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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第9話【変色魔力反応】

「〈氷薔薇の荊(ローザ・フリーズ)〉」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りして、ユフィーリアは得意とする氷の魔法を発動させた。


 真冬にも似た冷たい空気が肌を撫でると同時に、1匹の巨大蜘蛛を狙って霜が下りる。

 あまりの冷たさに狙われた巨大蜘蛛は「ぎぃッ」と金切り声を上げたが、異変を察知して逃げるより先に氷で作られたいばらが巨大蜘蛛を締め上げる。巨大な身体をギリギリと締め上げれば、棘が容赦なく突き刺さって紫色の体液を撒き散らす。



「ぎぃッ、ぎえッ」



 断末魔を上げる巨大蜘蛛を弔うかのように、蜘蛛を養分とする氷の薔薇が咲き乱れた。

 冷え冷えとした雰囲気を纏う氷の薔薇は、息を呑むほどの美しさがある。それと同時に死体を養分にして咲き誇るそれは、言葉では表せられない恐ろしさを感じた。


 ユフィーリアは冷たい荊に戒められ、氷の薔薇が咲く為の養分となった巨大蜘蛛を眺めて「あ」と言う。



「悪い、エド。あれを取り出す時は気合いでどうにかしてくれ」


「雑ぅ!!」



 ハルアが仕留めたらしい巨大蜘蛛の死体を引きずるエドワードが、ヘラヘラと笑うユフィーリアに訴えた。



「ちゃんと回収しやすいように殺してよねぇ!!」


「はいはい、善処しますって」



 適当に頷いた途端、どこからか黒い糸が飛来してきた。


 反射的に防衛魔法を発動させ、空気を引き裂いて飛んできた黒い糸を受け止める。ベットリと結界に張り付いた黒い糸は、防衛魔法を解除すると共に千切れて地面に落ちた。

 黒い糸を放ってきた巨大蜘蛛たちは、いくつも埋め込まれた眼球でユフィーリアを睨みつけながら「ぎぃッ」「きぃきぃッ」と耳障りな鳴き声を上げる。何かを言っているようだが、言葉の形をなしていないので判別できない。


 ユフィーリアは壁に張り付く巨大蜘蛛たちを見上げると、



「壁を凍らせれば滑り落ちたりしねえかな」


「それは可哀想じゃないのぉ?」



 巨大蜘蛛の膨らんだ尻を素手で裂きながら、エドワードが見当違いなことを言ってくる。今の彼の行動は『可哀想なもの』に該当しないのだろうか。



「手柄を横取りするのはぁ、俺ちゃんどうかと思うよぉ」


「あー、まあそうだな」



 エドワードの言わんとすることを理解したユフィーリアは、壁を凍り付かせて巨大蜘蛛を滑り落とす作戦を諦めた。

 確かに、他人から手柄を横取りするのは良くない。それはとても面白くないことだ。ユフィーリアでも、やられたら落胆する。


 すると、俄かに巨大蜘蛛たちが騒ぎ始める。

 視界の端で赤く燃える何かを認識し、その方向へ振り返ればごうごうと燃える炎が地面を舐めるように広がっていった。その上にいる巨大蜘蛛たちは一斉に金切り声を響かせ、ジタバタと細い脚を暴れさせて不恰好な踊りを披露していた。


 無様なステップを刻む巨大蜘蛛を、橙色の南瓜のハリボテを被った娼婦が楽しそうに笑いながら眺めている。



「わあお、アイゼは相変わらず趣味が悪いな」


「よく出来た魔法だねぇ」



 順調に希少素材である『アリアドネの黒糸』を回収しながら、エドワードはアイゼルネが見せた魔法に感心を示し、ユフィーリアは苦笑する。


 アイゼルネが得意としているのは、幻惑魔法と呼ばれるものだ。

 相手に嘘や幻を見せることが出来る魔法で、攻撃には向いていないように思われることが多い。実際、注意深い人物にはこの手の魔法が通用しにくく、あっさりと見破られてしまう可能性が高いのだ。


 しかし、アイゼルネの幻惑魔法は一線を画している。


 得意だと豪語しているだけあって、彼女の使う幻惑魔法を見破れる人間はほぼいない。それほど精緻に作り込まれ、なおかつ真実の中に自然と混ざり込んでいるので分かりにくい。

 さらにアイゼルネは相手の嫌いなものや苦手なものを、自分の得意とする幻惑魔法で見せてくるのだ。嫌悪感や恐怖心を抱くものを前に、人間は平静を保てる訳がない。


 そんな訳で、彼女はよく「趣味が悪い」と言われてしまう。



「お」



 アイゼルネとの僅かなやり取りを経てから、少し頼りなさげだったショウの雰囲気が変わる。

 数度の深呼吸をしてから、彼はユフィーリアの渡した呪符を咥える。さすがに羊皮紙をそのまま咥えるような真似はせず、きちんと咥えやすいように折り畳んである。


 精神を集中させたショウは、ハルアから押し付けられた長弓ロングボウに矢を番える。

 流れるような動作は慣れているとも言え、長弓を構える姿は静かな美しさがある。この状況を1枚の絵画にでもすれば、相当な高値がつきそうだ。


 ショウの視線は壁に張り付いた1匹の巨大蜘蛛に固定され、ピンと背筋を伸ばした体勢のまま、ゆっくりと弓を引き絞る。



「――――」



 彼が咥える呪符の効果が発動する。


 いくつも連なって展開される魔法陣。弓矢との相性がいい魔法を呪符として組んだが、その光景は幻想的であり壮大だ。

 連なる魔法陣の向こう側を睨む彼の瞳だが、矢を放つ直前、変化が起きた。


 夜の闇より深い黒色から、燃えるような赤色へ。

 ショウの双眸の色が、一瞬にして変わった。



「――堕ちろ」



 矢が放たれる。


 展開された魔法陣の中心を射抜いて加護を受け取った矢は、空気を引き裂くようにして飛んでいくと、寸分の狂いもなく壁に張り付いた巨大蜘蛛の頭をぶち抜く。

 正確に頭を射抜かれた巨大蜘蛛は、そのまま壁から剥がれて地面に落ちる。べちゃ、という生々しい音が耳朶を打った。



「第1目標、撃破」



 ショウの平坦な声。


 彼は再び矢を番えると、順調に壁へ張り付いた巨大蜘蛛の頭を射抜いて撃墜していく。その正確無比な弓の腕前は、エリシアでもなかなか見かけないほど卓抜している。

 本当に弓の腕前は最上級とも呼べる才能を有しており、この状況でも遺憾なく発揮できる実力に脱帽する。


 しかし、それ以上に彼の瞳だ。

 巨大蜘蛛を撃墜するショウの双眸は、燃える炎の如き紅蓮に染まっている。



「はは……」



 そういえば、とユフィーリアは今朝のことを思い出していた。


 寝起きのショウを起こす際、彼の瞳は真っ赤に染まっていた。

 しばらくすれば元の黒い瞳の状態に戻ってしまったが、あれは夢でも何でもなかったのだ。現実に起きた、彼の特殊な体質。


 それは、エリシアでも非常に珍しいと言われている現象だ。



「エド、アタシはとんでもねえ新人を召喚したぜ」



 くるん、とペン回しの要領で雪の結晶が刻まれた煙管を回すユフィーリアは、



変色魔力反応チェンジ・ギアか。初めて見たな」



 そんなことを呟くのと、ショウが壁に張り付いた巨大蜘蛛の最後の1匹を撃墜するのはほぼ同時だった。



 ☆



 壁に張り付いた仲間たちが全て落とされた途端、巨大蜘蛛は戦意を喪失したようだ。

 奴らはあっさりと身を翻すと、脱兎の如くその場から逃げ出した。可愛い兎でもない気持ち悪いだけの巨大な蜘蛛だが、たくさんの貴重な素材を提供してくれたので深追いはしないでおこう。


 咥えていた呪符を吐き捨てたショウは、地面に落ちた呪符を「あ」と慌てて回収する。使わなくなった不要物をその場に捨てずに拾うとは、本当によく出来た子である。



「ショウ坊、それは捨てておけ」


「え、でも……さすがに残しておくのは」


「それは勝手に燃えるからな。拾うと火傷するぞ」


「えッ」



 反射的に呪符を足元に叩きつけたショウは、次の瞬間、勝手に燃え上がった呪符を見て飛び上がるほど驚いていた。



「呪符の処理方法は燃やすのが1番だ。破くのでもいいけど、現物がそのまま残ってると復元される可能性が高い。跡形もなく燃やすのが手っ取り早い」


「そ、そうなのか……」



 ショウが頭を射抜いて撃墜した巨大蜘蛛の死体を回収するユフィーリアは、先程見た現象を確認するべくショウに詰め寄る。



「ショウ坊」


「ん、何だ?」



 こちらを振り向いた彼の瞳は、もう元の黒い状態に戻っていた。



「弓を使っている時のお前、格好良かったぞ」


「ふえッ!?」



 上擦った声を漏らしたショウの瞳が、あの時と同じく真っ赤に染まる。


 恥ずかしさのあまり頬も赤く染まっているが、何よりも目を惹くのが彼の双眸だ。

 色鮮やかな赤は燃える炎を想起させ、とても彼に似合っている。瞳が赤く染まるとは面白い。


 ユフィーリアは赤く輝くショウの瞳を見つめ、



「珍しいな、変色魔力反応チェンジ・ギアなんて」


「変色魔力反応……?」


「魔力が感情の起伏に反応して、瞳や髪の色を変える現象のことだ。エリシアではあまり見かけない体質だぞ」



 この変色魔力反応は、感情表現を抑制された生活環境にいる若年層に見られる現象であり、現在でも研究が続けられている。

 感情の僅かな起伏を読み取って魔力が瞳や髪の色を変え、この現象が見られる人間は誰かの為に魔法を使うことで、強い威力が発揮されるらしい。


 周囲に変色魔力反応なんて珍しい現象を得た人間などいないので、ユフィーリアも常識的な範囲しか知らない。確実に言えることは、彼が恵まれているということだろう。



「似合ってるぞ、ショウ坊。アタシの好きな色だ」



 ショウの頬を撫でながら、ユフィーリアは彼の赤く染まる瞳を見つめて言う。


 すると、彼は頬を撫でるユフィーリアの手にすり寄ってくる。

 まるで猫が甘えるように手のひらへ頬を寄せ、その色鮮やかな赤い瞳を蕩けさせて綺麗に微笑んだ。



「俺も貴女の青い瞳が好きだ」


「お、何だショウ坊。褒めても何も出ねえぞ。お小遣いいる?」


「ユーリ、出ちゃってるよぉ。一番おっさん臭い方法でぇ」



 巨大蜘蛛の尻の部分を引き裂いて『アリアドネの黒糸』を引っ張り出しながら、エドワードが静かにツッコミを入れる。

 彼のすぐ側では、ハルアが黒い糸塗れになりながら素材収集の仕事を手伝っていた。全身が徐々に締め上げられているので、そろそろまずい状態になりそうだった。正確に言えば、ちょっとアレな方向性に。


 ユフィーリアは薄っぺらい財布からなけなしの金をショウに握らせると、



「うるせえ!! これだけ可愛いんだから金も払いたくなるだろうが!!」


「薄っぺらい財布から出てくる金なんて、タカが知れてるじゃんねぇ」


「オレもお金払うから褒めてくれる!?」


「あら、そういうサービスを始めたのかしラ♪」


「えと、そういうのはやってないです……あとユフィーリア、お金はいらないから……大丈夫だから……」



 ユフィーリアに押し付けられたお金に困惑するショウに、銀髪の魔女は爽やかな笑みと共に親指を立てる。



「それは取っとけ、巨大蜘蛛を撃墜したお前の報酬だ」


「いいのか?」


「仕事をしたのに報酬も貰えねえってのは悲しすぎるだろうが」



 ショウはユフィーリアから受け取った僅かばかりの報酬を手に、赤い瞳を緩やかに曲げて微笑んだ。



「ありがとう、ユフィーリア」







 ――ここで、本人はおろか魔法に明るいユフィーリアでさえ知らない、変色魔力反応チェンジ・ギアを発現させた人間の研究結果について記しておこう。


 この変色魔力反応を発現させる条件は、感情を抑制される環境下に置かれていた若年層が依存する人間を見つけた場合に限られる。

 変色魔力反応とは、正確に言うと、これを獲得した人間が執着する相手に対する感情の起伏に魔力が反応して、瞳や髪の色を変える現象を示すのだ。変わる色は、執着する人間の好きな色となる場合が多い。


 変色魔力反応で変わる瞳の色や髪の色は、執着する人数によって色の種類が増えていくことが最近の研究結果で明らかになっている。

 色が増えれば増えるほど危険度は下がっていき、逆に変わる色が少なければ少ないほど危険度は増す。執着する人数が少ないのだから、当然と言えば当然だが。


 だから、認識を改めておく必要があるだろう。


 変色魔力反応を獲得した人間は、他人の為に魔法を使う時に強い威力を発揮する訳ではない。

 執着する相手の為に魔法を使った時、強い威力を発揮するのだ。


 その事実を知らない用務員一同は、迷宮区の道を辿りながら今日の昼食の内容を話している。



「今日の昼飯は何食うかァ」


「お腹空いたねぇ」


「ショウちゃんは何か食べられないものとかあるの!?」


「えっと、あまり食べさせてもらえなかったから、色々と初挑戦な部分が多いが」


「じゃあお昼は美味しいモノにしなきゃネ♪」



 会話に自然と混ざるショウは、先頭を歩くユフィーリアの背中を眺める。

 彼の瞳は、あの銀髪の魔女の好きな赤色に染まっていた。

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