第3話【魔法を学ぼう】
そんな訳で、問題児筆頭の魔女様による魔法の授業開始である。
「はい、まずは魔法についてだな」
雪の結晶が刻まれた煙管を器用にくるんくるんと回すユフィーリアは、
「魔法ってのは想像が大切だ。魔法を安定させる為に魔法式ってのも使うが、基本的に魔法は想像に依存する」
そう言って、ユフィーリアは得意とする氷の魔法を発動させる。
雪の結晶が特徴的な煙管を一振りすれば、パキパキと空中に氷が出現し、さらにその氷がひとりでに蝶々の形を取る。
氷の蝶はひらひらと薄い翅を動かして静かな図書館内を飛び回り、最終的にユフィーリアの持つ煙管の先端を止まり木の代わりとして休憩した。煙管を振ると氷の蝶は瞬時に砕け散り、細かく砕けた氷の破片は空中に溶けて消える。
今の氷の蝶も、ユフィーリアが想像して魔法を使ったから作られたものだ。想像が出来ない場合に限り計算式によって魔法を安定させる方法も存在するが、初心者に教える技術ではないので今回は保留である。
「想像……」
「空を飛ぶってのも想像だ。簡単簡単」
あまり掴めていない様子のショウは首を傾げるばかりだが、魔法など慣れてしまえば便利なものだ。
とはいえ、言葉で説明しても理解は出来ないだろう。
習うより慣れろ、だ。まずは実践してみて感覚を掴んで貰った方が早い。
「ショウ坊」
「?」
煙管を咥えたユフィーリアが両手を差し出せば、首を傾げたままの状態であるショウは昨日仕立てたばかりの練武とやらに包まれた両手を乗せてくる。意味が正しく理解できて偉い。
ユフィーリアは乗せられたショウの両手を握ると、
「ちょっと目を閉じろ」
「目を閉じるのか?」
「その方が想像しやすいだろ」
「分かった」
そっとショウが瞳を閉じる。やたら長い睫毛が閉ざされた瞼を縁取る様がよく見えた。
ちょっと邪な気持ちが鎌首をもたげるが、今は授業である。
揶揄ってやりたい衝動を理性で抑え込み、ユフィーリアはショウにゆっくりと語りかける。
「想像」
「ああ」
「お前は、そのままゆっくりと地面から離れていく」
「ゆっくりと、地面から……」
「そう。焦らないでいいぞ、ショウ坊。自分の中で想像を固めろ」
「ゆっくり、地面から……離れ……」
ブツブツと自分に言い聞かせるように呟くショウに、ユフィーリアは言う。
「ショウ坊、目を開いてみな」
「いいのか?」
「おうよ。お前がどこまで想像できたか見れるから」
「?」
小首を傾げるショウは、ユフィーリアの言葉に従って瞳を開く。
明らかに視線が高い。ついでに言えば、地面から足が離れている。
ショウの視線が足元に向けられ、彼は現実を目の当たりにすることとなった。
つまり、空を飛んでいた。
「ゆゆゆ、ゆ、ゆふぃ、ユフィーリア!?」
「おう」
「空、そ、空を飛んでいるが!?」
「飛んでるなァ」
両手を握ったまま顔を青褪めさせるショウは、黒い瞳に恐怖から来る涙も浮かんでいた。非常に可愛い。
この手を振り払ったらどうなるだろうか。さすがに嫌われそうな予感がするのでやらないが。
ショウの両手を握ったまま高さを合わせるように浮遊魔法を使うユフィーリアは、屁っ放り腰になっている可愛い新人に言う。
「お前がここまでの高さを想像したんだろ。やれば出来るじゃねえか」
「だ、だって、ここまで本当に飛べるとは思って……何でこんな……」
「これが魔法だよ」
まるで初めて言葉を喋る子供のように「魔法……?」と繰り返すショウは、
「魔法とは、詠唱や魔法陣が必要なものだとばかり……」
「もちろん、詠唱や魔法陣が必要な魔法もあるよ。でも空飛ぶ魔法――浮遊魔法は初心者向けだから、詠唱とかは必要じゃねえ」
試しにヒョイと片手を離してみると、ショウは「ぎゃああッ!!」と叫んで未だ握られたままのユフィーリアの手を慌てて掴む。
片手を離しても高度は維持された状態なので、浮遊魔法は継続して発動されている。これはいい傾向だ。
ユフィーリアの片腕にしがみつくショウは、
「い、いきなり離さないでくれ!!」
「そうは言ってもな、ショウ坊。いつまでも手を握ったままだと、自由に空を飛べねえぞ」
「自由に飛ばずともユフィーリアが連れて行ってさえくれれば……」
「うーん、可愛い。アタシもそれでいいと思うんだけどな」
清涼感のある匂いの煙をそっと吐き出すユフィーリアは、
「お前も飛んでみたくねえか? 自由に大空を飛んでさ、鳥みたいに」
「それは、まあ、憧れはあるが……」
言い淀むショウの頭を撫でてやりながら、ユフィーリアは言う。
「大丈夫、お前なら飛べるよ」
現にショウは魔法が使えている。
あとは魔法を使う感覚を掴むだけだ。それが出来れば、空を飛ぶことだって自由自在である。
不安げに見つめてくるショウは、ユフィーリアの腕にしがみつく力を緩める。ユフィーリアの手を掴んだ状態で少しだけ距離を取り、それからゆっくりと手を離していく。
「わ、わ……」
少し驚くような素振りを見せたショウだが、彼の身体は床に叩きつけられることはなかった。
確実に宙に浮かんでいる。落ちることなく、空中に留まっている。
ふわふわと虚空を漂うショウは「浮いてる……」と呟いて、黒い双眸をユフィーリアに向けた。
「浮いてる……!!」
「これが浮遊魔法だ、ショウ坊」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは清涼感のある煙を吐き出しながら言う。
「空中を泳ぐような想像を忘れるな。浮かんだはいいけど移動できなけりゃ意味ねえからな」
「空中を泳ぐ……」
少し考える素振りを見せたショウは、試しに虚空を蹴飛ばしてみる。
彼の身体はスイと音もなく虚空を滑り、移動することに成功した。
感覚を掴むのが早い。意外と魔法の才能があるのかもしれない。異世界出身の人間の潜在能力を侮ってはいけない。
背の高い本棚を支えにして移動しては「おおー……」と感動する様子のショウは、
「ユフィーリア、ユフィーリア」
「おう、どうしたショウ坊」
「床に降りる場合はどうすれば?」
「簡単だ。降りる想像をすればいい」
ユフィーリアはゆっくりと降下しながら、
「本棚を支えにして下がってみな」
「降りる想像を……」
難しそうな表情を浮かべるショウだが、想像は上手くいったようだ。
空中に浮かんでいた彼の身体はゆっくりと高度を下げていき、足先が床に触れた途端に浮遊魔法が解除される。
今まで空を飛んでいた感覚が慣れておらず、ショウは膝から崩れ落ちた。ペタンと赤い絨毯が敷かれた床に座り込む彼は、恥ずかしそうにはにかむ。
「空を飛ぶ感覚が慣れなくて……」
「最初はそんなモンだよ」
ユフィーリアは座り込むショウに手を差し伸べ、
「初めて魔法を使うにしては上出来だな、ショウ坊」
「そうだろうか。ユフィーリアのように上手く使えているような自信はないが……」
「勉強と練習を繰り返せば、いつかアタシよりも上手く使えるようになるさ」
差し伸べられたショウの手を掴み、あまりに軽すぎる彼の身体を引っ張り上げる。召喚した当初よりほんの少しだけ重さを感じるようになったが、やはりまだ軽すぎる。
ユフィーリアの手を借りて立ち上がったショウの頭を撫でてやり、
「疲れは?」
「特に感じない」
「魔法を使った時に痛みは感じたか?」
「感じなかった」
「気分が悪くなったりは?」
「ない」
魔力を使いすぎた際に起きる魔力欠乏症の兆候もないし、魔法を使用した際に気分が悪くなる魔力酔いの症状もない。至って健康な状態だ。
ちなみに魔力酔いの症状は、ごく稀にあることだ。魔法を使うと全身に魔力が満ち、酒精を身体に入れたような酩酊感に襲われるらしい。そのまま気分が悪くなって嘔吐の症状が出たら、魔力酔いの証左だ。
初めて魔法を使ったので魔力酔いをするかと内心で心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「じゃあ、ショウ坊。今度は補助しないでも飛べるか?」
「やってみる」
ユフィーリアの質問に対して、ショウは果敢にも挑戦することを選んだ。魔法を使う時に恐怖心を抱かずによかった。
ショウは深呼吸をすると、瞳を閉じて魔法に大切な想像の作業に移る。
今回も上手く想像が出来たのか、ショウの身体はふわりと空中に浮かび始める。スゥと音もなく上昇していき、彼はパッと目を開いて状況を確認する。
確かに空を飛んでいると理解すると、キラッキラに輝いた黒い瞳で床に立つユフィーリアを見つめてきた。
「出来た!!」
「完璧だな、ショウ坊」
まさかここまで上手く出来るとは思わなかった。異世界人には多少の魔法の適性があるのだろうか。
学院長がこの事実を知ったら、きっと隅々まで研究をしたくなるに決まっている。より酷い実験に巻き込まれでもしたら嫌なので、この事実は黙っておくことにしよう。
スイスイと空中を泳ぐショウを見上げ、魔法が使えないエドワードとハルアは称賛の拍手を送る。
「凄いねぇ、浮遊魔法を簡単に使えちゃうなんてねぇ」
「才能ある!!」
「そうだろうか?」
上昇と下降を上手く使い分けて、ショウは何事もなかったかのように床へ降り立つ。先程のように膝から崩れ落ちるようなことはなく、どこか生き生きとしていた。
「ユフィーリアの教え方が上手かったんだ」
「それよりも、ショウ坊の頭の出来が良かったんだろ。普通だったら想像の時点で躓くからな」
浮遊魔法は子供が初めて魔法を使う際に教えられる魔法の1つに数えられる初級魔法だが、想像の部分で躓くことが大半だ。
上手に想像が出来ずにあらぬ方向へ吹っ飛んだり、壁に激突して大怪我を負ったりなど、必ず何かしらの怪我はある。無傷で魔法を行使し、2度目で完全に習得してしまうのは才能がある証拠だ。
しかもショウは、今まで魔法がない世界にいたのだ。
想像の面では子供より勝っているかもしれないが、魔法の勉強をしているにも関わらず魔法が使えない子供が多い中で短時間で魔法を習得してしまうのは才能と呼んでもいいだろう。
そう言えば、彼は勉学の面で優秀な成績を残していたか。それも要因の1つかもしれない。
「今日はとりあえず反復練習だな」
ユフィーリアはショウの頭を撫でてやり、
「よし、ショウ坊。浮遊魔法で魔導書図書館の内部を1周してきな」
「いいのか?」
「お前も自由に見たいだろ。魔法がどれだけ長く使えるか試したいしな」
ただし、とユフィーリアはショウの鼻先に指を突きつける。
「世界樹の中には入んなよ。あそこは危険な魔導書がいっぱい置いてあるからな」
「分かった」
しっかりと頷いたところを見届けたユフィーリアは、ショウの背中をポンと押し出してやる。
「じゃあ行ってこい。少しでも疲れたりしたら、無理をしないで魔法を使うのを止めろよ」
「ああ」
コクンと頷いたショウは、今度は予備動作なしで浮遊魔法を発動して自由に本棚の群れの間を泳いでいく。
なんかもう、あれだけ自在に使えているなら別の魔法を教えてもよかったかもしれない。
そんなことを思うユフィーリアだが、楽しそうに空中を漂うショウの姿を見て何も言えなくなった。本人が楽しそうであれば問題ないのだ。




