1章 4. 悪夢のはじまり(2)
残酷描写ありです。
「師匠! こっち全部終わりました!」
『よくやった。こちらももう少しで終わる。』
私と師匠は魔族の死体処理を行っていた。
魔族の心臓付近にある小さな結晶を割ると魔族の体はみるみるうちに溶けていく。この結晶は案外脆く、ナイフや剣があればすぐに割れる。「魔力」でできていて、割ると肉体は力を失い、急速に朽ちていくのだ。
心臓付近を何回も突いたせいで手やナイフはドス黒い血がへばりつき、服や顔もすっかり汚れてしまった。
仕方がない。後で洗おう。
立ち上がって師匠と合流した。すると、師匠は突然私を口に咥えた。
「わっ!? 何??」
『静かにしていろ…。』
咥えられた体には師匠の鋭い牙が軽く刺さる。甘噛みだが、それは少々痛い。
『もうそこまで人間が来ている。さっさと逃げるぞ。』
「自分で走れるよ?」
何も子供を運ぶみたいに咥えなくても…。
そう思ったのも束の間。いきなり人間は声をあげた。
「見ろ! 見たことのない魔物が子供を襲っているぞ!」
師匠の言う通り、人間はもうそこまで来ていた。
「え?」
私は襲われてなどいない。そんなのでたらめだ。この世界の王だぞ?。なんて失礼なやつだ。師匠は魔物なんかではない。人間の目はどうなっている!?
怒りがワナワナと湧いてくる。
「師匠は魔物なんかじゃ!!!」
『やめろ。この姿を見て魔物と恐れてもおかしくはない。』
確かに魔族の血がつき、私も師匠もどす黒く染まっている。その上師匠は私を咥えている。噛み付いていると見られてもおかしくはない。
「総員戦闘準備!! 子供を救出するぞ。」
「「「「はっ!!!!」」」」
人間が戦闘態勢に入る。
このままでは攻撃されてしまう!
「師匠まずいよ。降ろして。」
『くっ…。駄目だ。とにかくこのまま行く!』
師匠は私を咥えたまま走り出した。
人間の攻撃もはじまり、あらゆる方向から魔法や弓矢が飛んでくる。
首に深手を負っている師匠は攻撃を避けきれず何発かあたりよろける。
なんで降ろしてくれない?。どうして反撃しない?。これじゃ師匠が!!!。
私は防御魔法を発動しようとした。
『それも駄目だ。堪えろ。このままあの人間たちに連れ去られたいのか?』
そんなのどうでもいい!。師匠を、、師匠を守りたいのに!。
師匠の命令は絶対だ。私は攻撃が当たって師匠の牙に力が入るのを我慢することしかできない。
それでも構わず攻撃は繰り出される。いくら王で強くてもこんなに傷を負っては助からないこともある。正当防衛だ。反撃しても許されるだろう。なのに、なんで!
苦しそうな師匠の瞳をキッと睨む。しかし悔しさから涙が堪えきれずうるうると視界が歪む。
『悪いな。』
何も悪くない。悪いのは、何も考えず攻撃してくる人間だ。
嫌な予感はこうも的中してしまう事を私は激しく悔やんだ。
そのまま師匠は走り続けて、かなり遠く離れた山のふもとの洞窟までやってきた。人間は大分撒いた。
しかし、洞窟に着く頃には師匠はボロボロになっていた。あらゆる箇所から赤い血が流れ、痛々しいその姿は怪我をしてなお、気品さを残していた。
だが、7つしか生きていない私も悟ってしまった。
もう、、助からない。
光の回復魔法が使えれば助かるかもしれない。だが、生憎私はこれっぽっちも適正がない。師匠も魔法が使えるような「魔力」も体力も残ってはいなかった。
師匠は洞窟の一角で私を降ろし、横たわった。
私は横たわった師匠を見てポロリと涙を零した。
「うっ…。あうっぅ……。」
静かな洞窟に私の嗚咽だけが響き渡る。
『泣くな。我の、弟子、なんだろう?』
「ごめんなさい、っ。私、何もっ、ぅっ。」
『お前は悪くない。お前がいたから我は立派な王になれた。お前といる時間はとても楽しかった。』
「うぅぅッ。」
酷すぎる最後だ。私はまだ恩を返せていない。こんなのあんまりだ。なんで師匠が…。私は…。私は…。
『いいか。よく聞けよ。最後の修行だ。聖域の入口から西へ五里、北へ八里進んだところの湖にいるやつの所に会いに行くんだ。そしてこれを見せろ。それで言うんだ…。』
師匠は自分の首にかけていたペンダントを外し、力無い手で私の掌に乗せた。
『がフッうっ。』
「師匠!!」
血を吐いた師匠は真剣な目をしていた。
『ライオネルに任された。ってな、。』
「ラ、ライオネルって…っ。」
『ああ、我の名前だ。』
師匠の名前。王の名前。それを教えてくれるということは絶対的信頼を意味することだった。
「うん…ぅん。わかった。」
『グリフォンに勝ったのだろう?。自信を持て。お前は強い。我がいなくても大丈夫。お前ならちゃんと生活していける。』
「うんっ…。ぅんっ。」
『人間もそう恨むなよ。上手く付き合っていけ。あいつらは恐ろしく愚かで恐ろしく賢いやつだ。お前もそれなんだぞ。この世界の一員でもある。』
「うんっ…。」
『この先どんなことがあっても我はお前の味方だ。ずっと見守ってやる。悲しみと苦しみを乗り越え、立派な王になるんだ。』
「うんっ…。うんっ!」
それだけで十分だ。と言わんばかりに師匠は項垂れた。
そして最後、
『ルイ。愛してる。』
そう言って、師匠ーー十五代目地上界の王は息を引き取った。
悲しみに包まれた空間の中で生涯の幕を閉じたのだった。
「るいも、るいも愛してる。」
そう告げた時、冷たく動かなくなった狼王は心無しか微笑んだように見えた。