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秘密の狼王女は冒険する  作者: らい。
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2章 1. 王子との出会い







どうしてこうなったのか。そんなこと、考える気も失せていた。後悔することなんて今に始まったことではない。





目の前には王子がいて、私は習った通りに跪き敬礼をする。

勿論、不本意で。

でも抗う力は残っていなかった。




考えても考えても、分からなかったのだ。


自分が何を受け入れ、何を捨てるべきか。だけど何も捨てたくなかった。何も受け入れたくなかった。

気がつけば流れに流されここまで来た。もう考えることも諦めていた。

どうにでもなれと思っていた。









「お初にお目にかかります。本日から貴殿の侍従を務めさせていただく、ルイと申します。以後お見知り置きを。」








そう言って深く頭を垂れた。

私は、人間の国の1つであるウェザー王国の第1王子ギルバート殿下の侍従兼影武者となった。






事の始まりはこうだ。


師匠が亡くなった後、一晩中泣き叫んだ私は疲れ果てて眠ってしまった。傷を放置していたせいか、意識が覚醒しても、瞼は鉛のように重く、体は1ミリも動かなかった。やっとのことで目を開けると、人間たちの姿が見えた。恐らく追ってきていた人間たちであろう。私も殺されるかと思った。だが、その人間たちは傷を負う私を馬に乗せ、森を下って行ったのだ。


着いた所は生きてきた中で1度も見たことのない大きな家。すぐさま煌びやかな部屋の上質な布を敷いたベットに寝かされ治療が始まった。

私の周りは知らないことで溢れていた。

身の回りの世話をしてくれる侍女という女の人。戦士みたいな騎士と呼ばれる男の人。そして、傷を癒してくれた医師という歳をとった男の人。見たことも聞いたこともない道具や物の数々。

私は驚きで開いた口が閉まらなかった。








暫くすると、授業が始まった。

人間の世界で生きる術を習った。

しかし、なぜか習ったのは全て男用。着せられる服も扱いも何もかもが男だった。

はじめは男用と女用があることにすら気づいていなかったが、流石に過ごしていくうちに違い位は目に付く。

意味が分からなかった。

口調がいくら男っぽくても、女では短すぎる髪でも(といっても肩の少し上まではあるのだ)一応女だ。

とはいえ訂正するには時間が経ちすぎていたので気が引けた。


今思えば初めからこの王子の影武者を担う為だったからなのかもしれない。









そんなことよりも、だ。


毎日の授業の厳しさととてつもないその量はとても苦痛だった。

文字や算術から歴史や経済やマナーなどの礼儀まで徹底的に叩き込まれた。


その中には唯一体を動かせる武術の時間があったのだが、扱うのは剣のみ。スピードと軽さを意識して鍛え上げられた私の筋肉は剣を扱うのには不向きで中々上達しない。その上、私の持っていたナイフは没収されてしまった。




おまけに食事は動物の肉を食べるのが基本なのだ。

ベットの上で食事が運ばれてきた時、美味しそうな匂いがするなと思ったら、仲間である動物の肉だったのだ。仲間の肉を美味しそうだなんて思ったことにあまりのショックで泣き崩れた。


人間は動物を食べるのだ。そうだった。私と師匠は魔物の肉しか食べていなかったので特に何とも思っていなかったのだ。動物は動物を狩って食べる。人間も動物だ。動物の肉が出てきても何らおかしくはない。



そう思っても私には仲間の肉は食べられず、それ以降食事が出てきても肉だけは食べていない。おかげで筋肉はつかないし背は伸びず、頭はフラフラする。



そして1度は森に逃げ帰ったものの、半年後、呆気なく捕まってしまい、帰ってからは逃げる前より倍以上に厳しく忙しい日々。それに監視の目と警備が増やされ、2度目の脱出は不可能に近かった。




そして、私が思考を放棄した最大の理由。



それは歴史を習ったとき。

教師は熱心に人間の歴史の素晴らしさを語る。表には出さないようだが教えられる内容は残酷なものだった。

度々起こる同族同士の戦、同じ人間にも上下があり、生活の水準が違いすぎる。裕福なものがどんどん成長していき、貧相なものはどんどん落ちていく。上の人間は下の人間を強制的に従え、無駄に殺し合う。



それに何の意味があるのだ、と心底怒りを覚えた。皆動物は互いに協力し合って生きている。なのに人間は…こんなのおかしいじゃないか

上の人間は下の人間を駒としてしか見ていない。そこに情はなく、心はなく、ただの上っ面。生きる為に他者を利用し、生きる為に利用される関係。


私もそうだ。この緑の目に利用価値があるからこそ、こんなにも手を焼いてくれる。明らかにそこらの使用人とは違う扱いを受けている。素性もしれないただの子供なのに。




なんだよ。そういうことだったのかよ。人間の世界に足を踏み入れて、嫌なこともあった。だけど私も人間だ。人間の世界の中で人間らしく居ようとした。だけど、私のことを見ていた人なんていなかったんだ。利用されている。なんていう世界に来てしまったんだ。人間なんて嫌いだ。愚かだ。こんな奴らに師匠はとどめをされたのかよ。なんて残酷で悲惨な結末なんだ。これがこの世界の一員?。笑わせるな。





私にあったのは恨みを通り越した諦めだった。




森へ帰ろう。無理矢理にでも帰るべきだ。もう帰らせてくれ。







いや、帰る資格が私にあるのか…?。

愚かな人間の1人である私が、王になる資格なんてないんじゃないのか?。



分からない、帰ってもいい?。

帰りたいんだ。

だけど、怖いよ。

分からないんだよ。こんな私でいい?。

人間も自分すら嫌いなこんな小娘1人が世界を守る王になれるの?。

無理だ。1人じゃ何も出来ない。

師匠がいたから、師匠がいたから、ここまで来れた。

今はもう私は1人だ。

寂しい。寂しいよ。

怖い。怖いんだ。





そう思った日から、私は諦めた。流れに身を委ねた。


考えても考えても答えは一緒。

何も受け入れたくないし、何も捨てたくない。師匠と過ごした時間を捨てる訳にはいかない、でも人間たちも、自分すらも受け入れたくない。

情けないな、私は。

私は自分を信用出来なくなった。私が王になったらこの世界はどうなるのか。守れる力と覚悟があるのか。私は甘かったんだ。ずっと師匠に守られてきた。

なんでそんな大役を私に任せて、先に逝ってしまったんだ。

どうすればいいか分からないよ。



















そうこうしている内にもう師匠と別れて1年と少し。


どうせこの王子も他の人間と同じだろう。ろくな思考を持っていないに決まっている。そんな上の人間なんて誰に仕えても同じだ。







「俺はウェザー王国第1王子ギルバート・デルク・ウェザーだ。よろしく頼む。」






ギルバート・デルク・ウェザー。人間は家名が後ろに来る。家名を持つのは上の人間だけだ。そして「デルク」。これは王位継承権を持つものにだけ名乗る資格を持つという特殊なもの。第1王子だから当然継承権も1位。すなわち未来の人間の国の王だ。そんな人の専属になれるのはさぞ光栄なことなのだろうが、私は何とも思わなかった。





「俯いていないで顔をあげろ。」


命令に従い顔を上げる。これから仕える主の顔を拝んでやろうじゃないか。








ーーえっ…??。

王子は私と同じ目線にまでしゃがみ込んでいた。王子ってお偉い人なんだよな?。上の人間なんだろう?。今まで見てきた人間は家臣の為にしゃがみ込むなんてしない。


私は不思議に思いながらじっと王子を見つめた。



目の前には美形の少年。

癖のない銀髪に髪と、同じ色の長いまつ毛に縁どられた活き活きと輝く緑の瞳。まるで私と正反対のような暖かい雰囲気。それは師匠を思い出させた。

ふと、一筋の涙が頬をつたる。






あ…。師匠…。






彼は涙を流す私を見て、おどおどと慌てた。それを見てはっと我に返る。




「すみませんっ。大事な方を思い出してしまって。」



急いで弁解をする。



王子を見て師匠みたいだなんて、そんなこと…。


彼は私を嬉しそうに見つめた。意を決したように口に出した言葉は周囲を全く気にしていなかった。






「俺の友達になってくれ。」






と、友達??。

私が王子の友達になる?。

友達になってくれ?。

それは私を見てくれるということ?。

利益でしか動かない人間が?。

1番上に座る人間が?。




「俺もお前も同じ人間だ。友達になるのは普通だろう?。」




同じ人間…。そう思う人間がいたんだ…!。



私の心は嬉しさに溢れていた。

ここにきてから初めて感じる平等だった。

この人になら、仕えてもいいかもしれない。答えを一緒に考えて探してくれるかもしれない。




「もちろんですっ!。」




昔、ずっと欲しいと思っていた人間の友達。話してみたいと思っていた人間。

さっきまでの私は、人間なんて嫌いだと、友達なんて作る気もなかったというのに、彼にだけはなぜか心を開いていた。




私は彼を私の人間の友達第1号に決めた。




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