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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第4章:美人に綺麗な礼装を〜問題用務員、被服室占拠事件〜
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第9話【嫉妬】

 深夜の校舎内見回りの仕事は、結構好きだ。


 用務員の特権とも呼べる仕事の1つで、生徒はおろか教職員ですら深夜の校舎内を歩き回るのは原則として禁止されている。

 理由としては『危険だから』というものが挙げられるが、どこがどう危険なのか誰も分かっていない。学院長であるグローリア・イーストエンドが言うので、生徒や教職員も特に疑問を持たずに深夜の校舎内を歩き回らないようにしている。


 まあ時折、校則を破るお馬鹿な生徒もいるが。



「――そういう輩がいないか見回るのも、アタシら用務員の仕事なんだよ」


「大変なのだな」


「夜中に起きるのは大変だけどな」



 深夜の校舎内見回りの仕事について簡単に説明しながら、ユフィーリアは角燈カンテラで薄暗い廊下の先を照らす。


 ずらりと並んだ教室の扉に施錠魔法がかけられていることを確認し、扉に嵌め込まれた小窓から教室内を覗き込んで誰もいないことも確かめる。

 見回りの作業はその繰り返しだ。単調で退屈極まりない作業だが、今日は特別なお客様もいるので退屈さはあまり感じられない。


 ユフィーリアの手を控えめな力で握るショウは、



「毎日、貴女が夜の見回りをしているのか?」


「まあな。アタシとエドで交代しながらやってる」



 深夜の校舎内見回りの仕事は、ユフィーリアとエドワードが主に担当している。

 ハルアに任せればその日のうちに校舎が半壊しそうだし、アイゼルネは不審者と遭遇した際の対処法を持たない。魔法の天才とも呼べるユフィーリアと腕力自慢のエドワードが、校舎の見回りに最適なのだ。


 ショウは「そうか……」と応じると、



「ユフィーリア、俺も校舎内の見回りを手伝う」


「いいぞ」


「え?」


「ん?」



 予想外と言わんばかりの反応を見せるショウへ振り返り、ユフィーリアは「だからいいぞって」と許可を出す。



「ただし1人はダメだ」


「2人1組で?」


「お前が深夜の校舎内の見回りをやってくれるなら、ハルも人数に加えて4人で交代制にした方がいい。そうすれば誰かがハルの制止役になってくれるし、深夜の見回りの危険度も下がるだろ」



 実のところ、深夜の校舎内見回りの業務に関してハルアも人数に加えようとしたのだが、どうしても手加減の出来ないハルアに1人で校舎内見回りの業務を任せることに不安があったのだ。

 かと言って、ハルアが担当の週はユフィーリアかエドワードのどちらかがついていくとなれば、負担が増えて面倒になる。ショウが「やる」と申し出てくれて、正直助かったところだ。


 ショウは黒曜石の瞳を瞬かせると、



「俺もやっていいのか?」


「何だよ、不満か?」


「いいや」



 首を横に振ったショウは、



「ユフィーリアのことだから、てっきり『可愛いお前にそんなことやらせる訳ねえだろ』って言うものだと」


「自分で『やりたい』って言い出したことを支援してやらねえのは面白くねえだろ。アタシも仕事が楽になるしな」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、



「お前も用務員の仲間なんだから、出来ることはやらせねえとな。『用務員なんてつまらない』なんて言われて辞められても悲しいし」


「そんなことはない」



 ショウは即座に否定してきた。



「こんなに楽しくて刺激のある毎日が送れる用務員の職を辞めるなんて、俺は考えられない。絶対に嫌だ。クビを言い渡されたら学院を爆破する」


「お前も何もかもが木っ端微塵に砕け散る最後がお好みか? 昨日もグローリアの奴にクビを言い渡された時に爆破しようと思ったんだよな」


「ええ……昨日も……?」



 これにはさすがにショウも困惑気味だった。


 まあ、日常的に「クビだ」と脅されている訳ではない。昨日はたまたま学院長の逆鱗に触れてしまっただけだ。

 本当にクビを言い渡された暁には、割と本気でヴァラール魔法学院を木っ端微塵に爆破するつもりでいる。用務員の最後は華々しく終わるのがユフィーリアの理想だ。


 深夜の校舎内見回りは順調に進み、いつしかショウも静まり返った校舎に対する恐怖心が薄れていったようだ。ユフィーリアの言葉への受け答えがいつもの調子を取り戻し、それまでの思い詰めたような雰囲気はなくなっている。



「なあ、ショウ坊」



 角燈カンテラで貴婦人の絵画を照らしながら、ユフィーリアは手を握る可愛い新人に問いかける。



「悩みは解消できたか?」


「え……」


「もしまだ解消できてねえなら言ってみろ。話ぐらいは聞いてやるよ」



 それが、今回の目的でもあった。


 ショウを深夜の校舎内見回りに連れ出した目的は、思い詰めた様子の彼の話を聞くことだ。

 今日の夕方頃から可愛い新人のご機嫌が悪く、それは寝る時間まで続いていた。エドワードやハルア、アイゼルネもご機嫌斜めなショウを心配していたのだ。これは上司として話を聞かない訳にはいかない。


 原因は何となく察しがついている。

 おそらく、あの髑髏仮面どくろかめんの神父と出会ってからだ。彼に何か言われたのだろうか。もし何か嫌なことを言われたのだとしたら、今から迷宮区ダンジョンの地下墓地に乗り込む所存である。



「……やはり、貴女には分かってしまうのだな」



 ショウは少しだけ視線を下にやり、



「汚い心の内側を晒すようで嫌なのだが……」


「それでもいいよ」



 立ち止まったユフィーリアは手にしていた角燈を魔法で浮かばせ、空いた手でショウの頬を撫でる。



「お前の思ってることを聞かせてくれ」


「……今日の夕方、学院長室で説教を受けた帰りの時だ」



 訥々とショウは自分の胸の内側にあるわだかまりを解消するかのように、ゆっくり語り始める。



髑髏どくろの仮面をつけた神父に出会っただろう」


「おう」


「その時、その、助言をしていただろう。魔導書の種類が違うだとか、どうとか」


「そうだな」



 ショウはそっと視線を逸らすと、モゴモゴと口籠もりながらも言う。



「…………用務員のみんな以外に優しくする相手がいるのか、と思うと、その、モヤモヤするようになった。それだけだ」



 話は、それで終わりらしい。


 些細な内容で思い詰めていたようで、ユフィーリアは拍子抜けした。てっきり髑髏仮面の神父に悪く言われたのではないかと思っていたが、杞憂に終わったらしい。

 小さく可愛らしい嫉妬に「可愛い!!」と叫びそうになったが、ここが深夜の校舎内であることを思い出して堪えた。叫んだ瞬間に色々なところから苦情が来そうだ。


 ショウは自分の胸元を指先で引っ掻くと、



「今も、その、モヤモヤする。話しているうちにあの時の光景を思い出してしまって……」


「嫉妬に悩むとか可愛いなァ、お前」


「嫉妬……?」



 不思議そうに首を傾げるショウに、ユフィーリアは言う。



「アタシがあの神父に助言したのが気に入らねえんだろ?」


「う……まあ、そうだな」


「アタシが用務員の連中以外と楽しくお喋りしていたらどう思う?」


「…………」



 途端にショウの表情が歪んだ。夕方に見た機嫌の悪い顔と同じである。


 仏頂面を披露するショウの頬を軽く突いてやり、ユフィーリアは笑った。

 全く、可愛い新人はやはり可愛い。どこまでも可愛い。今まで嫉妬する場面に遭遇しなかったのか、初めて経験する嫉妬心に困惑する様も可愛い。可愛さの天元突破である。



「可愛いなァ、嫉妬するなんて」



 不機嫌そうなショウの頭を撫でるユフィーリアは、



「アタシだって気紛れで助言ぐらいするさ。でも優しくしてやるのはお前と、あと用務員の連中だけだよ」


「…………」


「安心しろよ。特別なのはお前らだけだ」


「本当に……?」



 頭を撫でるユフィーリアの手のひらに擦り寄るショウは、不安げに問いかけてくる。


 本来、享受すべき両親からの愛情を長いこと受けられず、叔父夫婦による歪んだ愛情と暴力しか受けてこなかったのだ。誰かからの初めての優しさを受けて、独占したくなる気持ちは分からないでもない。

 それが学院長や他の連中だったら引っ叩いていたところだが、ショウなら許容範囲だ。むしろどんと来いである。


 ユフィーリアは「本当だよ」と言い、



「だからお前は安心して、明日やりたいことを考えろ。――あ、時間帯的には今日か。じゃあ今日やりたいことを考えようぜ」



 可愛い嫉妬心を抱くのは大変結構だが、それで不眠の種を作ってしまうのは可哀想だ。

 それなら楽しいことを考えて、希望に満ちた朝を迎えてもらうとしよう。それが1番いい。


 ショウは「やりたいこと……」と呟き、考える素振りを見せる。



「じゃあ、喫茶店とは別の店にご飯を食べに行きたい」


「おう。どこがいいか考えとけよ」


「魔法を教えてもらいたい」


「最初の魔法は空を飛ぶ魔法がいいか?」


「ユフィーリアと一緒にいたい」


「お前が嫌って言っても一緒にいてやるよ」


「…………ずっと一緒にいてくれるか?」


「おう、約束な」



 彼が望むのであれば、ずっと一緒にいてやるつもりだ。


 ショウはその言葉を受けて、安堵したように微笑んだ。

 彼の瞳が夜の闇に溶ける黒色から、燃えるような赤い色に変化する。闇の中に浮かび上がる色鮮やかな赤い瞳は、とても綺麗だ。


 ユフィーリアはそんな彼の頬を指先でくすぐり、



「ところで、ショウ坊」


「何だ、ユフィーリア」


「…………お前、気づいてるか?」


「…………実は、何となく」



 空中を漂う角燈カンテラを引っ掴み、ユフィーリアは闇に沈む廊下を照らす。


 ずる、ずる、という音が聞こえるのだ。

 明らかに何かを引き摺るような音が。


 ショウを背中で守り、ユフィーリアは暗い廊下の奥を睨みつける。不審者であれば魔法で撃退し、生徒や教職員ならば注意するだけだ。

 それから知り合いならば、魔法でぶっ飛ばす。ウチの可愛い新人を怯えさせた罪だ。



「あれー? そこにいるのはユフィーリアじゃないッスか?」



 ずる、ずる、という音と共に闇夜から現れたのは、もじゃもじゃとした赤い髪の毛で目隠しをした猫背の青年だった。黒い長衣の裾を引き摺って歩く姿は、不気味と言ってもいいだろう。

 副学院長のスカイ・エルクラシスだ。こんな夜中に出歩くとは一体何をしているのだろうか。


 拍子抜けしたユフィーリアは、



「何してんだよ、副学院長殿よォ」


「いやー、今日は天使様とお話しちゃったから、興奮して眠れなくて」


「そうかい、そうかい」



 ユフィーリアは先程、優しくするのは用務員の仲間だけだと言った。

 なので、相手が副学院長だろうが優しくするつもりはない。深夜の校舎内を散歩するのは原則として禁じられているのに、学院でも2番目の権力者が自由に歩き回っていいとは誰も言っていないのだ。


 つまり、彼女の次の行動は簡単だった。



「寝・ろ!!」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、氷の魔法を発動させる。

 一抱えほどもある氷塊を副学院長の頭上に叩き落とし、問答無用で相手を夢の世界へ旅立たせた。気絶とも言う。違いなど些事だ。


 手荒な方法で副学院長を眠らせたユフィーリアに、ショウはそっと問う。



「……いいのか? こんな乱暴をしても」


「殴られて喜ぶ奴だからいいんだよ」


「副学院長なのに……」


「今はこのまま放置だ。行くぞショウ坊、ここの見回りは時間がかかるんだから」


「ああ」



 ショウの手を引いて、ユフィーリアは深夜の校舎内見回り業務を再開させた。


 仕事など正直どうでもいいが、可愛い新人の機嫌が直ったので良しとしよう。

 さあ、明日は何をして過ごそうか。

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