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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第6話【蜘蛛】

「んー、むむむ」



 人形めいた絶世の美貌に真剣さを滲ませ、ユフィーリアは悪魔の絵が彫られた鉄の扉と対面する。


 扉にかけられた施錠魔法があまりにも強力すぎて、解除に時間がかかっているのだ。警備面から見ればぶん殴っても簡単に壊れない素材で出来た扉と何重にもかけられた施錠魔法の組み合わせは、まさに最強と言ってもいいだろう。

 ただし、この何重にもかけられた施錠魔法がクセモノだった。少しでも間違えれば最初からやり直さなければならないほど難しい施錠魔法で、こんな迷宮区ダンジョンの奥深くにある扉で必要ないだろと叫びたくなるような代物だった。少なくとも生徒は絶対に解けないし、教職員もこの施錠魔法の存在を知っている人間しか扱えないだろう。


 魔法の天才と言わしめるほどの才能を有するユフィーリアでさえ、もうかれこれ30分程度は扉にかけられた施錠魔法と対峙していた。



「ねえ、まだぁ?」


「もう少し」


「その台詞って何度目よぉ。もう結構待ってるんだけどぉ」


「うるせえな。これ間違えたら最初からやり――あ」



 解錠魔法の方法を間違えて、バチンと扉から弾かれる。


 弾け飛んだ紫電がユフィーリアの指先を刺激し、ピリピリとした痛みだけが残る。これで3度目の失敗だ。

 最初から解除魔法をやり直さなければならない事実を突きつけられたユフィーリアは、深々とため息を吐いて冷たい石畳の上に寝転がった。不貞寝である。問題児でも出来ないことだってあるのだ。



「もうやだ」


「頑張ってよぉ。そんな高度な施錠魔法を解けるのってぇ、ユーリしかいないんだからぁ。――ズズ」


「おい、何か啜る音がしたぞ。アタシが苦労して施錠魔法を解いてる時に、何お前らは優雅にティータイムしてんだよ」



 石畳の上でゴロリと寝返りを打てば、扉が開くのを待機するエドワードたちは優雅に紅茶を啜っていた。おそらくアイゼルネが紅茶のカップやら薬缶やらを魔法で転送させたのだろう。上司が頭を悩ませている時なのに、部下は呑気にお茶会を開いているとはいい度胸だ。


 まあ、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。

 この扉にかけられた施錠魔法はあまりにも高度すぎて、用務員では誰も解けないのだ。可能性がある人間は、星の数ほど存在する魔法を手足の如く自在に操るユフィーリアしかいない。


 とはいえ、頑張る上司を応援せずに紅茶を啜って待っているのは納得できない。正直に言えば、ユフィーリアも紅茶がほしい。



「あ、あの。ユフィーリア、俺でも何か手伝えることがあれば……」



 正座をして扉が開くのを待っていたショウが、挙手して手伝いを申し出てくれる。この子、本当にいい子すぎる。



「お前ら、ショウ坊を見習えよ。健気で可愛い」


「ユーリ、俺ちゃんが今更ぶりっ子したらどう思うよぉ」


「引っ叩くに決まってんだろ」


「ほらぁ、可愛さを見習っても仕方ないじゃんねぇ。殴られる結末しか見えないならさぁ、やる意味ないじゃんねぇ」



 不満げに唇を尖らせるエドワードに、ユフィーリアは「当たり前だろうが」と応じる。



「お前はいっぺん自分の面を鏡で観察してこいよ。何回も新入生に泣かれてんじゃねえか」


「あー、酷いこと言われたぁ。傷ついたので俺ちゃんは働きませーん」


「よし分かった、お前はここで見捨てていく。永遠に迷宮区ダンジョンを彷徨った挙句に『ヌシ』呼ばわりされてしまえばいい」


「土下座するから俺ちゃんも連れて帰ってぇ。置いていかれたら本気で帰れなくなるからぁ、野生に戻っちゃうからぁ」



 学院長に見せる謝罪の態度とは違い、割と本気で縋ってくるエドワード。


 この広大な迷宮区から出るには、最低限の魔法の技術が使えなければ難しい。エドワードは簡単な魔法さえも使えない、完璧な脳筋野郎なのでユフィーリアに置いていかれると出られないのだ。

 ついでだが、ハルアも魔法が使えない。というか、魔法を使える程度の頭を有していないので、逆立ちしても魔法は使えない。用務員の男子陣営で唯一まともに魔法が使える人間は、ショウが初めてだ。


 ユフィーリアは腹筋を使って起き上がると、綺麗な銀髪についた砂埃を落とす。それから扉にかけられた施錠魔法に向き直り、



「あー、やだやだ。もう飽きた。4度目の成功なんてあるかよ。誰だこの高度な施錠魔法を仕掛けたのは。こんな辺鄙な場所まで来る奴いるのかよ」


「いるから作られたんじゃないのぉ?」


「じゃあ作った奴は性格が悪いな。絶対そうだ、断言できる」



 ぶつくさと文句を言いながら、ユフィーリアは施錠魔法の解除に挑む。


 何重にも施された魔法の封印を丁寧に解除していき、慎重に慎重に作業を進めていく。もう4度目になるので、手つきも慣れてきている。

 施錠魔法の解除に挑む銀髪の魔女の後ろでは、部下たちが固唾を飲んで見守っていた。彼女の魔法の技術は卓抜しているし、何だかんだ言いながらも信頼しているのだ。


 そして3分後、ようやく施錠魔法が解除できた。鉄の扉からガチャンという施錠の外れる音が聞こえてきて、脱力する。



「はああぁ、ようやく解けた」


「ユーリ、お疲れ様♪」


「お前ら、もっとアタシを褒めろよ」


「お疲れ様だ、ユフィーリア。紅茶いるか?」


「ショウ坊可愛い」



 いそいそと薬缶から紅茶を注いで、カップを差し出してくるショウに感動を覚えるユフィーリア。健気で可愛すぎる。


 ユフィーリアはやや冷めた飴色の液体を啜り、喉の渇きを潤す。

 扉を開けるのは少し休んでからにしよう。30分も扉と向き合って封印の解除に勤しんでいたら、さすがに疲れてきた。



「さてねぇ、扉の向こうには何があるのかねぇ」


「ワクワク!!」


「お前らァ、気をつけろよ。あれだけの施錠魔法がかけられてたんだから、よっぽどのモンが封印されてるだろ」



 鉄扉の前に立つエドワードとハルアに、ユフィーリアは危険であることを知らせる。

 魔法は使えないが、彼らも問題児としてヴァラール魔法学院に迷惑をかけてきた仲間だ。簡単にやられないと信じているが。


 軽い力で扉を押し開け、エドワードとハルアは扉の向こうで待ち構える何かと対面することになる。



 ――ギィィィィィ、パタン。



 何故か即座に扉を閉ざした。



「おい、どうしたエド」


「無理無理無理無理……」



 扉の向こうを目撃したエドワードに質問を投げかけるが、彼は閉ざされた扉と向き合ったまま「無理」と連呼していた。

 同じように扉の向こうを見てしまったハルアに視線をやれば、少年はブンブンと首を横に振る。その顔色は心配になるほど悪かった。


 彼らは一体何を見たと言うのか。ユフィーリアはカップの紅茶を一気に飲み干して、アイゼルネに空のカップを押し付ける。



「情けねえなァ、お前ら。やべえ魔物がいる訳でもねえし」



 問題児の名前が泣くぞ、と軽い調子で揶揄いながら、ユフィーリアはエドワードとハルアを押し退けて扉の前に立つ。

 冷たい扉の表面に手を置き、グッと力を込めれば簡単に扉は開いた。ギィィ、と蝶番の軋んだ音が耳朶に触れる。


 ほんの少しだけ開かれた扉の向こうは、真っ暗だった。


 見上げるほど巨大な扉の、上から下まで黒色に塗り潰されている。これでは扉の向こうに何があるのかさえ判別できない。

 煙管キセルを握り直したユフィーリアは、扉の向こうに広がる光景を確認する為に光源魔法の使用を試みた。簡単に言えば、明かりになる小さな光球を生み出す魔法である。


 しかし、出来なかった。

 光源魔法を使うより先に、扉の向こうでポツポツと赤い光が灯る。



「ん?」



 目を凝らすと、それの正体が暗闇の中に浮かび上がった。


 6本の脚に膨らんだ尻、天井や壁を関係なく動き回る奇妙な生物。

 中には致死する危険性のある毒を孕んだ個体も存在し、基本的に身体は小さくて他の虫を餌にする虫の種類。


 馬鹿みたいに巨大な蜘蛛が、部屋いっぱいに詰め込まれていた。それはもうギチギチに、隙間なく埋め尽くされていた。



「…………」



 パタン、とユフィーリアは鉄の扉を閉ざす。


 見てはいけない何かを見た気分だ。

 これはパンドラの匣である。封印しなければならないものだったのだ。だから施錠魔法もやたら厳重で、間違えるたびに最初からやり直しさせられる羽目になったのだ。


 くるりと扉に背を向けるが、何故か背後からキィと扉が開く音を聞いた。


 隙間から伸びる細い脚。ギラリと輝く無数の赤い眼球。

 器用に扉を開けた巨大蜘蛛たちが、こちらの様子をじっと窺っていた。



「お前ら逃げるぞ!!」



 ユフィーリアの号令を合図にして、鉄扉の前から全速力で避難する。


 だが、逃げる問題児を逃がしてやるほど蜘蛛たちも甘くはない。

 施錠魔法が解除された鉄製の扉を開け放ち、勢いよく部屋から飛び出してきた。狙った獲物は逃がさないとばかりに、大群でゾロゾロと逃げる問題児を追いかける。


 さあ、地獄の鬼ごっこ開幕。



「ぎゃーッ!? 何あれ何あれ何あれぇ!?」


「絶滅危惧種に指定されてるオニキスオオグモだ!! アイツらは肉食だから、捕まれば頭からバリバリ食われるぞ!!」


「こんな時でもユーリは博識ネ♪ おねーさん凄いと思うワ♪」


「お前はエドに担がれてるから楽だろうけど、こっちは必死なんだよ!!」



 舗装された石畳の道を全力疾走する問題児どもは、右へ左へ曲がって巨大蜘蛛の大群から距離を稼ごうと画策する。

 それでも巨大蜘蛛どもは、逃げる餌たちを執念深く追いかけてくる。疲弊したところを美味しくいただく算段らしい。巨大蜘蛛の方が一枚上手のようだった。


 先頭を走るハルアが、



「もう殺した方が早くね!?」


「馬鹿野郎、絶滅危惧種だぞ!? 殺したらグローリアの奴に7割減給を言い渡されるだけじゃ済まねえぞ!!」



 魔法の天才であるユフィーリアが、巨大蜘蛛の大群を前に魔法で蹴散らさない理由はこれに尽きた。


 相手は絶滅危惧種に指定されている貴重な昆虫であり、ヴァラール魔法学院の敷地内にある迷宮区ダンジョンにて発見されたということは、授業で使う参考みたいなものとして飼育されているに違いない。

 そんな貴重な昆虫をホイホイ殺せば、給料7割減額どころでは済まなくなる。給料が貰えなくなるのはさすがに嫌だ、碌に働いてないけど。


 ぎゃあぎゃあと喚きながら逃げる問題児たちは、やがて広い空洞のような場所に辿り着く。

 講堂よりも何倍も広さがあり、やたら高い天井を太い柱が何本も支えている。壁には7枚の宗教画のようなものが飾られており、男性が本を読んでいたり、女性が杖を掲げていたりと多岐に渡った。



「ッ!!」



 空洞を突っ切ろうとした問題児たちの前に、あの巨大蜘蛛たちが道を塞いでくる。

 背後からも巨大蜘蛛の群れが押し寄せてきて、瞬く間に退路を絶たれてしまった。最初から蜘蛛たちの思い通りに動いていたようだ。頭のいい虫どもである。


 身を寄せ合う問題児たちは、ジリジリと距離を詰めてくる蜘蛛たちに警戒しながら相談する。



「どうすんのよぉ、ユーリ。転移魔法で逃げるのぉ?」


「出来るっちゃ出来るけど、コイツらを野放しにした罪で怒られるのだけは回避してえ……ッ!!」


「もう殺した方が早くない!?」


「あら大変♪」


「ど、どうすれば……」



 まさに四面楚歌、絶体絶命の危機的状況である。


 そんな時、問題児筆頭と名高いユフィーリアの頭にある情報が浮かんできた。

 この巨大蜘蛛――オニキスオオグモが何故、絶滅危惧種に指定されているか。その理由である。



「そう言えば、このオニキスオオグモって『アリアドネの黒糸』っていう素材が採れるんだよな」


「何よぉ、それぇ」


「まあ簡単に言えば、礼装を作る為の生地に使える素材だな。この糸で仕立てた礼装はかなりの高級品だって言われてるぞ。何せ質がいいからな、質が」



 ここで、問題児たちは迷宮区ダンジョンを訪れた目的を思い出す。

 そう、この馬鹿みたいに広い迷路へわざわざ足を運んだのは、可愛い新人が着る礼装を仕立てる為だ。その素材を集める為に、危険を冒してまでやってきたのだ。


 ならば目の前にいる怪物どもは一体何だ?

 礼装を仕立てるのに使われる素材『アリアドネの黒糸』を採れるオニキスオオグモである。絶滅危惧種に指定されている昆虫だ。


 ――問題児たちの答えはすぐに出た。



「よし殺そう」


「殺しちゃおっかぁ」


「全員殺すよ!!」


「腕が鳴るわネ♪」


「え、ええー……」



 相手が貴重な素材を落とす昆虫だと判明した途端、問題児どもの目つきが変わった。物騒なことを宣言しながら、巨大蜘蛛に狙いを定める。


 そのギラギラした目つきに嫌な予感でも察知したのか、今度は巨大蜘蛛が距離を取り始めた。

 今更逃げても時すでに遅し。素晴らしい素材を見つけてしまった問題児たちは、歓喜の声を上げる。



「素材狩りじゃーッ!!」



 そして、ヴァラール魔法学院最大級の問題児たちによる、絶滅危惧種指定された昆虫の殺戮劇が開幕されたのだった。

 当然、新人はドン引きである。

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