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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第8話【弓の才能】

「ショウちゃん、どっちがいい!?」



 そう言って、ハルアは連弩クロスボウ長弓ロングボウという2種類の選択肢を提示してきた。


 長弓であれば弓道の時に用いる弓と同じ扱いが出来るだろうが、知識も経験もない連弩を扱うにはさすがに難易度が高すぎる。いくら威力が強かろうが、未経験の武器を手にするほど勇気はない。

 かと言って、長弓も果たして弓道の時と同じ使い方で問題ないのだろうか。弓道弓ならば多少の心得はあるが、長弓は弓道弓の知識を参照して使えるものなのか?


 つい「弓の経験ならある」と言ってしまったショウだが、早くも前言撤回したい衝動に駆られた。吐いた唾は飲み込めないとは分かっているが、矢で巨大な蜘蛛を撃墜することなど出来るのか。



「あ、あの。他に選択肢は……?」


「ないね!!」



 即答だった、チクショウ。



「じゃあ、あの、長弓ロングボウで……」


「分かった!! 矢はこっちね!!」



 ハルアは長弓をショウに押し付け、さらに矢も何本か渡してくる。


 先程並べられた毒矢や痺れ薬が塗り込まれたものなどはなく、手渡された矢は全て普通のものだった。いきなり特殊な矢を押し付けられるのではないかとヒヤヒヤしたが、杞憂に終わったようだ。

 不安そうに長弓の弦を指で弾いて調子を確かめ、矢も問題はないかと確認する。雑に渡された割には長弓も矢も手入れが施されていて、いつでも万全に使える状態が保たれていた。


 もうこれで後戻りは出来ない。ショウは泣きたい気持ちになった。



「ショウちゃん」



 そんなショウの心境を悟ったのか、ハルアが小声でショウに耳打ちをしてくる。



「嫌なら止めてもいいよ」


「え……」


「ユーリも文句は言わないよ。多分『そっか』で終わるよ」



 ポンポン、とハルアはショウの背中を優しい手つきで撫でてくる。



「だから、無理して蜘蛛を殺す必要はないよ。オレ、頑張るから」


「…………いいえ」



 ショウは受け取った長弓を握りしめ、ハルアの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据えた。


 確かに、巨大な蜘蛛を矢で撃ち落とす経験はない。そもそも生き物相手に矢を向けること自体がなかったのだ。

 弓道の的は動かないものだし、無機物だからこそ悲鳴も断末魔も上げない。今回の的は動き回って、ちゃんと生きているのだ。弓道の的と比べれば大きさは桁違いで狙いやすいが、生き物であれば別問題だ。


 それでも、ショウは弓を取った。

 生き物を殺すという恐怖心を押さえつけ、先輩の用務員に対して言う。



「お荷物として扱われるのは嫌だから」


「……そっか!!」



 ハルアは快活な笑みを見せると、



「じゃあね、頑張って!! オレね、ショウちゃんが弓を使ってるの見たい!!」


「あまり格好いいものではないが……」


「オレね、弓使えないから羨ましいよ!!」



 そんなことを言うハルアは、立派な騎士槍ランスをブンブンと縦横無尽に振り回していた。


 ショウにとっては、長物を自在に扱うハルアが眩しく思えた。

 あれほど立派な騎士槍を華麗に使いこなすことが出来れば、ユフィーリアも少しは見直してくれるだろうか。「凄えな、ショウ坊」なんて言って頭を撫でてくれ――。



「ゔぁッ!!」


「どしたショウちゃん!?」


「な、何でもない。何でも」



 脳裏をよぎった邪念を振り払い、ショウは心臓を落ち着かせる為に深呼吸をする。


 2度、3度とゆっくり呼吸を繰り返して、精神状態を整える。

 手にした長弓のずっしりとした重さが伝わってきて、矢と一緒に握りしめた羊皮紙がカサッと音を立てた。そういえば、ユフィーリアから貰っていたものがあったか。


 少しクシャクシャになってしまった羊皮紙を広げれば、表面には何が書いてあるのか判別できない幾何学模様が隙間なくビッシリと刻まれていた。これには『相手を照準する機能』と『弓の飛距離が伸びる機能』が備わっているらしいが、果たしてどう使えばいいのか。



「矢に括り付ける……? いや、それでは相手を照準する機能は一体……?」


「あらあラ♪ ユーリも気が利かないわネ♪」


「わあッ!?」



 突如として背後から耳に「ふゥ♪」と息を吹きかけられて、ショウは驚きのあまり声を上げてしまう。


 弾かれたように振り向けば、南瓜のハリボテを被った扇情的な衣装の女性がクスクスと笑っていた。

 名前は確か、アイゼルネと言ったか。ユフィーリアからは「アイゼ」と愛称で呼ばれていたが、ほぼ初対面の人間に愛称で呼ぶ勇気はさすがに持ち合わせていない。


 ゾワゾワとした不快感を無理やり体外に追い出したショウは、



「や、止めてください!!」


「ショウちゃんはお耳が弱いのネ♪ おねーさん、いいものを見ちゃったワ♪」



 楽しそうに笑うアイゼルネは、ほっそりとした指先でショウの手の中でクシャクシャになる羊皮紙を示した。



「その呪符はね、身体に刻むものヨ♪」


「身体に……?」


「本来の用途はネ♪ 魔法刻印シジルって言って身体に刻む為の魔法陣なんだけど、ユーリは呪符にしたみたいネ♪」



 アイゼルネは言葉を続け、



「だから、口に咥えてみるのがいいかモ♪」


「口に……えっと、ビラビラしてて邪魔では……?」


「ショウちゃんは面白い発想をするわネ♪ 誰も呪符を折り曲げたらダメって言ってないわヨ♪」



 あ、とショウは気づく。


 それなりの大きさがある羊皮紙を馬鹿正直に咥えれば邪魔なだけだし、これほどグシャグシャになってしまった羊皮紙を折り畳まない手はない。

 口に咥えるのであれば、せめて細長く折り畳むのが最適だろう。咥えやすく工夫するのも1つの手段か。


 試しに細長く折り畳んでみれば、アイゼルネは「いいじゃなイ♪」と手を叩いて称賛した。



「じゃあ、おねーさんも頑張っちゃおうかしラ♪」


「頑張る?」


「そうヨ♪ ショウちゃんも頑張るのに、おねーさんだけ悠々自適にお紅茶を啜ってる訳にはいかないでショ♪」



 そう言って、アイゼルネは深く刻まれた胸の谷間に手を差し込む。


 むにむにと自分の胸を揉みながら胸元に手を入れる、という南瓜の娼婦による衝撃的な光景を前に、ショウは「ゔぇッ!?」と変な声を上げると慌てた様子で顔を逸らした。

 青少年には刺激の強すぎる姿である。もはやわざとかと思えてしまう。



「じゃじゃン♪」



 アイゼルネが自らの胸の谷間から引っ張り出したものは、1枚のトランプカードだった。



「……トランプカード?」


「拍子抜けかしラ♪」


「い、いえ。そんなことないです……」



 図星だった。

 何か凄いものが飛び出してくるのかと思えるほど勿体ぶった行動だったので、少しだけ期待している節はあった。


 アイゼルネは南瓜のハリボテの下で「ふぅン♪」と楽しそうに笑い、



「ショウちゃんに、おねーさんの得意な魔法を教えてあげるワ♪」


「得意な魔法を?」


「ユーリは氷の魔法が得意でショ♪ おねーさんも、ユーリほどじゃないけど魔法が使えるのヨ♪」



 南瓜の娼婦は、手の中で弄んでいたトランプカードを巨大蜘蛛の群れへ投げつける。


 たった1枚のトランプカードが爆弾として起動する訳ではない。ひらひらと重力に従ってトランプカードは巨大蜘蛛の足元に落ちると、容赦なく蜘蛛たちの細い脚に踏み潰されてしまう。

 何か魔法のようなものが起動される様子もなく、蜘蛛の脚に紛れてトランプカードは見えなくなってしまった。魔法とは一体何なのか。


 唖然とするショウに、アイゼルネは己の得意とする魔法を示す。



「君の怖いモノは何かしラ♪」



 それはまるで歌うような詠唱で、



「収穫祭には怖い化け物がやってくル♪ たくさんたくさんやってくル♪ 君の怖いモノを連れてやってくル♪」



 楽しそうな歌声で、



「――〈私は恐怖を抱くモノに化ける《トリック・オア・フィアーズ》〉――」



 歌声の最後を締め括るように、パチンとアイゼルネが指を鳴らす。


 それに呼応して、投げたトランプに変化が起きた。

 無残に踏み潰されたトランプカードは、瞬く間に紅蓮の炎へ変貌を遂げて巨大蜘蛛たちの足元を炙り始める。ごうごうと燃え盛る炎から逃げるように、巨大蜘蛛たちは金切り声を上げながらジタバタと暴れていた。


 炎の上で暴れるショウに、アイゼルネは楽しそうな口調で言う。



「おねーさんね、他人の怖がるものとか嫌いなものの幻覚を見せるのが得意なのヨ♪」


「怖がるもの……」



 その言葉を反芻すれば、ショウの脳裏に叔父夫婦による虐待の光景がよぎる。

 痛くて、苦しくて、何度も「死にたい」と願った。誰も助けてくれず、世界はショウに味方一人さえ作ってくれない。生きているのが辛いあの毎日が迫ってきて――。


 すると、アイゼルネの柔らかな手が、俯くショウの頬を撫でた。



「大丈夫ヨ♪ ショウちゃんにはそんなことをしないワ♪」



 南瓜のハリボテの向こう側で、橙色と赤色が混ざったような不思議な色合いの瞳がショウを見つめている。

 さながらそれは、夕焼け空のようだ。空全体が火事になった時の壮大さ、そして夜が訪れる瞬間の哀愁さが見て取れる。


 引き込まれそうな魅力のあるアイゼルネの目をじっと観察していると、彼女は「きゃッ♪」と目元を覆い隠した。



「そんなにじっと見つめちゃやーヨ♪」


「あ、ごめんなさい……」


「冗談ヨ♪ 本気にしちゃダメ♪」



 アイゼルネは胸の谷間からトランプカードを数枚ほど抜き取りながら、



「ショウちゃん、君は大丈夫ヨ♪ だから自分の腕前を信じてネ♪」


「腕前を……」



 自分の手元へ視線を落とせば、ハルアから受け取った長弓と矢が映る。


 使い方に多少の不安はある。狙いを外してしまうかも、という恐怖も。

 でも、これはショウが自分自身で選び取った行動だ。迷えば、射抜けるものすら射抜けない。


 ショウは細長く折り畳んだ呪符を口に咥えて、矢を長弓へ番える。



「――――――――」



 精神を集中させろ。


 弓道の的とは違って生きているが、大きさは桁違いだ。今回の方が弓道の的よりも大きい。落ち着いて狙えば、確実に撃墜できる。

 薄暗い壁に張り付き、こちらを窺う巨大蜘蛛の1匹がショウを見やる。赤く輝く眼球で、果たして何を見たのだろうか。



(――大丈夫だ、俺は大丈夫だ)



 自分に言い聞かせる。


 こんなところでお荷物扱いを受けるのは嫌だ。用務員として一緒に働くのであれば、少しでも有用性を示して彼女に認めてもらいたい。

 自分に出来るものはこれしかない。彼女の側にいる為には、この射撃を成功させるのだ。


 弓を引き絞り、壁に張り付く巨大蜘蛛を狙うショウ。


 その動作に呼応するかの如く、ショウが咥える呪符の効果が発動する。

 彼が引き絞る弓の前に、いくつもの魔法陣が展開された。何匹も張り付いた巨大蜘蛛のうち1匹に照準を合わせ、彼我の距離を魔法により計算。それに伴い、弓本体にかけられた威力増強の加護を呼び起こす。


 準備は整った。

 あとは矢を放つだけ。



「――堕ちろ」



 ショウは矢を放つ。


 何十と展開された魔法陣の中心を突き破り、補助を受けた矢は真っ直ぐに飛んでいって巨大蜘蛛の頭部を穿つ。

 1撃で壁から引き剥がされた巨大蜘蛛の死体を確認し、ショウは張り詰めていた息を吐く。



「第1目標、撃破」



 これで少しは、役に立てるだろうか。


 呪符を噛み締めながら、ショウは第2目標を狙って矢を番える。

 狙いは絶対に外さない自信があった。

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