第6話【礼装】
さて、腹拵えが終わったら本日の目玉行事である。
「よし、ショウ坊の礼装を仕立てるか」
使用禁止を言い渡されているはずの被服室を勝手に占拠し、ユフィーリアは迷宮区で採取してきた素材を広げる。
台座には大量の真っ黒な糸――『アリアドネの黒糸』が並んでいる。
黒色だけでは味気がなく地味な仕上がりになってしまうので、彼に似合いそうな色も入れることにしよう。合わせて小物もいくつか揃えて、可愛く綺麗に飾ってやるのだ。
もう地味だなんて言わせない。美人で可愛い新人には上等な礼装を着させるのだ。
「お前ら、ショウ坊にはどんな礼装が似合うと思う?」
「はいはーい!!」
ハルアが勢いよく挙手してきた。
「メイドさん!!」
「可愛さに全振りしてどうするんだ。盛りのついた猿どもがショウ坊を取り囲んだ暁には、アタシは学院を爆破しても物足りねえぞ」
「そこまでか?」
興味深げに『アリアドネの黒糸』を観察していたショウは、
「こんな貧相な男に、誰も興味などないと思うのだが」
「馬鹿、お前……馬鹿ッ!! お前ほど可愛い奴を、学院に蔓延る盛りのついた猿どもが放っておく訳ねえだろ!!」
確かにショウは華奢で儚げな美少年だが、世の中にはそういう趣味の連中もいるのだ。
もしメイド服などという破壊力抜群の可愛い格好をさせて校舎内を彷徨わせたら、暗がりに引っ張り込まれてアレやコレやとされちゃうかもしれない。そんな暴挙が起きた時には、ヴァラール魔法学院の全生徒をぶっ殺して校舎を爆破させても足りない。
ユフィーリアの熱弁を受けたショウは大変困惑した様子で、
「なんか、その、すまない。失言だった」
「そうだぞ、ショウ坊。お前は可愛くて綺麗なんだから、他の野郎どもに気をつけなきゃな」
礼装の次は護身用の武器か何かを見繕うべきか。
その時はまたヴァラール魔法学院の地下に広がる迷宮区を彷徨わなければならないのだが、武器になるいい素材は何かあっただろうか。礼装と違って武器を拵える場合は、多種多様の素材が必要になってくる。
基本的に武器は既製品や職人による特注品を選ぶが、どうせなら神々が作ったとされる『神造兵器』でもいいかもしれない。神造兵器は弩級の攻撃力と破壊力を兼ね備えた武器であり、その威力は地形さえも変えるほどだとされている。
ショウほど可愛い子が神造兵器などという厳つい武器を自在に使っていたら、と考えただけで非常に萌える。これは熱い。
いや、今は礼装だ。彼にはどんな礼装が似合うかの話題である。
「ショウちゃんなら和装が似合いそうだけどねぇ」
「おねーさんも、その意見に大賛成だワ♪」
「お?」
エドワードとアイゼルネが、揃って『和装』を主張してくる。
「和装っていうと、龍帝国の伝統衣装みたいなあれか?」
「そっちもいいけどぉ、俺ちゃんは桜花潤天京の方を推すよぉ。華やかに見えて落ち着いた雰囲気だしぃ、ショウちゃんによく似合ってると思うよぉ」
「柄も素敵なものが多いワ♪ 袖や裾、小物にも色々と合わせてみてもいいかモ♪」
「なるほどな」
二人の意見を聞いて、ユフィーリアは納得したように頷く。
ショウという名前の響きも極東形式なので、極東にある『桜花潤天京』の伝統衣装は似合うかもしれない。あっちの方は黒髪の人間も多く、大人しくもありながら華やかな装いが多い。
衣服の柄も綺麗なものが揃えられていて、特に花柄などは金色の刺繍なんか施されて意外と豪勢で華美な仕上がりになっている。確かにあれは彼によく似合いそうだ。
しかし、ちょっとした問題が浮上する。桜花潤天京の和装の方式だ。
「だけど、あれは行動するには少し厳しいんじゃねえか? 袖が長えし、歩きにくいだろ。装飾も多いから着るのも大変だろうし、あれって専門の着付師が必要じゃなかったか?」
桜花潤天京の伝統衣装は非常に珍しいので貴族連中には人気の高いものだが、常日頃から動き回っている用務員の目線から見ると少し動きにくそうだ。
装飾品も多く、着るには専門の知識を持つ着付師がいなければならないという面倒臭さがある。まあその辺りはユフィーリアが勉強して、魔法でどうにかしてしまえば問題はなさそうだが。
話の内容に一切ついて行けていないショウは、
「あの」
「お、どうしたショウ坊。お前も意見があるか?」
「いや、意見は特にない。どういうものが似合うのかよく分かっていないのだが……」
ショウは不思議そうに首を傾げ、
「桜花潤天京の和装とは一体どういうものなんだ?」
「これのことだな」
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすれば、被服室の本棚から1冊の雑誌が抜き取られる。
それは衣服を取り扱った雑誌だった。特集として『桜花潤天京の今年の流行』などというものが組まれている。表紙を飾る少女たちも、桜花潤天京の伝統衣装を着こなして微笑んでいた。
雑誌をショウに見せてやれば、彼の反応は黒い瞳をパチパチと瞬かせた。
「着物か?」
「キモノ? これってそんな名前なのか?」
「ああ」
どうやらこの桜花潤天京の伝統衣装は、着物という名前のものらしい。
「元の世界でも伝統衣装として存在していたぞ」
「へえ、じゃあお前の世界と似たり寄ったりなのかな」
「俺の世界には魔法など存在しなかったが……まあ、似ている部分はあるだろうな」
ショウは雑誌を手に取り、パラパラと頁を捲る。
「あ」
頁を捲っていたショウの手が、ピタリと止まる。
その頁には、雪の結晶が柄として刻まれた着物の少女が佇んでいた。真っ黒な生地にキラキラと輝く真っ白な雪の結晶はよく映えていて、気品と雪が持つ冷たさが同居している。
腰に巻く胴衣や髪飾りなどは白や青を基調とし、随所に雪の結晶が刻み込まれている。涼しげな印象を受ける格好と言えた。
じっとその頁を見つめるショウの横顔を覗き込み、ユフィーリアは問いかける。
「それがいいのか?」
「あ、いや……その……」
少しだけ迷う素振りを見せたショウだが、やがて小さく頷いた。
「ユフィーリアの煙管に、柄が似てて……」
「そっか」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をペン回しの要領でくるんと回すと、
「でもなァ、ショウ坊には赤いの着てほしいんだよなァ。絶対に似合うと思うんだけど」
「ユフィーリアが言うならそうする」
真顔だった、そして即座に自分の意見を変えてきた。
これはあくまでユフィーリアの願望であり、押し付ける訳ではないのだ。なので彼自身の好きなものを着ればいいし、こだわりがあればそれを取り入れるつもりでいる。自分の意見を言わずにお人形のような新人にさせる訳にはいかない。
だが、ユフィーリア個人の願望としては赤系の衣服を着てほしい、変色魔力反応で瞳が赤く染まることを加味して、彼には赤が絶対似合うと思うのだ。
うむ、やはり礼装を仕立てるのは難しい。一筋縄ではいかない。
「よし決めた。じゃあこうすっか」
ユフィーリアは魔法で被服室の棚に収納された羊皮紙と羽根ペンを引き寄せると、自動手記魔法を発動させる。
空中に漂う羊皮紙に、羽根ペンが勝手に絵を描き始める。
腰に手を当てて立つ人間に、黒い衣服が着せられていく。裾の長い外套で、袖が着物のように長くなっている。外套の下は襯衣と細身の洋袴を合わせて、腰には帯にも似た太いベルトを巻く。
外套の模様を描き込みながら、ユフィーリアは言う。
「外套に白い糸で雪の結晶を刻み入れて、ベルトにつける装飾品を赤の組紐にするっと。長靴はこの『下駄』ってのを掛け合わせたものにして――あ、それだと歩きにくいか? 下駄の歯は低めにするか」
そうして完成した絵をショウに見せ、ユフィーリアは「どうだ?」と問う。
「格好いい……!!」
「だろ? いやー、アタシは天才だわやっぱり」
「そうだな」
ショウはキラキラと黒い瞳を輝かせ、絵に描かれた礼装を見つめている。
「ユフィーリアは凄い。こんな格好いい服が思いついてしまうなんて」
「お、おう……」
素直に称賛を受けるとは思わなかったユフィーリアは、ちょっと気恥ずかしさを感じた。冗談のつもりで言ったのに。
ショウはじっと羊皮紙の絵を観察していたが、ここで「1つだけ要望を足してもいいだろうか?」と言ってくる。
何か柄の変更だろうかと思いきや、彼の指先が示したのは手の部分だ。
「手袋がほしい」
「手袋?」
「薬指と小指が開いたものを。練武というものなのだが」
ショウは弓を引く仕草をすると、
「今日のように弓を引く機会があると、必要になってくるものなんだ。指や手を痛めない為にも、練武を作ってくれると嬉しいのだが」
「おう、分かった。じゃあそのレンブってのも作るか」
自動手記魔法でショウの言う薬指と小指が開いた手袋の絵も描きつつ、ユフィーリアは彼の頭を軽く撫でた。
「自分の意見を言えるのは偉いぞ、ショウ坊。気に食わなければどんどん言ってくれていいからな」
「いいのか?」
「当たり前だろ、これはお前の礼装なんだから」
さて、礼装の形も決まったところで、そろそろ仕立てる作業に入ろう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者よろしく振り、魔法で『アリアドネの黒糸』を編んでいく。
形が決まってしまえば、あとは簡単だ。馬鹿正直に裁縫機や針と糸でチクチクという作業なんて、魔法を使えば十分である。
☆
30分後、ショウの為の礼装が完成した。
「どうだろうか?」
被服室の片隅にある更衣室で着替えたショウは、おずおずと姿を現す。
ハルアから借りた黒いつなぎから仕立てたばかりの礼装に着替えた彼は、可愛さもあり美しくもあり格好良かった。
頭巾が縫い付けられた黒く長い外套の裾や袖には白い雪の結晶が刻み込まれ、その下には仕立てのいい襯衣と細身の洋袴という清潔感のある服装が隠されている。さらに細い腰を強調するように帯を模した真っ白な太めのベルトを巻き付け、赤い組紐がベルトを飾る。
下駄と一体化になった長靴をカラコロと鳴らすショウは、
「大きさもピッタリで……ユフィーリア?」
怪訝な表情をするショウに呼ばれたユフィーリアは、天井を振り仰いでいた。完全にショウを見ていなかった。
自分でも素晴らしい礼装を仕立てたと思う。
貴重な素材である『アリアドネの黒糸』は伸縮自在でよく伸びるし、さらに頑丈だ。ヒラヒラと揺れる外套の裾はスカートみたいで、新しい礼装に身を包むショウはめちゃくちゃ可愛い。最高である。素晴らしい仕事をした。
「わー、ショウちゃんカッコいいね!! 似合ってるよ!!」
「ありがとう、ハルさん」
ハルアに褒められてちょっと恥ずかしげに微笑むショウは、
「ユフィーリアも、ありがとう。こんなに格好いい礼装を仕立ててくれるなんて、とても嬉しい」
「気に入ってもらえたなら、作り手冥利に尽きるな」
ようやくショウの礼装姿を直視することが出来るようになったユフィーリアは、
「どこかキツいところとかあるか?」
「特にない」
「その、レンブってのはどうだ? 縫製が甘かったりしねえか?」
「これか?」
ショウは自分の手を掲げる。
彼の両手には、薬指と小指が開いた真っ黒な手袋が装着されていた。手首の部分には、銀色の雪の結晶を模した飾り釦が縫い付けられている。
調子を確かめるように手のひらを握るショウは「問題ない」と応じる。
「とてもいい練武だ」
「そうか。そりゃよかったな」
仕立てた礼装をショウに気に入ってもらえて、ユフィーリアは密かに安堵する。無理をして着ている様子もないので、心から気に入ってもらえたのだと思いたい。
あとは中に着る襯衣と彼の下着を何枚か見繕わなければならない。これに関しては購買を頼った方が良さそうだ。
よし、それなら急ごう。生活必需品を売っている購買は被服室から遠いし、あまり遅くなると購買が閉まってしまう。
「お前ら、次は購買に行くぞ」
「何か買うのか?」
「お前の襯衣と下着だよ。生活するなら必要になってくるだろ」
「ユーリ、俺ちゃんご飯も買いたいんだけどぉ」
「お菓子も買っていい!?」
「ついでに寝具も発注しまショ♪ いつまでも長椅子に寝かせるのは可哀想ヨ♪」
「そうだなァ、そうすっかァ」
他愛のない会話をしながら、問題児たちはもう被服室に用事などないとばかりに立ち去ろうとする。
扉を開けたそこには、
「やあ、ユフィーリア」
満面の笑みを浮かべる学院長、グローリア・イーストエンドが立っていた。
何故ここにいる、とも言えなかった。
それより先に、グローリアの絶叫が校舎全体に轟いた。
「被服室は使用禁止だって言ったでしょ!!」
――面倒な相手に見つかるとは、本当に運がない。




