はじまりの村
いやはや、今度は主人公が見当たらぬのう。こんなにも歩き回っておるというに。いつもならば、この木陰に寝転がって居るのだが。何、そんなに時が経ったかとな?経ったのじゃよ。お主がページを捲っている間にの。ぐーんと時は経ったのじゃ。その間わしは歩きっぱなしの探しっぱなし。
流石に少し、疲れたのう。まあたまには、こんな時があっても良かろうて。次から次へと溢れていた主人公が、全く現れんくなった。こんなことは、今までには無かったのう。しかし、まあわしにとっては楽で良い。台詞も言わなくて済むし、帰りたくなくても、帰らなくていいのは幸いじゃ。
ここにこうして寝転がると、主人公の気持ちになれるやもしれん。まあ、他所の気持ちなんぞ分かるようなものでは無い。こうやってボケっとしておると、昔の事を思い出すもんじゃ。主人公何ぞが溢れる前のお話じゃ。わしがトドメを刺さなかったあの魔物、あれが恐らく魔王と呼ばれている奴なんじゃ。魔物が現れているのも、あの時わしがトドメを刺さなかったからなのかも知れぬ。
どうしてトドメを刺さなかったとな?わしには、出来んかった。わしとて、好きで魔物退治に出た訳ではなかった。成り行きじゃ。這い蹲る魔王を前に、奴へ剣を突き立てるだけのところでの、過ぎったんじゃよ。わしと、奴の違いがの。大して、違いは無いんじゃよ。魔王も、好きで魔王となっている訳では無いんじゃ。偶然じゃ。少し、他よりも力が強かっただけじゃ。
わしも、同じようなものじゃった。偶然に、太古の剣を手にしてしまったが為に、旅に出ただけじゃった。勿論、当時は何の疑問もなかった。旅人と呼ばれた後に、勇者などと持て囃されて剣を掲げる事に気分も良かった。しかし、魔王との戦いの後に英雄と呼ばれる頃には、疑問に自問自答し続けた。そして、思ったんじゃ。わしは、英雄でも、勇者でも無い。ただの、弱虫の悪者じゃ。
勇者などと呼ばれて皆の期待を背負い、魔王にトドメも刺せずに見逃した。皆を裏切り嘘をつき、魔王や魔物に多大な傷を負わせた。両者にとっての、悪者じゃ。旅から戻り集ってくれた皆と居ると、いつの間にか小さな村になってしまった。そしていつからか現れ始めた、主人公。彼等は、魔王を倒しに行く。そういう物語じゃからの。あれだけの数の主人公が居るんじゃ。きっともう、魔王は倒されておるの。わしがどうのこうの、言えることでは無い。主人公に、責任を擦り付けているようなものじゃからの。
こうして寝転んで居ると、色々と思い出すものじゃの。それにしても、木陰は気持ちが良いのう。涼し気な風と、それに靡く葉っぱの音も良い。腹が空くまで、こうして居たいものじゃ。
「魔王は、元気にしておるかのう」
寝転んでいたら、眠とうなったわい。主人公も見つからんし、わしは少し眠ることにする。お主、主人公が現れたら起こしてくれんかの。わしが見つけて連れて帰らねば、物語は始まらんから。頼んだぞ。
「おい、お前さん大丈夫か」
「…」
終わり