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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第4話【迷宮区】

 ヴァラール魔法学院の地下には、エリシア史上最大の迷宮区ダンジョンが存在する。


 その名をアビスオデッセイ――意味は深淵を探索する者。

 深淵まで続くのではないかと錯覚するほど深く、また不用意に足を踏み入れれば地上に戻れないのではないかと思えるぐらいに長い時間を歩かされる。迷路のように道は複雑に入り組み、毎年3人ぐらいは遭難者が出る始末だ。


 余談だが、遭難者が出た場合は用務員が助けに行かなければならない。この時ばかりは問題児たちも嬉々として遭難者の探索に乗り出るので、教職員も密かに助かってはいるのだ。



「という訳でやってきました、迷宮区ダンジョン



 ショウの礼装を仕立てるのに必要な素材を求めて、ユフィーリアたち用務員は迷宮区を訪れていた。


 果てしなく伸びる洞窟の壁には松明が等間隔で並べられ、橙色の炎がぼんやりと洞窟内を照らしている。吹き込む風は生温く、ユフィーリアの銀髪と黒い外套コートの裾を揺らした。

 何度かこの迷宮区には足を踏み入れているが、今日は迷宮区を初めて経験する新人もいる。彼の為にも細心の注意を払わなければならない。


 どこまでも伸びる薄暗い洞窟を前に若干の怯えを見せるショウは、



「あ、あの、本当に行くのか?」


「行くぞ」


「どうしても行かなきゃダメか?」


「ははーん。ショウ坊、お前怖いのか?」



 エドワードの背中に隠れるショウへ振り返り、ユフィーリアはニヤリと笑う。



「大丈夫だって。お前のことはちゃんと守ってやるよ」


「で、でも、逃げ道が1つしかないし。地震が起きて道が崩落したら大変だ……」


迷宮区ダンジョンは頑丈に出来てんだよ。暴れたって崩れやしねえさ」



 それとも、とユフィーリアはエドワードの背中に隠れるショウへ詰め寄り、手を差し伸べた。



「怖いなら手でも握っててやろうか?」


「…………本当か?」


「え?」



 軽い冗談で言ったつもりだったが、ショウは迷わずユフィーリアの差し出した手を掴んできた。

 黒い長手袋ドレスグローブの薄い布地越しに、彼の体温が伝わってくる。ぎゅう、と割と力強く手を握りしめてくる仕草に、相手の不安さを感じることが出来た。


 まあ、どこまでも伸びる洞窟に初心者は不安に駆られることだろう。彼の気持ちは分からないでもない。



「じゃあ行くぞ、お前ら」



 ショウの手を引いて、ユフィーリアは薄暗い洞窟に足を踏み入れる。


 生温い風が頬を撫で、遠くの方から獣の呻き声のようなものまで聞こえてくる。魔物たちも活発な動きを見せているのだろう。

 さて、礼装を仕立てるにはどんな魔物を狩るのがいいだろうか。やはり丈夫な皮を持つ火蜥蜴サラマンダー系の素材を集めた方がいいか、それともふわふわ感を求めて獣系の素材を集めた方がいいのか。どちらの素材で礼装を仕立てても、ショウにバッチリ似合いそうなので迷うところだ。


 すると、不安げにユフィーリアの手を握るショウが、やや怯えた様子で問いかけてくる。



「ここの魔物は、地上まで出てこないのか?」


「出てこねえな。学院の敷地内には防衛魔法が張り巡らせてあるから、地下の迷宮区にいる魔物も防衛魔法に阻まれて校舎内に侵入は出来ねえ」


「防衛魔法?」


「いわゆる結界だな。こう、お椀型みたいな感じで」



 ヴァラール魔法学院には防衛魔法を得意とする魔法使いがいて、彼の手によって学院内の平和は保たれている。たった1人で広大な学院をすっぽりと覆うほど広い範囲で結界を展開していて、膨大な魔力と優れた魔法の才能が有していることを示している。

 防衛魔法とは、その名の通り防御に適した魔法のことだ。結界を張って自分と身の回りの人間を守ったり、攻撃が飛んできた際に弾いたりなど有用性が非常に高い。極めれば広く長く結界を展開できるので、防衛魔法を得意とする魔女・魔法使いは重宝される。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、



「実はな、迷宮区には色々と怖い噂があるんだよ」


「え」


「ちょっとぉ、ユーリ。こんなところで怖い話なんて止めてよねぇ」



 ショウの表情が凍りつく側で、エドワードが苦言を呈してくる。

 実はエドワード、初対面の人間なら必ずと言っていいほど怯えられる強面にも関わらず、怖い話や幽霊の話が苦手なのだ。今も「聞きたくなぁい」と耳を塞いでいる。


 表情を凍りつかせてしまったショウも、怖い話が苦手なのだろうか。眉1つ動いていない無表情のままだが、どこか怯えた様子が窺える。ちょっと可愛い。



「ここの迷宮区ダンジョンはエリシアで最も大きいって言われてるから、使われてねえ部屋が無数にあるんだよな」


「なるほど」


「で、使われてねえ部屋でヴァラール魔法学院の教職員連中が、どこかから攫ってきた人間で魔法の人体実験をしてんだよ」


「……そうか」


「その人体実験された人間たちの成れの果てが、今でも迷宮区を彷徨ってるらしい。こう、実験した魔女や魔法使いの名前を叫びながらなら」


「…………」



 相手の事情に構うことなく怖い話をすれば、ユフィーリアの手を握る力が少しだけ強くなった。


 表情だけで言えば「別に何も怖くありません」とばかりに平然としているが、ユフィーリアの手を握る力は結構強くなっている。絶対に振り解かれないように、という強い意思がヒシヒシと伝わってくる。

 まあ、単純に根も葉もない噂話である。実際にはちゃんと報奨金を支払って安全にお家へ帰しているし、事前に『死ぬこともあります、補償金も出ます』という内容の契約書を交わしているらしい。実験とはいえ、危険なことは間々あるが、命の保証はしっかりしているのだ。


 ――人体実験については否定しないのか? 事実を事実として述べないでどうする。



「大丈夫だって、ショウ坊。根も葉もねえ噂だよ」


「し、しかし……」



 ショウは小刻みに震えた声で、



「遠くから声が聞こえてくる……」


「え?」



 ユフィーリアは周囲を見渡した。


 岩肌が剥き出しの状態となった洞窟がどこまでも伸び、等間隔に備え付けられた松明がぼんやりと照らす以外に何も見えない。他人の存在も、ユフィーリアたち以外に見当たらない。

 だが、確かに声だけは聞こえる。言葉自体は不明瞭だが、人間の声であることは理解できた。


 エドワード、ハルア、アイゼルネも聞こえてくる声に反応を示し、



「何か聞こえる!!」


「本当ネ♪」


「呪文みたいだねぇ。何を言ってるのか分からないけどぉ」



 問題児の中で取り分け聴力の優れたエドワードは、



「どうするのぉ?」


「決まってんだろ」



 その問いに対する答えは、すでに決まっていた。



「行くしかなくねえ?」


「だよねぇ」


「やっぱり!!」


「それでこそユーリだワ♪」


「い、行くのか……? 本当に……?」



 怯えた様子を見せるショウの手を引き、ユフィーリアたち問題児は声が聞こえる方向を目指して洞窟を進んでいく。


 松明が照らす洞窟を進めば進むほど、聞こえてくる声は徐々に鮮明になっていった。

 五節以上の比較的長い呪文のようだ。五節以上となると、中規模の魔法だろうか。定義がやたら多いので召喚魔法と見ていいだろう。



「召喚魔法の練習でもしてんのかな」


「し、召喚魔法なのか? この声は本当に?」


「言葉が不明瞭だから呻き声に聞こえても仕方ねえけど、ここまで来ると何を言ってるのか分かるな」



 洞窟に響く召喚魔法の呪文に耳を傾けると、幼い子供を呼び出すことを前提としているようだった。

 該当する子供を検索する範囲は世界中、人数は1人、年齢は4歳に限定。――意外と定義が玄人向けというか、これでは誰を召喚したいのか理解できない。


 ここで止める、という選択肢もあったが、ユフィーリアたちは誰が呪文を唱えているのか気になった。こうなったらツラを拝んでやるまで、この先には進めない。



「よーし、行くぞ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「うう……怖い人ではありませんように……」



 召喚魔法を唱える何某が怖い人物ではないことを祈るショウの手を引くユフィーリアは、ついに声の元へ辿り着いた。


 松明が並ぶ洞窟が途切れ、やたらと広い空間に出る。

 天井は手が届かないほど高く、雄叫びを上げて走り回っても余りあるほど広々としている。ヴァラール魔法学院の運動場より広いかもしれない。これほど広ければ騒ぎながら駆け回りたくなるのが問題児としての性だが、この部屋に限ってそれが出来なかった。


 何故なら、この部屋はすでに地下墓地として使われていたからだ。



「わあお」



 ユフィーリアは目の前に広がる地下墓地をぐるりと見渡し、その雑多な有様に苦笑する。


 広大な部屋全体を使って作られる地下墓地は、石で作られた墓標のみが猥雑と配置されている。一般的な墓地とは違い、適当に作られた墓のようだ。

 一抱えほどもある石の墓標の前には、ぼんやりと小さな明かりを落とす蝋燭が供えられていた。供養するつもりがあるのかないのか、この適当に作られた墓標から察することは出来ない。


 広すぎる地下墓地の中心に、召喚魔法の呪文を唱える男がいた。


 この地下墓地の管理人だろうか、その顔は髑髏どくろの仮面で覆われている。服装は簡素な神父服で、胸元では錆び付いた十字架が揺れている。

 艶のある黒髪は伸ばしたままにしているのか、地面に届きそうな勢いで長い。地面に刻み込んだ魔法陣の前で両手を組み、ぶつぶつと平坦な声音で召喚魔法の呪文を唱えていた。


 無数とも呼べる蝋燭と石の墓標に囲まれる髑髏仮面の神父の姿を眺め、ユフィーリアは「ああ」と断定する。



「あれは失敗するな」


「何故?」



 手を握って怯えた様子を見せるショウに問われ、ユフィーリアは髑髏仮面の神父が向き合う魔法陣を指で示す。



「召喚魔法の定義が人間用なんだけどな、あの魔法陣って悪魔を呼び出す用の魔法陣なんだよな」


「つまり」


「あの魔法陣を使っても、呼び出されるのは悪魔だけだ」



 ユフィーリアの指摘通り、髑髏仮面の神父が魔法陣から召喚したのは筋骨隆々とした悪魔だった。


 浅黒い肌には隙間がないほど模様が刻み込まれ、毛皮のマントと腰布を巻いている。顔は牛の骨を加工して作られた趣味の悪い仮面を装着して覆い隠し、頭には禍々しい印象を与える2本の角が生えていた。

 明らかに只者ではない悪魔を召喚してしまった様子である。子供でもなければ定義に盛り込んだ四歳でもない。条件に全く掠りもしていない。


 魔法陣の上で仁王立ちをする悪魔を見上げ、髑髏仮面の神父はただ一言。



「お帰りください」


「吾輩を呼び出したのは貴様か」


「お帰りください」


「いや、あの吾輩を呼び出したのは」


「お帰りください」



 口上すら述べさせない頑なな意思に根負けした悪魔は、すごすごと魔法陣に吸い込まれて消えた。悪魔が可哀想である。


 一方の神父側は悪魔召喚用の魔法陣の前で腕組みをし、不思議そうに首を傾げては「何がいけなかった……?」と呟いている。

 魔導書まで参考にしているようだが、題名には『誰でも分かる!! 悪魔の召喚方法!!』などとあった。あれではいくら頑張っても悪魔しか召喚されない。


 ユフィーリアは「よし」と頷くと、



「見なかったことにしよう」


「教えてやらないのか?」


「面白いから放っておく」



 あのまま気づかず悪魔を召喚し続けて、題名で目当ての魔法ではないと気づくのはいつになることやら。


 最後まで見届けたい気持ちはあるが、今回の目的は礼装の素材収集である。

 ユフィーリアはショウの手を引き、部下を連れてそっと地下墓地から立ち去った。魔法の挑戦中に邪魔は良くない。自分もやられたらぶん殴る自信がある。


 面白いことが大好きな問題児一行は、背後から再び聞こえてきた間違った召喚魔法に挑戦する神父の詠唱に笑いを堪えながら、迷宮区の奥を目指すのだった。

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