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柳瀬千紗都のプロデュース  作者: 青山竜祐
第二話 減らしたろ
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減らしたろ 3

 部活動として行うのでそろった面子は五人。二人より五人のほうがにぎやかでいいだろう。

 一番上機嫌だったのは千紗都だった。

「どうしたんだ、さっきからそわそわしてさ」

「蒼介が自主的に提案して部活動に励むなんて、ようやくNDDの一員としての自覚が出てきたのね」

 そういうつもりではないんだが。

 俺が今日なにをするつもりなのか、誰にも言っていないから千紗都は楽しい想像を膨らませていた。

 これで新潟に関連していなければやつの噴火は避けられない。

 これからやろうとしていることは関連しているから大丈夫だとは思うが。

 俺たちが集まったのは新潟駅南口側にあるスーパーマーケットだ。ここでこれから食材を買うわけだが、誰かの家でパーティーじみたことをするのはやはりワクワクするものだと思う。ささやかな緊張感があるものの、仁菜ちゃんが俺の家に来るなんてとんでもなく嬉しい。

 俺は先ほどから大人しくしている仁菜ちゃんに声をかける。

「仁菜ちゃんは誰かの家に行くことってある?」

「中学生になってからあんまりです。高校生になってからは一度もありません」

「え、じゃあ俺が初めての相手ってこと?」

「はい、そうです」

 仁菜ちゃんの初めてをゲットできるなんて俺は最高についている。

「なに馬鹿なこと言うとんねん!」

 安寿香が俺の後頭部をたたいた。

「いてえよ、手加減しろ。脳みそがぐちゃぐちゃになったらどうするんだよ」

「キモイ例え方すな!」

 だから痛いって。

 ともあれ俺たちは店内に入り、食材をかごに入れていく。

「野菜ばっかりやな」

「お前に健康食を摂らせるためだ。ありがたく思え」

 野菜を一通り入れると、亘希さんがつぶやいた。

「なるほど、あれを作るんだ」

 さすがは亘希さん。東京の出なのによくわかるものだ。

「あ、お気づきでも黙っててくださいね。安寿香や千紗都にはサプライズのつもりなので」

「でも、柳瀬さんはともかく住吉さんも食べたことあるんじゃない?」

 そう言われて安寿香は買い物かごの食材を頭の中で調理し始める。

「わからんわ」

「ならいいさ、そのほうが都合いい」

 面子がばらけ、安寿香と二人で精肉売り場へ移動する。鶏肉を選りすぐっていると、安寿香が言った。

「肉入れるんか?」

「俺は鶏肉を入れたい派だ」

「また肉がつくやろ」

「鶏肉は体にいいんだ。黙って食ってろ」

 五人分の量を考えて手ごろな大きさの肉を選んだ。

「なんや、その」

「どうした?」

 安寿香は言いよどむ。

「そのな……こうしとると、し、しんこん――」

「蒼介、これも買うわよ!」

 どこに姿を消していたのかと思っていたが、千紗都はもも太郎を大量に抱えては野菜や鶏肉の上に次々に積んでいく。

「お前、今日はアイスを買いに来たわけじゃねえぞ」

「いいじゃない。作るのはデザートじゃないのよね。だったら食後にみんなで食べましょう」

 家の冷凍庫に空きがあるから、買う分には大丈夫だが、こいつは小学生みたいな行動をするから困る。

「ほんとにガキだよな。なあ、安寿香」

「ぶち壊しや……」

 千紗都は仁菜ちゃんの手をつかんだ。

「ほらニーナ。あなたもなにか買いたいものがあるでしょ。新潟のものならなにを買ってもいいわよ」

「わたしもですか?」

「なになに。ニーナはもも太郎が食べたいの? じゃあ取りに行きましょう」

「言ってませんよっ」

 千紗都は仁菜ちゃんと再びアイス売り場へ行った。

 あいつ、もも太郎中毒に陥ったな。

 あれは自然と治まるものだから放っておこう。

 食材は部費を使って、と言いたいところではあるが限りがある。それを四月のうちから使うわけにもいかず、俺たちは全員で出し合った。一人あたりの値段もそんなにしないから文句は言われなかったが、みんなに出してもらった分は満足させるようにしなくてはならない。

 俺の家は新潟駅からほど近いところにある。もうすぐ着くとみんなに言うと仁菜ちゃんは驚いていた。

「阿久津先輩は都会の人なんですね」

 都会の人という響きはなかなか気持ちがいい。家はただのアパートなんだけど。

「でも、突然お邪魔しておうちの人に迷惑じゃありませんか」

「大丈夫だよ。そもそも、うちの人って佐渡だし」

「あ、そっか」

 仁菜ちゃんは一度納得したものの、すぐにまた疑問に思うところがあったようだ。

「ということは、阿久津先輩は一人暮らしなんですか? だったら寮に住むものだと思うんですけど」

「ニーナ、蒼介は女の人と同棲しているのよ」

「え?」

 千紗都は仁菜ちゃんをからかうように言った。仁菜ちゃんは目を回し始める。俺は誰よりも仁菜ちゃんに誤解されたくない。

「あのね、仁菜ちゃん、そうじゃなくて――」

「同棲ちゃうわ! 蒼介の同居人は姉や!」

 息も絶え絶えにする安寿香。

「ニーナ、蒼介の彼女やないで。蒼介の姉ちゃんが一緒に住んでいるだけや」

「わ、わかりました」

 鬼気迫る安寿香に怯えた仁菜ちゃんは千紗都の後ろに隠れる。

「姉ちゃんには許可をもらってるから、気にしなくていいよ」

 アパートに着くまで安寿香は常に興奮していた。珍しく仁菜ちゃんは俺よりも安寿香を避ける。

「やっぱり蒼介の家は大きいわね」

「いや、このアパートの一室だからな」

「それをわかって言ってるのよ」

 オートロックの入り口をくぐり、エレベーターに乗り込む。四階に到着するとはしゃぐように千紗都が駆ける。

「お前は子供か」

「他人の家ってわくわくするじゃない」

 どちらかと言えば緊張するほうだから同意しかねるぞ。

 千紗都と安寿香は来たことがあるが、亘希さんと仁菜ちゃんは初めてだ。だから彼らの感想は率直に嬉しかった。

「きれいなお部屋」

「広々としていいね」

 うちは九畳のダイニングキッチンに四畳半の寝室。バストイレ別であり、バルコニーがある。すべて姉ちゃんの希望だった。

 初来客の二人はそれぞれ目を輝かせている。

 それに対して落ち着かない安寿香と物々しい顔をする千紗都。

「千紗都はなにを怒ってるんだ?」

「怒ってないわ。どうしたものかと悩んでいるのよ」

「人の家に来てなにを悩むんだよ」

「こんなにいい部屋に安い家賃で住める。しかも駅裏とはいえ新潟県の中心の新潟駅から徒歩ですぐよ。こんな好条件に住めるなんて新潟はいいわね、と思うと同時に土地代が安くみられるようで、政令市の名が泣く気がして冷や冷やするのよ」

 お前は経済学者か政治家なのか?

 ってか、お前は俺の家の家賃を知っているのかよ。

「こんないい部屋に住んでいたら、他のところじゃ満足できないんじゃない?」

 亘希さんはキッチンを覗きながら言った。

「それはあるかもしれませんけど、さすがに将来一人暮らしを考えるならここより狭いのは覚悟の上ですよ」

「真面目に言うけど、蒼介が住みたいだろう東京のいいところは、六畳一間でここより高いよ」

 四畳半でも高いかも、と付け加えた。

「それは言い過ぎじゃありません?」

「さあ、どうだろうね」

 久々に亘希さんが怖い。この人は千紗都寄りだからな。俺がいつか千紗都から解放してやっぱり地方より東京と思わせてあげないと。

 当初の目的を忘れそうになる。

「俺が料理するから、みんなはテレビを観るなりゲームをするなりくつろいでくれ」

 遠慮のない千紗都は、姉ちゃんお気に入りのソファに体を預けている。

「本当に阿久津先輩が作るんですね……」

 しょうがないけど、仁菜ちゃんは俺を疑っていたのか。

「ニーナ、蒼介の料理は美味しいわよ。一年のときによく食べたけど、この顔からできるとは思えないほどのものが出てくるわ」

 顔は余計だ。

「去年の調理実習なんて、慌てふためく安寿香が蒼介に助けられてたもの。あのときの安寿香ときたら滑稽だったわね」

 笑いが止まらない千紗都をよそに、安寿香は照れたように顔を赤くしていた。

「あれは……」

 安寿香は俺を一瞥した。

 あのときのことはよく覚えている。とにもかくにも、あのときの千紗都はクズだった。

 千紗都以外の四人が居たたまれない空気にいる。それを壊してくれたのは亘希さんだった。

「蒼介、僕も手伝おうか?」

「そうですけど、お願いしていいんですか?」

「むしろ、この広いキッチンで料理をしてみたいな」

「それならお願いします」

 俺と亘希さんは下準備をして野菜を刻んだ。

「やっぱりいいわね」

 そういったのはソファで足を組み、目を閉じている千紗都だった。

「なにがええんや?」

「男二人に料理をさせるのがよ。それも新潟の伝統的なものを。すごく心地いいわ」

「前々からやけど、ちいはお嬢様志向が強いな」

「前々からってなによ」

「それはそうと、ちいは蒼介が作るものがわかっとんのか?」

 千紗都はゆっくり目を開けた。

「あの食材選びでわからないあたしじゃないわ」

「ニーナもわかるん?」

 仁菜ちゃんは顎に指を添える。

「たぶん、あれだと思います。おばあちゃんがよく作りますね」

「知らんのはウチだけかいな」

 スーパーでの亘希さんの口ぶりから、きっと寮で提供されたことがあるに違いない。千紗都曰く、八千代高校はけっこう地産地消や伝統を重んじているらしい。こんなわけのわからない団体が部として見られているのも、部活の方針からだと俺はにらんでいる。

 よし、と俺は一息ついた。

「できたぞ」

「待ってました」

 千紗都がキッチンまで身を乗り出した。

「すぐにそっちに持っていくって」

 棚から鍋敷きを取り出し、千紗都に持たせる。

 人数分の器と箸も用意する。主役は最後に運んだ。

「なんやこれ?」

「『のっぺ』だ」

 里芋、ニンジン、レンコン、ゴボウなどの野菜に、こんにゃくやかまぼこを投入。シイタケの出汁は味も匂いも小さい頃は苦手だったが、今は味わい深い風味を感じられる。だが俺はこれだけでは物足りず、鶏肉は絶対に入れる。特にもも肉を使ったときの食感は豊富な野菜たちの中で存在感を増す。

「ごった煮ちゃうん?」

「違うわよ!」

 千紗都は咳払いをする。

「新潟の伝統料理の一つよ。様々な野菜を小さく刻んで煮込んだ料理なの。鶏肉を入れるときもあれば入れないときもあるわ。名称はのっぺ以外にも『こにも』などと呼ばれるの」

 俺はみんなの器によそう。

「ぶっちゃけ、高校生が集まって食べるようなもんじゃないけど、今日の議題は安寿香の食事改善だからな。体にはいいもんばかりだから、よく噛んで食べろよ」

 そういって安寿香に器を渡す。みんなの分が用意されると千紗都はなにか語りだそうとする。

「新潟の家庭の伝統的な――」

「いただきます」

 俺に合わせて三人も「いただきます」と言って食べ始める。

「ちょっと! 大事なところよ!」

「めっちゃ美味いやん」

 安寿香は二口、三口と掻き込む。

「よく噛めって言っただろ」

 一杯目を早くも食べ終えた安寿香。

「やっぱり蒼介は料理上手やな」

「僕もびっくりしたよ」

「わたし、料理できないから凄いと思います」

「さすがは我らがNDDの一員ね」

 みんなが次々に俺を褒め称える。部活が始まって初めてのことではなかろうか。

「いやあ、それほどでもないさ」

 安寿香に手を差し出す。

「なんや?」

「おかわりいるだろ?」

「な、なら頼むわ」

 二杯目をよそってやると安寿香は器を包むように持つ。

「なんや、ちいの気持ちがわかるわ」

「そうでしょ。蒼介はいい主夫か家政夫になれるわ」

 あ、料理人ではないんだな。やべえ、てっきり俺はプロレベルだと思われてんのかと。いや、全国の主夫の方々を馬鹿にするわけじゃないんだが。

 安寿香は器をまだ見つめていた。

「どうした? 食べないのか?」

「その、ごめんな」

 安寿香が急に真面目な口調で頭を下げる。

「なにがだよ」

「みんなに心配かけてしもうたやろ。今度ダイエットするときはほどほどにしとくわ」

 そういって笑った安寿香に俺たちも笑った。

「当たり前のことをしただけよ」

 もも太郎を片手に千紗都は言った。こいつ、いつのまに取り出したんだ。

「新潟県民の根底にあるのは人情の深さなの。誰かが困っていたら手を差し伸べる。それこそがあたしたち新潟県民が一番に思う誇りよ」

 唐突ながら、俺はちょっと感動してしまった。

 こんなやつだから、いつも振り回されても、みんな共にいるのだろう。

「そもそも新潟県民の他人を想うことについては江戸まで餅を搗くと言われるほどに――」

 うんちくを挟まなければ格好いいのに。

 俺たちは彼女の語りを無視して口に広がる風味を味わい続ける。



 千紗都の中で一時的なもも太郎ブームが終わったらしく、見せつけるように食べていたあの頃を見かけなくなった。だが、アイスにはまってはいるらしい。

「最近、ソフトクリームが美味しいのよ」

 千紗都は新潟駅中にある店にはまっているらしい。俺も食べたことがあるがけっこう美味い。搾りたてのよさを存分に感じさせる。

 感じさせるのだが……。

「今度みんなで行きましょう。新潟県内の乳牛のアイスなんだから、部活として行くべきよ」

 俺は以前に撮った千紗都とのツーショット写真を眺める。不愛想な千紗都と慌てる俺の二人が写っている。すでに懐かしさすらある。

 そう、それくらい過去のようだ。

「なあ、千紗都」

「なによ蒼介。さっそく今にもすぐにでも行きたいって?」

「お前、太った?」

 千紗都は氷のごとく固まった。

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