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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第3章:魔法学院の冒険譚〜問題用務員、絶滅危惧種生物大量殺戮事件〜
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第1話【朝の支度】

 朝である。

 西から太陽が昇るような天変地異もクソもなく、何事もない平和な朝である。


 現在の時刻は5時50分。

 学生や教員のほとんどはまだ夢の中で、ヴァラール魔法学院の敷地内にある学生寮や教員寮でお休み中だ。朝に強い人間は準備運動や魔法の勉強などに勤しんでいるが、大半はまだ起きるのに早い時間帯である。


 さて、ヴァラール魔法学院最大級の問題児どもも絶賛爆睡中だった。


 彼らが住んでいるのは学生寮でもなければ教員寮でもなく、用務員室の隣の部屋を魔法で改造した部屋だった。

 元々は使わなくなった教材を置くだけの倉庫だったのだが、問題児たちに目をつけられたのが運の尽きである。あれよあれよと占拠され、改築され、彼らの立派な住処となった。


 このことに対して学院長は、特に咎めようとしなかった。

 使わない教材を放置するだけの倉庫を占拠されたところで、生徒も教員も被害を受ける訳ではない。むしろ学生寮や教員寮に部屋を与えれば、寮ごと爆破という最悪の事態を招くことも考えられるので、用務員室の隣にあった倉庫は彼らに与えることとなったのだ。



「んがッ」



 窓から差し込む太陽の明かりを受け、主任用務員兼問題児筆頭であるユフィーリア・エイクトベルは目を覚ます。


 枕元に置いた目覚まし時計を手探りで引き寄せれば、まだ時刻は5時53分。目覚まし時計が問題児たちに起床を促すには早い。

 意識が覚醒してしまうと、どうしても寝れなくなってしまう。目を閉じても夢の世界に旅立つことは出来ないので、ベッドに転がって暇を持て余すしかなくなる。


 仕方なしに寝返りを打とうとしたユフィーリアだが、何故か身体が動かないことに気づく。何かが身体を締め付けているのだ。



「ん?」



 布団をめくってみると、そこには可愛らしい寝顔があった。


 艶やかな長い黒髪が清潔なシーツの上に大河を成し、瞼を縁取る睫毛まつげは瞬き1つで風を起こせそうだ。ツンとした鼻梁から口元にかけての黄金比は最高の一言に尽き、桜色の唇から規則正しい寝息が漏れる。

 華奢な両腕がユフィーリアの腰に巻きつき、さらに離すまいと足まで絡めてくる始末。真っ黒な部屋着の布を押し上げる豊かな胸元に擦り寄り、悪夢にうなされることなくすやすやと眠りこける可愛い新人。


 アズマ・ショウ、昨日召喚した異世界人である。



「何でコイツがここに……あ」



 思い当たる節があるユフィーリアの脳内で、深夜のお茶会での出来事が再生される。


 彼が今まで過ごしてきた辛く苦しい人生を払拭するように、ユフィーリアたちの悪戯武勇伝を聞かせていたら5個目の話で相手が寝落ちしたのだ。

 お茶会の道具を魔法で片付け、いざ彼を寝床である長椅子に放り込もうとしたが、何故か彼の手はユフィーリアの部屋着を掴んで離さない。このまま1人で寝かせて再び悪夢に魘されるのも可哀想に思い、こうして同衾を許したのだ。


 これは起きたら面白い反応が期待できそうだ。相手はまだ純情な青少年、一緒に寝たと現実を知れば顔を真っ赤にすることだろう。



「にしても、コイツ顔整ってるなァ」



 ぷにぷにと柔らかな頬を指先で突けば、眠るショウがモゾモゾと身じろぎをする。キュッとユフィーリアの腰を抱く力が強まり、猫のように胸元へ頭を擦り付けて甘えてくる。


 今まで愛情を持って育ててもらえなかった過去を知っているからこそ、この少年が大胆な行動に出ても許してしまう。あとついでに母性本能がくすぐられる。

 これほど可愛く健気な子供が虐待されていたなんて信じられない。やはり彼の叔父夫婦は血祭りに上げて然るべきだ。この世界へ一緒に召喚されなくて良かったな、とここには存在しないショウの叔父夫婦へ言ってやる。


 さて、起床時刻まであと少しだ。ショウの髪を指で梳き、頭を撫でてやりながらユフィーリアは起床時刻までの秒数を数える。



「3、2、1」



 カチッ、カンカンカンカンカンカンカンカンカン。


 目覚まし時計に設置された小さな鐘が、けたたましく鳴り響いた。

 そのやたら喧しい鐘の音が引き金となり、用務員一同は弾かれたように起き上がる。こんな起き方も慣れたものだ。



「おはようございますッ!!」


「はぁい、おはよぉ」


「おはよウ♪ あラ♪」



 寝室の異変にいち早く気付いたのは、南瓜頭の娼婦ことアイゼルネである。


 ガッポリと橙色の南瓜かぼちゃのハリボテを被る彼女の視線は、寝室の隅に置かれた長椅子ソファに向けられていた。

 寝室に置かれたベッドは全部で4つ。新人の寝床はないので誰かが長椅子を使うかと作戦会議をしていたが、健気な新人が「自分が長椅子を使う」と申し出てくれたのだ。問題児どもも可愛い新人を長椅子に寝かせるなんて、と食い下がったが、相手が決して譲らなかったので長椅子に寝ることを許可したのだ。


 そんな新人の姿が、長椅子にいない。

 アイゼルネは不思議そうに首を傾げて、疑問を口にする。



「おかしいワ♪ ショウちゃんがいないノ♪」


「あー、こっちだこっち」



 ユフィーリアは、ひらひらと手を振って主張する。


 寝ぼけ眼を向けてくる3人の部下に「しー」と人差し指を口元に当て、そっと手招きをする。

 意味を正しく理解した彼らはベッドから出ると、静かにユフィーリアのベッド周辺に集合した。素晴らしい行動力だ。


 布団をご開帳して、抱きついて眠るショウを指で示す。甘える子猫のように寝る異世界人の少年に、全員して膝から崩れ落ちた。



「かッッッッわ……」


「胸がドキドキすムガムグ」


「ハルちゃん、ショウちゃんが起きちゃうでショ♪」


「いや起こせよ。朝だぞ」



 新人の可愛さに魅了される部下にツッコミを入れ、ユフィーリアは寝坊助な末っ子を起こすことにした。


 ポンポンと強めに肩を叩き、起床を促す。

 まだ眠っていたいとばかりに身じろぎをするショウに、ユフィーリアは起きるように告げる。



「ほら、起きろよショウ坊。朝飯に遅れるぞ」


「ん……んむ、あと5分……」



 睡眠時間の延長を求めるショウは、気づかずユフィーリアをさらに抱き寄せる。



「寝かせてやりたいところだけど、朝飯に間に合わなくなるから却下だ。ほら起きろー」



 強めに肩を揺さぶってやれば、ショウは「んんむ……」と呻いてからようやく瞼を開けた。


 ゆっくりと持ち上げられた瞼の向こうから、隠された瞳が露わになる。

 黒曜石の瞳ではなく、赤。燃える炎の如き色鮮やかな赤い瞳が、夢の世界に片足を突っ込んだ状態でお目見えする。


 寝ぼけ眼の赤い瞳で間近にあるユフィーリアを見上げ、ショウはふにゃりととろけた笑顔でご挨拶。



「ん、おはよぅ……ユフィーリア」


「おう、おはようさん」



 ユフィーリアは寝起きのショウの頭を撫でてやると、



「ところで、もうそろそろ離してくれねえか? 身動きが出来ねえ」


「え――ぎゃッ」



 ユフィーリアを強く抱き寄せて眠っていたことに気づいたショウは、ビョンと弾かれたようにベッドから飛び出す。


 しかし、彼の背中にベッドが続いている訳ではない。

 飛び出した先には何もなく、寝起きの少年は背中から床に落ちることとなった。非常に痛い起床となった。


 ベッドの下を覗き込めば、目をパチクリと瞬かせるショウと目が合う。起き抜けの赤い色はすでに消え失せ、元の黒い瞳の状態に戻っていた。



「おはよう、ショウ坊。いい夢は見れたか?」


「悪夢には魘されなかったが、その、今度からちゃんと起こしてもらえると……」


「反応が面白いからまたやってやろ」


「辞めてくれ……」



 顔を覆い隠して懇願するショウ。


 純情で面白い反応をたっぷり楽しめたユフィーリアは、パンパンと手を叩いて思考回路の切り替えをさせる。

 さて、まずは朝の支度からだ。そろそろ着替えなければ朝食に遅れてしまう。



「お前ら、とっとと顔を洗ってこい。急がねえと朝飯に間に合わねえぞ」


「はいよぉ」


「分かった!!」


「はぁイ♪」


「了解した」



 ドタバタと洗面所に駆け込む部下の背中を見送り、ユフィーリアは枕元に潜ませた雪の結晶が刻まれた煙管キセルを手に取る。



「ふあぁ……」



 欠伸混じりに煙管を一振りすれば、ユフィーリアの黒い部屋着が変形する。


 黒い霧状になったと思ったら、一瞬でいつもの黒装束に変わる。首元まで覆う上衣に幅広の洋袴、それらの上から袖のない外套を羽織っている。黒い長手袋はそのままに、肩部分のみを剥き出しの状態にした服装だ。

 ユフィーリアの服装には魔法の仕掛けが施されており、魔力を込めれば登録された形態へ自在に変えられるのだ。こういう魔法的な要素を取り入れた服装のことを『礼装』と呼び、結構高価なものに分類される。


 魔法で身支度を整えたユフィーリアは、櫛を片手に戻ってきたアイゼルネの存在に気づく。彼女の格好は寝巻きからすでに着替えられており、濃い青の扇情的なドレス姿となっていた。



「ユーリ、髪をお願いしてもいいかしラ♪」


「おう。今日はどんなのがいい?」


「太い三つ編みがいいワ♪」



 ベッドに座るアイゼルネの緑色の髪を櫛で梳かし、ユフィーリアは要望通りに太めの三つ編みにしていく。

 元からかなり長めの髪は手入れが行き届き、なかなかいい艶を保っている。器用に三つ編みを完成させたユフィーリアは、得意とする氷の魔法で花の髪飾りを作り、アイゼルネの緑色の髪に絡ませた。


 髪飾りの存在に気づいたアイゼルネは、南瓜のハリボテの向こうにある瞳を輝かせる。



「あら素敵♪」


「お湯で溶ける仕様になってるからな。風呂の時に一緒に洗って溶かせよ」


「さすが魔法の天才ネ♪」



 アイゼルネの髪型を完成させると同時に、ハルアが「ユーリ!!」と慌ただしく寝室へ駆け込んでくる。



「ショウちゃんの着る服がないよ!?」


「あー、何も持たずに召喚したしなァ」



 異世界召喚魔法を成功させた際、ショウは荷物も何も持たずにエリシアへ召喚されてしまった。昨日着ていた軍服のようなもの以外は、彼の衣服となるものが手元にない。

 かと言って、昨日のメイド服を着せる訳にはいかない。あれは破壊力が強すぎる。


 すると、ハルアの背中を追いかけてきたショウが、ひょっこりと寝室に顔を出す。今の彼が身につけているものは、彼が軍服モドキの下に着込んでいた襯衣シャツ洋袴ズボンだ。



「あの、着られれば何でも……」


「朝飯のあとに礼装を仕立ててやる。ハル、お前のつなぎを貸してやれ。同じの何着も持ってんだから」


「うん分かった!!」



 ドタバタと再び慌ただしそうに足音を響かせながら替えのつなぎを取りに行くハルアを見送り、ショウはアイゼルネの髪型とユフィーリアの持つ櫛を目にして首を傾げる。



「アイゼルネさんの髪型はユフィーリアが?」


「おう。お前もやってやるよ、ショウ坊」


「え、あの」



 遠慮がちなショウの腕を掴んだのは、南瓜のハリボテの下でニッコリと清々しい笑みを浮かべるアイゼルネだった。


 南瓜頭の娼婦は戸惑う異世界人の少年の腕を引き、ベッドに座らせる。

 艶やかな黒髪を撫でてから、アイゼルネが手品よろしく何もない空間から取り出したのは鈴のついた赤い髪紐である。昨日の集団メイド化事件の際にショウの髪を飾ったものだ。



「ユーリ、これを使っテ♪」


「お、いいなアイゼ。採用」


「あ、あの、無難なもので」


「ユーリあったよ!! つなぎ!!」


「朝から騒がしいねぇ」



 ショウの綺麗な黒髪を赤い髪紐で飾り付けていると、つなぎを抱えてハルアが騒ぎながら寝室に駆け込んでくる。そんな彼らを、身支度を終えたエドワードがのほほんと眺めていた。

 平和な朝も、問題児たちの手にかかればこんなに賑やかである。


 ちなみに、朝食の時間にはしっかり遅刻した。

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