おばあちゃんと懐中時計
時本千鶴は夏休みの漢字の宿題をしていた。問四、問五と進めていく。
だが、問十のところでわからない漢字が出てきたので手を止めた。
そして、おばあちゃんに訊くために、冷房が効いている涼しい部屋を出た。
私には、お母さんとお父さんがいない。
六年前に他界したのだ。
あれは私が六歳の時だった。
忘れはしない、今日のようにからっと晴れていて、陽ざしがまぶしい日。
私たちは、車で私の誕生日祝いにケーキを買いに行ったのだ。
その帰り道だった。
大型トラックがこちらに突っ込んできたのだ。
一瞬の出来事だったが、私にはスローモーションに思えた。
衝突する音。
家族の悲鳴。
ガラスが割れる音。
あの音は私の耳に染みついている。それからお父さんのお母さん 私のおばあちゃんに預かってもらうようになったのだ。
漢字を訊き終えた私は、自分の部屋に戻った。
だが、また宿題をやる気にはなれず、ベッドにね転んだ。
そして、眠りについていた。起きた時は、窓の外はもうすでに暗くなっていて時計の針は七時半を指していた。
おかしい。
いつもは、とっくに夕食を食べ終えている時間なのに・・・。
私が寝ていたから、気を利かせてくれたのだろうか。
私は、台所に向かった。
だが、おいしそうな料理のにおいも野菜を切る音も米をとぐ音も聞こえない。
私は、急に不安になった。
そして、その予感は的中した。
フローリングの上に、おばあちゃんが倒れていたのだ。
「おばあちゃん!!」
私は、涙声でおばあちゃんのところに駆け寄った。
「千・・・鶴・・・」
「しゃべっちゃダメ!!今、救急車を呼ぶからねっ!」
「呼ばなくていい・・・。おばあちゃんはもうすぐ死ぬ・・・」
おばあちゃんはゆっくり冷静に言った。
「ダメだよ!おばあちゃんが死んだら…私は・・・私はどうしたらいいのっ!?」
「千鶴・・・これから、言うことをよく聞いて」
「・・・うん」
私は、こくっとうなずいた。
「おばあちゃんの部屋に押入れがあるでしょ?」
おばあちゃんがせき込みながら言った。
「そこに段ボールがあるの・・・その中に、通帳と懐中時計がある。それを・・・」おばあちゃんは言い終わらないうちに、私の膝の上で息を引き取った。
「おばあちゃ〜〜〜〜〜ん!!!!」
私の泣き叫ぶ声が、家の中に響いた。
お通夜もお葬式も、気づいたときには終わっていた。
葬式場を出ると、もわっとあつい空気が襲いかかってくる。
「千鶴ちゃん」
私は誰かに呼び止められた。
振り向くと、四十歳くらいのの男性と女性がいた。
知らない顔だ。
なぜ、私の名前を知っているのだろう?
私が不思議がっていると、女性がフフッと笑い、言った。
「千鶴ちゃん、私たちのことわかる?」
私は素直に首を横に振る。
「仕方ないね。千鶴ちゃんとは、三歳の頃にあっただけだから。あなたの叔父と叔母だよ」
「え!??」
突然のことに私は驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。
この人たちが叔父と叔母か・・・。
おばあちゃんには叔父と叔母がいるって訊いたこと無かったけどな・・・という疑問はあったが、私は話すうちに疑問に感じなくなっていった。
「懐かしいねぇ。すっかりきれいになって・・・」
叔母はうれしそうに、目を細めて言った。
「実は、千鶴ちゃんに今回言いたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「お母さん・・・あなたのおばあちゃんが亡くなった今、暮らす場所がないだろう?」
「だから、私たちの家に住まない?」
叔父が言って叔母が言った。
そういわれれば、そうだ。
今の私にはあそこでは暮らしていけない・・・。
おばあちゃんとの思い出がたくさん詰まったあの家を手放すのは、惜しいけど・・・でも、
私は前に進まなければいけない。
私は、息を大きく吸い込んで言った。
「これから、いろいろお世話になるだろうと思いますが、よろしくお願いします」
頭を下げる私を、優しく包み込むように叔母が私を抱きしめた―――
私は叔父と叔母におくってもらうことになった。
乗り心地がいい車内。
私が眠りそうになったとき、車がキッといって止まった。
黒いワンピースのポケットから、ミッキーマウスのキーホルダーが付いた鍵を取り出す。
このキーホルダーは、おばあちゃんと初めてディズニーランドへ行ったときに買ったものだ。
私は、ぎゅっとそれを握りしめて車からおりた。
扉の前に立って、鍵穴に鍵を入れる。
そして、右に回した。がちゃっと言う開く音。
私は、扉を開けて入った。
それについて叔父と叔母も入る。
「ご飯作ろうか?」
「ううん。自分で作れるから大丈夫」
心配そうに訊く叔母に私は、ほほえみながら言った。
だが、食欲が湧かなかった。
二人はふっと笑い、「じゃあね」といって家から出て行った。
私は大事なことを思い出した。
おばあちゃんが死ぬ前に言った言葉。
― 懐中時計 ―
私は、急ぎ足でおばあちゃんの部屋に向かった。
ドアノブを回す。
中はおばあちゃんが住んでいたときのままで、あの夜寝るはずだった布団も敷いてあって、枕元にはパジャマと下着が置かれてあった。
私はこの部屋に、おばあちゃんがいるような錯覚をした。
押し入れを開ける。
一段目には、服そして二段目には薬や缶詰、爪切りそして―段ボールがあった。
そして、その段ボールを開けた―。中にはおばあちゃんが言ったとおり手帳と銀色の錆びた懐中時計が入っていた。
そしてその懐中時計を手に取ってみてみた。
そして耳に当てる。
動いていないらしい。
コレをどうしろと言うのか。
通帳を開くと残高は3000万あった。
そして間に白色の封筒の手紙も挟まれていた。
そして内容はこう書かれていた。
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千鶴へ
千鶴はこれをみていると言うことは、私は死んでいるでしょう。
さて、早速本題に入りますが、段ボールの中には通帳と懐中時計、そしてこの手紙が入っているはずです。
通帳には、お金に困らないよう、3000万円用意しました。
それと、なぜ懐中時計が入っているのか疑問に思っているかもしれませんが、
それはただの懐中時計ではないのです!
それは、時本家代々受け継がれている家宝なのです。
時を止める懐中時計―。
それはこの世に一つしかない代物。
今から、二百年前。世界でその懐中時計を手に入れようと、おぞましい戦争が起こりました。
そして、懐中時計に目がくらんだたくさんの人が争い亡くなりました。
それに耐えかねた私たちのご先祖、時本宝一様がこのような争いが起こらないように蔵に収めたのです。ですが、あきらめない悪い者は隙を狙って懐中時計を奪いに来ます。
ですから、誰にも話してはいけないし、ましてや懐中時計を誰かに渡してはいけません。
それでも、千鶴が持っているとわかって善人ぶって千鶴に近づこうとする者はいるでしょう。
どうか、その懐中時計を守ってください。
そして、また争いを起こさないように―。
貴女が、地球の平和を握っているのですよ。
どうか、悪用しないでください。
貴女を信じてこの懐中時計を預けます。
健闘を祈る
おばあちゃんより
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