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柳瀬千紗都のプロデュース  作者: 青山竜祐
第二話 減らしたろ
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減らしたろ 2

 翌日、教室で安寿香に会うと、彼女の目が燃えていた。

「どうしたんだ?」

 安寿香は俺を睥睨する。

「ウチは決めたんや」

「なにを?」

「昨日、体重計に乗ったんや」

「ほう、それで」

「そしたら思いのほかメーターが上昇してな……って、なにを言わすねん!」

 本日一発目のツッコミ、及びビンタをいただきました。

「安寿香が勝手に、ってのは置いておいてやるよ。それで結局なにを決めたんだ?」

「脂肪燃焼や」

「つまり、ダイエットか?」

「今日からウチは鬼になる」

 昼時になると安寿香は弁当を食べようとしなかった。

「昼はどうするんだ?」

「食べへんよ。食べてしもうたら、またメーターが上がってしまうやろ」

「いつまで続くことやら」

 五時限目に安寿香から腹の虫らしき音がなったが、あいつは顔を赤くするだけで認めはしなった。たぶん、「屁でもこいたか?」と言ったら授業中でも手痛いツッコミを受けるのだろうから口は閉じていた。

 放課後になると安寿香は部室に行こうとしなかった。

「どうするんだ?」

「さっきちいに訊いたんよ。いい運動方法といえばあれよって言われたねん」

 部室についてから千紗都に尋ねる。

「お前、安寿香になんて言ったんだ?」

「ダイエットのこと? それなら砂浜ダッシュよ」

「砂浜?」

「関屋浜あたりを走り続けるだけでもかなり足腰が鍛えられるわ。きっと一週間もすれば安寿香の両足はパンパンに膨れ上がるわよ」

デカくなったら駄目だろ。

 俺が蒔いた種なので安寿香のご機嫌を窺おうと浜辺へ足を運んだ。

 新潟島の浜辺が長いとはいえ、歩き続ければ見つけられると思ったのだが、走っているのは部活に励んでいるどこかの高校生ばかりだった。

 波打ち際の爽やかさにしばらく滞在をしてもよさそうだが、安寿香をないがしろにするわけにもいかず、来た道を引き返す。

 連絡をしても返事はない。

「あいつ、どこに行ったんだ?」

 まさか、遠方まで浜辺伝いに走っているわけじゃないだろうな。

 さすがの俺も新潟県の海岸沿いがどれほど長いものかは知っている。

 そもそも新潟県が終わったらそこにあるのは富山か山形だ。

 勢いあまって日本一周しかねない。

 半ば諦めて万代まで戻ってきた。一度部室に戻るか、もしくはこのまま帰宅するか。第三の案、万代をブラブラするか。

「安寿香が頑張ってるのに俺だけ楽しむなんて、あいつに悪いよな」

 頭上の高いビルたちをよそに俺はラブラの地下へ。家に残っている食料はあとわずかだったはずだ。

ラブラの地下にある食料品売り場はあまり大きいとは思わないが、種類が豊富なのと、なによりデパ地下であることが都会好きである俺の心に突き刺さる。買い物かごを手に持つ。野菜売り場を目標にすると、道中見知ったやつがいた。

「……おい」

「そ、蒼介」

 俺と同様に買い物かごを持つ安寿香がいた。かごの中は菓子類、アイスと溢れている。

「お前、なにやってんだよ」

「いやあな、もも太郎が美味かってん。ほんでもう一本な」

「物量が違いすぎるだろうが。しかもアイス以外もあるじゃねえか。あからさまに食事制限をするやつの買い物かごじゃねえよ」

「ウチだって辛いねん!」

 逆ギレ!?

「ウチかて、ほんまは……ほんまは!」

 安寿香は俺のからっぽだったかごを取り上げ、自分のものを俺に突き出す。

「蒼介、ウチのほんまもんの本気を見せたるで」

 大量の菓子を置いて安寿香は食品売り場を後にする。

「おい、これ俺に戻せってことか?」

 たった一言でここまで振り回される。

 俺は自分の失敗をいたく後悔する。



 数日たったころ、目に見えて安寿香は痩せていた。いや、やつれていた。

「安寿香、ちゃんと食ってるか?」

 はへ? と正常な人間の返しとは思えない声を漏らした安寿香。

「昼飯食ってないだろ、朝と夜くらいは食べてんのか?」

「食べとるよ」

「なにを?」

 こういうやつは野菜しか食べないとか、ご飯半盛りとかに決まっている。

「汁や」

「は?」

「味噌汁」

「お前、それは食ってるじゃなくて飲んでる、だろ」

「馬鹿にせんといてや。味噌汁は栄養満点なんやで」

「満点じゃねえよ! 欠陥だらけだっての! 満点ならみんな味噌汁しか摂取しねえよ!」

 せめて豚汁と言え!

 安寿香は本日も昼食を取らずに放課後を迎えていた。きっとこの分では夕食もまともに取らないつもりだろう。

 今日は部活をせずにこのままどこかへ出かけてもいいかもしれない。なにか食べたほうがよほど健康的だ。

「部室行くか?」

 廊下を出たところで俺は問いかけるが、安寿香は反応しなかった。

「安寿香?」

 教室の出入り口の扉に手をついたかと思えば、そのままへたり込んだ。

「おい、大丈夫か?」

 顔は青ざめ、体の肉は太いとか細いとかではなく、かろうじて骨にくっついているかのようだった。

 触れれば折れてしまいそうなほどに弱々しい。

「ったく、手を煩わせやがって」

 安寿香を背中に負ぶった。



 安寿香を保健室へ連れていき、とりあえずその場は保健の先生に任せた。その間に近くのコンビニでおにぎりやサンドウィッチなど腹にたまりそうなものを買い込む。

 保健室に戻ると安寿香はまだ寝ていた。手近にあった椅子を借りる。

 このまま安寿香を放るほど俺は非情な人間ではない。こうなった根本が自分にあると思えば放っておくことはためらわれる。

 なにより、いつもは小うるさいやつが大人しく寝顔をさらけ出す姿というのは……弱みを握る絶好の機会だ。

 先生がどこかへ行ったら写真を撮るか。

 気持ちよさそうに寝息を立てている安寿香を見て、俺は中学生の頃に自分も減量しようと闘っていた時期があったことを思い出した。

 俺の学校では一時期だが細い男子がモテるという話が流行していた。というのも一ヶ月の間に三人の男子に彼女ができ、その全員に共通していたのがほどよく筋肉のついた細いやつらだった。

 モテるためにやせるのは恥ずかしくもあるが、男子が全員挑戦していたから、むしろやらないほうが目立つので俺も挑戦しようとした。

 当時は運動部に所属していたから十分に運動をしていたのに、加えて筋トレをし、食べる量を減らすのは苦痛の日々だった。だから俺は二日でやめた。しかもやっていたその二日間も食べる量を少し減らしただけ。筋トレにいたっては家族から「それだけ?」と突っ込まれる。

 安寿香の細い顎は、俺とは比べ物にならない気概を持っていたことがよくわかる。

 そもそも元々がやせすぎなのだ。少しくらい肉づきがよくなったほうが七面鳥みたいでお得感がある。

 椅子の足が動く音がすると保健の先生が俺に声をかける。

「ちょっと職員室に行ってくるから、なにかあれば呼びに来てね」

「わかりました」

 先生が扉を閉めると俺はこのまま居続ける居心地の悪さと退屈さが嫌になり始める。

 先ほどの計画を実行しようとスマホのカメラを起動させる。

「ん……」

「うおうっ」

 驚いて椅子から立ち上がるが、安寿香はまだ寝ていた。

「びっくりさせるなよ」

 さて、撮るか。

 画面に映る安寿香の寝顔はペンで落書きしたくなる。その気持ちを抑えつつ俺はシャッターを切る。

 思いのほか部屋中に響くシャッター音。それは彼女の邪魔をしてしまったらしい。

「……蒼介?」

 安寿香は片目を開けた。

 俺はカメラを構えた出で立ちのまま固まってしまった。その挙動に彼女は気づいてしまったようだ。

「そ、蒼介、ウチの寝顔を撮ったんか?」

「これはその、アレだ!」

「どれや!」

 ああ、うう、とうなってようやく出た言葉は、

「お前のダイエットが成功したビフォーアフターのためだよ」

 ヤバい、なんか弱みを握ろうとした言い訳にしか聞こえないような。

 安寿香は上体を起こす。

「蒼介がウチの寝顔を……」

 頬が赤らんでいる安寿香。

 なんにせよ、なにごともなければそれでいい。

「ほら、これやるよ」

 買ってきたばかりのおにぎりなどの食料を彼女の足の上に落とす。かけ布団が小さく空気の抜ける音を立てた。

「ダイエット成功おめでとう。さあ、食べたまえ」

「ウチ、やせた?」

 安寿香はやせたと言ってほしそうに訊いてくる。

「やせた、やせた。メディアシップみたいなナイスバディだ」

「なにを言うとんのや」

 安寿香は俺の腰をバンバンたたく。

 たとえた俺もよくわからないんだが、安寿香が喜んでいるならなによりだ。

「悪かったよ」

 俺が言うと安寿香はキョトンとしていた。

「その、安寿香は太るとか、そういうの気にしないもんだと思ってた」

「ウチかて乙女なんやで」

 気の利いた言葉が思いつかない。俺は手探りでなんとか誉め言葉を考える。

「あ、安寿香の」

 ふっと頭をよぎったのは寝ていた彼女だった。

「安寿香の寝顔、きれいだったぞ」

「なっ」

 安寿香はかけ布団で顔を覆い隠した。

「いきなりなに言うねん」

「いや、それはほめ」

 いかん、褒めようとして、と言えばお世辞に思われる。

 かといってこのまま黙るのも耐え難い。

 安寿香はもう一度聞きたいのか、顔の上半分を布団からさらした。

 単純に褒めるのって照れる。

 俺はそんなイケているメンズみたいにうまくやれる自信もない。

 困った俺の目に入ったのは、安寿香にあげた食料だった。

「お詫びだ!」

「へ?」

「安寿香にお詫びとしてなにかしてやる」

そうだ、明日の部活動はそれにしよう。

 戸惑う安寿香に俺は一言放つ。

「安寿香、明日は俺の家に来い!」

「へ?」

 よし、決まりだ。明日の部活動はあれにしよう。倒れた安寿香にちょうどいいはずだ。

「なんやってえええ!」

 安寿香の大声が保健室に――学校中に響き渡った。

もも太郎が食べたい……!

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