白と黒の望む大空 壱ノ大空〜白と黒の兄弟編〜
壱ノ大空 ━━━ 【招かれざる来訪者】 ━━━
寝ているのか起きているのか、夢か現か、どちらともいえない意識の中、━━━はただ頬を撫でる風を感じていた。
━ (…。心地いい。)
至福、今の━━━にはこれ以上の言葉が見つからない。願わくばそのままでいたい、そう願うほどに。しかし、それは勿論叶う事ない夢でもある。
? 「………い。」
意識の遠くのほうで声が聞こえるのだ。だんだんと蘇っていく意識の中、それが己を呼ぶ声だと気づいたのは柔らかな風が頬を撫でた時であった。
? 「おい、大丈夫か!?」
今度ははっきり聞こえ、闇に落ちかけていた意識が一気に鮮明になる。
━━━は慌てて目を開け、太陽の光に目を細める。
そんな━━━の様子を見て呼びかけていた男は安堵し、いくら昼だからってこんな草原で寝てたんじゃ命いくらあってもたんねぇぞ、と苦笑する。
だが、━━━は自らが感じる違和感の答えを聞いて飛び起き、目を再び見開きあたりを見渡す。当然のごとく男の言った通り、周りの景色は先程までいた夜の近い湖ではない。
空は薄い雲に覆われてはいるが、太陽はすでに天高く昇っている。それどころか辺り一面に背の低い草原が広がっており、湖などどこにもない。住んでいた場所の近くにこんな場所はなく、もちろん━━━の記憶にもこの場所はない。
━ (どこだ、ここ……?)
そんなことを思いつつも驚いた表情で固まっている━━━に男は何度か呼びかけていたのだろう、少々乱暴に━━━の肩を揺らし幾度目かの呼びかけをしてくる。
? 「しっかりしろ!大丈夫か!?」
━━━のそんな様子を見て心配になった男は再び少し慌てた様子で━━━の顔を覗き込む。そこでようやく男の存在に気づいたかのように━━━は慌てて男に向き直った。
男はまるで熊のような大きな体格をし、背中には同じくらいかそれ以上の大きなリュックを背負っていた。しかし、━━━の視線を留めたのはそのでかい身体でもリュックでもない、そのリュックから顔をのぞかせた様々な色の薬品が入った小瓶や大小様々な武器等、本やゲームと言ったものを除き、実物を見たことなど全くない物達が視線を集める。
? 「ほら、これ飲め」
そう言うと男は少々強引に━━━の口に小瓶の中身を流し込んだ。
━━━は口いっぱいに広がる青臭さと苦味に顔を顰めるが、抵抗することも違わず小瓶の中身であった液体を一気に飲み干した。
━ 「…これは?」
? 「安心しな、毒じゃねぇよ。真草の葉を磨り潰した時に出る液を回復効果のある薬草の露とブレンドした飲むタイプの薬品だ。苦いが錯乱した時なんかに効く、効能は確かだぜ。」
━━━は、なるほどこの苦さは確かに効き目が期待できそうだ、と思いつつもまずは現状の把握をしようと男に色々尋ねるべく口を開いた。
━ 「ありがとうございます。…しかし、どこだここ…。」
ひとまず━━━は礼を言い、あたりを見回しつつもつい心の声が小声で漏れてしまった。もちろん、男はその声を聞き逃すはずがなく、怪訝な顔をしながらも━━━の背後の方へと歩き、指を差しながら口を開いた。
? 「ほら、あそこに壁が見えるだろ、あそこがセントラルだ。ま、最近は特に物騒だ、本来壁は地面下に格納されてるんだが、ある時から常にせり上がってるな。…なんて言わなくても分かるか。」
と男は言うが、もちろん━━━の記憶にセントラルなどという町はなく、壁についても一切を知らない。が、話を合わせねばややこしくなることは想像にかたくない、そう判断し、━━━は、ま、まぁ、と後頭部をポリポリとかきつつ答えた。
? 「そうか。帰りは1人でも大丈夫か?」
━━━は、間違いなく無理だ、などとは答えられずその言葉を飲み込み、致し方なく大丈夫なこと伝え立ち上がる。
? 「…まぁ、それならいいんだが…。」
本当に大丈夫か?と訝しげに━━━の顔を見つつもそれ以上は追求せず、気を付けろよ、とだけ言い残して男は立ち上がり、背を向けて手を振って歩き出す。が、ふと何かを思い出したように━━━へ向き直る。
? 「あぁ、そうだ、困ったら『ソウゾウ』セントラル支店という店に行くといい。そこの店主が力になってくれるだろうよ。」
何かを察してくれたのだろう、男はそう言って━━━に背を向け、何かを投げてきた。慌てて━━━はキャッチしてみると、革製の袋で中からはジャラジャラと音がし、ハッとして男に礼を言おうとする。が、男はもう既にかなり遠くを歩いており、声は届きそうになく、仕方なく━━━は頭を下げるに留め、男と反対側を向いた。
男が去り際に何か呟いていた気がしたが、今はとりあえず深く考えることをやめ、男の指さした場所、セントラルと言われた場所にあるという『ソウゾウ』という名の店を目指すことにし、足を踏み出した。
━ (意外と距離があるな…)
━━━が歩き出してからしばらくして、体感ではそこそこな距離は歩いたはずなのだが、まだ壁とは距離があるように見える。
この草原は視線を遮るものはほぼないと言っても過言では無い、故にどれほど歩いたか、目測では距離の目安を測りずらい、先程のようにのんびりと過ごすには最適な草原ではあるが、距離を歩くとなると精神的にきつい面を見せる。
━ (あとどれくらい歩けばいいんだ…?)
そんなことを考えた矢先だった。突然、━━━の前方の地面が盛り上がったのだ。幸いにも、と言っていいのかはまだ分からないが、━━━とはそこそこ離れた場所だったため、驚きつつも近づいて様子を見るかどうか考えていたその直後だった。地面を盛り上げた原因がゆっくりと地面の亀裂の中から現れる。
━ (!?)
━━━は目を見開いて驚く。それは花だった。花だったのだが、━━━の知っているどの花よりも大きく、花と言うには歪で、そして花というには明らかにおかしな点がひとつ、花自らが自分の意思で動いていたのだ。
━ 「なんだ、あれ…!?」
思わず口から声が出てしまう、それ程までに驚くべき事が目の前で起こってしまったのだ。思わず、その花を確かめたいという衝動に駆られるが、同時にそれは危険で近づいてはいけない、といった警戒信号を自らの第六感とでも言えばいいのだろうか、本能がそう訴え、心臓は早鐘のように動いて危険を告げる。
逃げるべきか、近づくべきか、その判断に迷っていると、花から何か飛んできて、頬を掠めていく。
━ 「うおっ!?」
一瞬遅れて気付いたが、━━━の顔の僅か右を逸れて横を飛んでいったそれは紛れもなく大きな種だった。花は種を勢いよく射出し、攻撃してきたのだ。━━━の脳裏で瞬時に逃げるべきと判断され、反射的に花とは反対側へ全力で駆け出す。
? 「それじゃダメだ!」
急な声に驚き、その場で━━━は盛大に転んでしまう。驚きつつも急いで上半身を起こし、振り返ると花と━━━の間に土煙が巻き上がり、その中心に何者かが立っている事だけが確認できた。
? 「逃げるにしても、真っ直ぐ逃げたら種の弾丸に当たってしまうから、相手をしっかり見てないと危ないよ!」
そんな声が聞こえ、徐々に土煙がおさまっていき、声の正体が露わになる。声の主はやや細身の青年だった。そんな青年の手には、原理は分からないが、見た目からすれば間違いなく、手に持つどころか毛ほども動かすことは不可能であろうを重量のある大槌と身を隠すほどの大盾が握られており、青年は臆することなく謎の花と対峙し、謎の花の攻撃を防ぐべく大盾をしっかりと支え、頼もしい限りに━━━を守りきれる位置に立ち塞がった。
━ 「…あなたはいったい?」
━━━は青年を視界に捕えるとつい口からそんな言葉が漏れ出てしまう。
? 「僕は蒼。通りすがりのただの鍛冶屋さ。」
蒼と名乗った青年は、振り向きつつ軽い自己紹介をし、再び謎の花へと向き直る。思えば、通りすがりのただの鍛冶屋、などと一蹴できる存在ではないが、今の━━━にそんな事を考える余地は無い。
蒼 「そこの箱の中には武器が入ってる。戦うか、逃げるか、好きな方を選ぶといいよ。」
謎の花の攻撃を防ぎつつ、自身の背後に存在する箱を指差した。━━━は蒼に指を差された箱へと迷わず向かい、蓋を開ける。謎の花と対峙することに恐怖を感じていないわけではない、しかし、好奇心、興味、高揚感、今の気持ちをこれといえるものは思いつかないが、この状況で逃げるという選択肢は微塵もなかった。
もちろん逃げてもよかったのだが、武器を手に入れられるのは大きい。尚且つ蒼の協力を得られるのであればこれほどまでに心強いことはない。そんなことを考えつつも箱の中に所狭しと並べられた大量の武器を見やり、その中の一つを迷わず手に取り蒼の元へと駆け寄る。
蒼 「初めに言っておくけど、これはゲームでも夢でもないよ。紛れもない現実さ。選択をミスすればどんな人でも次の瞬間にはあっさりと死ぬ。それを君は今知った。そう知った上で今この場を逃げる、でなく。戦う、でいいんだね?」
謎の花の猛攻を汗一つかくことになく防ぎ続けたまま蒼がこちらへ確認をするが、━━━は言うまでもないと頷く。
蒼 「ところで、その武器でいいのかい?」
蒼は━━━の左手に持たれた見事な鞘に収まる一振の刀を見やり聞いてくる。
━ 「えぇ、これ、借ります。」
刀って意外と重量があるんだな、などと考えつつも刀を鞘から抜き、右手で構える。━━━は別に剣道をしていたわけではない、もちろん剣など握ったこともなければ戦闘経験など微塵もない。安全を取るなら後方で弓矢、銃と言った遠距離で攻めることの出来る武器でも良かっただろう。しかし、それでも━━━は刀を取った。理由は特にない。これだ、と思うものをとった。それだけだ。
━ 「それで、どうすればいいですか。」
蒼 「僕らは遠距離の攻撃手段を持たないからね。まずは二人で一気に間合いを詰めよう。合図は次の飛来した種を防いだら行くよ。」
━ 「了解。」
ゴクリ、どこからともなくそんな音が聞こえてくる。その唾を飲み込む音は自らが出した音だったのか、蒼が出した音だったのか、それすらもわからなくなるほどに━━━は緊張し、時間がゆっくりと感じていた。
…、まだなのか…?、自らの首筋に汗が流れるのを感じながらもじっとその時を待つ。果たしてその時は来た。
ギャアン!!
凄まじい音を響かせ蒼が大盾を使って火花を散らしながら種を弾いた。
蒼 「今だよ!」
蒼の合図に━━━は現実に引き戻され、若干遅れつつも蒼の後ろについて謎の花との間合いを一気に詰めていく。事前に打ち合わせたわけではないのだが、━━━がやや出遅れたことで、蒼が大盾を構えながら真っ直ぐ進むことで謎の花の攻撃を防ぎつつ、━━━の安全は確保されたことになる。
蒼 「跳んで!」
かなり間合いを詰め、蒼が何度目かの謎の花の攻撃を防いだその時だった。蒼が大盾を頭上へと掲げ、━━━へと合図を送る。━━━はそれを瞬時に理解し、大盾へと跳び、そして着地、そこから更に上へと跳躍する。
謎の花は近くで見ると本当に花かと疑うほどにはでかい、普段の跳躍ではとても花弁が届きそうにない。しかし、どういう訳か、体が軽いからで済む話ではないだろうがかなりの高さまで跳躍する。しかし、跳躍し落下するということはその間無防備な瞬間が生まれる。そこを狙ってかどうかは分からないが、謎の花はぐっと力をためて全体を大きく反り、花弁を閉じた。
━ (何か…してくる…!?種か?)
謎の花が自らの刀が範囲内に入るその直前、それは起こった。謎の花の花弁がついに開き、中から何かを吐き出すように飛び出してきた、それは━━━の予想に反し、種ではなく謎の液体であった。
━ (…!?)
蒼 「…!?なんだあれは!くぞ、庇うには間に合わない…!」
液体といえど敵の攻撃に間違いはないのでただの液体なわけがない。とはいえ、今の━━━にそれを回避する手段などない。しかし、それを何もせず、はいどうぞ、とただ受けるわけにもいかない。━━━は本能のままに刀を上段に構え、ぐっと力を込め、縦に一閃。振るう瞬間、刀が雷を纏ったように見えたのは気のせいだろうか。しかし、それを━━━が気にする間もなく、右手で振るった刀は液体を切り払う。飛散したいくつかの液体がどこかに付着したような気がしたが確認する間などない。
━ 「…おぉっ!!」
短い気合を吐き、刀を持ち直して瞬時に構え、今度は液体ではなく謎の花に振り下ろす。
ザシュッ!!
一刀両断。見事な音を立て謎の花が縦に真っ二つに裂け、━━━は着地する。謎の花は裂けた後も暫くうねうねと蠢いていたが、それもほんの少しの間で、すぐに動きも止まり全身は空気に溶けるように消え去り、広い範囲で起きていたはずの地割れも隆起もどこへいったのか無くなり、何事もなかったかのように元の草原の風景に戻っていた。
━━━はその様子を確認すると安堵し、その場にドカッと座り込んだ。それを見た蒼が歩み寄り、手を差し伸べながら声をかけてきた。
蒼 「やるね!今の花の攻撃は予想外だったけど…、君の戦闘も想像以上だったよ!」
━ 「…そんなこと、ないです、蒼さんがいたから。」
蒼 「蒼でいいよ。見たところ歳はそんなに変わらなそうだし。それに、なんか無理して敬語使ってるように見えるし、楽にしていいよ!」
蒼の言葉に━━━は若干面食らいつつも、言ってることは当たっているので言葉に甘えて多少砕けた言葉を使うことにし、蒼の手を取って立ち上がる。
━ 「それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう、助かった。」
━━━はそう伝え頭を軽く下げた。蒼はと言うと当たり前だと言わんばかりに笑顔を見せ、━━━の当初の目的地であった壁へと歩き出す。
蒼 「あの町に僕の店の支店があるんだ。まずはそこへ行こう。」
━ 「え!?あ、いや、でも。」
蒼 「君の服も、刀をボロボロになってしまったし、それはそのままという訳にはいかないんじゃないかな?
言われてから━━━は、自分の着ていた服と右手に持っていた刀が所々溶解しボロボロになってしまっていることに気付いた。
━ 「え!?なにこれ!?いつの間にこんな事に…。」
蒼 「さっきのやつ、何か吐いてきたでしょ?あれ、溶解液だったみたいなんだ、まさかそんなことしてくるなんて知らなかったよ…。ともかく、君が無事でよかった。あれ、どうやってやったの?」
溶解液、その単語を聞きつつよく無事だったな私よ、と自分自身の悪運に感謝しつつ、蒼の言うアレについて記憶を手繰り寄せる。正直どうやってやったかなど気にしていなかった、ただただ我武者羅だったとしか言いようがない。
━ 「う、うーん…?こう、何もしないよりはマシ!ってだけで振るったからなぁ…。」
蒼 「ふーん。素質あるのかなぁ…?」
━ 「…素質?」
蒼 「まぁ、詳しい話は諸々後にして今はとりあえず、店に行こう。」
気になるなぁと思いつつも━━━は蒼についていき、その場を後にするのだった。しかし、そんな二人を見下ろす影がセントラルと呼ばれた場所の壁の上に1つ。
? 「ふーん?また頭の悪そうなのが来たわねぇ…。蒼の助けがなければだめね。まぁ、いいセンスはしてるかしら。ふふ、楽しみだわ…。」
下から見上げれば相当な高さのある壁でなおかつ二人がいる場所もかなり距離がある。にも関わらず、その人物は二人を正確に捕捉し、更にはその場に蒼が居ることも易々と把握する。
さて、どうしようかしらね、そう言い残して影はその場を去っていった。