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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第2章:新たな用務員〜問題用務員、集団メイド化事件〜
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第6話【メイド化作戦】

「着替え終わったよ!!」



 ハルアに腕を引かれてお色直しが終わったショウの姿は、見事に可愛らしいメイドとなっていた。


 真っ黒なワンピースの上から純白のエプロンドレスを装備したメイド服はショウの肌を完全に覆い隠し、用務員室の床を踏む足元は焦げ茶色の革靴で守られている。ほっそりとした両足を包み込む真っ白な長靴下が、清楚な印象を足している。

 清楚さと可憐さが同居した古式ゆかしいメイドさんだが、やはり問題は彼の髪の毛にある。ボサボサな黒髪は雑に切られた影響で見窄らしさが増し、メイドさんの売りである清楚さと可憐さが霞んでしまっている。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、



「ハル、ちゃんと怪我は治してやったんだろうな?」


「バッチリ!!」



 意気揚々と親指を立てて報告するハルアに、ユフィーリアは「よし」と頷いた。



「あの……ちょっと恥ずかしいです……」



 エプロンドレスの布地を揉み込みながら、ショウは恥ずかしそうに言う。長い前髪の隙間から覗く黒い瞳は羞恥心で僅かに潤み、頬も少しだけ赤く染まっていた。


 この場の誰よりも可愛いメイドさんである。

 彼のように可愛いメイドさんが箒で庭を掃除していたら、間違いなくじっと観察してしまう。ユフィーリアは新人のあまりの可愛さに天井を仰いで気持ちを落ち着かせ、まずは乱暴に切られた髪を修復してやることにする。



「ショウ坊、こっちおいで」



 手招きをすれば、ショウは控えめに駆け寄ってきた。移動の際に邪魔とならないようにスカートの裾を摘みながら。


 可愛さにため息が出そうになったが何とか堪え、ユフィーリアはショウを手近にあった椅子に座らせる。

 チョコンと椅子に腰掛けるショウの背中に回り込み、ボサボサな彼の髪を軽く指先で梳いた。一見するとボサボサに見えるが手触りは最高で、全く引っ掛かることなくするりと指が通り抜けていく。


 これで髪質まで最悪の状態だったら、いよいよ本格的に浴室で髪を洗う羽目になっていた。そこまでしなくて良かったのは幸運かもしれない。



「まあ、この程度なら軽く修復するだけでいいだろうな」


「あの、毛先を軽く整えるだけでいいから切ってくれないだろうか」


「はあ? 何言ってんだ、ショウ坊」



 ユフィーリアは眉根を寄せると、



「こんな最高の髪質を持ってんだから、伸ばさねえと損だろ」


「え、でも俺は男だし。髪を伸ばすのはどうかと……」


「あのな、ショウ坊。よく聞けよ」



 アイゼルネから手渡された櫛を使ってショウの髪を梳かしながら、ユフィーリアは言う。



「魔女や魔法使いってのは、髪の長い奴が多い。長い髪には魔力を溜め込みやすいし、髪の質が良ければ溜め込む魔力の質も良くなる。だからアタシら魔女や魔法使いは髪を伸ばすし、必要な時以外は切らねえんだ」


「そうなのか」



 魔女や魔法使いに長髪が多いのは、髪が魔力の貯蔵庫になるのだ。

 特に男性の場合は女性と違って魔力を溜め込む器官が少ないので、少しでも多くの魔力を溜める為に髪を伸ばすことが当然とされている。髪の状態維持にも気を配り、髪質が良ければ純度の高い魔力を溜め込むことが出来るのだ。


 余談であるが、魔力の純度が高ければ高いほど、威力の高い魔法を使うことが出来る。そんな訳で魔女や魔法使いには長髪が多く、やたら髪が綺麗な連中ばかりなのだ。



「お前も魔力を持ってんだ。なら、学べば魔法を使えるようになる。魔法使いになるんだったら、髪の長さと質には十分に気を配れよ」


「分かった」


「よし」



 髪を整えてから、ユフィーリアはバラバラの長さになったショウの髪の毛先を鷲掴みにする。



「よいしょ」



 鷲掴みにしたショウの髪を思い切り引っ張れば、ずるりと彼の黒い髪が伸びた。


 自然に伸びるとか、元の長さまで時間を戻すとかではない。何かの手品のようにショウの髪が急激に伸びたのは、もはや魔法ではなく衝撃映像でしかない。

 もちろん、これも魔法である。修復魔法の1種なのだが、見た目がどうしても怖がられがちなのだ。実用性の高い修復魔法なのに、他人からは敬遠されてしまっている。


 いきなり髪を引っ張られた上に伸ばされたショウは、



「え、え? 伸びた?」


「おう、伸びた伸びた。このぐらいの長さでいいか?」



 ちょうどいいところで修復魔法を解除したユフィーリアは、ショウの髪の長さを確認する。


 肩口でバッサリと切られていた彼の髪は、腰の位置まで伸びていた。しっかりとサラサラの髪である。洗髪剤シャンプーの広告に使えそうだ。

 ショウも伸びた自分の髪の毛を確認し、毛先を指に巻いてくるくると弄る。彼の指先に巻かれた髪はするりと解け、癖1つ残らなかった。


 ユフィーリアはショウの顔を覗き込み、



「長すぎなら切るぞ」


「いや、この長さがいい」



 ショウは伸びた自分の黒髪を撫でながら、



「元々この長さだったんだ。それを叔母に無理やり切られて……」


「そっか。じゃあ、もう無理やり切られることはねえな」



 ポンとショウの小さな頭を撫でてやり、ユフィーリアは言う。



「この世界だと、髪は長くてナンボだからな。むしろこれから髪の質で羨ましがられるだろうよ」


「そうだろうか。髪質に関しては遺伝だと思うが」


「それなら両親に感謝しなきゃなァ」



 さて、次なる問題はショウの髪型である。


 せっかくのメイド服だ。綺麗で癖1つ残らない最高品質の髪も可愛く整えてやらなければ、立派なメイドさんとは言えない。

 ここはやはり王道に則って三つ編みにすべきだろうか。そのままでも十分に清楚さと可憐さを引き出せているが、もう少しだけ何かがほしい。


 両腕を組んでショウの髪型について悩むユフィーリアは、問題児の中で最もお洒落な人物に意見を求めることにした。



「アイゼ、どう思う? ショウ坊にはどんな髪型が似合うかな?」


「せっかくの綺麗な髪だものネ♪ ちゃんと整えてあげたいワ♪」


「清楚で可憐な印象を崩さない髪型って何かあるか?」


「こう、高く結んじゃえばいいじゃなイ♪ 絶対に可愛いわヨ♪」


「それだ」



 協議の結果、ショウの髪型は高く結い上げることで一致した。


 ユフィーリアは早速とばかりに自分の事務机の引き出しを漁り、髪紐を取り出す。

 色鮮やかな赤色の髪紐である。先端には小さな鈴が括り付けられていて、揺らすたびにチリチリと鈴が音を奏でた。


 この髪紐は以前、被服室を占拠した際に素材を勝手に拝借して作ったものだ。自分用に作ったのだが信頼に於ける部下たちから「似合わない」と批判されて、泣く泣く引き出しの肥やしとなっていたのだ。



「コイツならっと」



 雪の結晶が刻まれた煙管で髪紐を軽く叩くと、ふわりと髪紐が重力に反発して浮かび上がる。


 空中を漂う髪紐はひとりでに動き始めて、ショウの長い黒髪にくるんと結びついた。

 驚くショウをよそに髪紐はショウの黒髪を高く結い上げて、崩れないようにキッチリと縛る。真っ黒な髪に赤い髪紐が映え、彼が動くたびにチリンと小さな鈴が鳴った。


 自分の髪型を手で触って確認するショウは、



「ポニーテール……」


「あ、それってそう言う呼び方するんだな」


「この世界では違う呼び方が?」


「高く結い上げるから『ハイアップ』って呼んでた。でもまあ確かに馬の尻尾みたいだよな」



 ショウの髪を指先で弾けば、彼の髪を飾る髪紐に括り付けられた鈴が小さな音を立てる。


 こうして見ると、なかなか可愛らしいメイドさんである。

 元の顔立ちが少女めいているので、清楚で可憐なメイド服は似合っている。艶やかな黒髪も相まって可愛らしいメイドさんの誕生である。とんでもないブツを生み出してしまった気分だ。


 自分の格好を確かめるように、ショウはその場でくるんと1回転する。ふわりとメイド服の長いスカートが舞い上がり、純白の長靴下で覆われた華奢な両足が垣間見える。何故だろう、あまりの可愛さに同性と見えてきた。



「作戦会議」


「はぁい」


「何!?」


「了解ヨ♪」



 ユフィーリアが3人の部下を呼び寄せて素早く円陣を組み、コソコソと作戦会議を開始。



「やべえよ、何あの破壊力。めちゃくちゃ可愛くない? やべえモン生み出しちゃったんじゃねえの?」


「まずいってぇ。純粋無垢で真面目そうな性格も相まって、メイドさんは似合いすぎだってぇ」


「ドキドキしてきた!!」


「ハルちゃん、今すぐ心臓を落ち着かせなさイ♪ さもなければ鼓動を止めなさイ♪」


「アイゼ、それはさすがにまずい。死ねって言ってるのと同じ」



 あんな可愛い子が虐待をされていたとか信じられない。もし彼の叔父夫婦が目の前にいたら、ユフィーリアたちは持てる全ての力を持って彼らを虐め抜いてやる。


 彼は絶対に幸せにしてやろうと全員の意見を一致させたところで、さて次の議題。

 あの可愛い可愛いメイドさんを衆目に晒すのか?



「大問題だろ。捕まったりしたらアタシはどうにかなるぞ?」


「俺ちゃんも捕まえた変態さんを食べちゃうかもねぇ」


「殺す!? なあ殺すの!?」


「殺すなんて生温いことはしないわヨ♪ 罠魔法でじっくりと痛めつけてあげるワ♪」


「ありとあらゆる魔法の知識を総動員させて殺してやるよ……!!」


「変態さんはまとめてご飯だぁ……」


「殺す!!」


「罠魔法で拷問……♪」



 新人に寄り付く悪い虫の存在を排除することに意気込む名門校最大級の問題児たちは、どこか楽しげな声を聞いた。


 ふと顔を上げれば、放ったらかしにされていたショウが部屋の隅に置かれていた羽箒でパタパタと本棚の埃を落としているところだった。

 くるくると忙しなく動く彼は、どこか表情も楽しそうである。動くたびにひらひらとスカートが揺れ、艶やかな髪を飾る髪紐の鈴が音を立てる。



「凄い、魔導書だ。初めて見た……あ、こっちには普通の小説も置いてある。見覚えのある長文タイトルだな。この世界でもそれが流行っているのだろうか……」



 本棚の前で難しそうな表情で「むむ」と唸るショウに、全員揃って天井を振り仰いで心を落ち着かせた。どうしよう、可愛い以外の言葉が見当たらない。


 羽箒をパタパタと振って用務員室の清掃に勤しむショウの姿を見て、ユフィーリアはポツリと呟いた。



「用務員室に閉じ込めて置くんじゃダメかな……」


「誰にも見せたくないのは分かるけどぉ、俺ちゃんは可哀想だと思うよぉ」


「オレも!!」


「そうよネ♪ それに1人でお留守番してる時に悪い人が忍び込んできたら、大変ヨ♪」


「だよなァ。そうだよなァ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「お前ら、可能な限りショウ坊を1人にするんじゃねえぞ。何が何でも守れ、死んでも守れ」


「はいよぉ」


「分かった!!」


「いいわヨ♪」



 親指を立てて了承の返事をした3人の部下に、ユフィーリアは「よし」と頷く。


 メイド化作戦は成功したが、失敗した。

 まさかここまで可愛いメイドさんが生まれるとは想定外である。

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