第2話 メリエス様、背後を取られる
本日2話目です。これ以降は基本的に1日1話更新で行こうかと思います。
「よくご決断なされました! メリエス様の成長ぶりにはこのジレ、感動の涙で前が見えません……およよよよ」
そう言いながら俺は来ていた服の袖で涙を拭おうとしたが、まったく袖は濡れることなかった。
よく考えたら俺は極度のドライアイだった。
今すぐにでも目薬が欲しい所だが、今はタイミングが悪いので我慢することにする。
「ウソ泣きはやめい。それでパレードの件じゃが……」
メリエスはそんなことを言いながらそわそわし始める。
あぁ、今日は色んなメリエス様が見れて本当にいい日だなぁ。
とそんなことを思いつつ俺はメリエス様に真実を告げた。
「パレード? えっ? やりませんよ」
「……えっ?」
「いや、だってそんな暇はありませんよ? こんなクソ辺境の領地をフェアリーメルト国の首都に作り替えなければならないんですよ? それとも旧ドランゼス国の首都に引っ越しますか? 薄気味悪い上に周りは敵だらけですよ?」
薄気味悪いというのはあくまで俺の主観に過ぎないが、周りが敵だらけというのはあながち間違ってはいない。
だって、主を引きずり落とした新しい魔王が魔王城寄こせって言ってくるんだよ?
もちろん強き者に従うって魔人もいるだろうが、旧魔王に忠誠を誓ってた魔人はそれ以上に多くいるはずだ。
かかってくるならかかってこいや系の魔王なら居心地抜群の一等地になるだろうが、明らかにメリエス様はそのタイプではない。
メリエス様は魔王城の奥でぷるぷる震える系の魔王だと俺は思う。
……いや、待てよ。
(……それはそれでめちゃくちゃかわええ気がする)
いやいや、イカン。
いくら可愛くてもぷるぷるだけではバリエーションに欠ける。
一時の感情に流されて悪手を打つような俺ではないのだ。
「おい、ジレ。貴様、何をニヤニヤしておる?」
「いえ、なんでもありません。やはり、ぷるぷるはナシの方向で行きましょう」
「なんじゃ? ……ぷるぷるとは?」
「いえ、こちらの話です。とにかく引っ越しはできないので、フェアリーメルト国の首都はここに置く必要があります。パレードを楽しみにしていた所、申し訳あり——」
「——楽しみになんかしてないわい!」
いや、絶対してたじゃないですか?
と意地悪を言いたいのは山々だが、忙しいというのは紛れもない事実なので俺は話を先に進めることにした。
「あとパーティーも内々で適当に済ませましょう。あっ、大丈夫ですよ。こちらは1年後にでもメリエス様就任1周年記念パーティーを大々的に開く予定ですので」
「べ、別に楽しみになんかしてないからな!——で、都市の建設以外には何をするのじゃ?」
そうメリエス様に問われた俺は「ふふふ」と意味深に呟くと、待っていましたとばかりに大きな声で高らかに言い放った。
「ふはははは! やつは四天王の中でも最弱! 貴様の強さなど魔王様の足元にも及ばぬわ!」
ババンと決め台詞を吐いた俺をメリエス様は可哀想な物を見るような目で見てきた。
うん。これはちょっと違うな。
「どうしたのじゃ? 遂に逝ったか?」
メリエス様は残念な物を見るような目で俺を見るが、もちろん俺は正常である。
そんな目で俺を見るのはやめて頂きたい。
ちょっと言ってみたかっただけなのだからそこは可愛い無邪気な笑顔で迎え入れてほしかった。
「ゴホン、つまり私が言いたいのは残りの四天王を集めましょうという話です」
「おぉ、四天王といえば例のアレか」
そう、例のアレです。
魔王軍といえば四天王。四天王といえば魔王軍。と切っても切れないアレである。
「どうせお前は四天王筆頭とかなのじゃろう?」
「もちろんです。メリエス様を最も敬愛している私こそが四天王筆頭に相応しいのは自明の理です」
「まぁお前が一番強そうじゃしなぁ。魔王を倒して来るくらいじゃし」
「何を仰っているのかまったく分かりませんが、現状で私がメリエス様を除けば一番強いのは確かですね」
メリエス様の鎌かけを華麗に躱すと、メリエス様から「チッ」と下品な舌打ちが聞こえた気がするのはきっと俺の幻聴だろう。
「じゃあとりあえず兄上と姉上を呼ぶかのぅー?」
「却下ですね」
即座に俺はメリエス様の意見を真っ向から反対した。
理由は簡単。
姉のマーシャ様はともかく上の兄は本当にいらない。
大して強くもなければ上から目線が鼻につくイケすかない野郎選手権というものが存在するのなら間違いなく世界を取れる逸材だ、アレは。
だというのにメリエス様は話を聞いていなかったのか更に俺に提案してきた。
「では兄上だけでもどうじゃ? 兄上ほどの剣士はフェアリーメルト領内を探してもそうはいないはずじゃ」
そして、更に気に食わないのがメリエス様はアレをけっこう慕っているという点だ。
メリエス様の実の兄でさえなければあの時にでもトドメ刺していた事だろう。
といけないいけない冷静にならなければ。
「剣士に関しては私に少し当てがありますので、兄君にはご遠慮して頂きましょう。四天王にそんなに剣士ばっかりいらないですし」
まぁ個人的には適性があるなら俺以外全員剣士でも一向に構わないが、そうでも言わないとゴリ押ししてくる可能性もあるので、俺はそうメリエス様に釘を刺し、さっさと話を前に進めることにした。
「そうと決まれば行きましょうか」
「えっ? どこへじゃ?」
どうやら愛しのメリエス様は話を聞いていなかった様だ。
そんな所も可愛いメリエス様に俺は優しい口調で答える。
「だから四天王の勧誘にですよ」
「都市の建設とかの話はどうなったのじゃ?」
メリエス様は呆れと心配そうな目で俺を見るが心配はご無用である。
なぜならそれには既に相応しい人材を用意してあるからだ。
そして俺はやつを召喚すべく大きな声で叫んだ。
「来い! アールワン!」
……………。
だが、何も起きない。
「おい、何をしておる……っておわぁ——!」
突如自分の身に起きている事態を把握したメリエス様は大きな声を上げて固まった。
何も起きていないと思われたメリエス様の執務室に一人の女が立っていたのである。
それもメリエス様の背後でメリエス様の細い首筋に一本のナイフを添えながら。