動だが、彼の胃袋は一体どんな素材で作られているのだろうか。鋼よりもなお丈夫そうな気配がある。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、目の前に鎮座する木箱の山を見やる。


 目視で数えただけで、ざっと20箱以上はあるだろう。あの学院長が片付けを命じてくるほどの代物だ、中身はきっと面倒なものばかりに違いない。

 特に『物語の世界樹テイルズ・ユグドラシル』に保管しなければならない危険な魔導書だったら大変だ。魔導書解読学を履修していなければ、読んだだけで死に至るような魔導書ばかりである。そんなものをエドワードやハルア、アイゼルネやショウが目にすれば無事では済まない。


 清涼感のある匂いの煙を吐き出すと同時に舌打ちをしたユフィーリアは、



「ッたく、グローリアの奴め。いい加減に背後から狙わねえとダメか?」


「暗殺でもするのか?」


「お、ショウ坊」



 ちょうどそこへ浮遊魔法の練習から戻ってきたショウが、ふわりと赤い絨毯が敷かれた床に降り立ちながら問いかける。動きに合わせて翻る外套コートの裾が、まるで貴婦人のドレスのようだ。


 魔法の解除も滑らかで自然であり、着地の動作にも不安を覚えるような部分はなかった。もう完璧に浮遊魔法を使いこなせるようになったらしい。なかなか優秀な少年だ。

 この調子なら、午後は別の魔法を教えてもいいかもしれない。物を転送させる転送魔法や別の位置に移動する転移魔法、炎の魔法や水の魔法といった属性に関する魔法でもいいかもしれない。こっちの方が断然楽しそうだ。


 次に教える魔法のことを考えていたユフィーリアをよそに、ショウほ積み上げられた木箱を見上げて首を傾げる。



「今朝のものか?」


「学院長が魔法で送ってきたみたいなのよねぇ」



 エドワードがやれやれと肩を竦めて、



「問題児なのにねぇ、まともにお仕事すると思う?」


「思いませんね」


「でしょぉ? 良くて送り返すかぁ、最悪の場合だとその場で燃やすってことも考えられるよぉ」


「え……それは、その、ちょっと嫌です」



 ショウは少しだけしょんぼりとした様子で、



「本を読むのが好きなので、出来れば本は燃やしてほしくないというか……」


「大丈夫だ、燃やさねえよ。本に罪はねえし、アタシも読書は結構好きだからな」



 ユフィーリアはペン回しの要領でくるんと雪の結晶が刻まれた煙管キセルを1回転させると、煙管を振って魔法を発動させる。


 積み重ねられた木箱が次々と床に並べられ、蓋が開けられていく。中身は『新訳・魔法昆虫大全』『魔物図鑑』『魔物の飼育方法』など魔物の生態を解説した図鑑や飼育方法が記載された指南書が多い。他の木箱の中身も危険な代物は入っていなさそうだ。

 木箱を順調に開封して、危険な魔導書が入っていないことを確認しながら、ユフィーリアは素敵な悪戯を思いついた。


 そう、彼らは問題児――3度の飯と面白いことが大好きな、ヴァラール魔法学院のお騒がせ者である。



「用務員、集合!!」


「すでにいるよぉ」


「何!?」


「どうしたのかしラ♪」


「何か思いついたのか?」



 集まった用務員の面々へ視線をやり、ユフィーリアはニヤリと笑う。



「お前ら、エロ本は好きか?」



 ☆



 やることは簡単だ。


 新しく魔導書図書館に並ぶ蔵書の表紙を、ちょっとスケベな美少女の絵に変えるだけである。

 この作業は魔法を使ってしまえば朝飯前だ。魔導書と思って手に取った書籍の表紙があられもない姿を披露する女の子たちだったら、利用者は大いに慌てふためくことだろう。想像しただけで笑いが止まらない。


 さらに、これらの本を適当な場所に設置する。

 種類別に整頓されている本棚にあらぬ本があったら、誰だって片付けようとするだろう。必然的に本を手にすることになり、表紙に飾られたあらぬ姿を見せつける少女たちとご対面する羽目になるのだ。なかなか姑息な手段である。最高の悪戯だ。


 誰かに迷惑をかけると言えば被害者となる生徒や教職員、その他魔導書図書館の利用者ぐらいだろうが、説教など日常茶飯事なので余裕で受け流せる自信がある。



「ふははははは、グローリアの奴め。苦情を受けて慌てふためくがいい!!」



 魔法昆虫図鑑の表紙を蝶のはねが生えた美女が艶っぽい格好をしている絵に変更しながら、ユフィーリアはさながら魔王の如く高らかに笑う。


 基本的に魔導書図書館の本を発注するのは学院長であるグローリアが請け負うことが多く、どこかにツテでもあるのか安く購入してくるのだ。

 そんな訳で苦情も学院長に届けられることだろう。しかも星の数ほどいる美少女たちが、思わず目を逸らしたくなるようなあられもない格好を晒している光景など、慌てる以外の反応が考えられない。



「ユフィーリア、次の本はどこに置けばいい?」


「お前の好きなところでいいぞ、ショウ坊。――というか」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えると、新たな本を取りに戻ってきたショウを見やる。


 彼の手には、先程魔法をかけ終わった本が何冊か抱えられている。

 つまり表紙が美少女となり、あられもない格好を見せつけているちょっと破廉恥な絵である。健全な青少年なら確実に頬を赤く染めて、まともに見ることが出来ないブツと化している。普通なら無表情を取り繕うことすらままならない。


 可愛い新人の鋼の精神力に「ほおーん」と感心するユフィーリアは、



「お前はその絵を見て何も思わないのか?」


「寒そうだな、とは思うが」



 ちょっと欲しい反応とは違っていた。



「なんか、こう、感じねえのか? 男のサガ的な」


「特には何も」



 真顔でそんなことを言ってのけるショウ。


 可愛い新人の性的嗜好が知れるいい機会だと思ったのだが、彼はこの美少女たちがあられもない格好を晒していても興奮しないようだ。ちょっと残念である。

 好きな女の子のタイプが分かれば、髪型程度ならば魔法で真似してやるのに。この少年には、異性に対する興味はないのか。


 ちょっと拗ねたように唇を尖らせるユフィーリアは、清涼感のある匂いの煙を吐くと同時に手元の魔導書の表紙をコンコンと煙管で叩いた。



「お」



 魔法で適当に露出度の高い衣装の美少女が恥ずかしがっている絵を転写していたのだが、今度は奇しくも銀髪碧眼――ユフィーリアと同じ髪色と瞳の色となってしまった。

 しかも髪の長さや顔立ちまで似ている。白磁の肌が垣間見える破けたドレスの色は黒を基調としており、要所に銀の装飾品が施されている。一目ではユフィーリアを想像するようなことはないだろうが、よく見れば似ているという程度だろうか。


 破廉恥な絵がまさかの自分に似た美少女になってしまい、ユフィーリアの顔が引き攣る。どうしてこうなった。



「あー、うん、まあいいや」



 自分が似ていようがいまいが、まあどうでもいい。それで用務員室に駆け込んでくるようならぶん殴るだけだ。


 ユフィーリアはもう美少女の絵のことは考えないようにして、今まさに本を置きに行こうとしていたショウを呼び止める。

 先程完成した悪戯仕様の魔導書を可愛い新人に手渡しながら、



「悪いな、ショウ坊。コイツも頼むわ」


「…………」


「ショウ坊?」



 ショウの方を見やれば、彼の反応は先程と違っていた。



「……あ、ぁぅ」



 ユフィーリアが差し出す破廉恥な格好の美少女が表紙となった魔導書を見つめる彼は、顔全体を真っ赤に染め上げていた。はくはくと口を開閉させる様は、空気を求めて水の中を泳ぎ回る魚みたいだ。

 彼は震える手で魔導書を受け取り、あまり表紙を見ないようにして抱えている魔導書の山に積み上げる。それからどこか慌てた足取りで、本棚の群れへ向かった。


 可愛い新人の可愛い反応を目の当たりにしたユフィーリアは、



「へえ、ああいうのがタイプなのか」



 銀髪碧眼が好みとは、ちょっと妬けてしまう。ならば自分でもいいではないか。



「いやいや、いやいやいやいや……」



 脳裏をよぎった感情を、頭を振って追い出すユフィーリア。


 彼にも選ぶ権利はあるし、好みも人間が生きる数だけあるものだ。同じような銀髪碧眼でも、ユフィーリアのような問題児が好みではないかもしれない。

 ――それはそれで悲しくなってきた。気分がダダ下がりである。


 心の中でしょんぼりと肩を落とすユフィーリアが煙管を咥えると、背後の方でガタガタと何かが揺れる音を聞いた。



「あ?」



 そういえば、まだ1箱あったはずだ。


 煙管を咥えたユフィーリアが振り向くと、一抱えほどもある大きめの木箱が「開封しろ」と言わんばかりにガタガタと揺れている。

 人差し指を左右に振って木箱の蓋を開けると、木箱の揺れは大人しくなった。木箱の中身を確認して、何故箱が揺れたのか理由が判明する。



「うーわ」



 ユフィーリアは顔をしかめた。


 箱の中身は、どれもこれも読むと死に至るような魔導書だった。全体的に『物語の世界樹テイルズ・ユグドラシル』へ保管しなければならない代物ばかりである。

 これを先に開封しなくてよかった。この箱の中身は見せてはダメな類である。



「どうするかな……」



 腕組みをして、ユフィーリアは考える。


 1冊か2冊程度であれば、1人で『物語の世界樹テイルズ・ユグドラシル』へ行って置いてくるだけでいい。

 今回のこれはあまりにも量が多すぎる。世界樹の中とはいえ、意外と広い構造になっているのだ。1人でウロウロと彷徨いたくない。


 しかし、あの世界樹の内側は危険な魔導書ばかり保管されている。ヴァラール魔法学院の中でも指折りの危険区域だ。

 そんなところに可愛い部下たちを連れていくのは危険すぎる。何かあったら嫌だ。


 危険極まる魔導書の保管方法を悩んでいると、魔導書を置きに行った部下たちが全員して戻ってきてしまった。同時に終わるとはさすがだ。



「ユーリ、終わったよぉ」


「難しそうな表情で何をしているのかしラ♪」


「体調悪い!?」


「そうなのか? ならばユフィーリア、少し休んで……」


「あー、いや。体調が悪い訳じゃねえ。ただなァ……うーん……」



 一人でやるには時間がかかる、かといって彼らを『物語の世界樹テイルズ・ユグドラシル』の内側に連れていくのは危険が伴う。

 さて、どちらが最適な方法か。


 しばらく悩んだ末に、ユフィーリアは「よし」と腹を括る。



「お前ら、これからは遊びなしで行くぞ。真剣に取りかかれ」


「何するのぉ?」



 首を傾げるエドワードに、ユフィーリアは蓋を閉じられたことで再びガタガタと揺れ始めた木箱を示して言う。



「この中身を『物語の世界樹テイルズ・ユグドラシル』の中にしまう。お前らも手伝え、この量を1人で片付けるには多すぎる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ