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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第2章:新たな用務員〜問題用務員、集団メイド化事件〜
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第7話【お掃除開始】

 ザッ、ザッ、と舗装された小道を箒で掃く。


 土埃が舞い、落ち葉が集まる。

 中庭の掃除は順調に進み、穏やかな時間がただ流れていく。


 ――それを暇だと思う人物がいなければ、罰掃除も簡単に終わったはずなのだが。



「飽きたわ」



 黙々と箒を動かしていたユフィーリアは、ポイと箒を放り出すと中庭に設置された長椅子ベンチに腰掛けて煙管キセルを吹かし始める。


 飽きていた。彼女は早々に飽きていた。

 掃除というものは単純な作業の繰り返しで、何が楽しいのか全く分からない。そもそも掃除など魔法を使えばあっという間に終わってしまうので、わざわざ手を使ってやるほどの仕事ではないのだ。


 煙管を吹かしながら、ユフィーリアは魔法を発動。地面に転がっていた箒が勝手に起き上がると、ザッカザッカと小道を掃き始めた。



「ちょっとユーリぃ、メイド長なんだからしっかり掃除してよねぇ」


「やってるだろ。見てみろよ、箒が勝手に動いてる」


「ユーリが魔法で動かしてるだけじゃんねぇ」



 真面目に箒を動かすエドワードが、長椅子にどっかりと腰掛けて煙管を吹かすユフィーリアに文句を言ってくる。



「大体さぁ、飽きたじゃないんだよぉ。掃除ってこんなものだよぉ」


「飽きるだろ、こんなモン。単調な作業の繰り返しだし、遊べるモンもねえしよォ」



 それからユフィーリアは、中庭へ視線を投げる。


 いつもは生徒で賑わう中庭だが、今日ばかりは誰もいなかった。

 本日は入学式だったので、在校生は魔法学院の敷地内に併設された寮で新入生を待ち構えているのである。これから盛大な歓迎会が開かれることだろう、そちらの方が罰掃除よりも数倍楽しい。


 変な銅像を中心に据えた噴水があり、さらに休憩用の東屋まで設置されている。長椅子ベンチもそこかしこに置かれ、舗装された小道に沿って色とりどりの草花が咲き乱れる花壇がある。

 ヴァラール魔法学院の中で最も陽の光が差し込む場所が、この中庭だ。時間帯もあってポカポカと暖かい陽光が降り注ぎ、眠気を誘う。


 銅像を中心に据えた噴水に注目したユフィーリアは、



「あの銅像に意思を持たせたらダメかな」


「あの銅像って何なのぉ? ずっと気になってたんだけどさぁ」


「どこかの芸術家が作った、ウチの学院長の銅像」


「えー?」



 エドワードは改めて噴水の銅像に注目する。


 かろうじて人間の姿を保っているものの、顔がどことか髪の毛がどことかよく分からない抽象的な銅像となっている。これが本当に学院長だとしたら、この銅像を贈られた本人は一体どう反応したのだろう。

 とはいえ、あの銅像に意思を持たせたところで「あぁぁぁあああ」などと呻き声を上げながら這いずり回る以外にあるだろうか。怪物を生み出したことで、また減給されたら嫌だ。


 出来栄え最悪な銅像を睨みつけ、エドワードは「あれが学院長なのぉ?」と首を捻る。



「あんなふにゃふにゃしてたっけぇ」


「似てるだけが芸術じゃねえんだろ。よく知らんけど」


「あの銅像を作った芸術家は度胸があるよねぇ。殺されてもおかしくなさそうなのにぃ」


「そこまではアタシも知らねえわ。いつのまにかあの銅像を据えた噴水が出来てたからなァ」


「それって何年前の話ぃ?」


「大体800年前ぐらい」



 かなり昔だった。それほど長い間、噴水の中心に飾られていたらヴァラール魔法学院の象徴にもなっていそうだが。


 銅像を見つめていたユフィーリアだが、ここで面白いことを思いついた。

 あの変な銅像が許されるのであれば、氷像も許されるだろう。この味気ない中庭を芸術的に生まれ変わらせるのだ。


 ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべるユフィーリアに何かを察知したのか、エドワードが「何をするのぉ?」と期待に満ちた声を投げかけてくる。



「この中庭に氷像を作って芸術的に生まれ変わらせてやろうかと」


「俺ちゃん脱ごうかぁ? 今回はムダ毛も剃ったからぁ、完璧だと思うよぉ」


「いや今回はそのままで。あとは雪だるまとか……よし」



 長椅子から軽やかに立ち上がったユフィーリアは、



「用務員、全員集合!!」


「何!?」


「何かしラ♪」


「何かあったのか?」



 東屋付近を掃除し終えたらしいハルア、アイゼルネ、ショウの3人が掃除道具を片手に駆け寄ってくる。号令1つで集まってくるとは、やはりとてもいい部下たちだ。



「お前ら、この中庭に氷像を作るから協力しろ」


「何すればいいの!?」


「そこら辺で仁王立ちしてくれればいいわ。アイゼ、お前はちょっと頑張って扇情的な体勢で」


「分かったワ♪」


「ショウ坊は箒を持ったまま気をつけ」


「分かった」


「エド、スカートの裾をちょっと持ち上げて」


「中身が見えちゃうけどいいのぉ?」


「むしろ見せつけていけ」



 素敵な部下に協力を得つつ、ユフィーリアはサクサクと4体の氷像を作り出した。


 得意とする氷の魔法を自在に操りながら、協力してくれた部下たちと瓜二つな氷像を完成させる。

 半透明な氷の塊は思い思いの体勢を取り、着ているメイド服の細部に至るまで表現されていた。我ながら完成度の高い氷像である。


 ずらりと並んだ4体の氷像を眺めて満足げに頷いたユフィーリアは、



「よし、もっと作ろう」


「あれぇ? ユーリは自分の氷像を作らなくていいのぉ?」


「鏡がないからやらない。あと自分の氷像を作っても面白くない」



 別に作ってもいいのだが、主観が入ってしまうので綺麗に作り過ぎてしまうかもしれない。それはユフィーリアの芸術性に反する行為だ。


 精巧に作り出された自分の氷像を興味深げに見つめるショウは、黒曜石にも似た双眸をキラキラと輝かせながらユフィーリアに問いかけてくる。



「ユフィーリアは氷の魔法が得意なのか?」


「まあな。何か作ってほしいモンでもあるのか?」


「え、えと」



 遠慮がちに視線を彷徨わせたショウは、



「こ、氷のお城を」


「城ォ?」


「昔、映画で見て。それで綺麗だったから……」



 ふむ、とユフィーリアは考える。


 可愛い新人からの要望だが、城を作るには中庭ではちょっと狭すぎる。

 かと言って中庭に合わせて小さなものを作れば、それはそれで味気がなさすぎる。どうせなら派手に大きなものを作りたいところだ。


 悩む素振りを見せずに、ユフィーリアは結論を下す。面白そうなことであれば迷いなどないのだ。



「よし、運動場に行こう」


「運動場にぃ? 何するつもりなのぉ?」


「決まってんだろ」



 雪の結晶が刻まれた煙管をペン回しの要領でくるんと回転させ、ユフィーリアは笑い飛ばす。



「築城」



 ☆



「――で、君たちは一体何をしているのさ」



 学院長のグローリア・イーストエンドが呆れた面持ちで運動場に姿を見せたのは、築城の作業が始まってから10分後のことだった。


 中庭より何倍も広い運動場のど真ん中に、立派な氷のお城が建築されていく。

 綺麗に磨かれた階段が設置され、蒼天を貫かんばかりに高い塔がどこまでも伸びていく。荘厳にして壮大な氷のお城は全体的に薄青を帯びていて、息を呑むほどの美しさがあった。


 雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者のように振りながら、器用に氷の魔法で順調に城を作っていく下手人は、清々しいほどの笑顔でグローリアに応じた。



「よう、グローリア。随分と早い到着じゃねえか、まさか待ちきれなかったか?」


「他の教師から通報を受けて駆けつけたんだよね。『運動場に氷の城が作られています』ってさ」



 深々とため息を吐いたグローリアは、



「色々と問い質したい部分はあるけど、まずは君たちの格好だよ」


「似合ってるだろ?」



 氷のお城建築作業を中断して、ユフィーリアはひらりとメイド服のスカートを持ち上げる。


 問題児と名高い用務員たちの格好は、完璧なメイドの姿だった。しかもそれぞれ形の異なるメイド服を身につけて、個性が楽しめるようになっている。

 ユフィーリアとショウは古式ゆかしい長いスカートが特徴のもの、エドワードは鍛え抜かれた両足を晒した短いスカート丈のもの、ハルアは可愛らしいフリルやレースがふんだんにあしらわれたもの、アイゼルネはその豊満な肉体を余すところなく強調した少し刺激が強いものと多岐に渡る。全員して恥ずかしがることなくメイド服を着こなしているので、これが彼らの制服ではないかと錯覚してしまう。


 痛みを訴えるらしいこめかみを指でグリグリと揉み込み、グローリアは言う。



「目に毒」


「可愛いから?」


「問題児がいくら可愛く取り繕っても問題児なんだよね!? 特にエドワード君!!」


「えー? 俺ちゃん何もしてないよぉ」



 ひらりと短いスカートを翻して首を傾げるエドワードに、グローリアは「スカートが短いの!!」と叫ぶ。



「色々と見えちゃうでしょ!! 今すぐ着替えてきて!!」


「わざとに決まってんだろうが、グローリア。お前はチラリズムを分かってねえなァ」


「チラも何もないよ!! ガッツリだよ!!」



 吠えるグローリアから「あーあー」と耳を塞ぎながらそっぽを向いたユフィーリアは、



「おいエド、ハル。学院長殿がご立腹だから、ちょっともてなしてさしあげろ」


「いいよぉ」


「いいよ!!」



 ご指名を受けたムキムキなメイドと見るからに頭の螺子が何個かなくしてそうなメイドが、名門校の学院長へジリジリと距離を詰める。


 対する学院長のグローリアは、己の貞操の危機を感じて全く可愛げのないメイド2名から距離を取る。口元は引き攣り、相手の出方を窺っている様子だ。

 ちなみに言っちゃおう、グローリア・イーストエンドの身体能力はすこぶる悪い。魔法使いなので身体を鍛える必要はなく、敵が攻めてきても魔法で解決してしまえばいいのだ。なので体力はないし、ついでに言えば力も弱い。


 そんなもやしっ子の代表とも呼べる彼が、常日頃から用務員の重労働と数え切れないほどの悪戯で鍛えられたメイド2名に勝てると思うだろうか?



「ちょ、待って待って何で近づいてくるの何で!?」


「もてなしてさしあげろってぇ、主任の命令だしねぇ」



 エドワードはその強面に笑みを浮かべると、



「ちょっと『ギュッ』としちゃおうかなってぇ」


「それは『ギュッ』の擬音じゃない!! 明らかに雑巾を絞る時の手つきだったよ!?」


「オレも『ギュッ』しようか!?」


「ハルア君も止めて!! 僕は雑巾じゃないからね!!」



 2人揃って満面の笑みを見せながら、手つきはまるで雑巾を絞るようなものだった。それが問題児メイドちゃんたちによる、精一杯の『ギュッ』である。


 にじり寄ってくるメイドの恐怖に耐えきれず、グローリアはくるりと身を翻して逃げ出した。即座に転移魔法でも使えば勝ち目はあっただろうが、魔法を使って逃げなかったことが彼の敗因だ。

 唯一の利点である魔法を使わずに逃げるなど、この脳筋メイド軍団には「捕まえてほしい」と言っているようなものだ。



「あっははははは!! 待ってよぉ、学院長様ぁ!!」


「逃げるなら追いかけるよ!?」


「きゃああああああああッ!? 来ないで来ないでったら来ないでえええええ!!」



 甲高い悲鳴を晴れ渡った空に轟かせ、恐ろしいメイド2名から逃げ回る学院長。まるで悪漢に襲われた時の生娘のようだ。


 その光景を眺めていたユフィーリアは、腹を抱えて笑った。

 誰もが振り返るような美人の雰囲気はすでになく、ゲタゲタと汚い笑い声を響かせるその姿は2度見できる。下品の代表格である。



「おい見ろよ!! グローリアの奴、めちゃくちゃ追いかけ回されてやんの!!」


「この光景だけでお腹いっぱいだワ♪」


「…………ッ」


「あれ? おいショウ坊、おーい?」



 ショウだけは反応がないので彼の方へ振り返れば、



「ふふッ、ふッ、あははッ」



 押し殺していた笑いがとうとう我慢できなくなって、ショウもまたユフィーリアやアイゼルネと同じように腹を抱えて笑い出す。


 今までの仮面の如き無表情が嘘のようで、年相応の楽しそうな笑みだった。

 彼も人並みに笑えることを知って安堵したユフィーリアは、エドワードとハルアに締め上げられて悲鳴を上げるグローリアの姿を見て噴き出した。


 この一連の騒動は『集団メイド化事件』として、ひっそりと語り継がれることとなった。

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