第7話【連帯責任】
そんな訳で、被服室を占拠した問題児どもが雁首揃えて学院長室に出頭した。
「えー、この度はぁ」
「大変!!」
「申し訳ありませんでしタ♪」
「お許しください、学院長殿」
「本当に君たちって謝罪の種類が多いなぁ。言葉は変わらないのになぁ」
執務椅子にゆったりと腰掛ける学院長のグローリアは、一応は謝罪の態度を見せる問題児たちに視線をやる。
問題児たちは現在、逆立ちをしながら謝罪をしていた。ユフィーリア、エドワード、ハルアはまだしも露出の多い扇状的なドレスに身を包むアイゼルネも逆立ちしていた。短めのスカートが大胆に捲れて下着が大変なことになっているのだが、本人的にそれは大丈夫なのだろうか。
上司である主任用務員と先輩である用務員が揃っておかしな格好の謝罪を披露する横で、新人のショウは「ええ……」と困惑していた。当然の反応である。常識的な反応とも言う。
深々とため息を吐く学院長に、ショウがおずおずと問いかける。
「あの、学院長」
「何かな、新人のショウ君」
「俺もユフィーリアたちに倣うべきですか?」
「本気で止めて」
飛びつかない勢いでグローリアが言う。問題児四人でも大変なのに、新人も加わってしまったら心労が加速することだろう。心中お察しする。
「君たちも、逆立ちは止めてちゃんと話を聞く姿勢になろうよ」
「悪いな学院長、こっちが頭だ」
「分かりやすい嘘を吐かないでよ!!」
軽い冗談さえも通じないほど、グローリアは非常に苛立っている様子だった。これは説教がいつもより3倍は長引きそうだ。
どうせなら魔法で体感時間を加速させて説教を手短に終了させてもいいが、それをやった後が怖い。説教を3倍に加速させたのに、さらに説教が伸びそうだ。
ユフィーリアたち問題児はちゃんと床に足をつけて元の体勢になると、
「じゃ、お疲れ」
「お疲れ様ぁ」
「お疲れ様!!」
「お疲れ様でしタ♪」
「帰るなって言ってんでしょうが」
もはや叫ぶことすら億劫になっている様子だった。
つまらない反応ばかりを繰り返す学院長に極小の舌打ちをしたユフィーリアは、大人しく執務椅子に腰掛けるグローリアへ向き直る。他の問題児も、主任用務員に倣った。
相変わらず太々しい態度で「僕たち無実です」と主張する問題児。残念ながら学院の長に無実を訴えるには、ちょっと無理な話だった。
目頭を揉みながら、グローリアは今回の罪状を述べる。
「君たち、使用禁止にしたはずの被服室をまた占拠したね」
「ちょっと借りただけだろ」
「使いすぎなんだよ。被服室にある布は授業で使う備品なんだから、君たちのお馬鹿な行動に使われると必要な時に使えなくなっちゃうでしょ」
「今回はそこまで使ってねえだろうが。たかが布ぐらいでガタガタ抜かすなんて、男らしくねえぞグローリア」
「たかが布ぉ?」
グローリアの紫眼が細められる。
「君が使った布の中にはねえ、貴重な素材が混ざっていたんだよ。『雪の糸』ってもの」
「あー、そうだっけ」
礼装を仕立てる際に、白い糸を大量に使ってショウの外套に雪の結晶を刺繍してやった気がする。やたらキラキラとした綺麗な糸だったので、ユフィーリアも結構気に入っていたのだ。
あれは今回用意した素材『アリアドネの黒糸』と同じく貴重な『雪の糸』という素材で、寒い地方に出現する蚕から取れる素材だ。その蚕の個体数が現在では減少傾向にあり、取れる糸の量も少なくなってきているのだ。
さらに取れた糸に特殊加工を施すので、手間暇がかかる素材となっている。雪の糸で作られたドレスはかなりの高級品として有名で、王族が結婚する衣装に使われると専らの話だ。
その糸をユフィーリアが大量に消費してしまった影響で、授業で使うはずだった素材が足りなくなってしまったのだ。
「どうするの!? 授業が出来なくなっちゃうでしょ!!」
「複製魔法でも使って増やせばよくねえか? まだ残ってただろ」
「複製魔法は200年前から使用が厳しくなっているんだよ!!」
「お前が生命の複製とかいうふざけた実験をしたからな」
「この話は終わりにしよっか」
自分の立場が一気に危うくなった途端に、グローリアは説教を途中で止めた。形勢逆転の瞬間である。
ちなみに複製魔法とはその名の通り、対象を複製する魔法のことを示す。魔法を使えば完璧に再現する訳にはいかず、複製対象の詳細を知った上で複製魔法を使わなければ完璧な複製品にはならない。
以前、グローリアがこの複製魔法を使って対象人物の複製をしようとして、倫理的にダメだという批判を食らってから複製魔法の使用が厳しくなったのだ。魔法に対する情熱が凄いことは素晴らしいが、考え方が人間の範疇を超えているのは何故だろうか。
まあ、今更指摘することはない。説教が短く済むならそれでいい。
「でも、貴重な素材を使ったことは反省してもらわなきゃね。君たちには反省文だよ、800文字以内に収めてね」
「『ごめんなさいの歌』って何番まで書いたっけな」
「『ごめんなさいの歌』は受け付けないつもりでいるからね」
「竪琴片手に歌ってやるサービスもつけてやるよ」
「いらない」
グローリアは「あ、当然だけど」と言葉を続け、
「ショウ君も反省文ね。800文字以内で提出して」
「え」
「はあ? おい、グローリア。ウチの新人に何させる気だ」
ユフィーリアはグローリアを睨みつけるが、
「当たり前じゃないか。彼も君たち問題児の仲間入りを果たしたんだから、連帯責任だよ連帯責任。お説教も一緒に受けてもらうし、罰掃除だって反省文だって一緒だよ」
「罪のない奴に罰を与えるとか、お前は鬼畜か?」
「嫌なら君たちが問題行動を止めればいいだけの話じゃないか」
グローリアの正論に、ユフィーリアは「ぐぅ」と唸る。
確かにそうだ。ショウも問題児の一員になったのならば、説教も罰も平等に与えられて然るべきである。
でも一緒に行動をした――しかも連れ回されただけで罰を受けるのは酷ではないか。せめて情状酌量の余地があってほしい。
と、思っていたのだが。
「800文字でいいんですか?」
「ショウ坊?」
ショウはキラキラと黒い瞳を輝かせ、
「800文字では足りないので桁数を増やしてもいいですか?」
「え、ちょっと待って。何文字書くつもり?」
「8000から1万までなら反省の気持ちも伝わるかと」
「待って待って待って。そこまで文章を書くつもり? どれほど長いのを書く気でいるの?」
「お任せください。学院長が満足するような超大作の反省文を書かせていただきます」
「何で君は罰則を受ける側なのに嬉しそうなの!?」
反省文を書く気満々でいるショウに、ユフィーリアは「お前は何もしなくていい」とはさすがに言えなかった。何が嬉しいのだろう。
☆
くる、くるり。
「ふふ」
ひら、ひらり。
「ふふふふ」
カラン、コロン。
「ふふふふふ」
「――嬉しそうだな、ショウ坊」
軽やかな足取りで無人の廊下を歩くショウは、ユフィーリアの言葉を受けて「そうか?」と首を傾げる。
「ユフィーリアたちと罰を受けられるのが嬉しいのかもしれないな」
「説教や罰なんて、嫌なことを思い出すだけだろ」
「不思議なのだが、嫌とは思わないんだ」
ショウは小さく微笑むと、
「叔父さんからの暴力も叔母さんからの暴言も嫌なものとして記憶に残っているが、ユフィーリアと一緒ならどんな罰でも平気だ」
「罰掃除も反省文も面倒なだけだろ」
「そうかもしれないな」
問題行動を起こした果てに課せられる罰を「平気だ」と宣うとは、一体どんな精神力をしているのだろうか。ユフィーリアだったら「巻き込んでんじゃねえ!!」と胸倉を掴んで怒鳴り散らしているところだ。
まあ、反省文など何百回と書いたので慣れたものだ。今回も適当に書いて、グローリアに提出すればいいだろう。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「お」
廊下の向こうから歩いてくる髑髏仮面の神父の存在に気がついた。
艶やかな髪をずるずると引き摺る神父は、迷いのない足音を廊下に響かせて歩く。その手には悪魔召喚用の魔導書が握られていて、それをどこかに片付けるつもりでいるのだろう。
窓から差し込む茜色の光に照らされて、神父の姿は廊下に浮かび上がった影のように見えた。不気味な神父である。神に仕える従僕とは思えない。
神父もユフィーリアたちの存在に気づくと、ピタリと歩みを止めて会釈してきた。随分と礼儀正しい神父だ。
「召喚魔法は成功したか?」
「…………」
ユフィーリアは神父の背中に、そう問いかけた。
彼女が言っているのはもちろん、地下墓地で挑戦していたあの召喚魔法のことだ。
悪魔用の召喚魔法を幾度となく挑戦している様子だが、あれでは目当ての人物を召喚することは出来ない。まずは根本的な部分を見直さなければならないのだ。
神父は歩みを止めると、
「見ていたのか?」
振り返ることなく、そう応じた。
感情の起伏がない平坦な印象を受ける声だが、涼やかさと大人の色気を感じさせるものがある。これが悪魔召喚の儀式をしていたとは考えられない。その格好らしく牧師として新郎新婦を祝福していた方がいいだろう。
とはいえ、趣味の悪い髑髏の仮面のせいで全てが台無しになっている気配があるが。まずは仮面をどうにかしてからだろう。
髑髏仮面の神父は深々とため息を吐くと、
「ここ1000年ほど召喚魔法に挑戦しているのだが、一向に成功の兆しが見えない。そろそろ魔導書を返却して、新たな魔導書に挑戦しようかと考えていたところでね」
「1000年も悪魔召喚専門の魔導書に向き合ってたのか? そりゃご苦労なこったな」
「悪魔召喚専門?」
ここで雲行きが怪しくなった。
相手が問題児だから邪険に扱う、という雰囲気ではない。
明らかに悪魔召喚用の魔導書であることを気づいていない様子だった。
ユフィーリアは髑髏仮面の神父へ振り返ると、
「おま、お前……冗談だよな? 本気で言ってねえよな?」
「何がかね」
「いやだって、お前の手に持ってる魔導書……題名にもしっかり『悪魔の召喚方法』とか書かれてるのに、気づいてなかったのか?」
「…………」
髑髏仮面の神父は自分の手に握られた魔導書の題名を確認し、
「……つまりこの魔導書では人間を召喚できないと見ていいのかね?」
「当たり前だろ。その魔導書、悪魔召喚の魔法陣しか書かれてねえ上に初級者用だぞ。返却する時に『ちゃんと人間召喚用の魔導書を出せ』って言えよ」
「そうさせてもらおう」
髑髏仮面の神父は「ありがとう」と礼を述べると、
「君はやはり優しい魔女なのだな。問題児と聞き及んでいたが、随分と面倒見のいい魔女ではないか」
「気分だよ気分。助言した方が面白そうだったからな」
他人の素直な賛辞は悪い気がしないので、ユフィーリアは「じゃあな」とややご機嫌な様子でその場から立ち去ることにした。
だが、彼女がご機嫌な一方で不機嫌になった少年がいた。
主任用務員であり問題児筆頭が猫可愛がりする新人、ショウである。どこで地雷を踏み抜いたのか、彼は頬を風船のように膨らませている。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、一気に機嫌が急降下したショウに質問を投げかけた。
「どうした、ショウ坊。そんなに頬を膨らませて」
「…………別に」
先程までのご機嫌な様子はどこへやら、ショウは膨れっ面でそっぽを向くのだった。




