1章 5. 悪夢のはじまり(3)
師匠(狼王ライオネル)視点です。
『この気配は…。』
ルイがグリフォンに修行をつけてもらいにいった時のことだった。青く広がっていた空が陰ってきている。
この世界の脅威が現れるのを感じた。
魔族だ。
討伐は実に50年ぶり。
王の仕事はこの世界に歪みをもたらさぬよう正しく導くこと。魔族の存在はあってはいけない。消し去らねばならない。それが決まり。
魔族のところへ足を進める。
魔族はとても強い。魔族が現れるたび被害が出る前に討伐し、時には仲間が亡くなってしまうところも目にしてしまう。そして自分が負けたらこの世界が終わる。沢山の命が失われることになる。
この役割をルイが継ぐのか。とても危ない役割だと言うのに。だが、この役割を押し付けたのは私だ。それを後悔することになるとは思ってもいなかったのも私だ。
危険な役割だと理解して、我は同族や仲間には押し付けたくないと強く思った。だから見ず知らずの人間に負わせた。
まだ3つだった人間の幼子1人に。
酷くか弱い女の子に。
本当に残酷で最悪な師匠だと思う。
人間は脆い。その上愚かで動くたびに感情が付きまとう。冷静な判断を狂わせる。それが自らを自滅に導く。平気で嘘をつき、仲間を裏切り、同族同士で殺し合いをするような連中だ。
我はそんな人間をこの世界の一員には認めていなかったのだ。
ーーーールイとで会うまでは。
人間は大体、名を持つ。人間以外の動物は名を持たない。名を持つものは賢く強いものしかいない。人間は賢く強くなるようにとでも願ってつけているのだろう。
人間以外の動物と人間の名の用い方では大きな違いがある。
人間は誰にでも名乗るが、我々は名乗らない。名を使うのは名前をつける親族と認めたものだけだ。
我は人間の幼子に名を与えた。だが、我は名乗らなかった。
この意味は無知な幼子には分からなかっただろう。だがもう7つだ。様々な知識を持っている。口には出さないが、もう気付いているのだろう。
私は人間が嫌いだったのだ。
それは、ルイと過ごすうちに少しずつ変化していった。
初めは、森に捨てられ可哀想な幼子だと思った。こんな小さな子を捨てるのかと人間の良心を疑った。それだけだ。
だが、その幼子は我らの言葉を理解した。これは面白い。
弟子もいなかった我は幼子を弟子にし、名を与え、我を師匠と呼ばせた。
それからだった。ルイは驚く程聡い子供になった。驚異のスピードで知識を吸収し、あっという間に様々な思考を張り巡らせるようになった。体こそ我らほど丈夫ではなかったが、体や魔法の使い方に長け、戦闘も日に日に強くなっていった。
森の動物たちには隔たりなく話しかけ、仲良く暮らしていた。
これが人間だったのかとその本質に気付かされた。
とても純粋で無垢ではないか。今まで我は人間のことをどう思って生きてきた?。人間はただ生きるためにもがいていただけなのだ。愚かだったのは知能が高く賢いからこそ生まれた結果の側面にすぎない。
そう感じた頃には、我はルイに愛着が湧いてしまっていた。興味心で弟子にしたルイを、子も同然のように愛していた。失いたくなかった。危険な目に合わせたくなかった。かといって、仲間に押し付けるのも違う。決めたからには貫かねばならない。従来のようにちゃんと弟子を複数とっておくべきだった。それならこんなに1人の弟子を愛することもなかっただろう。1人のか弱い女の子である人間の弟子に重い責任を押し付けることにはならなかっただろう。
我の頭の中は罪悪感と劣等感がぐるぐると渦を巻いた。
我はなんてことをしてしまったのだろう。来る日も来る日も眠れなかった。安らかに眠るルイの顔を見ては重い感情に囚われた。
ルイが4つぐらいのことか。我はルイに負わせた責任を詫びたことがあった。
許されるようなことではない。ギャンブルのような危険な道を選ばせ、いくつもある将来の道を1本に縛り付けてしまったのだから。自由になる権利を奪い取ってしまったのだから。
だがルイはそんな時でさえ我を慕い、優しく笑いかけた。その瞳には憎悪の欠片もなかった。意味がまだ分かっていなかったのかもしれない。分かったとて我を恨むことはないだろう。ルイはそういう奴だ。
そんなルイの純粋で無垢な優しさが我の心を溶かしたのだ。
そして我はやはり人間はこの世界の一員だったと思うようになった。
昔話はさておき、今は魔族だ。早く討伐して、ルイの笑顔を見に行こう。この世界が、ルイが、笑って暮らせるように。
こんなことを思わせる位、我はこの先の暗い運命を感じ取っていたのかもしれない。
誤字報告、感想をありがとうございます。