第3話【乗っ取れ喫茶店】
注文してから30分が経過した。
「来なくね?」
「お腹減ったねぇ」
昼休みも中頃に差し掛かるが、何故か注文した料理は1品も届いていない。野菜を千切って乗せるだけのサラダすら届いていない状態だった。
ユフィーリアたちが問題児だから、という理由では決してない。他の部分にも影響は出ていた。
利用客は喫茶店の外で長蛇の列を作り、店内に客として通された生徒や教師陣はいつまでも店員が注文を取りに来ないので「おかしいね」「どこに行っちゃったんだろ」など話し合っていた。会計にも行列が出来ていて、伝票と財布を片手に待ちぼうけを食らっている利用客が大勢いた。
コンコン、と雪の結晶が刻まれた煙管で机を叩きながら、ユフィーリアは苛立たしげに言う。
「昼休みが終わるだろうが。何してんだ、天使ども」
「あの……」
おずおずと挙手したショウが、
「先程、天使たちが一斉に喫茶店を飛び出して行ったぞ。何か理由があったのか?」
「またかよアイツら!!」
銀髪を掻き毟って絶叫するユフィーリアに、店内中の視線が集まる。
冷ややかな視線など気にしてはいられない。問題は、店員として働く下級天使が軒並み店を飛び出していく異常事態が起きてしまったことだ。
まあ、その異常事態が起きた理由は見当がつく。もう何度か経験しているのだ。
ユフィーリアの絶叫に驚いたショウは、おどおどと狼狽えた様子で問いかけてくる。
「あの、大丈夫か? またってことは、よくあることなのか?」
「アイツらは天使だからな。天使の対になる存在と言えば?」
ユフィーリアの質問に対し、ショウは「えっと……」と迷う素振りを見せながらもちゃんと答える。
「悪魔か?」
「その通り。頭いいな、ショウ坊。偉いから花丸あげちゃう」
「割と普通の回答だと思うが」
「ハルの場合はこの前『しんて』って答えたぞ。誰も逆から読めって言ってねえんだよな」
話題に出されたハルアは「えへん!!」と自慢げに胸を張っていたが、馬鹿を自慢しても仕方がないことである。
そう、悪魔だ。
天使の対となる存在である悪魔を、天使たちは目の敵にしている。『悪魔』という単語を聞いただけでも彼らは蕁麻疹を発症し、それ以外に何も考えられませんとばかりに暴走状態へ陥ってしまう。以前、天使長は「悪魔を断罪し、絶滅させることが我々の使命です」と豪語していた。
おそらく、働く天使が一斉に店を飛び出して行った理由は、悪魔が喫茶店を利用しようと近くまでやってきたのだろう。このヴァラール魔法学院は種族を問わず生徒や教職員として在籍しているので、悪魔が紛れ込んでいてもなんら不思議ではない。
深々とため息を吐いたユフィーリアは、
「仕方ねえ、お前らちょっと手伝え」
「何するのぉ?」
不思議そうに首を傾げるエドワードに、煙管を咥えたユフィーリアは当然とばかりに答えた。
「喫茶店を乗っ取る」
☆
「いらっしゃいまセ♪ 3名様でよろしいですカ♪」
新規の利用客を出迎えたのは、南瓜頭が特徴の可愛らしい給仕さんである。焦茶色のワンピースと純白のエプロンの組み合わせは清楚と可憐さが同居しているものの、胸元の布地が強烈に押し上げられた影響で妖艶さまで加えられている。ちょっと危険なお店かと、改めて店の名前を確認してしまう客が続出した。
残念ながら、ここは立派な喫茶店である。本来なら天使が営業しているはずのカフェ・ド・アンジュは、問題児たちに呆気なく乗っ取られてしまった。
思考回路が停止しかけた新規の利用客を席に通すアイゼルネは、明るく弾んだ声で来客数を告げる。
「3名様ご案内でース♪」
「いらっしゃいませ!!」
元気よく応じたのは、両手いっぱいに注文の品を抱えたハルアだった。曲芸師よろしく頭の上にもお盆を乗せて、緑色の飲み物にアイスクリームが乗せられた『初恋の炭酸水』なるものを運んでいる。何故そんなバランスの悪い場所に、液体の注文品を乗せたのか。
だが、彼がバランスを崩すような素振りは全く見せず、所狭しと並べられた机の間をスイスイと進んでいき、やはり元気よく「お待たせしました!!」とお客様に注文の品を提供する。
驚きのあまり固まる客に、ハルアは「えっとね!!」と注文品を告げる。
「サンドイッチの注文ってこっちで合ってた!?」
「えっと、注文したのは頭の上に乗ってる飲み物です……」
「あ、そっち!? ごめんね!! どーぞ!!」
頭に乗せていた銀色のお盆を勢いよく机に叩きつけるハルアは、店内から見えるように設置された厨房から「何してんだハル!!」と怒鳴りつけられる。
「食器は丁寧に扱えって言っただろうが!! 割ったらお前の給料から差し引くからな!!」
「え!? オレの給料、今度こそなくなるんだけど!?」
「だったらそっと置け!! 食器は女の子みたいに繊細に扱え!!」
「分かった!!」
両手いっぱいに注文品を抱えるハルアは、厨房からの怒鳴り声へ即座に了承を伝えると別の卓へ急いだ。どんなに走ってもバランスを崩さないのは、彼の身体能力が高い証左である。
会計待ちの列も、徐々に解消しつつあった。
レジ台に立っているのは、用務員の中でも比較的まともな新人のショウである。金関係という大役を任されて緊張気味だった少年は、軽快にレジを叩いて代金を精算していく。
「お会計が2,046ルイゼとなります。――3,000ルイゼをお預かりましたので、お返しが954ルイゼです」
客から代金を受け取り、お釣りを返したショウは流れるようなお辞儀で利用客を見送る。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
その礼儀正しさと整った美貌の組み合わせは女子生徒や女教師を虜にし、彼女たちはポッと頬を赤らめて「ま、また来ます……」などと返していた。
熱に浮かされた様子の利用客を見送るショウは、不思議そうに首を傾げていた。
彼からすればちゃんと仕事をしただけなのだが、何故かほとんど全員が頬を赤らめて店を去っていくのだ。自分の魅力に気づいていないショウは、会計待ちの客に「お次のお客様、どうぞ」と呼びかけていた。
肝心の厨房組はというと、
「叫び鶏と紫唐辛子のサラダでサファイアソース……この注文をした奴って誰だ? 色合い悪くね? 食欲減衰しねえの?」
注文の伝票を見ながら、ユフィーリアは「まあいいや」と言う。
「勝手にルビーソースに変えてやろ。色合い悪いとか文句言われたら腹立つから」
魔法を駆使して業務用の食料保管庫から野菜を取り出すと、食べやすい大きさに千切って陶器製の大きな器に入れていく。最後に茹でた叫び鶏の肉を乗せて、細かく輪切りにした紫色の唐辛子を散りばめて完成だ。
紅玉にも似た輝きを放つ液体が揺れる小瓶を脇に添え、客に提供しやすいように木製の小さなお盆に載せる。紙に包んだ肉叉をついでにつけてから、店内を忙しなく駆け回るハルアを呼びつけた。
呼んでから5秒と置かずにハルアは「何!?」と厨房までやってきたので、
「これを2番卓の客に持ってけ」
「2番ってどこ!?」
「地図渡しただろうが、よく見ろ」
ハルアは黒いつなぎの衣嚢から折り畳まれた紙を取り出し、店内の様子を確認する。
「えーと厨房がこっち!?」
「ハル、地図が逆」
「あっそうだね!!」
「ほらそれ見てさっさと運んでやれ。飲食店は速度が重要だからな、零すなよ」
「分かった!!」
木製のお盆を掴んだハルアは、渡した地図を確認しながら「あっち!?」などと叫びながら注文品を運んでいく。
勢いよく真逆の方向へ進んで行ったので、アイゼルネが軌道修正をしていた。地図すら意味を成さないらしい。何故だ。
危なっかしい動きをするハルアを厨房から観察するユフィーリアは、
「大丈夫かよ、ハル……」
「まあまあ。ちゃんとお料理を零さずに運んでいるからねぇ、そこは褒めてあげてよぉ」
「いや、そこは褒めてる。素直に凄えって思ってる」
ユフィーリアは次の注文を確認すると、同じく厨房組としてフライパンを振るうエドワードへ振り返る。
「エド、叫び鶏のオムライス追加」
「またぁ? これで15回目だよぉ?」
フライパンに油を引きながら、エドワードが返す。
「まあ人気商品だし仕方ねえだろ。辛いなら代わるぞ」
「体力には自信があるからまだ余裕だもんねぇ」
片手で器用に玉子を割りながら、エドワードは「それよりもぉ」などと言葉を続ける。
「ユーリは平気なのぉ? 火を使う料理以外は全部ユーリが担当してるじゃんねぇ。飲み物とか結構種類があるじゃんねぇ」
「安心しろ、エド」
伝票で次の注文を確認するユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしながら言った。
「見ろよ、勝手に食器や包丁が動いてんだろ」
「ユーリが魔法で動かしてるだけじゃんねぇ。そんなに魔法を行使して大丈夫なのぉ? 魔力切れとかぁ」
「あー、魔力欠乏症のことか」
魔力欠乏症とは、いわゆる魔力切れのことを示す。身体を巡る第2の血液とも言われる『魔力』を消費して魔法は発動するので、この魔力が切れてしまうと魔法が使えなくなってしまうのだ。
魔力欠乏症に陥ると倦怠感や疲労感が酷くなり、まともに活動することが出来なくなってしまう。魔力を回復させるには回復魔法を誰かにかけてもらうか、食事や睡眠などで自然回復を待つしかない。
魔女や魔法使いであれば、この魔力欠乏症には十分に気をつけなければならない。肝心な時に魔法が使えなくなれば、この世界では簡単に死んでしまうのだから。
「まあ平気だろ。この程度で魔力欠乏症を引き起こしていたら、問題児なんてやってねえよ」
2つ並べた硝子杯に筋骨隆々とした男の小さな氷像を入れ、さらに豆から挽いた珈琲を注ぐ。珈琲の中で自慢の筋肉を見せつけるような体勢を取る氷像は、昨日の入学式をぶち壊した氷像とよく似ていた。
新入生の心的外傷を抉るような行為だが、本人は面白がってやっている。せいぜい悲鳴を上げるがよい。
戻ってきたハルアに「これを3番卓に」と飲み物を押し付けたユフィーリアは、
「3番卓は分かるか? お前が今さっきサラダを届けた場所の隣な」
「分かった!!」
「顔が『分かった』って表情じゃねえんだよなァ」
明らかに分かっていないハルアに、ユフィーリアはため息を吐く。
「アイゼ、この馬鹿を3番卓に連れて行ってくれ」
「はぁイ♪ ほらハルちゃん、急ぐわヨ♪」
「あいあい!!」
客も途切れたことでちょうど暇を持て余していたアイゼルネにハルアの面倒を任せ、ユフィーリアは次なる注文を記載した伝票へ視線をやる。
すると、会計を任せていたショウが「ユフィーリア」と調理場に顔を出す。
会計は順調だと思っていたが、果たして何か問題があったのだろうか。面倒な客がいたら魔法で強制的に転移させてやろうと画策する。
「どうした、ショウ坊。釣り銭でも足りなくなったか?」
「いや、そういう訳ではなくて」
ショウはチラと喫茶店の入り口を一瞥し、
「天使たちが戻ってきたぞ」
その直後、ショウを押し退けて天使長が慌ただしく調理場へ駆け込んでくる。
息を切らせてやってきた彼女は、調理場で普通に注文の料理を作るユフィーリアとエドワードを発見し、声の限り叫んでいた。
「何してんですか、問題児様ぁッ!?」
それに対するユフィーリアの答えは、
「テメェ、ウチの可愛い新人を突き飛ばしてんじゃねえ!!」
喫茶店を乗っ取った謝罪より、可愛い新人を突き飛ばされた怒りが先行した。
ユフィーリアはそれまで注文の料理を作る為に振っていた煙管の先端を天使長に向け、そのまま一振りして魔法を発動させる。
天使長の頭上に一抱えほどもある雪だるまが落ちてきて、美しい天使長に「ぎゃんッ!!」と情けない悲鳴を上げさせたのだった。




