第2話【問題用務員と準決勝】
「〈凍てつく柱よ〉!!」
先に動いたのは知的ゴリラと名高いアルバート・キルシュタインだ。
冷たい空気が地下闘技場の内部に吹いたと思えば、アルバートの背後に3本ほどの氷柱が出現する。先端が鋭利なそれは他人を刺殺し、少なくとも肌を裂く程度の怪我を負わせることが出来るだろう。
その尖った先端を向けた先にいるのは、悠々と雪の結晶が刻まれた煙管を吹かす銀髪の魔女だ。青い瞳で氷柱を見上げ、呑気に「おお、凄え」などと感心している。
アルバートは掲げた右手を振り下ろし、
「行け!!」
3本の氷柱が射出される。
回避行動すら取らない銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、飛んでくる氷柱をただ静かに見つめていただけだ。
退屈そうに氷柱を眺めるユフィーリアは、
「…………」
雪の結晶が刻まれた煙管を氷柱に突きつけ、あらぬ方向に振っただけ。
その煙管の動きに合わせて飛んでくる氷柱が狙いを変え、脳筋蟷螂と名高いヴォラ・オルテガへ向かって飛んでいった。
ヴォラは慌てた様子で地面を転がって回避し、氷柱を作った張本人であるアルバートと氷柱の軌道を変えて飛ばしてきたユフィーリアの2人を鋭い眼光で睨みつける。
一方のアルバートも、自分の魔法が何故ユフィーリアに当たらなかったのか分からないらしい。目を白黒させている知的ゴリラ君に、銀髪碧眼の美しい魔女は優雅に微笑みながら言う。
「アタシは1500年以上に渡って氷の魔法を使い続けてきたんだぜ? お前のちっぽけな氷の魔法じゃ年季が違いすぎるんだよ」
そもそも、ユフィーリアは詠唱なしで氷の魔法を扱う程度にまで達しているのだ。おかげで『冷感体質』などという冷気が身体に溜まる厄介な体質になってしまったが、そこはそれ、ご愛嬌というものだ。
たかが氷柱を投げ飛ばしてくる程度の魔法など、構成する魔力の流れを操作してしまえば簡単に乗っ取れてしまうのだ。この技術は特定の魔法による魔力の流れを把握しなければならないのだが、氷の魔法なら隅々まで知っちゃっているユフィーリアなので問題はない。
苦々しげに舌打ちをするアルバートの横から、ほっそりとした痩身の男が襲いかかってくる。
「お」
アルバートを盾にして隙を狙ったらしいヴォラが、両手に小刀を握りしめて突撃してきた。
風のような速さで肉薄してきたのは、身体能力上昇魔法でも使用しているのだろうか。見た目的にショウと同じぐらいに細いにも関わらず身体能力上昇魔法を使用するとは、筋肉量があるのか。
目の前まで迫る小刀の鈍い輝き。ギラギラと輝く瞳がボロボロの長衣の下から垣間見えた。
ユフィーリアは表情1つ変えないまま、
「凄え速いなァ」
ポンと手を叩く。
目の前まで迫ってきていた小刀が、急にガクンと落ちた。
それどころかヴォラ・オルテガまで地面にめり込んでいる始末である。顔面から戦場に飛び込んで硬い地面と熱い抱擁を交わしたヴォラの頭を踏みつけ、銀髪の魔女は嘲笑う。
「重力操作魔法で重くしてみたんだけどォ、生きてるゥ?」
「お、おのれ……ッ!!」
踏みつけられながらも睨みつけてくるヴォラだが、ユフィーリアの足元から退く気配はない。
いいや、本人は今すぐにでも退きたいのだろう。手の甲には血管が浮かぶほどの力が込められているし、全身もぷるぷると震えている。
そう出来ないのは、ユフィーリアの足にも物凄い力が込められているからだろう。日頃から問題行動に明け暮れている魔女だが、身体能力は他の問題児にも引けを取らないのだ。
ジタバタともがくヴォラをさらに強く踏みつけて笑い飛ばすユフィーリアは、
「ほらどうしたどうした、頑張って抜け出てみろよ。魔法使ってねえぞ? 年増の女に負けるのかァ?」
「クソが……ッ」
「悪態を吐くだけ吐いて、全部が無駄に終わってるよなァ。いやいや残念だわ」
ユフィーリアはあえて踏みつけたヴォラを解放してやると、
「そーらとんでけー」
「がッ!?」
顔面を思い切り蹴飛ばした。
弾け飛ぶ歯、折れ曲がる鼻。
ボタボタと赤い血を流しながら吹き飛ぶヴォラは、背中から落ちた。かろうじて立ち上がる気力だけは見せるも、ユフィーリアの踏みつけによるダメージと足の下から抜け出そうともがいた疲れが出ているのだろう。
血が出る口元を押さえるヴォラはユフィーリアを睨め付け、
「殺してやる……!!」
「殺せるモンならやってみろ」
べー、と中指を立てて舌を出すユフィーリア。完璧な挑発だった。
ピキ、とヴォラの額に青筋が浮かぶが、ここで邪魔が入る。
今まで放置を食らっていたアルバートが、ヴォラめがけて風の砲弾をぶち込んできたのだ。真正面から風の砲弾を受け止めたヴォラは地下闘技場の彼方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「邪魔をするな、虫ケラ風情が」
アルバートは消えたヴォラにそう吐き捨てるが、
「誰が虫ケラだ、ゴリラ野郎」
砂塵を引き裂いて突進してきたヴォラが、アルバートの顎めがけて掌底を叩き込んだ。
身体能力上昇魔法を使用したヴォラは的確にアルバートの急所を狙うが、その筋肉を前に急所などあってないようなものなのか、アルバートはなかなか倒れない。
ただ攻撃を受け止めるだけではなくアルバートも魔法を使ってヴォラを退けようとするが、ヴォラは上昇した身体能力で確実に魔法を回避する。飛んでくる火の玉を仰け反って回避し、風の刃は身を捻って避けた。避けるたびに歓声が上がる。
完全に置いてけぼりを食らったのはユフィーリアの方である。2人でよろしくやり合っちゃっているアルバートとヴォラを眺め、不機嫌そうに唇を尖らせた。
「なるほど、なるほど。そうかいそうかい、アタシのことは無視って訳か」
ツイとユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を空中に滑らせると、
「ところで知ってるか、お前ら」
底冷えのするような青い瞳をアルバートとヴォラの2人に向けて、
「死者蘇生魔法って、死体の損耗率が3割未満の場合に適用されるんだぜ? 3割超えると適用されねえから、新しい肉体を作って魂を降ろす魔法をしなきゃいけねえんだけどな」
ヒュオォ、と真冬にも似た冷たい空気が流れる。
気づいて、動きを止めた時にはすでに遅い。
放置されてお怒りの魔女の魔法は、もう止められないのだ。
「〈薄氷の白棘〉」
生み出されたものは、氷柱だ。アルバートが最初にユフィーリアへ放った氷の魔法。
ただしその量が桁違いだった。知的ゴリラと称されるほどアルバートは魔法の扱いに長けているが、氷柱を作り出すのは3本が限界だった。それなのにも関わらず、ユフィーリアが生み出した氷柱の数は馬鹿正直に数えることが不可能なほど無数に存在していた。
唖然と立ち尽くすアルバートとヴォラ。互いの胸倉を掴んだ状態で、たった一言の呪文のみで無数の氷柱を生み出した銀髪碧眼の魔女を見やる。
「力の差を見て恐れ慄け」
ユフィーリアはにっこりと笑うと、
「そんでついでに死んどけ」
氷柱が雨の如く地下闘技場に降り注ぐ。
鋭利な先端は容赦なく地面を穿ち、アルバートとヴォラの着る長衣を地面に縫い止め、頬の肌や制服の襯衣を裂き、殺すギリギリのところを正確に撃ち抜いた。
氷柱の雨が止んだ時、そこにいたのは不恰好な体勢で氷柱に囲まれた知的ゴリラと脳筋蟷螂の2人だった。彼らの喉元には氷柱が何本か突きつけられていて、ユフィーリアが合図を出せば即座に柔らかな喉を抉ることだろう。
「殺しはしねえよ、だって面白くねえだろ?」
悠々とした足取りで歩くユフィーリアは、
「さ、続けようか?」
「「降参します」」
「なあッ!?」
あまりの実力差に白旗を挙げた2人の生徒に、ユフィーリアは「何でだよ!!」と叫んだ。
斯くして、準決勝はユフィーリアの圧勝によって幕を閉じたのであった。
知的ゴリラとか脳筋蟷螂が霞むほど、ユフィーリアの実力は圧倒的だった。生徒であるうちは――いいや生きているうちは彼女とまともに戦うことなど出来ないだろう。




