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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第7話【反撃】

「〈絶氷の棘山(イルゼ・フリーズ)〉!!」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りすれば、無数にも及ぶ大小様々な氷の棘が地面から出現する。

 それらは巨大蜘蛛の身体を容赦なく穴だらけにし、耳障りな断末魔が空洞に反響した。氷の棘に刺し貫かれた巨大蜘蛛たちはしばらく抵抗するように6本の脚をバタバタと暴れさせていたが、やがて示し合わせたかのように動かなくなる。


 ペン回しの要領でくるんと手の中で煙管を回すユフィーリアは、余裕の表情で巨大蜘蛛の群れを眺める。



「はーはははは、大量だなァ!!」



 呵呵大笑する銀髪の魔女に、エドワードからの苦情がぶつけられる。



「ちょっとぉ、ユーリ。氷山に突き刺したままにしないでよぉ。抜くのが大変じゃんねぇ」


「お前の高身長は何の為にあるんだよ」


「少なくともぉ、俺ちゃんの身長は棘に突き刺さった蜘蛛さんを引っこ抜く為にあるんじゃないよねぇ」



 やれやれ、と肩を竦めたエドワードは棘の山に突き刺さった巨大蜘蛛の死体を引っこ抜いていく。力なく垂れ落ちた脚を掴んで安全地帯まで引きずってくると、彼は蜘蛛の尻を素手で引き裂いた。

 力任せに引き裂かれた蜘蛛の尻から、大量の黒い糸を引っ張り出す。それを腕にぐるぐると巻き付けて簡素な糸巻きの状態にしてから、用済みの死体を山のように積み上げていった。


 用務員の中で1番の力自慢であるエドワードに与えられた使命は、巨大蜘蛛の尻の部分を引き裂いて、素材となる『アリアドネの黒糸』の回収だ。両手を紫色に染める彼の足元には、大量の糸巻きが転がっていた。



「何匹か残しておいた方がいいんじゃないのぉ?」


「そうだな。コイツら絶滅危惧種だし」



 雪の結晶が刻まれた煙管をくるんくるんと回しながら応じるユフィーリアは、巨大蜘蛛の集団へ単騎で突っ込んだハルアへ振り返る。



「ハル、あまり殺すんじゃねえぞ。コイツらは貴重な素材を提供してくれるありがたーい蜘蛛様なんだからな」


「え!?」



 立派な騎士槍ランスを縦横無尽に振り回していたハルアは、



「こんなんなっちゃったけど!?」


「うわ、蜘蛛団子」


「不味そうだねぇ」



 彼の掲げる騎士槍の穂先には、巨大蜘蛛が貫かれた状態で3匹ほど重なっていた。まさに団子のようである。クソ不味そうな団子だ。

 貫かれた傷口から紫色の体液が滴り落ち、脚は取れかけ、すでにボロボロの状態だ。まあ肝心の素材となる尻の部分は無事なので、特に言及はしないでおく。


 さすが手加減の出来ないハルアだ。相手が蜘蛛だろうが容赦なくズタボロにしてしまう。


 しかし、巨大蜘蛛たちも負けてはいなかった。

 人間の背丈を軽く超す巨大な蜘蛛が、問題児如きに遅れを取る訳がなかったのだ。ただ無様に討伐されて素材を引きずり出される最期など、奴らにとっては最悪の死に方以外にない。



「ぎしゃッ、ぎしゃあッ!!」


「しゃあッ!!」


「しゃしゃしゃッ」



 巨大蜘蛛が数匹ほど、7枚の宗教画が飾られた壁をよじ登り始める。


 果敢に距離を詰めてくる巨大蜘蛛に氷柱を突き刺してやりながら、ユフィーリアは壁を自在に這い回る蜘蛛たちを見上げた。

 何かの位置どりを探しているようにも窺えるその動きは、数秒と置かずに終わる。黒い巨躯に埋め込まれたいくつもの眼球が、復讐の念を宿してギラリと妖しく光る。


 一体何が始まるのかと思えば、壁に張り付く蜘蛛たちが一斉に尻を地上にいるユフィーリアたちへ向けてきた。



「げ」



 ユフィーリアは呻く。


 ほぼ反射的に雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、防衛魔法を展開する。

 巨大蜘蛛の解体作業に勤しんでいたエドワード、3匹の蜘蛛が突き刺さった状態の槍を振り回すハルア、そして優雅に紅茶を飲みながら巨大蜘蛛の処理が終わるのを待っていたアイゼルネとショウを、透明な結界がすっぽりと覆う。彼らも何事かと顔を上げた次の瞬間だ。


 巨大蜘蛛の尻から生成される黒い糸が武器となって、結界に守られるユフィーリアたちめがけて射出された。



「うわ、勿体ねえ!!」



 貴重な素材である『アリアドネの黒糸』を飛び道具として扱うとは、その価値を分かっていない大馬鹿野郎どもである。


 思わず「勿体ない」と叫んでしまったユフィーリアは、黒い糸が張り付いて視界が不明瞭になった結界の先で巨大蜘蛛の群れが蠢く姿を確認した。

 一気に距離を詰めてきたかと思えば、黒い糸が張り付く結界に食らい付いてきたのだ。細い脚でガリガリと結界を引っ掻き、その向こうで守られる問題児どもを頭から食ってやろうと、蜘蛛たちは一心不乱に結界を齧り続ける。


 まさしく形勢逆転である。ヴァラール魔法学院最大級の問題児、早くも大ピンチだ。



「ここらで撤退するのも癪だな」



 完全に舐められている、とユフィーリアは理解していた。


 この程度で終わるとは思わないでほしい。こっちはヴァラール魔法学院が創立してから1000年、そのうちの大半を問題児として過ごしてきたのだ。

 毎日のように教職員へ迷惑をかけ、生徒を自主大学に追い込み、学院長のグローリアからは死ぬほど怒られているのだ。こんな脊椎動物如きの餌で収まるような連中ではない。


 ちなみに問題児であることを誇りに思ったらダメである。色々と、社会的に。



「おい、ハル。飛び道具持ってねえか」


「持ってるよ!!」



 騎士槍に突き刺さった3匹の蜘蛛をエドワードに引っこ抜いて貰いながら、ハルアは黒いつなぎに縫い付けられた無数の衣嚢ポケットの1つから長弓ロングボウ連弩クロスボウを引っ張り出す。ついでに矢も毒が塗られたものや痺れ薬が塗られたものまで、様々なものが衣嚢ポケットから取り出される。

 これらの武器を並べて、ハルアは「これがどうしたの!?」と問いかける。


 ユフィーリアは結界の向こうで蠢く巨大蜘蛛を顎で示し、



「その弓を使って、壁に張り付いた奴らを落とせ。結界の周りに集まってる奴らは何とかするから」


「無理!!」



 即答だった。



「何でだよ!! 弓持ってんだから使えんだろ!!」


「持ってるけど使えないよ!! 衣嚢ポケットのコヤッシーだね!!」


「それを言うなら肥やしだよ、馬鹿ハル!! 何で使えねえ武器を持ってきてんだ、置いてこいよ!!」


「何かに使うかと思って!! あと毒矢なら素手で掴んで相手にブッ刺せば殺せるよ!!」


「近接武器として使おうとしてんじゃねえよ、本来の意味で使え!!」



 残念ながら、ハルアに弓の心得はなかったようだ。これでは壁に張り付いた巨大蜘蛛を撃墜することが出来ない。

 他にも色々と方法はあるが、果たして最適解は一体何がいいのだろうか。あの壁に張り付いた蜘蛛どもをどうにかして落としてしまいたいが、魔法で撃ち落としてみるべきか。


 両腕を組んでうーんと首を捻るユフィーリアへ、ショウが「あの……」と挙手しながらおずおずと申し出てくる。



「あの、弓の心得ならあるが」


「え、本当?」


「ああ」



 そう言えば、ショウには弓の才能があったか。

 昨日の閲覧魔法で得た個人情報には、弓の腕前が卓抜しているとあった気がする。


 巨大蜘蛛に囲まれている状況にも関わらず、ショウは怯える素振りを見せずに言う。



「これは俺の礼装とやらを仕立てる為なのだろう。なら、俺にも手伝わせてほしい」



 黒曜石の瞳に真剣な光を宿し、彼は言う。



「――守られるだけのお荷物は嫌だ」



 その強い意志に、ユフィーリアは感心した。


 可愛いだけの新人かと思ったが、意外と度胸のある人間である。学院長に「自分は異世界人である」と主張した時もそうだが、彼の肝っ玉には目を見張るものがある。

 それなら、彼の望み通りにしてやろう。本人が望むのだから、それを後押ししてやらなければ面白くない。


 ユフィーリアは転送魔法で用務員室から羊皮紙を手元に送ると、魔力を込めながら羊皮紙の表面に煙管を滑らせる。

 ジジジ、ジジ、と紙が焼けるような音が僅かに鼓膜を震わせた。煙管をペンのように紙面へ滑らせると、羊皮紙が立派な呪符と化す。



「これを使え」


「これは……?」


「相手を照準する機能と弓矢の飛距離上昇の機能をつけた呪符だ。威力上昇は弓矢本体にかけられてる場合があるから、この2つの部分を呪符で補う」



 呪符を受け取ったショウの頭を撫で、ユフィーリアは言う。



「無理すんなとは言わねえ、お前が選び取った行動だ。アタシはそれを尊重する」



 下手に気負えば、成功するものでも失敗する可能性が高くなる。

 特に弓矢などの飛び道具を扱う時は、高い集中力も必要になってくる。集中力が乱れるような真似は、極力避けたいところだ。


 だから、ユフィーリアはこの言葉を送る。



「任せたぞ」



 それに対するショウは、ユフィーリアの手に頬を寄せて応じる。



「ああ、任せてくれ」



 頼もしいことを言うショウに背中を任せることにし、ユフィーリアは結界に齧り付く巨大蜘蛛の群れと向き直る。


 破れない結界に苛立ちが隠せないのか、先程からしきりに「きしゃあああ!!」とか「ぎゃしぃぃぃ!!」とか耳障りな絶叫が聞こえてくる。

 割と本気でうるさいので、そろそろ黙ってほしいところだ。というか、この蜘蛛たちは喋れたのか。言葉にはなっていないが。


 雪の結晶が刻まれた煙管を巨大蜘蛛に突きつけ、ユフィーリアは綺麗に微笑む。



「こンの貴重素材どもが、人間様を食えると思うなよ」



 そう、彼らは問題児だ。

 常日頃から方々に迷惑をかけては説教され、退屈な日々を面白おかしく過ごす自由奔放な集団である。彼らを御せると思うのが間違いであり、餌に出来ると思うのは最初から間違えている。


 勝ち目など、どこにもないのだ。



「残らず素材を剥ぎ取って、減額された給金の補填としてやる!!」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、真冬にも似た冷たい空気が漂い始める。


 何事か、と巨大蜘蛛たちが結界を齧る動作を止めて、周囲を警戒する。

 そんなことをしても遅い。蜘蛛たちの無残な結末は決まっていた。



「〈大凍結イ・フリーズ〉!!」



 次の瞬間、結界の周りに集まっていた巨大蜘蛛たちが凍りついたり


 巨大な身体からそれを支える六本の脚まで、何もかもが一瞬で氷漬けにされてしまう。

 氷漬けの適用範囲外にいた巨大蜘蛛たちは、仲間が瞬く間に氷漬けにされてたじろいだ様子を見せる。一体何が起きた、と言わんばかりにざわざわと蠢いていた。


 黒い糸が張り付く結界を解除し、ユフィーリアは不敵に笑う。



「問題児を舐めんな!!」



 さあ、反撃開始だ。

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