第2話【魔導書図書館】
「はい、今日の予定を発表します」
今日は遅刻せずに朝食の時間も余裕を持って間に合い、朝から誰にも説教されずに朝食の時間を終えた問題児一同。
用務員室に戻った彼らの議題は本日の業務についての連絡ではなく、今日の予定だった。仕事をやるつもりはサラサラないらしい。
主任用務員であり問題児筆頭のユフィーリアに部下たちは注目し、今日の予定に耳を傾ける。仕事云々に関して異議を唱える者はいなかった。彼らも仕事をするつもりは毛頭ないようだ。
「えー、今日は魔導書図書館に行って魔法を学びたいと思います。それでよろしいですか?」
「はいよぉ」
「いいよ!!」
「いいわネ♪」
エドワード、ハルア、アイゼルネは賛成の態度を示し、可愛い新人のショウは不思議そうに首を傾げていた。
「魔導書図書館?」
「分かりやすく言えば、魔導書を専門にした図書館だな。とはいえ魔導書だけじゃなくて、一般図書も置いてあるけど」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、簡単に魔導書図書館について説明した。
ヴァラール魔法学院の施設の1つに数えられる魔導書図書館は、およそ100万冊の魔導書が置かれている世界で唯一の図書館だ。他の図書館には魔導書など置かれておらず、魔導書だけで100万冊の蔵書を有するのはこの魔導書図書館のみである。
もちろん、図書館なので一般図書の蔵書もある。一般図書の蔵書も50万冊を超し、図書館の規模としては世界最大級だ。
それ故に生徒や教職員から『魔導書迷宮区』と密かに呼ばれている。まさに迷路のような広さと複雑さがあるからだ。
「魔法を学ぶには十分な施設だぜ。本を取るには空を飛ばなきゃ無理だし」
「いきなり空を飛ぶ魔法とか……俺に出来るだろうか?」
「魔力があるんだから出来る出来る。自分を信じろ」
不安げなショウの肩を叩いて気合を入れてやり、ユフィーリアは「じゃあ行くか」と言う。
「他の生徒と利用時間が被ったら面倒だしな」
「授業でも使うのか?」
「使うぞ。調べ物をする際には必ず魔導書図書館に行くことを勧められるからな」
ただでさえ人数の多い生徒が魔導書図書館に押し寄せたら、魔法を教える云々とはいかなくなる。生徒が魔導書図書館を利用する前に、どうにかショウに魔法を教えたいところだ。
難しい魔法は後回しにして、まずは簡単な魔法から学ぶのが大切である。いきなり難しい魔法を教えるとなったら、魔法を学ぶことが嫌になる可能性が高くなる。
雪の結晶が刻まれた煙管をペン回しの要領でくるんと回したユフィーリアは、
「ここから魔導書図書館は遠いからな。善は急げだ、行くぞ」
「はいよぉ」
「ワクワク!!」
「魔導書図書館なんて久々ネ♪」
「大丈夫だろうか……俺に魔法が使えるのだろうか……」
魔導書図書館へ向かおうとする問題児たちだが、ここで新たな問題が発生した。
いや、この場合は再びと言うべきなのだろうか。朝の状態に再び戻ったと表現するべきなのだろうか。
端的に言っちゃおう。
扉がまた開かなくなっていた。
「ああ!? また開かなくなってんだけどォ!?」
「またぁ? 今日で2回目だよぉ?」
今朝の一度目の時に扉を拳1つでぶち抜いたエドワードは、自分の拳を掲げてユフィーリアに提案する。
「またぶち抜くぅ?」
「魔法で直したばかりだってのに、また壊すのは癪だな」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り直し、
「転移魔法で外に出る。どうせまた木箱が積み上がってんだろ」
長距離を移動する際や特殊な状況を除いて、転移魔法など計算式要らずである。扉を超えて廊下に出るぐらいの超短距離如きに計算式を持ち出したら、魔法の天才の名折れだ。
ユフィーリアはあっという間に転移魔法の準備を終えると、部下たちを呼び寄せる。
足元に複雑な図柄の魔法陣が出現し、青く輝き始める。「〈転移〉」という短い発動の合図と共に視界が切り替わり、雑多な様子の用務員室から生徒がいなくなった廊下となる。
10秒と経たずに開かずの用務員室から脱出した問題児たちが見たものは、
「何だこれ」
「わあ、凄いねぇ」
「いっぱいだ!!」
「感動を覚えちゃうワ♪」
「ええ……」
用務員室の前に積み重ねられていたのは、一抱えほどもある大量の木箱だった。その木箱には魔導書が隙間なく詰め込まれていて、扉を塞ぐ重石として機能している。
ギッチギチに魔導書が詰め込まれた木箱がうず高く積み重ねられ、もはや扉が見えない状態と化していた。今朝よりも木箱の量が増えている。全然嬉しくない。
ユフィーリアは無言で転送魔法を発動させ、全ての木箱を学院長室の扉の前に送り込んだ。再度同じことをしてやるのだ。
「アイツ、他人を閉じ込めるのが好きなのか? 性癖歪んでるなァ」
「性癖云々ではなく、問題児たちに行動してほしくないのでは?」
「そうだとしたらアイツをぶっ飛ばさなきゃ気が済まねえな。助走はどれぐらいつけるか」
「助走をつけてぶん殴るのか?」
学院長であるグローリア・イーストエンドと遭遇した際の処分方法を話し合いながら、問題児たちは魔導書図書館に向かうのだった。
余談だが、ヴァラール魔法学院の筆頭でありもやしっ子代表のグローリアは扉を塞がれたことで焦り、副学院長を半泣きで呼びつけて助けて貰っていた。
魔法を使うという手段を思いつかなかったのだろうか。おそらく焦燥感に駆られるあまり、思考回路が狭まってしまったのだろう。
☆
広大なヴァラール魔法学院の校舎内を右へ左へ進んでいき、階段を下りて廊下を辿れば、校舎と謎めいた施設を結ぶ渡り廊下に到着した。
その謎めいた施設というのが、荘厳な洋館の真ん中に巨大な樹木が突き出ているものだ。
渡り廊下には『この先、魔導書図書館』とあるが、あれが本当に図書館なのだろうか。見た目は図書館に見えなくもないが、中央に見上げるほど巨大な樹木が突き出ていれば、さすがに我が目を疑う。
「……ユフィーリア」
「どうした、ショウ坊」
「この世界の図書館には木が生えているのか?」
「いいや、あれは魔導書図書館だけだな」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「『物語の世界樹』って植物なんだ。魔導書図書館の館長が育ててる植物らしくて、あそこの木の中に危険な魔導書が保管されてる」
「危険な魔導書?」
「分かりやすく言えば、読んだだけで死ぬような類の魔導書」
あの大樹の内側は書庫に改造されていて、絶版された魔導書や世界に1冊しかない魔導書などが保管されている。
それらの大半が読んだだけで相手に死の呪いをかける、もしくは開いた瞬間に呪いを振り撒くような危険な代物ばかりなのだ。呪いを振り撒く魔導書や読んだ相手に死の呪いをかける魔導書を読む場合は、特殊な読み方をしなければならない。
ヴァラール魔法学院では、それらの魔導書を読む為の授業がある。『魔導書解読学』と呼ばれる授業で、魔導書図書館を中心に授業が行われる。
「魔導書解読学は意外性があって楽しいぞ。魔導書を読むだけでも特殊な読み方をする魔導書もあるし、開く前に呪いを解いてから読まなきゃいけねえ魔導書もあるしな」
「なるほど」
ショウは納得したように頷くと、
「ユフィーリアは教えてくれないのか?」
「ん? アタシに教わりてえのか?」
「ああ」
真剣な眼差しで応じるショウは、
「授業として他人に教えを乞うより、ユフィーリアから学んだ方が分かりやすい気がする」
「そうなのよネ♪」
これに同意を示したのは、南瓜頭の娼婦ことアイゼルネである。
「ユーリってば、普段は不真面目だけど魔法を教えるのが上手なのヨ♪ おねーさんもよく教わるワ♪」
「飲み込みが早いだけだろ」
「あラ♪ 教え方が上手だから飲み込みが早いのヨ♪」
楽しそうに笑うアイゼルネへ同調するように、エドワードとハルアも「そうだねぇ」「そうだよ!!」と言う。
「ユーリは物知りで何でも知ってるからねぇ。とりあえずユーリに聞いておけば外れはないしねぇ」
「馬鹿にも分かりやすく教えてくれるよ!!」
「ハル、お前の場合は身に付いてんのか心配になるんだけどな?」
ハルアの場合、せっかく教えても右から左へ抜けていってしまうので意味があるのか分からなくなってくる。とりあえず意味はあると見ていいのだろうか。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアはため息と共に清涼感のある煙を吐き出す。
まあ、新人の分からないことを教えてやるのが上司の務めだ。仕事にしても魔法にしても、まずは教えを授けてからである。
「魔法に関しては大いに頼ってもいいぜ。伊達に長く生きてねえからな」
「そうか」
ショウは期待に満ちた眼差しをユフィーリアに向け、
「やはりユフィーリアは頼りになるな」
「……正面から肯定されるとさすがに照れるな」
純粋無垢な眼差しに慣れていないユフィーリアは、照れを隠すように渡り廊下を突き進む。
閉ざされた魔導書図書館の扉の前に立ち、天鵞絨が張られた立派な扉を軽く押す。鍵はかけられておらず、施錠魔法すらされていなかった。
簡単に問題児たちの侵入を許してしまった扉は開かれ、その向こうに待ち受ける図書館の様子を晒す。
「ここが魔導書図書館だ」
扉の向こうに広がっている空間には、やたら背の高い本棚の群れが大量に並んでいた。
見上げると首が痛くなるほど背の高い本棚が無数に屹立し、様々な題名の本がこれでもかと詰め込まれている。本棚は種類別に分けられていて、一般蔵書と魔導書が別の本棚で管理されていた。
赤い絨毯が床一面に敷かれ、背の高い本棚に囲まれるようにして読書をする為の机がいくつも並べられる。本棚の脇には高い位置にある蔵書を取る為に用いられる長い梯子がかけられ、魔法が使えない人間にも配慮されていた。
一般的な王立図書館よりも遥かに広い図書館と言えようか。図書館の一般的な規模がどれほどのものか不明だが。
「おお……」
黒曜石の双眸を輝かせるショウの反応を見て、ユフィーリアは魔法を教える場に魔導書図書館を選んで正解であったと確信する。
魔導書図書館であれば100万冊以上の魔導書が保管されているので、初級魔法が記された魔導書を読んで教えさえすれば使えることだろう。魔法に飽きたら一般蔵書を読んで休憩してもいいし、昼休みまで大いに時間を潰せる場所だ。
図書館内をぐるりと見渡す可愛い新人の肩をポンと叩き、ユフィーリアは爽やかな笑みで言う。
「よし、魔法の授業だショウ坊」
雪の結晶が刻まれた煙管をペン回しの要領で回すユフィーリアは、言葉を続けた。
「せっかくアタシが教えるんだから、使えませんでしたなんてオチはねえから安心しろ?」
こう見えて、教えることは得意なのだから。




