第九編〜第十一編
第九編 神秘
この世界があまりにも貧しいとき
死すべき運命の私達にはなんの光も見えまい。
わたしは知っている。この無力が本源的なものであることを。
そして、この世の困窮を救うことなど出来ないのだと知ったとき、
人はある日その内面に深く降りていって沈潜し、
魂の鉱物楽土を構築しようともがくのだろう。
私たちはこうした魂の暗夜にあっても
かの神秘な人と共に、生きている精髄があることを知っている。
生きている愛の髄液があることを知っている。
しかし、運命がそうと断罪するならばあえて、逆らわぬがよい。
私たちは運命を恐れて囚われまいと逃げまどうるからこそ
かえって、運命の網の手に落ちてしまうのではないだろうか?
第十編 青春の夢
運命の意図に従うときそれはクモの糸のようにやさしく我等を包む。
だがなぜだ?私達の身の苦しさがもう、耐え難いほどなのに
なぜ恩寵が与えられないのか?
死への希求が生の前面を覆うとき
私たちになぜ永遠の言葉がいどまないのか?
求めたのは酔いだ。私の求めたのは深い酔いだ。
都会の夜の下で心の壊れた私は酔いしれるしかなかった。
だが、この現存界では運命を受け入れたものだけが生かされる。
そして、超越的な反逆に身をゆだねたものには
悲惨と破滅が命ぜられるしかないのだ。
第十一編 憧憬
若者がいつの日か、その故郷を離れて
どこともなく旅立つのはなぜだろう?
老いた父母も振り捨てるようにして、
懐かしい大地も見知った人々も残して
ずっと昔のこと、この村に一人の若者がいた。
ある日若者は広い世界を見たいと村を出た。
1年たっても2年たっても戻ってこなかった。
5年たっても、10年たっても。
ある秋の午後、一人の老乞食が村に現れた、
村日は怪訝そうに見つめあった。
そうしてやがて村人は知ったのであった。
そのみすぼらしい老人こそ昔この村を飛び出したあの若者であったことを。
村の古老は訪ねた。
一体何処へ行き何をしていたのかと。
老人は答える。
いたずらに放浪の中で人生を浪費しましたと。
たとえ話は若者には通じないだろう。
いつだって若者は冒険を求める。
あの蒼い地平の先になにが待っているのか。
水色の彼方への出発を今にも決心するしかないからなのだ。