第3話【問題用務員と決勝戦】
「さあ、今宵の地下闘技場も残すところあと1戦。これにて本日の優勝者が決まります」
司会者を務める男子生徒の実況にも気合が入り、静かに語り始められる。
観客席で選手の入場を待つ客たちは、地下闘技場の中心に据えられた戦場を見つめている。
手頃な岩場がポツポツと点在する殺風景の戦場で待ち受けるのは、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルだ。先程、準決勝の場で圧倒的な力量差を見せつけた魔法の天才である。
悠々と雪の結晶が刻まれた煙管を吹かす彼女は、退屈そうに地下闘技場の地で前回優勝者を待っていた。
「挑戦するのは準決勝を圧倒的な力の差を見せつけて、相手を降参させて勝利した蒼の剣姫ことユフィーリア・エイクトベル。彼女は果たして勝利を掴むことは出来るのか!?」
ガラガラ、とユフィーリアの視線の先にあった檻が開かれた。
そこから出てきたのは、丁髷が特徴の侍だ。それまではヴァラール魔法学院の制服を身につけていたのだが、決勝戦に備えて着替えたのだろう。黒い袴に上衣の袖には桜の模様が散らされている。
1振りの打刀を腰に差し、鋭い眼光を宿した黒曜石の双眸で挑戦者たるユフィーリアを睨め付ける。纏う雰囲気は髪の先から指先、爪先まで全てが刀になっているかのように研ぎ澄まされていた。
観客たちが固唾を飲んで見守る中、実況席に座る男子生徒の熱い紹介が会場中に響き渡った。
「前回優勝者、魔法をも切り捨てる最速の剣豪!! 幾人もの挑戦者の生き血を啜った刀は、魔女の柔肌をも切り裂くのかァ!? イザヨイ・サブロォォォォォォォォォォォォォォォウ!!」
わあああああああああ、と観客たちが一斉に沸き立った。
歓声を一身に受けるイザヨイ・サブロウは、どこか鬱陶しそうである。
彼は最も強い人間との対決を望んでいた。これほど大きな催し事に巻き込まれたのは不運だったが、結果的に最も強い人間が絶えずやってくるのが彼にとっての幸いだろう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「よう、約束通り無傷でここまで来たぜ」
「ふん。有言実行するとは、大した魔女だ」
早く戦いたくて仕方がないとばかりに笑うサブロウは、
「さあ、死合おうか。お主はなかなかの魔法の使い手と見える、魔法を使っても構わん」
「ほざけ」
ユフィーリアは笑い飛ばすと、
「適当に勝ってやるさ。どうせ勝つのはアタシの方だからな」
「随分な自信だな」
サブロウの黒い瞳が音もなく眇められ、
「そういう自信過剰な連中の首をもぎ取るのが、楽しいのだ」
カーン、という試合開始の鐘の音が聞こえる。
それと同時に、ユフィーリアはイザヨイ・サブロウめがけて突っ込んだ。
まさか馬鹿正直に突っ込んでくるとは思わなかったのだろう、サブロウの黒い瞳が見開かれる。右手だけは腰に差した打刀に添えられるも、それよりユフィーリアの方が早い。
瞬きの速度でサブロウの懐に潜り込んだユフィーリアは、
「せいッ!!」
「ぬうッ!?」
顎に掌底を叩き込むが、寸前でサブロウが身を仰け反らせて回避する。
さすがの身のこなしである。ユフィーリアの速度についていけるのはエドワードやハルアだけだと思っていたのだが、意外とサブロウも対応できるのか。
人斬りだから居合でも放って首を落としにかかるかと想定していたが、意外とサブロウは刀を抜く気配がない。即座に刀を抜かないとは人斬りの矜持があるのか。
次いでユフィーリアはサブロウに足払いをかけるのだが、
「はあッ!!」
サブロウはユフィーリアの足払いを飛んで回避すると、膝を抱えて後方に1回転して着地。魔女と距離を取って様子見をしてくる。
「いきなり顎を狙うとは」
「え? ダメだった?」
ユフィーリアはコテンと首を傾げて、
「刀を抜く素振りを見せねえから、口先だけかと思った」
「なるほど、相分かった」
サブロウは納得したように頷き、
「しからば、我が愛刀の錆になってもらおうか」
そこで初めて、すらりと打刀を鞘から抜いた。
黒鞘から放たれた刀身は薄紅色に染まり、刃紋はまるで桜の花弁が散っているかのようだ。純粋な刀にしては簡単に触れてはならないような気配があり、それまで野次を飛ばしていた生徒たちの声にもさらに熱が篭る。
慣れたように鞘から引き抜かれたその打刀に、ユフィーリアは覚えがあった。本などで読んだことがあるのだ。
「へえ、妖刀の類か」
「左様」
正中で刀を構えるサブロウは、
「いざ参る」
そう告げた瞬間、サブロウが何故か目の前にいた。
ユフィーリアは「ひゅう」と下手くそな口笛を吹いた。
刀を握った人斬りが、これほど速く動けるとは思わなかった。完全に想定外である。先程もユフィーリアが同じようなことをしたのだが、それと同じか。
目の前に薄紅色の刀身が迫り、
「ぬ?」
サブロウが刀を振った場所に、ユフィーリアの姿はいなかった。
虚空をただ掻き切った刀に、サブロウは眉根を寄せる。
刀を振り下ろすまではいたはずだが、いつのまにかいなくなっていた。そんな間抜けな反応を見せてくれた。
「やっほう」
トン、とユフィーリアはサブロウの背中を煙管の先端で突く。
「元気ィ?」
「小癪な!!」
サブロウの持つ妖刀が、振り向きざまに振られた。
赤い軌道を描いてユフィーリアの首に迫る妖刀だが、その寸前で膝を折って攻撃を避けた。刀に髪が触れて何本か切られたような気がしたが、あとで殺すので問題はない。
魔法を使ってはいけないという規則はなく、また武器だけという規則もない。しゃがみ込んだユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をサブロウに突きつけ、
「〈絶氷の棘山〉!!」
「むううッ!!」
足元から生えた氷山に、サブロウは慌てた様子で回避した。鼻先に尖った氷の先端が触れて肌を裂くが、その程度の傷である。
互いに飛び退って距離を取り、睨み合う。
張り詰めた空気に観客たちも大盛り上がりだが、こちらは命をかけて戦っているのだ。戦っている本人たちの心境も知らないで、よくもまあ楽しめるものである。
サブロウは口の端を持ち上げて笑い、
「やるではないか、女子のくせに」
「お前も人斬りのくせに動けるんだな。意外だわ」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて笑うユフィーリアだが、
「本気ではないだろう?」
「…………」
サブロウは見抜いている。
ユフィーリアがまだ本気を出していないことに、彼は気づいているのだ。
格闘技など特に思い入れもなく、氷の魔法は得意だがサブロウを満足させる結果までには至らない。彼を満足させるのだとしたら、
「…………」
ユフィーリアは思わず観客席を見上げてしまった。
そこにいたのは、固唾を飲んで見守る可愛い部下たちである。
特にお手製の団扇を握りしめて不安げな表情で見守る可愛い新人のショウは、懸命にユフィーリアのことを応援してくれていた。嬉しい限りだ。
ただ、これがいけなかった。戦場に於いてよそ見など最大の命取りである。
「シッ――――」
サブロウの持つ妖刀が振られた。
左脇から右肩にかけての軌道、袈裟斬りの体勢。
気づいた時には、赤い刀身がユフィーリアの柔肌を切り裂こうとしていた。
(――ダメだ)
これでは死ぬ。
(――――ダメだ)
出せば知られることになる。
(――――もう、ダメか)
2つの葛藤を天秤にかけ、ユフィーリアは諦めた。
「ぬぅッ!?」
渾身の力が乗せられた袈裟斬りが、ギィンと何かに阻まれる。
会場に響き渡る金属音。
ユフィーリアの手に生まれた重量感。それは、地下闘技場の照明を受けて鈍く輝く。
観客席にいる生徒たちはどよめいた。
何故なら、普段のユフィーリアがそれを持っている姿を見たことがないからだ。
「ほう」
自分の刀を受け止めるユフィーリアの姿を見て、サブロウは薄く笑う。
彼女の持つそれは、銀製の鋏だった。
身の丈を超す巨大な鋏は、2枚の刃を螺子の部分が雪の結晶で構成されている。曇りも錆も見当たらない、綺麗な銀色の鋏だ。
「それがお主の本気か」
やや俯き加減の状態だったユフィーリアの顔が持ち上がる。
「おうよ」
その瞳は、片方だけが極光色に染まっていた。




