悪役令嬢は王子以外の攻略対象たちに狙われていることに気付かない!
悪役令嬢に転生したのだから、邪魔をせず、殿下とヒロインの幸せを祈ります。隅っこで、攻略対象たちもおとなしく見守りますわ。
だから安心してください、本当に何もしませんから〜
私は無害ですのよ。
♢
ここは王都にあるルノール学園。
婚約者の第一王子アルフレッド・ルノール殿下と。
私、公爵令嬢ルリア・バーレルは転生者で、この乙女ゲームが大好きな悪役令嬢である。
学園に入学してすぐヒロインに攻略されている、婚約者のアルフレッド殿下と登校していた。
なんと言いますか。
ほんとに、面白い変わりようでしたわ。
なんと言いますか――私とアルフレッド殿下は幼い頃に婚約してから、学園へ入学前までは仲が良かったのですが。ヒロインが現れてから殿下の性格が真逆に、私にだけに冷たい男へと変わった。
「チッ、ルリア嬢は俺よりもみんなに褒められ、頭が出来が良いことを自慢しているのか?」
殿下の知らないところで、努力しておりますわ。
「お前の話は、いつも同じ事ばかりでつまらない」
いつ何処でオルフレット殿下が恥をかかないように、出来ないこと、手抜きになった執務のことを注意していただけです。
「帰れ、お前の顔など見たくない」
言われなくても、王妃教育が終わりしだい帰りますわ。
「お前とお茶などするか、近寄るな!」
私だって、あなたとお茶などしたくありませんが。
どうしてもと王妃様に頼まれたのです。と、まぁ嫌味のオンパーレド。
本日も離れて学園へと登校する私へ、アルフレッド殿がいきなり振り向き、冷たい言葉を投げかけてきた。
「ルリア嬢、周りが煩いから嫌なお前と登校してやっているんだ、俺に近付くな!」
「殿下、毎日同じことを言わなくても、わかっておりますわ」
「……ふん、念を押しただけだ!」
本日、私が離れずアルフレッド殿下と登校しているのには訳がある。いまから、見逃せない大切なイベントがあるのです。
(昨夜から楽しみすぎて、あまり寝れませんでしたわ)
そのイベントというのは。もうすぐここへとヒロインの彼女がドタドタ、バタバタと、淑女らしからぬ音をだして走ってきくる。
ほら、ドタバタと音を立てて走って来た。
彼女は登校中のアルフレッド殿下を見つけると、満面な笑みを浮かべて手を振り駆け寄ってくるのだ。
「おはよう、アルフレッド様〜」
(あら笑顔が可愛い。このシーン、乙女ゲームと同じだわ)
彼女は隣の私など眼中になく、いつもどこかはねているピンクの髪を揺らしている。この元気に登場した女の子が、この乙女ゲームのヒロイン、男爵令嬢ローリス・ダーティーさん。
乙女ゲームでだと。
いまこの場で私がヒロインのローリスに嫉妬をして、足を出して彼女を転ばすのだけど。私はあなたを転ばすなんていたしません。
(……って、ローリスさん! 足がもつれて、ご自分で足を引っ掛けましたわ)
いきなり起こったハプニング。
私はとっさにアルフレッド殿下の位置を確認して、ローリスがぶつかる前にヒラリと避けた。彼女はぶつかる相手の私がいなくなり、そのまま近くの殿下の胸元にぽふっと埋まる。
(よし! アルフレッド殿下ナイスキャッチです。伊達に騎士たちと、体を鍛えておりませんわね!)
「おはよう、ローリス嬢。君は朝から元気だね」
「えへへっ。アルフレッド様、ありがとう」
少し乙女ゲームとシーンは違いますが、朝からいいものを見れました。さてと邪魔者は去りますわね。
「アルフレッド殿下、ローリスさん。私はこれで失礼いたしますわ、ごきげんよう」
会釈をして、そそくさその場を離れる。――そして、彼らが通る廊下の端で2人を見守ります。私の役割は悪役令嬢ですから、最後の日の断罪さえ避けられればいいのです。
願うなら、牢屋、国外追放よりも、平民になりたいです。ですので、平民になってもいいように料理も習い始めましたし、着ないドレスと宝飾品を処分して資金を作りました。これで屋敷を追い出されても、しばらくはなんとか生きていけますわ。
だって目の前で殿下とヒロイン、2人の可愛いいちゃらぶ、攻略者たちとの逢瀬を特等席で見れるのですもの。この乙女ゲームが好きだった私には眼福、眼福、幸せ〜。
(当事者じゃなく、モブだったらなおよかったのですが……仕方ありませんわ)
「アルフレッド様」
「なんだい、ローリス嬢」
「呼んだだけです」
「お、そうか……」
2人の恋は初々しく、手が触れるだけで真っ赤になる、可愛い恋愛。それが現実になるなんて、萌えるわ。
私のことなどお構いなくもっと、もっと、私の前でいちゃらぶしてくださいませ。もちろん攻略者たちの恋でもいいんですのよ。ちなみにチャラ男、魔法使い、もふもふが攻略対象として出てきます。
(ふふっ。朝から萌、萌)
殿下とローリスさんが仲良く並んで歩いている。あ、いま手が触れましたわ。つなぐのかしら? そんないいばめんに、誰がに肩をトントンと叩かれた。
「ねぇ、廊下の隅で何してるの?」
もう、誰だかわかりませんが。
いま、いい所ですの。
ほっといて欲しいですわ。
「ルリアちゃん?」
おっとっと。こ、この声はカ、カルザード様ではありませんか。私はすぐ淑女の笑みを浮かべた。
「おはようございます、カルザード様」
「おはよう、ルリアちゃん」
この方は攻略対象で伯爵家の長子、騎士を目指すカルザード・ロードス様。人なっこい垂れ目で、ちょっとチャラ男風の茶髪のイケメン。離れた騎士クラスからローリスさんに会いに来たのですね。
(これはまさか!)
殿下とカルザード様がヒロインのローリスさんを、取り合う姿が見れるのでは? ついに攻略者と殿下、ヒロインのイベントが発生するのですね⁉︎
『王子だからと、僕のローリスちゃんを独り占めにするな!』
『いいや、俺のローリス嬢だ』
『やめて! 私のために争わないで!』
(きゃーー! そんな、ベタベタな展開を求めます!)
さぁーカルザード様、彼方へおゆきなさ……い?
「……?」
肝心のカルザード様は動かないどころか、私の肩に手をかけたままで、なぜか? イケメン、スマイルを私に見せている。
(カルザード様。悪役令嬢の私に見せても、何の意味がありませんわよ……もちろん笑顔は素敵ですが)
その笑顔が、更にきらきら煌めいた。
うっ、ま、眩しいですわ。
「ねぇルリアちゃん。王都に新しくできた喫茶店にパンケーキを食べに行かない? その店のパンケーキ絶品なんだって!」
絶品のパンケーキですって⁉︎
私、なにを隠そう、パンケーキは3食パンケーキでもいいくらいの大好物。それを言いますと、屋敷のコックがやめてくださいと泣くので、滅多に言えませんが。
「そのパンケーキ、食べたいですわ」
「じゃー決まり、帰り食べに行こ」
「え?」
カルザード様とご一緒? ……どうしましょう。大好物のパンケーキは是非とも食べたい。しかし、攻略対象の方に近寄りすぎると、最後の日に何か起こりそうで怖い。ですので、余りお近づきにはなりたくないのですが。
――絶品パンケーキは食べたいですわ。
あのふわふわな生地と甘いクリームがたっぷり、あわせて口に入れると幸せ気分になるパンケーキ。頭の中はパンケーキ一色になり、勝手に口元が緩んでしまっていた。
「ルリアちゃんの、その顔は決まりだね。今日の帰り普通科へ呼びに来るから、一緒に歩いて行こう」
「はい? 歩いていくのですか?」
「うん、パンケーキの前にどうしても寄りたい店があるんだ」
「寄りたい店ですか? わかりましたわ」
「じゃ、またあとで。そうだ、昼食も一緒に食べようね」
「えっ、お昼も!」
(お昼はローリスさんと、ご一緒じゃなくて?)
そうカルザード様へ聞く前に「じゃーねっ」と、きらきらスマイルを残して、彼は騎士科へと戻っていかれた。
(あれっ? ローリスさんとも会わず、戻ってしまいましたわ)
カルザード様はアルフレッド殿下と、ローリスさんを取り合わない? 本日は朝に殿下とローリスさんのイベントがありましたから、また別の日に見れるということですね。フフ。楽しみに待ちますわ。
さてと。イチャラブの殿下とローリスさんもいなくなり、私も教室に行こうとしてが、クイッと誰かに袖を引っ張られた。
「誰です?」と見れば、可愛く人なっこいグリーン色の瞳が下から覗いた。この方は攻略対象の魔法科のマサク・マインダー様だ。今日も黒いローブと魔法の杖がお似合いで、可愛いです。
「おはようございます、マサク様」
「おはよう、ルリア。何かいいことがあったの?」
「え、いいこと? ですか?」
それがわかるくらいに私の表情が綻んでいる? これは引き締めないと、自分の頬を両手でくいくい上げた。
「ふふっ、冗談だよ。でも、ルリアは何かいいことがあったよね」
あらあら、マサク様にはバレバレですか〜。
「はい。帰りにカルザード様と、喫茶店に絶品のパンケーキを食べに行くんです」
「へぇ〜カルザードとパンケーキを食べにねぇ〜」
一瞬、マサク様の可愛い瞳が細められた。
「いつ行くの?」
「カルザード様は放課後、喫茶店まで歩いて行くとおっしゃっていましたわ」
「そっか、わかった。ルリア、昼に来るね」
いつものニコニコ顔に戻り、魔法科の教室に戻っていかれた。あれっ? マサク様もローリスさんに会わないのですか? 会わずに戻られてしまったわ。
(カルザード様とマサク様、2人共にフラグが立っていないのかしら?)
彼の背中をぼーっと見送っていたら、誰かが横にスッと立つ。
「おはよう、ルリアさん」
この、もふもふの耳と尻尾は。
「タイガー様、おはようございます」
攻略対象。隣国、獣人族の王子タイガー・ボルト様。
私と同じ普通科のクラスなのですよ。本日もタイガー様のお耳と尻尾はもふもふ、ふわふわです。
そのお尻のもふもふの尻尾に触りたい。あ、それはダメよ、ルリア。タイガー様のもふもふに触れることができるのは、ヒロインのローリスさんだけ。
だから常日頃、我慢しております……じゅるり。
尻尾を釘付けの私の隣でふわぁっと、タイガー様は大きな欠伸をされた。早朝の剣術の訓練と執務が忙しいのですね。
「いつもご苦労様です。お昼寝をされに書庫へ行かれないのですか?」
タイガー様は成績優秀で授業に出なくても、テストは常に学園で1位。私はと言いますと、10以内にはいっておりますわ。
「今から行こうと思ってるけど、ルリアさんも一緒に行かない?」
なんとローリスさんではなく、私をお昼寝に誘うなんて……私はどちらかというと、タイガー様とローリスさんのお昼寝姿を、隅で正座して見ていたい……じゅるり。
「ルリアさん?」
タイガー様とのお昼寝は魅力的ですが、なんと、今日は魔法基礎の授業がいまからあるのです。魔法は使えても、使えなくてもいいのですが。気分だけでも、ファンタジーを味わいたい。
「タイガー様、嬉しい誘いなのですが……いまから始まる魔法の授業を受けたいので、お昼休みに書庫へ行きますわ」
とお断りを入れると、タイガー様はぎゅっと私の手を握った。
「だったら、僕も魔法の授業に出るよ」
「えっ?」
タイガー様は私の手を握ったまま、普通科のクラスへ入っていく。突然、教室に現れたタイガー様と私に驚くクラスメイト。
(みんなに注目を浴びてます!)
しかし、タイガー様は集まる視線を気にせず。
窓際、日向ぼっこができる席に腰を下ろした。
「隣はルリアさんの席ね」
「えぇ、わかりましたわ」
席は決まっていなくて、自由に座れるからいいのですけど。周りからの視線が痛いです。アルフレッド殿下とローリスさんにも見られています。
(それに一応、殿下の婚約者ですから)
こっそり、カウザー様に手を離してとお願いしたのですが。彼はお昼寝を始めてしまい手を離してくれない。仕方がない諦めますか。
授業開始のチャイムが鳴り、転送の魔法で教室に現れた。現れた魔法使い先生はお決まりの、黒いローブと魔法の杖を持っていた。
(その先生の杖、ファンタジーでかっこいい)
「ごきげんよう、貴族科の皆さん。今日の授業は、魔法の基礎について学びましょう」
目の前で始まった魔法の授業に興奮して、手をギュッと握ると、私だけの手だけじゃない。
(あっ)
興奮してすっかり忘れていました。私、タイガー様と手を繋ぎっぱなし。そっと彼の手を離そうとすれば、お昼寝中のはずの、タイガー様にギュッと握り返される。
(……タイガー様の肉球がひんやり、ぷにぷに幸せですわ)
♢
「これで、本日の魔法の授業を終わります」
チャイムが鳴り、授業が終わると魔法使いの先生は来たときと同じく、転送の魔法で帰って行かれた。
(きゃぁー! 魔法って凄いわ!)
目の当たりにした先生の魔法に興奮してしまい、鼻息が荒くなってしまうところでした。もう攻撃魔法【ファイア】回復魔法【ヒール】なんて、ファンタジーすぎてたまりません。授業が終わってしまって残念ですけど、魔法の授業は面白かっだですわ。
(次の、魔法の授業が楽しみですわね)
「ルリアさん、楽しかった?」
「はい?」
「いまの魔法の授業。すごく、楽しそうだったから」
まあ、タイガー様ったらお昼寝をしていたはずなのに、こっちらを見ていらしたの? 鼻息大丈夫だったかしら……。
「授業中、魔法が好きだって、笑っている顔が可愛いかった。次の授業は書庫で昼寝してくる。――あ、お昼には戻るから」
ポンと、大きな手で私の頭を撫でると、タイガー様は教室を出ていった。その慣れた、タイガー様の仕草に思わず赤面してしまう。
やはり彼も王族。
仕草も、立ち振る舞いもイケメンです。
♢
ですが昼食の時間、私は約束した皆さんとはおらず、ひとり庭園の隅っこでこそこそしていた。先ほど、昼食を誘ってくれた皆さんには悪いのですが。皆さんの側近、従者の方にお断りの言付けを頼みましたわ。
「誰もいませんね。それでわ、いただきます」
今朝、作ってきたサンドイッチを食べていた。サンドイッチといっても、料理は料理長に習い始めたばかりですので。持ってきたバスケットの中身は全て卵サンド。
卵サンドは作り慣れているので、失敗しないので安心。
調味料が前世とは違いないので、味はまあまあ、でも卵も好きですもの。
庭の隅に隠れて隅っこで食べていた。その私の前に魔法陣が現れ影が落ちる。私はさっと、バスケットを背に隠した。
(これってマサク様の魔法……見つかってしまったわ)
「ルリアちゃん約束したのに、お昼を断るなんて酷いな」
「ルリア、呼びに行ったのに、なんで教室にいないんだよ」
「ルリアさん、お昼寝一緒にするんでしょ。隠れても無駄だよ」
「そう、僕とタイガー様がいれば何処にいようとも、ルリアは見つけれるから」
やはり凄いわ。私がいまいる場所は庭園の隅もすみの、はしっこ。タイガー様の嗅覚がこんなにも効き、マサク様の的確な転移魔法、お2人をあなどっていました。しかし困りました……私としては、余りコレを見られたくないのですが。来られてしまった以上、むげには致しませんわ。
「ご機嫌よう。カルザード様、マサク様、タイガー様……? 昼食は、ローリスさんと食べるのではないのですか?」
皆さまは眉をひそめ、首を横にブンブン振った。
「いや、そんな約束してない」
「あの子とは、してないよ」
「しない」
おかしい……乙女ゲームでは自発的に行くはずなのですが? ここに来たとなると、皆さんはローリスさんにフラグを回収されていない? そうなってくると、ローリスさんはアルフレッド殿下一択!
なら私は、彼らに関わっても大丈夫なのでは?
「では、ご一緒に食べましょう」と隠したバスケットを出したのだけど、皆さんはバスケットの中身を見て、また眉をひそめた。
「卵?」
「それ、サンドイッチ?」
「……ふっ」
まあ、目が点になるのを始めて見ましたわ。
この卵サンド、そんなに酷いのかしら? やっぱり前世とは違いいまは不器用。食パンから卵がはみ出しているし、具材が卵だけで、黄色すぎるのからかしら?
ほんとうに料理は好きだったのだけど、この世界へ転生してから出来なくなっていた。最近になって、コック長にお願いして料理を始めたばかりだもんと、自分の中でごちた。
「私、まだ料理に慣れていなくて……やはり、見た目が悪いですわね。でも、味は美味しいですが……皆さんのお目汚しをしてしまいましたわね」
しゅんと肩を落として、バスケットを背中に隠すと「はぁ⁉︎」と、驚きの声が重なった。
そして。
しまったと、カルザード様は天を仰ぎ。
マサク様は捨てられた子犬のよう。
タイガー様も耳がたれ下がった。
「ルリアちゃん一応聞くけど。そのサンドイッチって、まさか、ルリアちゃんの手作り?」
「ええ、そうですわ」
あらあら、また目が点になってますわね。
婚約破棄された後、なんとか生きるためには料理は必要なんです。あと掃除と洗濯もね。
「ルリアさんの手作りサンドイッチ、食べたい」
「え?」
先程は見せましたが。皆さんの態度で自信がなくなりましたので、差し上げたくないです。
「ルリアちゃん、いただき!」
「あ、カルザード様ダメですわ」
私が止める前に素早くサンドイッチを取ると、一口でサンドイッチを食べてしまった。
「あ、カルザードずるいぞ」
「おお! これはピクルスがアクセントでうまい! もう一つ」
ほんとですか? 刻んだピクルスと卵を混ぜて、マヨネーズと塩胡椒で味を付けたサンドイッチ。私が好きなサンドイッチ、美味しいですの?
「うん、パンに塗ったマスタードもいいアクセントだ」
えぇ⁉︎ いつのまにかタイガー様まで、お召し上がりになった?
「ほんと、うまいや」
マサク様も⁉︎
(嬉しい)
料理を作って美味しいと言われると、こんなにも心がうきうきしてくるものなのですね。
「えへへ、嬉しいですわ」
「「「……!」」」
あら、皆さん黙ってしまいましたわ。
庭園の隅で昼食を摂っている。
「ルリアちゃん、あーん」
「あーん?」
カルザード様がくれたのは食堂オリジナルで、学生に大人気のローストビーフのサンドイッチ。もうお肉がとろけるように柔らかくて美味しいです。
「ルリア、食べて」
マサク様がくれたのはこれまた人気のカレーパン。
このカレーパンなかなか手に入らなくて、一度、食べてみたいと思っていました。まあ! 外はサクサク中はふわふわ、ピリリとスパイスが香るカレーパン……すごく美味しい。
さすが、王族が運営する学園の食堂ですわ。
「ルリアさん、おじゃまする」
そう言って、タイガー様は私の膝の上にゴロンと寝転び、お昼寝を始めた。こ、これは⁉︎ 私の近くにもふもふの耳が来ましたわ。ああーん触りたい……でもルリア、わかってるわね、ダメですわよ。
「いいぞ」
「え?」
今なんとおっしゃったのですか? いいぞ? 触ってもいいですって⁉︎ ローリスさんの特権を私にくださるというのですか。この悪役令嬢の私に!
「ルリアさんなら触っていい。サンドイッチのお礼」
「いいのですか!」
まぁ、お礼なら仕方ありませんわ。タイガー様の耳をそっと触った。もふもふ、もふもふ……んーっ、いい。タイガー様は獣人化したら、もっともふもふですね。
「くっ、くくっ」
タイガー様がいきなり笑い、体を揺らした。
「あ、タイガー様? くすぐったいのですか」
「ん? ああ、こんな感じにね」
寝転んだタイガー様の手が伸び、私の髪をかき分けて、耳をそわそわと触った。
「ピャッ⁉︎」
普段、自分で触ってもなんともない耳なのだけど……くすぐったい? いいえ違う……ぞわぞわする方? タイガー様の長い指先がぁぁ、あ、離れていった。
「ルリアさん、わかった」
「えぇ、わかりました」
目を瞑ってぞわぞわは耐え凌いだのですが、頬には熱が籠ってしまい、頬が赤くなっているかも。
「タイガー様、ルリアちゃんを独り占めはダメだよ」
「そうだ、ずるいやタイガー様」
みんな私の周りにゴロンと寝転んだ。あらあら、周りには彼らの敏腕の側近、執事、従者以外の人がいないから、他の生徒に見られることはないのかしら。
「ふふっ皆さん。ここに寝たということは、触ってもいいのですね。覚悟してください、遠慮なく触りますわ」
サワサワ。
サワサワ。
まあ、茶色い髪のマサク様は猫っ毛。赤い髪のカルザード様はさ、さらっさら……お二人とも、私の髪よりもさらさら、ふわっふわです。
む、む、む。その髪質に嫉妬してしまいますわね。
お使いの髪用の石鹸がいいのかしら? 毎日、メイドがですがお手入れ頑張ってますのに……。
でも、皆さん気持ちよさそう。午後の授業がなくてよかった、このまま寝ていても起こさなくて済みますものね。
(ふわぁ、私も眠くなってきました)
いまの時間は他の令嬢、令息はサロンを開いたり、お茶会、テラスでケーキを食べながらおしゃべり。夜には晩餐会、舞踏会と忙しいですわね。
「ルリアちゃんも眠くなったら寝て良いよ」
「そうだ、ルリア一緒に寝よう」
「良いね、ルリアさん隣にどうぞ」
でもドレスがときにしましたが。
「大丈夫だよ、後で魔法をかけてあげる」
「魔法ですか⁉︎ かけて欲しいですわ」
マサク様にそう言われて、タイガー様の隣に寝転んだ。
ああ、幸せすぎます。
♢
放課後になり、私はこのあとカルザード様と生クリームたっぷりのパンケーキを食べに喫茶店に行く。私はパンケーキに浮かれながら、教室でカルザード様を待っていた。
「ルリアちゃんお待たせ、行こうか……って、なんで教室の外にマサク様とタイガー様がいるんだ? ルリアちゃんと二人きりで行くからお帰りください」
「カルザード、ボクがいると便利だと思うよ」
ニッコリと笑い、カルザード様を見上げた。
マサク様がいると便利とはなんでしょう? と首を傾げていた。その言葉にハッとしてのはカルザード様。
「そうですね。……仕方がありません、みんなで喫茶店に行きましょう」
教室を出てパンケーキ屋に向かうのかと思ったら、誰もいない書庫に連れてこられた。そこで、カルザード様はマサク様に目で合図した。
「ルリア、今から君に変化の魔法をかけるよ、君は一応、アルフレッド殿下の婚約者だ。殿下は違う子に夢中だけど。ボク達と出かけたと周りの貴族が知ると、ルリアの評判が悪くなるからね」
カルザード様とマサク様は、私のことを考えてくれたのですね。だけど、変化魔法とはなんでしょう。首を傾げていると、マサク様は書庫の見張りをしてくださる、タイガー様に声をかけた。
「タイガー様に見張りを任せて、すみません」
「いや、この中で鼻と耳が一番利くからね。気にしなくていいよ」
じゃ、始めるねとマサク様は私の手を握った。
手を握られたのと、どんな魔法が始まるのかわからなくて、ドキドキしている。
「ルリア、目を瞑って違う自分をイメージして欲しい、そのイメージ通りの姿に変化するから」
「わかりました……マサク様、イメージできました」
「じゃ、今からかけるね」と目を瞑っている間に、乙女ゲームにはなかった、物語のような魔法がかかっていた。
♢
「へぇ〜。これがルリアちゃんがイメージした違う自分?」
「ボクよりも小さくて可愛い」
「……私とお揃いだ」
三人が驚くのもわかりますわ。今の私カサドール様と同じ赤い髪で、身長はマサク様より小さく、タイガー様と同じ耳と尻尾がついている――幼女になっているなだもの。
「これなら大丈夫かな?」
「呼び名は「ルリアちゃん」じゃダメだな「リアちゃん」と呼ぶことにしよう」
「リア、お兄ちゃんと行くか」
「それでは迷子になる、手を繋ごう」
幼女で、小さいからか子供扱い。タイガー様と手を繋ぎ校内を歩く。周りの学生からはタイガー様の妹? とか婚約者? など言っている声が聞こえた。
「リアさんと婚約者か悪くない」
「タイガー様、抜け駆けしないでください」
「そうだよ、お兄ちゃんとも繋ごうね」
こっ、これは周りに殿下の婚約者なのにとか、人気者の皆さんを、手玉にとってる悪女だとか言われない。
(あの子は誰? だとかは言っているみたいだけど。いつもの、令嬢達の陰口がないわ)
私だってはじめは友が欲しかった。だけど、殿下の婚約者だという肩書が邪魔をする。私の集まった令嬢達は、殿下に近付きたい子ばかり。殿下に色目を使ったり、陰口に妬み。私がヒロインをいじめないからかもしれませんが……私の名を騙り、ヒロインをいじめる令嬢まで現れた。
そんな、私の気持ちを知ってか知らずか、後ろを歩くカルザード様が周りを見回した。
「姿が変わるだけで、こんなにも効果があるとはな」
「そうだね。いつもだと陰口が飛ぶのに、今日はないね。この魔法を覚えたのは正解だったね」
「うん、正解だ。いつもの酷い話は聞こえてこないよ」
あら、皆さんも気付いていたのですね。皆さんだけでしたわ、私のことを悪く言わず笑顔を向けてくれたのは。
婚約破棄まで、ご一緒に過ごしたい。
一人では周りの目と、陰口に耐えられない。
私が殿下に婚約破棄をされて、平民に落ちるまで。
あなた達に好きな人が現れるまででいいの、側にいてください。
「リアちゃん、この香りどう?」
「いい香り、でも、こっちも捨てがたいわ」
王都にある喫茶店のパンケーキの前に、カルザード様はいま女の子に大人気の店、いろんな種類の石鹸を売る店に連れてきてくれた。
しかし、お店についたが閉まっている。
「カルサドール様。このお店、closeの札がかかってますけど」
「リアちゃん大丈夫だよ、入ろっ」
鍵は空いていて、店に入るや否や、店長らしき人が私たちに挨拶をした。これって、まさかカルザード様はこのお店を貸し切ったの? 私の視線にカルザード様は微笑んだ。
「そう、リアちゃんの思った通り。一時間だけど、この店を貸し切っちゃった。ゆっくり商品を見れるよ」
私のために?
「嬉しい。ありがとうございます、カルザード様」
「よかった……リアちゃんが喜んでくれて嬉しいよ」
「リア、こっちに薔薇の香りの石鹸があるぞ」
「リアさん、こっちは桃だよ」
「薔薇の香りも、桃の香りもどちらもいいですわね」
そうだろう。と、皆さんも買い物を楽しんでるみたい。では、私も楽しみます。化粧水、洗顔料、髪用と体用の石鹸。どれもいい香りで選べませんわ。
「はははっ、リアちゃん! 買い過ぎたよ」
「ほんと、店の袋をパンパンにするまで買うなんてね」
「み、皆さんだってたくさん買われたのに。私だけ欲張ったみたいに言うなんて……酷いですわ」
そう言い返すと「ごめん」と皆さんに謝られて、肩を落とした。あら、ちょっと強く言い過ぎてしまったかしら?
「フフ。私、怒っていませんわ。自分用にたくさん買いましたが。お礼にこれも買ったの、受け取ってくださる?」
袋の中から四つのラッピングされた袋を取り出した。
皆さんの好きな香りを聞いたらラベンダーが一番だったので、ラベンダーの香りの石鹸を選び、お店の人にプレゼント用にラッピングしてもらった。
それを皆さんへ渡した。
「この香り、ラベンダーの石鹸?」
「ええ、カサドール様正解ですわ。あ、同じ物を私も買いました」
選んだのは小さなラベンダーの香りの石鹸。この大きさなら、部屋に置いても、使ってもいいと思い買ったのだ。――あら? どうしたのですか? 石鹸を持って、こっちを見ず、皆さん明後日の方向を向いたまま。
「嬉しい……ありがとう、リアちゃん」
「ボクも嬉しいよ。ありがとう、リア」
「大切に使うね。ありがとう、リアさん」
と、言ってくれた。
「どういたしまして、ですわ」
♢
(まあ、これは!)
私の目の前にふわふわなパンケーキが三枚と、生クリームの山。その生クリームの山には苺のソースをたっぷりかかっている。
「美味しそう、いただきますわ」
「どうぞ、食べて」
フォースとナイフを持ち、私はふわふわなパンケーキを一口大にきり、苺ソースがかかった生クリームをたっぷり付けて口へと運んだ。
「ん? んんっ⁉︎」
「どう? リアちゃん美味しい」
今、口一杯の私はこくこくと首を縦に振った。ふわふわなパンケーキと甘さ控えめな生クリームと甘酸っぱい苺ソースの相性は抜群。
お口の中が至福ですわ〜。
「ここのパンケーキ、ほんと美味いな」
「ああ、甘くないら3枚あっても食べられる」
カサドールさまはこの喫茶店でも、特別な部屋を予約してくれていた。店内は若い貴族の女性ばかり、みんなと「落ち着いて、食べたいからね」だそうです。
「ここのパンケーキ、ほんと美味いな」
「ああ、甘くないら3枚あっても食べられる」
カルザード様とマサク様はシンプルなパンケーキを召し上がり、タイガー様はコーヒーだけだった。
「タイガー様は甘い物が苦手なのですか?」
「いいや、今日の夜に国王陛下と会食が入ってるんだ」
え、タイガー様……お忙しいのに付き合ってくれたんだ。そうよね、いつもは執務の時間ですもの。
「おっと、リアさん落ち込まないで。久しぶりに外に出て、みんなと買い物ができて喜んでいる。二人が護衛をしてくれてるからね」
私はカルザード様と、マサク様を見た。
「一応、その話で外に出てるよ。でも店の外には、タイガー様お付きの騎士がいるだろうね」
「ああ、音を消してはいるが……騎士が2人付いてきている」
まあ、隣国の王子って大変なのですね。タイガー様に「ありがとう」とお礼を口にしようとした、そのとき。喫茶店の特別室の扉が開き、いきなりアルフレッド殿下が乱入してきて、大声を上げた。
「貴様ら、ルリア嬢となにしている?」
「はぁ? ルリア様と何をしている? いきなりなんですかアルフレッド殿下?」
「いや、お前達がルリア嬢を連れて王都に出たと、ローリス嬢に聞いたんだ。ルリア嬢はどこだ?」
「⁉︎」
ローリスさんが……あ、ゲームで攻略対象者と仲良くなると、学園外のデートがあった。でもローリスさんは皆さんの好感度を上げていないから、デートは発生しないし。マサク様の魔法で、子供の姿になれることも知らないみたい。
(初めは驚きましたが。優しい、皆さんとのお出かけは楽しいですわ)
魔法を知らないのら、いくらアルフレッド殿下が私を探しても、見つからないわ。
「それで、ルリアさんは"ここに"いましたか? せっかく私の大事な友人がこの国へ来ているんだ、帰ってくれないかな?」
「……チッ、いないのならいい。一言、タイガー殿下に申したい。あなたはルリア嬢に騙されてる。あの女は可憐なローリス嬢にいろいろ悪さをして、彼女を苦しめている。俺と同じで、ローリス嬢が可愛いだろう? 一緒にローリス嬢を守ろうではないか?」
その言葉に、タイガー様は首を傾げ。
「なぜ、私が見ず知らずの女性を守るんだい? そんな話は断らせてもらうよ。――それと、いつから君は婚約者のルリアさんを"あの女"と呼ぶようになった?」
タイガー様はアルフレッド殿下を睨み、尻尾が怒りを表した。
「べ、別に、自分の婚約者をどう呼ぼうが俺の勝手だ!」
「……アルフレッド殿下、ルリア様のことがそんなにも嫌なら、婚約破棄それたほうがいいのでは? そして愛しのローリス嬢と婚約すればいいのですよ」
「それはいいね。殿下はルリアとの婚約が嫌なんでしょ? 嫌なのに無理しなくてもいいよ」
カサドール様とマサク様、二人の言葉に。
アルフレッド殿下は顔を青くさせた。
「カルザード、マサク? お前達まであの女に……ローリス嬢が言っていた通りだな、あの魔女に騙されやがって!」
魔女? ……アルフレッド殿下、それは違うと思います。多分ですが「悪女」だと言うのが正解です。
「その魔女はどこだ! ここへ連れてこい!」
店の迷惑を考えず、喚き散らすアルフレッド殿下。
これ以上は店に迷惑がかかるとして、タイガー様の護衛騎士を呼びよせ、カルザード様と一緒に外へと連れていった。
しばらくして、喫茶店へと戻ってきたカルザード様は一言大きなため息と。
「ローリス嬢の話を鵜呑みにして、ここまで来るとは……アルフレッド殿下はもうダメだ。学園に入学する前と、言っていることが正反対になった。マサク様は何か見えなかった?」
と聞いた。
その言葉に、マサク様はコクリと頷く。
「見えたよ。……アルフレッド殿下は、ローリス嬢の魅了の魔法にかかっている。ボクがあれほど好きなルリアを大切にしたかったら、気を付けてとあれほど言ったのに……ボク、殿下にかかる魅了魔法は解かないから」
「当たり前だ、解かなくていい。一緒に訓練も受けたのに、お粗末な魔法にかかるとは……アルフレッド殿下には呆れてしまうよ」
皆さんの話に驚いていた。アルフレッド殿下は私を好きだったが、ローリスさんの魅了の魔法にかかっている。嘘、ローリスさんって魔法が使えるの? この乙女ゲームでそんな設定がありました? ……もしかして皆さんがおっしゃる魅了魔法って、ヒロインの特権、魅力じゃないかしら。
ヒロインの魅力……この乙女ゲームの裏設定、ハーレムルートでは皆さんを恋人にできた。となると、ヒロインの特権って魅了魔法⁉︎ その魔法にかかると最も簡単に、ヒロインを好きになる。ローリスさん魔法が使えるなんて凄いですわ。
「ルリア……アルフレッド殿下が言ったことは気にしなくていいからね」
「そうだよ、ルリアちゃん」
「ルリアさんは私が守るからね」
「ありがとうございます、頼もしいですわ。でも、私は平気です。――それと、今日の私はリアですわよ皆さん」
「ハハ、そうだったね」
「そうだった」
「リアさん、ほかに何か頼む?」
みなさん優しいですわ。私、アルフレッド殿下がヒロインに攻略されてから諦めている。この学園生活が終わり、婚約破棄まであと二年、いろいろ準備しつつ楽しむわ。
「では、このアイスをもらおうかしら?」
と、呼び鈴を鳴らした。
届いたアイスを見た、タイガー様は何か思いついたらしく。
「そうだ、リアさん。夏休みに入ったら私の国へおいで、一緒に水浴びをしよう」
と提案した。
「まあ、タイガー様の国で水浴びですか? それは楽しそうですわ」
「ぜったい楽しいよ。夏休み中、私の国へおいで」
(ククク。私にとって邪魔な、アルフレッド殿下が粗末な魅了にかかったのはいい誤算だ。今日の会食で、陛下にそれとなく伝えてみるか。たが、一番の問題はこの二人をどうやって蹴散らすかだな)
そのタイガー様の話に。
「それねら〜僕はリアちゃんの護衛として付いて行こう。リアちゃんと、ルリアちゃんの水着姿が見たいし!」
と、カサドール様が乗っかる。
(ふん! タイガー様にルリアちゃんを独り占めにはさせないよ。僕がルリアちゃんを守り、僕だけのルリアちゃんにする!)
リアとルリアの水着。あのカサドール様……ルリアとリアは両方とも私なのですが……よろしいのかしら?
「ルリアの水着はいいね。ボクも国を出る時、リアになる魔法をかけなくちゃいけないからね、当然ついていくよ」
(抜け駆けはさせない。僕がルリアを幸せにする、そうだ二人ともローリス嬢の魅了にかけるとか? ……それだと、ルリアが悲しむかな)
「カサドール、マサク、私の国に優秀な騎士も魔法使いもいるから」
「いや、いや、いや。2人きりにさせたくないし、心配だから着いて行くよ」
「そうだね。心配だからね」
牽制する3人。この三人の気持ちは果たして――当の本人、ルリアはアイスを頬張りながら、これから始まる楽しいことに心を躍らせ。
案外、リアの姿は使えるわね。
と、心の奥で微笑んでいた。