第1話【昼食の時間】
ヴァラール魔法学院の地下に広がる迷宮区探索を終えた問題児たちは、堂々の帰還を果たした。
校舎に戻ってきた頃にはすでに昼食の時間帯となり、浮き足立った生徒たちの姿が目立つ。昼食の時間が待ち遠しかった気持ちは、まあ分からんでもない。
それもそのはず、このヴァラール魔法学院の昼食は少しばかり特殊なのだ。あらかじめ説明を受けた新入生は初体験の昼食を心待ちにしていただろうし、在校生もまた退屈な授業より楽しい昼食の時間を待ち望んでいたことだろう。
楽しそうに会話する生徒たちを横目に、ユフィーリアたちもまた彼らと同じように昼食の内容について話し合う。
「腹減ったなァ。今日は何食う?」
「何でもいいやぁ。お腹ペコペコだもんねぇ、何でも美味しそうに見えるよぉ」
「オレも!! 美味しいものなら何でもいいや!!」
「おねーさんは軽めのものがいいわネ♪」
「えっと、まず何があるのか分からないのだが……」
困惑気味にショウがそんなことを言えば、ユフィーリアは「ああ」とようやく気づく。
ショウはまだエリシアにやってきて2日目なので、昼食がどんな内容なのか見当がつかないのだ。これでは「何が食べたい?」どころの話ではない。どんなものが出てくるのか分からないのだから、何が食べたいって分からないのだ。
雪の結晶が刻まれた煙管をくるんとペン回しの要領で回すユフィーリアは、
「ウチの学校は特殊でな。昼間は食堂を開放しねえんだよ」
「じゃあ、生徒の大半は昼食だけ自炊なのか?」
「まあ、節約の為に自炊する奴もいるけどな。大半は学内に併設されたレストランに行く」
「レストラン」
パチクリと黒い瞳を瞬かせるショウは、
「店があるのか?」
「おうよ。しかも4つな」
ヴァラール魔法学院は、学院内に4つのレストランが併設されている。それらの店はどの料理も美味しく、価格も良心的であることから、生徒や教職員からの支持が高い。それぞれの店に特色があるので、昼休みの度にどの店へ行こうか悩むぐらいだ。
ちなみに、これらの店は昼食の時間帯から夜遅くまで営業している。朝食は食堂の利用のみとなるが、夕食の時間帯はレストランを利用するか食堂を利用するか自由に選べるのだ。レストランの食事は持ち帰りも可能なので、遅くまで勉強を頑張る生徒や仕事に精を出す教師たちの為に夜食も販売されている。
以上のことから、生徒や教職員が昼食の時間帯になると浮き足立つのだ。みんなお昼ご飯が楽しみなのである。
「さてショウ坊、今からお前に選択肢を与えてやろう」
「せ、選択肢?」
生徒で賑わう廊下を突き進みながら、ユフィーリアは戸惑いを見せる新人に4つの選択肢を与える。
「軽食が売りの喫茶店、少し特殊なビュッフェの店、小洒落たレストラン、ガッツリ肉料理の店。――さあ、お前はどれを選ぶ?」
「え、ええー……?」
困った様子で首を傾げるショウは、
「どういう店か分からないのだが……」
「まあまあ、今回は初日だしな。どこの店も初体験だから、あえてぼかしてる」
ユフィーリアは意地悪そうな笑みと共にショウへ詰め寄ると、
「ちなみに、お前の決めた店がアタシらの昼飯になる。よぅく考えろよ」
「えッ、それはその、あの」
「あ、好き嫌いとかないから安心しろよ」
「安心できる要素は一体どこに?」
唐突に昼食の命運を握らされることとなったショウは、さらに困惑することとなった。「えーと」とか「あの」とか悩む素振りを見せるが、やはりどこの店にどんなものがあるか分かっていないので決めかねている。
ユフィーリアたちも、基本的にはその日の誰かの気分によるのだ。
種類の違うレストランが4つもあるので、四人で順番に行きたい店を決めている。その時に文句は絶対言わないことを誓い合っているので、ショウがどこを選んでも文句は言わないつもりだった。
仕方がない、ここは助け舟を出してやろう。
「ショウ坊」
「な、何だ? あ、まさかまだ決められなくて苛立って……?」
「空と陸と海と地下、どこがいい?」
「え?」
選ぶのが遅すぎる、という理不尽な内容で怒られることを懸念していたショウは、意味不明な質問を投げてくるユフィーリアに対して内容を聞き返してくる。
「それは一体何の意味が?」
「とりあえず答えろ、3秒」
「え、あの」
「はい、さーん、にーい、いーち」
突然時間を数えられてしまい、ショウは慌てて提示された4つの中から答えを出した。
「そ、空。空がいい」
「空だな、よし決まり」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、
「お前ら、今日はカフェ・ド・アンジュな」
「いいよぉ」
「わーい!! パンクック食べる!!」
「あら、いいところじゃなイ♪」
「よ、よかった……怒られずによかった……」
安堵の息を吐くショウは、
「あの、カフェ・ド・アンジュってどんなところなんだ? あと何故『空』を選んでその店名が……」
「お前に提示したのは店のある場所だな。4つの店は、それぞれ分かりやすいところに店を構えてるんだよ」
「なるほど。――ん? ということは、そのカフェ・ド・アンジュとは」
「空にある」
ユフィーリアは軽い調子で笑いながら、
「別に雲の上にあるって訳じゃねえよ。このヴァラール魔法学院で1番高いところにあるってだけだ」
☆
カフェ・ド・アンジュは別名『空に1番近い喫茶店』と囁かれるほど高い位置にあり、その見晴らしはエリシアにある喫茶店の中でも1、2位を争うとされている。
女性に人気のある喫茶店で、客層もどちからと言えば女性の方が多い。特に食事の内容を気にする思春期女子や女教師が、バランスの良い食事を求めて訪れる。
余談だが、このカフェ・ド・アンジュはヴァラール魔法学院で最も高い場所にあるので、高所恐怖症の人間は絶対に来れない喫茶店だ。
「――で、あのカフェ・ド・アンジュのある場所にまで行く方法があれだな」
ユフィーリアが示したのは、神々しい輝きを放つ白い台座である。
5段ほどある段差の先には幾何学模様が刻み込まれた台座が設置され、それを巨大な翼を広げた天使の石膏像が優しい微笑みを湛えながら見下ろしている。簡単に触れてはいけないものだと錯覚してしまうが、天使の石膏像如きに怖気付くような問題児ではない。
台座の前には小さな黒板が設置され、それには『本日のお勧め』と銘打たれたメニューが記載されている。写実的な絵も添えられていた。料理の内容が判断しやすいので、絵があるのは大変ありがたい。
台座の前で長蛇の列をなす生徒たちに倣って律儀に並ぶユフィーリアは、
「あれは転移魔法の台座でな、踏むと店の前まで転移するんだよ」
「それほど遠い場所なのか?」
「素直に行こうとすれば、空を飛ぶ魔法は必須になってくるな」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアはショウの質問に答える。
「カフェ・ド・アンジュは『空に1番近い喫茶店』って言われてるからな。それほど高い位置にある喫茶店だし、高いところが苦手な奴は絶対に来れねえ。行っただけで悲鳴を上げるぞ」
「……誰か連れて行ったのか?」
「学院長」
ケラケラと笑い飛ばすユフィーリアは、
「いやー、アイツ学院長のくせに高いところが苦手みたいでな。浮遊魔法も浮かぶのが嫌だからって理由であまり使わねえみたいで、1度だけ騙してカフェ・ド・アンジュに連れて行ったら屁っ放り腰になってやんの」
「それはさすがにどうかと……」
「いやいや、面白いことだと思ったけどさ。ちゃんとした理由があるんだよ」
あの時は、どうして高所恐怖症を患ったグローリアをカフェ・ド・アンジュに連れて行ったのだろうか。色々とやりすぎているので思い出すことが出来ない。
まあ思い出すことが出来ないということは、大した理由ではないのだろう。無理に思い出すだけ時間の無駄だ。
そんな会話をしていると、早々に順番が回ってきた。目の前に置かれた白い台座に乗り込み、ユフィーリアは部下たちに手招きする。
「お前らも乗れよ」
「ユーリ、それって定員が3人までじゃないのぉ? 前に行った時も結構大変だったよぉ」
エドワードが難しい表情で言う。
天使の石膏像が見守る白い台座は、明らかに小さい。複数人で使うには使えるのだが、3人ぐらいが限界だろう。
ついでに、天使の石膏像も『魔法陣の定員は3名までです』と書かれた札を首から下げていた。これは完璧に『3人以上で利用するな、ボケ』と遠回しに言われていた。
しかし、残念だ。ここにいるのはヴァラール魔法学院の問題児、その筆頭である。
「転移魔法の改造ぐらい簡単だぜ」
おもむろにしゃがみ込んだユフィーリアは、足元に広がっている魔法陣に細工をし始める。
すでに前提から3人用の設定にされているので、魔法陣に式を付け加えて『3人以上』の設定に改造する。線を2本ほど追加すれば、3人以上の利用を目的とした転移魔法の陣が完成した。
店側が用意した魔法陣の改造現場を目撃した順番待ち中の生徒たちは、ヒソヒソと「え、あれっていいの?」「よくないでしょ……」などと話し合っていた。面と向かって注意は出来ないようなので、見ないフリをしていたが。
「よーし、お前ら乗れ乗れ。これで全員揃って行けるぞ」
「さすがだねぇ、ユーリ」
「物知り!!」
「魔法陣も改造しちゃうなんて凄いワ♪」
「魔法の知識が豊富だと便利だな」
全員揃って改造された魔法陣に乗り込むと、ユフィーリアは台座を2度ほど踏みつけて転移魔法を発動させる。
台座に刻み込まれた魔法陣が、眩いばかりの白い光を放ち始める。幾何学模様が蠢き、改造された転移魔法が起動する。
目の前に広がっていた景色が切り替わり、生徒の列が消えたと同時に晴れ渡った空が出現した。一面は硝子に囲まれていて、床も目を凝らさなければ認識できないほど透明度の高い硝子が敷かれていた。まるで空の中に放り出されたような感覚になる。
転移魔法陣の目と鼻の先に、洒落た喫茶店があった。
看板には流れるような文字で『カフェ・ド・アンジュ』とあり、どういう料理を提供しているのかという見本が店先に展示されていた。
入り口付近には観葉植物まで設置され、お洒落さがこれでもかと伝わってくる。
「ここがカフェ・ド・アンジュか?」
「そうだぞ。凄え洒落てるだろ」
ユフィーリアは軽い調子で笑いながら、
「さてと、さっさと飯を食ってショウ坊の礼装を仕立て――あれ?」
ユフィーリアは、何故か動けないことに気づいた。
視線を自分の身体に落とせば、全員して魔法陣に下半身が埋め込まれた状態だった。
なんか、もう、笑えるぐらい綺麗に詰まってしまったようだ。ジタバタともがいても苦しいだけで、魔法陣から抜け出すことが出来ない。
そこで、ユフィーリアは衝撃的な事実に気づく。
入り口になる魔法陣は3人以上に改造をしたが、出口になるこの魔法陣は改造前のままだ。つまり、3人用の転移魔法陣である。それは詰まっても仕方がない。
「詰まったァ!! やべえお前ら詰まった!!」
「ほらぁ!! まぁたこういうオチじゃんねぇ!! さすがの言葉を返してよぉ!!」
「出して!! 出して!!」
「ちょっとハルちゃん、暴れないでヨ♪ 痛いでショ♪」
「むぎゅう……」
「おい、エド。ショウ坊潰してるぞ」
「ショウちゃん生きてぇ!!」
「出して!!!!」
「ハルちゃん、暴れないでって言ってるでショ♪」
「ぎゅう……」
それから問題児4名と新人1名は、異常事態を察知した店員から救出されるまでもがきにもがき苦しんだ。
考えなしに魔法陣を改造するのは止めよう。




