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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第5話【探索】

 礼装の生地を作る為に素材を探して1時間が経過した辺りで、緊急事態が発生した。



「いねえな、魔物が」



 狭い洞窟内を歩きながら、ユフィーリアは言う。


 地下墓地で悪魔召喚の儀式をしていた髑髏どくろ仮面の神父の姿を目撃してから1時間が過ぎ去ったが、未だに魔物との邂逅は果たせていない。驚くほど出くわさない。何故だ。

 もしかして、あの髑髏仮面の神父による呪いか。間違った召喚魔法である事実を教えずに、面白がってそのまま放置したことによる呪いか。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、



「何で魔物がいねえんだよ。迷宮区ダンジョンの広さに応じて魔物の数も増えるはずだろ」



 迷宮区が広大であればあるほど、魔物の数は比例していく。

 広い迷宮区には膨大な魔力があるので魔物は集まるし、狭い迷宮区はすぐに魔力が枯渇してしまうので魔物はあまり寄ってこない。ヴァラール魔法学院の迷宮区はエリシアでも最大級と謳われ、魔物もかなりの数が生息しているはずだが。


 清涼感のある匂いの煙を吐き出し、ユフィーリアは不機嫌そうにどこまでも伸びる洞窟を見据える。


 岩肌が剥き出しの洞窟に松明が等間隔で配置され、橙色の炎が明るく洞窟内を照らしている。狭くはあるが閉塞感はなく、ただ景色が変わらないまま延々と洞窟が続いている。

 時折、曲がり角のようなものに行き当たる。曲がるのが面倒なので真っ直ぐ突き進んでいたが、そろそろどこかで曲がるべきなのかもしれない。


 すると、最後尾を歩いていたエドワードが「ねえ、ユーリ」と呼びかけてくる。



「何だよ、エド。道順に関する文句は聞かねえぞ」


「この前さぁ、学院長に怒られた腹いせで迷宮区に来たよねぇ?」


「そうだな」



 エドワードに言われて、ユフィーリアは学院長に怒られた時を思い出す。非常に胸糞悪くなってくるが、思い出すことで魔物と出会わない理由が判明するかもしれない。


 あの時は、どんな問題行動を起こして怒られたのだったか。

 ただ非常に腹が立ったことだけは覚えている。その苛立ちのまま迷宮区を訪れ、ユフィーリアは出会った魔物を片っ端から討伐していったのだ。命乞いをしようが逃亡を図ろうが、問答無用で殺戮しまくった。


 ――多分、それが原因である。自業自得だ。



「原因はアタシか……」


「ユーリが迷宮区ダンジョンの魔物を虐殺していったからぁ、魔物たちも怯えて出てこないじゃんねぇ。自分のせいじゃんねぇ」


「うるせえな、分かってるよ」



 ユフィーリアは深々とため息を吐き、



「仕方ねえ、魔物を寄せ付ける魔導具でも作ってみるかな」


「そんなことが出来るのか?」



 ユフィーリアに手を引かれるショウが、期待を込めた視線を寄越してくる。



「材料があれば作れなくもねえけどな。まあ、こんな狭い洞窟では作れねえから結局材料探しから始まる」


「そうなのか」


「とりあえず、次に道が交差したら曲がってみるか。景色が変われば魔物がいるかもしれねえし」



 こんな広大な迷宮区で、全く魔物がいないという状況は絶対にない。授業で使われる魔物が飼育されていたり、魔力が目当てで寄ってきた魔物がいたり、とにかく魔物は存在するはずなのだ。

 礼装の生地に使える魔物も、必ずどこかにいる。今回は虐殺を目当てとしている訳ではなく素材収集が主なので、生地に使えなさそうな魔物は見逃す方針にしよう。


 そんなことを言った矢先に十字路へ行き着いたので、必然的に右か左に進むことになる。

 さて、どちらに進もう。



「よし、お前ら」



 ユフィーリアは信頼する部下たちに振り返ると、



「この煙管が倒れた方向に行くぞ」


「賛成だよぉ」


「分かった!!」


「いいわネ♪」


「了解した」



 全員の了承も得られたので、ユフィーリアは十字路の中心に雪の結晶が刻まれた煙管を立てる。

 立てた煙管は指を離した瞬間に音もなく倒れ、問題児たちの行き先を示してくれた。


 右でも左でもなく、真っ直ぐ。



「…………よし、真っ直ぐで」


「曲がらないのぉ?」


「神様が示した方向に進む」


「ユーリって神様とか信じるクチだったっけぇ?」


「アタシの勘がそう言ってる」



 そんな訳で、飽きるほど真っ直ぐ突き進んできたが、さらに直進することを選択した。


 永遠に続くかと思われた洞窟だが、運命の神様は問題児たちに微笑んだようだ。

 狭い洞窟は唐突に終わりを告げ、景色がパッと開ける。松明に照らされていた洞窟は石畳で舗装された道となり、石で作られた壁から燭台が等間隔に並べられていた。道幅は広く、大人が五人ほど並んで歩いてもまだ余裕があるほどだ。


 立派な道に合流できた問題児たちは、ようやく希望を見出した。



「よーし、洞窟から脱出したぜ!!」


「やったねぇ、偶然だけどぉ」


「凄えなユーリ!!」


「悪運が強いわネ♪」


「ようやく進展の兆しが見えてきたな」



 わーい、と全員で喜びを分かち合っていると、



「ゲ」



 すぐ側にあった曲がり角から、緑色の肌をした魔物が姿を見せた。


 綺麗な緑色ではなく、色々と混ざり合った末の汚らしい緑色である。樽のように突き出た腹と太い手足、腰にはボロボロの布切れが1枚だけ。太い足には臑毛すねげがこれでもかと言うほど生えていて、汚らしい印象しかない。

 見上げるほどの巨躯とは対照的に、頭部だけはやけに小さい。黄ばんだ眼球に鋭い牙を持ち、鼻水を垂らした阿呆面を晒すその魔物はトロールという種族だった。『不細工な魔物四天王』の1つに数えられている、だらしなく太った巨躯と小さな頭が特徴の魔物だ。


 トロールはユフィーリアたち問題児一行を見つけた瞬間、くるりと回れ右をした。小さな頭でも命の危機は察知したらしい。

 まあ、ようやく見つけた魔物を逃がしてやるほど、問題児たちは優しくないのだが。



「逃がすかァ!!」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアは得意な氷の魔法を発動する。


 逃亡を図ったトロールの頭上に一抱えほどもある氷塊が生み出され、重力に従って落下する。

 脳天で氷塊を受け止めたトロールは、その激痛に耐えられず「ウグゥ」と呻いて膝をつく。足元に転がった氷塊を武器に使おうと大きな手のひらで握りしめるが、時はすでに遅い。


 ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人で膝をついたトロールを囲むと、早速とばかりに交渉を開始する。



「ご機嫌よう、トロール。ちょっとお前、素材持ってねえか? 布に使えそうな素材」


「エ、持ッテナイ……」


「嘘吐いてんじゃないよぉ」


「ダカラ、持ッテナイ……」


「持ってそうな顔してんだよな、オマエ!!」


「話ヲ聞イテ……」



 もはや交渉の仕方がカツアゲである。


 怯えた様子のトロールを3人の問題児が取り囲み、素材はねえかと脅しをかける。カツアゲの被害者にされたトロールは困惑気味に持っていないことを主張するが、その言葉だけで納得するような相手ではない。

 膝をつくトロールを軽くどつき回しながら、問題児ではなくただのいじめっ子3人衆は言う。



「隠し持ってんじゃねえのか。おら、ちょっと飛んでみろ」


「飛んでみなよぉ。素材が落ちるかもしれないじゃんねぇ」


「飛ばねーなら上下左右に振ってやろうか!?」


「怖イヨウ……問題児怖イヨウ……」



 黄ばんだ眼球からボロボロと涙を流しながら、トロールは指示された通りにぴょんぴょんとその場で飛んでみる。

 樽のように突き出た腹がだるんだるんと揺れただけで、布に使えそうな素材は落ちなかった。非常に残念だ。


 不良どもがトロールを相手にカツアゲをしている最中、アイゼルネはショウの瞳をそっと覆ってイジメの現場を見せないようにしていた。



「アイゼルネさん? 一体何が?」


「ショウちゃんは見ちゃダメ♪ 教育に悪いワ♪」


「?」



 不思議そうに首を傾げるショウをよそに、何の素材も持っていないトロールを脅しても無駄だと判断を下した問題児3人は、この使えないトロールの処遇を議論する。



「コイツどうする?」


「皮を剥いで生地にしちゃえばぁ?」


「馬鹿野郎、礼装が生臭くなるわ。可哀想だろ、そんなの」


「虐めになる!?」


「あー、なるほどねぇ」


「エド、お前食うか?」


「食べないよぉ。トロールのお肉なんて不味いもんねぇ」


「オレも別に興味ねーや!!」



 よし、結論は出た。


 問題児3人は怯えたトロールを解放し、討伐することは見送る方針にした。最初から関係なさそうな魔物は見逃す方向性を掲げていたので、無駄な労力を使わなくて済む。

 突然自由の身になったトロールはしばらく唖然と立ち尽くしていたが、遠ざかっていく問題児たちの背中を確認すると一目散に逃げ出していた。「オデ、コンナ扱イ初メテ!!」などと叫びながら。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、煙と共に深々とため息を吐く。



「どうせなら腰布を剥ぎ取ってやればよかったかな」


「辞めなよぉ、お粗末なモノが晒されてもいいのぉ?」


「大丈夫、その時は切り取ればいいから」


「やだよぉ、その発想はぁ」



 しかし、困った。

 これでは最初から魔物を探さなければならない。ただでさえやらかした問題行動が原因で、魔物と遭遇しにくいのに。


 両腕を組んで悩むユフィーリアは、



「どうするよ、お前ら。礼装の素材収集は中断して、魔物を誘き寄せる罠でも作るか?」


「それもいいけどネ♪」



 ショウの両目を覆い隠してカツアゲ現場の目撃を阻止したアイゼルネは、舗装された石畳の道の先を指し示す。


 等間隔に並んだ燭台が照らす道の先に、何か扉のようなものが待ち構えている。

 鉄で作られた観音開き式の扉で、両脇には蝋燭を持った鳥の置物が鎮座していた。ピタリと閉ざされた扉の表面には悪魔のようなおぞましい何かが彫られていて、不気味な雰囲気がこれでもかと漂っていた。


 どう考えても開けてはならない扉だが、問題児にとっては「開けてください」言われているようなものだ。



「よし開けよう」


「開けようかぁ」


「開けようよ!!」


「開けようかしラ♪」


「即決で開けると判断するのか……さすがと言うべきなのだろうか」



 3秒と考えずに不気味な扉を開けると決めた問題児たちは、意気揚々と重厚な鉄扉に近づいていく。


 その先に待ち受けている何かは分からないが、とりあえず危険性はないと見ていいだろう。

 危険なことがあったとしても、問題児にかかれば華麗に解決できてしまうのだ。――多分。

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