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魔法が使える彼女と僕の日常

ナイト・ランド

作者: 早瀬 要

「・・・ほんと・・・。僕達ってツイてないなぁ・・・。」


「まぁまぁ・・・。そう落ち込まないで?私達が居たから、あの子も無事だったんだし。」


「そうかもだけどさ・・・。」


もう日が完全に落ちて、辺りはすっかり暗い。

胸までの高さの柵の向こう、闇の中にひっそりとたたずむメリーゴーラウンド。


「・・・柵、乗り越えてやろうか。」


「ダメだよ。第一、乗り越えたところで、もう閉園しちゃってるから動かないよ。」


僕が思わずちょっと悪い考えを口に出すと、即彼女からド正論で諭されてしまった。


でも、もうすでに園内には係員すらも残っていない様子だし、こんな僻地の小さな遊園地だ。不法侵入したところで防犯カメラも無いだろうから、咎められる事は無いだろう。そこまで考えはしたけれど、乗り越える気なんて元から無い。


ただ、せっかくここまで来たのに。と悔しい思いがどうしたって消えずにある。


彼女の言う通り、僕らが居なければ、あの子は不安な気持ちで母親を探し続ける事になっていたかもしれないから、無視は出来なかった。


けど・・・。


先週は雨。今週は、迷子、か・・・。


ずっと、来たかった遊園地。


先週末は雨で中止になったが、晴れた今週こそと僕らは意気揚々と電車に乗った。


そこまでは良かったのだ。


途中、乗り換えの駅のホームで、迷子を見つけるまでは・・・。


乗り換えの電車を待とうと、ホームに立った時だった。彼女が、ベンチに一人で座って俯いて泣いている小さな女の子を見つけたのだった。


どうしたの?と彼女が声をかけると、ひっきり無しにしゃくり上げながら、女の子は事の経緯を話し始めた。


女の子は母親と田舎の祖父の家へ向かう途中だったらしい。電車に乗っている間に母親が寝てしまい、退屈だった女の子はつい、ちょっと探検する気持ちで、この駅で降りてしまった。すぐに電車に戻るつもりが、駅の屋根の下に作られた、燕の巣の中でぴぃぴぃ鳴いている雛を見ている間に電車が行ってしまったのだ。


この駅はローカル線しか止まらないような小さな駅だ。駅員は、改札横の小さな詰所でなにか書類を書いているようで、子供の存在には気付かなかったらしい。


僕らは駅員に事情を話し、駅員と僕と彼女、3人がかりでその子から、どのくらい前からこの駅にいたか、祖父の家のある目的地の駅の名は等をなんとか聞き出し、今ごろ到着した駅で心配しているに違いない母親を探した。


駅員がその子の目的地であった駅へ連絡して、ようやく母親と連絡が取れた。すぐに折り返しの電車に乗って向かえに来るとの事で、僕らは安心したが、子供は母親を目にするまでは安心出来ないらしい。


お母さんがもうすぐ来てくれるよ。と、僕らが口々に慰めても、泣き続ける女の子。彼女が恐らく魔法で手のひらに出現させた飴玉を渡されて、それを口に放り込んでも、(彼女は飴を出す瞬間を見て驚いた顔した駅員にニッコリと微笑み、手品が趣味なんです。なんて言っていた。)まだ鼻をグスグスいわせて泣いている。


そんな女の子を見ていると、駅員に「じゃ、後は宜しく。」と言って立ち去り難く、結局その後たっぷり1時間、僕らは一緒に母親を待ち続けた。


そうして、女の子と母親が無事再会を果たし、ペコペコと頭を下げる母親と、やっと泣き止んでにわかに元気を取り戻して、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!と明るく手を振る女の子に見送られ、僕らはやっと、電車に乗ったわけだ。


しかし、その後の道のりはグダグダだった。いざ目的の駅に到着しても、そこからのバスの時間がすっかりずれてしまっていて、結局この小さな遊園地に着く頃にはすっかり日は暮れて、入場口のシャッターは降りていた。そして、未練がましく柵の周囲を歩いてみた結果、お目当てのメリーゴーラウンドをやっと柵の外から見つけたのだった。


「あー・・・1回で良いから、聴きたかったな・・・。」


そもそも、ローカル線を乗り継いで、こんな遠くの小さな寂れた遊園地まで来のは、このメリーゴーラウンドが目的だった。一見、古いだけのメリーゴーラウンドに見えるけれど、組み込まれたBGMが極一部の人の間では有名なのだ。


それは、今や巨匠と呼ばれる年老いたオルゴール職人が、若くまだ無名だった頃に、受けた仕事の内のひとつなのだ。


当時、彼はまだ無名ではあったが、すでに才能の片鱗は見せ始めていて、そのメロディは今より荒削りではあるが、その分若さの思い切りが良い大胆さもあって、素晴らしいとされている。


探せば動画サイトにいくつかメリーゴーラウンドが稼働している動画はあるが、僕はどうしても実際に聴いてみたかった。


「もう・・・仕方ないなぁ。」


未練がましく柵を掴み、メリーゴーラウンドを見つめる僕の横で彼女がポツリと呟いた。


「え?」


僕が彼女の方に振り向くと、彼女は腕をスっと柵の間からメリーゴーラウンドに向けて目を閉じ、口の中でブツブツと何か言葉を呟いた。


すると・・・


ガコォン。


機械が動く音がした。


驚いてメリーゴーラウンドへ目を向けると、そこにだけ明かりが付き、ゆっくりと木馬達が回り始める。


そして。


流れるように、美しく繊細で、しかし力強くもあるメロディが僕の鼓膜を震わせた。

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