1章 3. 悪夢のはじまり(1)
『まずいな…これは。』
グリフォンの背中に乗って帰る途中。強い魔物の気配を察知したグリフォンが呟いた。私もただならぬ強い気配を感じて冷や汗を流していた。
何だ?この嫌な予感は…。普通の魔物ではない。
ゴクリと唾を飲み込む。
『なんか、怖いよぉ。』
『怖い。怖い。』
子グリフォンは寒気に体をブルっと震わせた。
「なんなの、、これ。」
『恐らく魔族だ。ここ50年は現れていなかった。』
『いきなり出てくるなんて思わなかったわ。なぜかしらね。』
『順番が違うということは、無理矢理扉をこじ開けたといったところか。』
「魔族ってどれぐらい強いの?。」
『そうね…。昔、地上界に来る魔族は天族より劣っていたけど、今は…分からないわ。』
『俺達もこんなにまずい空気が流れるのは初めてだ。』
「じゃあ師匠は…。」
『今頃、討伐に行っているだろう。』
私の心の焦りは頂点に達していた。掌は汗でびっしょり濡れ、爪がくい込んでいた。
何か良からぬことが起きる。そんな気がする。いくら師匠が強くても大変なことになるのではないか。そんな考えが浮かんできて、私の心拍数はスピードを増していく。
「お願い。師匠のところに連れて行って。」
『おいおい。魔族のところに行くのか?王に任せた方が安全だ。』
『そうよ。足手まといになってしまうわ。』
そんなこと分かってる。でも、駆けつけずにはいられない。だから!
「それでも!!お願い。遠くで見守るだけでいい。」
私は久しぶりに森を怖いと感じた。それも1番強く。
空が厚く真っ黒な雲に覆われていき、不穏な空気が漂う。雲がゴロゴロと音を鳴らし、風もゴーゴーと吹き始める。森のいつも賑やかな動物たちの気配はピタッと止み、辺りは静寂に包まれていた。
『少し近づくだけだからな。子供たちは置いていく。』
『私は子供たちといるわ。』
「うん!!ありがとう。」
子グリフォンたちと別れ、魔族がいるであろう師匠の元へ急ぐ。近づくにつれ邪悪な空気が濃くなっていき、息苦しくなる。
師匠…。
『いたぞ。数が多いな。1、2、…10匹はいるな。』
「.........ッッ!!!」
魔族が視界に入った瞬間、背筋が凍った。こんなにも恐ろしいものなのか。顔からサーっと血の気が引いていき、無意識に体はぶるぶる震える。
『待て。あれはなんだ。』
そう言われ、視界をずらす。森の中を進む小さな影達。
あれは…
「に、にんげん!?」
正気だろうか!?。こんな時に何をしているのだ!?。影達は師匠と魔族の方へ進んでいる。
まさか討伐しようとしているのか?。そんなの無鉄砲すぎる。師匠の邪魔にしかならない。どうする?このまま放って置く訳にもいかない。確かに人間は強いものは強い。しかし魔族は流石に桁違いだ。人間だけで勝てる相手ではない。師匠が全部倒し切るまでは近づかせてはならない。かといって、無理矢理止めれるかは分からないし、人間を無闇に傷つかせる訳にもいかない。
私はどうすればいい?何が出来る?冷静になれ。冷静に…。
師匠が早く倒すのを待つしかない。何もできない…。
情けなさすぎる…。
次期王なのに、後を継ぐって決めたのに、世界のピンチに何も貢献できない。ああ、駄目だ。こんな自分じゃ…。
『王が討伐成功したようだ。』
グリフォンの一言は私を現実に引き戻した。
そうだ。師匠は強い。負ける訳がない。早く倒せるって分かってるじゃないか。
ほっと安堵の息を漏らす。
「師匠のところに行こう。人間が来てるって言いに行かないと。」
『そうだな。承知した。』
ーーーー私とグリフォンは師匠の元へ飛び降りた。
「師匠!」
『駄目だ!来てはならん!!』
「…え?魔族は討伐したんじゃ、、」
『ルイ!!後ろだ!』
「ッ!?」
気付いた時にはもう遅かった。死んだと思っていた魔族の一人が後ろの死角から迫っていた。魔族の鋭い目からは溢れんばかりに殺気が放たれている。武器も魔法も手に取るには間に合わない。
殺される。
頭の中は絶望と後悔に包まれた。
『ッ!』
ブシュッ!!!! 赤い血が吹き散らかる。
ザッ!!!!
「え。」
予想していた痛みはない。ただ大好きな師匠が前に立っていた。
パタッ。
ドス黒い血を流しながら最後の魔族は倒れた。
『全く、困った弟子だ。』
そう言って師匠は振り向き、優しい笑みを作った。
その瞳には安心と喜びを写していた。
「し、師匠。ごめんなさい。」
『言うことが違うぞ。ルイ。』
「……助けてくれて、ありがとう。」
振り向いた師匠の首には私を庇い魔族に切り付けられた大きな傷があった。深い傷口からはドクドクと赤い血が流れ出ている。
私のせいだ、、私が傷つけて、、
『違う。お前は悪くない。このぐらいの傷なんてすぐに治る。』
師匠が私の考えを読むように否定する。
「で、でも…。」
『傷つけたのは魔族。そうだろう?』
「うん…。そうだね…そうだその通りだ。」
『反省するのはいい事だ。だが、根に持っちゃ駄目だからな。』
「はいっ。」
私は師匠に抱きついた。師匠も私の頬を擦り付ける。
いつも師匠には励まされる。私の硬い心を溶かして行く。やっぱり師匠は違うな、とつくづく思う。私を身を呈して守った師匠のことをより厚く尊敬した。
『王。人間がこちらへ向かっております。』
『そうか。分かった。ルイが迷惑を掛けたようだな。すまない。』
『いえ。ご無事で良かったです。』
グリフォンも無事を確認できて安心したようだ。
「師匠。早く帰って傷の手当を…。」
『いや、まだだ。魔族の処理が終わっていない。このままだと、ここに魔物が押し寄せてしまう。ここはかなりの動物の住処だからな。』
『左様ですね。』
そうだ。ここには沢山の動物がいる。私の友達もかなりいる。人里だって近い。そんな所に魔物を誘き寄せてはいけない。
『グリフォンは子供たちの元へ戻ってやれ。妻子だけでいるのはさぞかし心細いであろう。』
『そうします。ありがとうございます。』
『ルイ。お前は我と魔族の処理をするぞ。』
「はいっ。」
私は早速処理に取り掛かろうとする。
すると、師匠は再びこちらを向いて言った。
『あと帰ったら「お祝い」、だろう?』
「…!!。はいっ!!!」
どんなことがあっても見守ってくれていると実感して、自然と笑みが零れた。