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柳瀬千紗都のプロデュース  作者: 青山竜祐
第二話 減らしたろ
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減らしたろ 1

千紗都は待ちきれなかったとばかりにクーラーボックスを前に出す。俺は今朝のことを思い出した――。

 欠伸を噛み殺し、目元をこすっていると、朝っぱらから面白い出で立ちをしているやつがいた。何度か肩紐をずりあげている。通学鞄だけではなく、千紗都はクーラーボックスも肩にかけている。

 また面倒なことを企んでいるのではないか。こういうときは関わらない方がよさそうだから、なるべく彼女に気づかれないようにしたい。だが、クーラーボックスをかけ直せば通学鞄がずり落ち、通学鞄をかけ直せばクーラーボックスが、という悪循環を続けている千紗都。

 どことなく、俺たちを共に知る生徒たちからの視線が痛い。

 頭を掻きながら千紗都に声をかけた。

「おはよう」

 振り向いた千紗都は気味の悪い笑みを浮かべた。

「蒼介、おはよう」

 千紗都に向けて手を差し出す。

「なに?」

「持ってやるよ。どうせ部活関係だろ? だったら俺が持ってもいいと思うけど」

 千紗都は立ち止まるとボックスを足下に置いた。

「よく部活で使うものだってわかったわね」

 お前が新潟以外のものに熱心になる姿を想像するのが困難だからだ。

 とにかく俺は千紗都から紐をひったくり肩にかける。重さ自体は大したことがないものの、ボックスの絶妙な大きさに物足りない短めの紐のせいで腰に幾度となく当たる。硬いわけでもないから痛くはないが、地味に苛立ちが募る。

「ここまで歩いてきたのか?」

「さすがに今日はバスを使ったわ。やっぱりバスは快適でいいわね。バス通学の生徒はいい顔をしていたわ」

 バス通学の高校生なんて朝っぱらから眠い顔が揺れているんじゃないか。

 それに家は近いに越したことがないだろう。

 新潟市内――いや、その中でも中心部に住む千紗都を羨む人は多いだろう。俺なんて生まれも育ちも島だからな。本州ってだけでも羨ましいわ。

 しかも千紗都の住所は新潟市中央区。なんでだろうか、「中央区」という響きが素敵すぎてしょうがない。

 ……いや、俺も今は中央区民なんだけどな。

 八千代高校もかなり中心部にある学校であり、寮に住んでいる安寿香や亘希さんなんてかなりの都会人と言えるだろう。かといって俺は門限もある寮に入るのは抵抗があるから嫌なんだけど。しかも好きなもんが食えないという厄介つきだ。

「お礼を言うわ、蒼介。だいぶ肩が軽くなった。ありがとう」

「どういたしまして」

 お礼を言うときもボックスが腰にぶつかる。

 クーラーボックスだから、やっぱり冷凍ものを入れているのだろうが、一体なにを入れているのだろうか。

「それで、これの中身はなんだ?」

 尋ねられた千紗都は上機嫌になる。どことなく、信濃ちゃんと阿賀野ちゃんが浮き上がったように見える。

「お楽しみよ。放課後まで待ちなさい」

「っていうか、開ければいいのか」

 いざ、御開帳――。

「こらあああ!」

 千紗都はボックスの取っ手に伸ばした俺の指に手刀を食らわす。

「いてえよ!」

「あんた、あたしのここまで運んだ苦労を無駄にする気? これはみんなが揃ったときに開けるものなのよ!」

「悪かったって……」

 どうせ大層なものは入っていないだろうに。

「次に開けようとしたら『蒼介、待て』って犬のように扱うわよ」

「もう開けないって」

 それは周りの目が痛いからやめてくれ。

それでも機嫌を損ねず、千紗都は不器用なスキップで昇降口を目指した。なんだかこっちが恥ずかしくなるのでその場はこれ以上喋ることをやめた。

 ――というわけで、どうせ大したものではないと思いつつも、朝からここまで引っ張られては俺も中身を早く確認したいところ。

 部員五人でクーラーボックスを囲み、上部をのぞき込む。

「なにが入っているのやら」

「冷凍の鯛ちゃう?」

 安寿香はボックスを指さし、からかうように笑った。

「馬鹿、余計なこと言うなよ」

「なんでや?」

「絶対に鯛より大したものじゃないんだから、開けたときにがっかりする羽目になるだろうが」

 同意を求めるように千紗都を向くと「たいよりたいした……」と笑いをこらえていた。

 千紗都の許可を得ずにボックスを開く。

「ちょっと、勝手に」

「なんだこれ、ピンク?」

 ボックスに入っていたのは一面を覆いつくす桃色。

「アイス、やな」

「アイスです」

「アイスだね」

 みんなの言う通りアイスだった。棒アイスが端から端まで詰められている。しかも入っているのは一種類だけだ。

「これはなんだ?」

 中の一つを手に取った。

「なんだ、って蒼介知らないの! 『もも太郎』よ!」

「んなことわかってるわ! お前はそんなのをわざわざ放課後までのお楽しみって言ってたのかよ!」

 このひんやりとした感触のために俺は今日一日悶々としていたのか……。今日の範囲がテストに出たらどうしてくれる。間違えたら千紗都のせいだからな。

「まったくよう。くだらない」

 手に持ったもも太郎の包装を破く。

「なんで開けるのよ! みんなで一斉に儀式をしてからでしょ! 気持ちはわかるけど先走らないでよ!」

 お前は俺の気持ちを確実に誤解している。

 今にも崩れるのではないか、というほど簡素な氷である。久しぶりに目にすれば鮮やかな色合いとも安っぽい色合いともとれる。その絶妙さがいいのだろう。角にかぶりつき、シャキシャキと音を立てる。

 おお、やっぱりこの安っぽい味は癖になるな。

「もう、しょうがないんだから……今日はこのもも太郎の感想を言い合うこと。それじゃあみんなも食べていいわよ」

 全員がアイスを一つずつ取る。

「なあ、蒼介」

 安寿香は俺を向いた。

「どうした、鯛じゃなくてがっかりか?」

「そうやなくて、このもも太郎って有名なんか?」

「は?」

 こいつ、なにを言ってるんだ? もも太郎なんて冷凍庫を開けたら高確率で入っているアイスだろうが。

「もも太郎と出くわさずによく生きてこられたな。お前の実家は冷凍庫がなかったのか?」

「それくらいあるわ! 冷凍庫付き冷蔵庫や。めっちゃ大きいねんで。卵は二十個入るし野菜室もあるやつや。ウチが小さいころは『冷蔵庫みたいに大きくならんとアカンで』ってよう母ちゃんから言われとったわ」

「嘘つけ! どこの世界に冷蔵庫でたとえる親がいるんだよ! ってか、実物の冷蔵庫ってデカいやつはプロレスラー並みだからな。でもって、たとえるなら東京ドームとか、東京ディズニーランドとかもっとあるだろうが」

「ディズニーランドは千葉県だよ、蒼介」

 さらっと亘希さんが言った。

「またまたご冗談を……冗談ですよね?」

「千葉県の浦安市ってとこ。東京のすぐ側だよ」

 小さいころ、家族でディズニーランドに行った。夢の国なんて呼ばれているが、さすがにそこまでじゃないだろうと思っていたが、足を踏み入れると俺は本当に夢の国だと思った。佐渡にはないその夢世界に、東京の凄さを感じたのだ。俺の東京に憧れる気持ちの一部だと言っていい。

 それが、なんで。

「いや、ディズニーランドの話はどうでもええねん」

「俺が今まで……今までどんな気持ちでディズニーランドを想い続けていたと思ってんだよ!」

 東京だと思ったら千葉だぞ。もらったお年玉袋を開けてみたらなんと一万円が、と思ったら千円だったくらいにショックだろ。

「ってことはディズニーシーもか!」

「それよりもこのもも太郎やろ。このアイス、ウチは見たことあったか思い出せへんで」

 安寿香はもも太郎を食べるが、味も覚えがないようだった。

「いやいや、これは常識だって。お盆にじいちゃんばあちゃんの家に行ったら、スイカかカルピスかもも太郎のどれかが出るもんだろ」

「最後のだけは出えへんよ」

 そんな馬鹿な……それとももも太郎はじいちゃんばあちゃん世代の方が馴染みがあるのだろうか。この中で祖父母と暮らしていると言えば。

 チマチマもも太郎を食べる――というか舐めている仁菜ちゃん。

「仁菜ちゃんはよく食べるでしょ?」

 アイスを口にくわえたまま、おっかなびっくりという具合で俺から視線をそらした。

「は、はい……」

「さすがに今は安寿香の反応に驚いてほしいもんだよ」

「ごめんなさい。知らなくてもしょうがないかなって思ったので」

「そんなマイナーなものみたいに。仁菜ちゃんはよく知ってるでしょ?」

「そうですね、よく食べるアイスの一つです」

「そうだよね。そうなんだよ。安寿香、これが普通の反応なんだよ」

「うまいねんけどな」

 安寿香は得心がいかないようにもも太郎を舐める。普段ならガツガツ食べそうなのに、知らないものだからか不安そうにしている。

「亘希さんはご存知ですよね?」

「アイスは普段あまり食べないけど知ってるよ。僕はももえちゃんとかも好きだな」

 ももえちゃんなんてあったっけか。いや、触れないでおこう。知らないと俺が田舎者だと馬鹿にされかねない。

 一つ目を食い終わると、食べたりないのでもう一つもらうことにする。

 ボックスの中はまだまだたくさん詰められていた。五人でも食い切るのにどのくらいかかるのか。

 よく見たらもも太郎の包装が微妙に違っている。おおまかに二種類あった。

「千紗都、これ、なにか違いがあんのか」

 二つのアイスを両手に掲げる。

「製造会社が違うのよ。一つは新潟市、もう一つは燕市の会社よ」

「へえ、もも太郎って二つの会社が作ってたのか。ってか、新潟の会社が作ってるからわざわざ持ってきたわけか」

 千紗都が単にアイスを運んできた理由はそういうわけか。そりゃ、全国に羽ばたくもも太郎の価値を再認識するには部活動としてうってつけだな。

「これ、大阪でも売ってるん?」

「売ってないわよ。新潟だけよ」

「そんならウチが知らんのもしょうがないわ。地域限定ってやつやな」

「ちょっと待てえ!」

 全力で千紗都と安寿香の間に割り込む。

「ホワイ? もも太郎が新潟のみだと?」

「そうよ。あたしはこのもも太郎を埼玉のあのアイス以上に有名にしたいと思うのだけど、みんなはなにかいい案がないかしら?」

「いやいや、ここはもも太郎の宣伝についてじゃないだろ! どう考えても『え、もも太郎って新潟以外ないの?』って話だろうが!」

 最後の一口を食べようとする亘希さんを向いた。

「亘希さんはなんで知ってるんですか? 東京にもあったからですよね?」

「どうだろう。新潟アンテナショップならあるかもしれないけど、僕はこっちに来てから知ったよ。なんだかんだ僕も新潟に来て二年が経ってるからね。安くて美味しいから、アイスが食べたくなったときはよく買ってるよ」

「いい感じの思い出に浸る前に、俺のこの気持ちをどうにかしてほしいです」

 そうか、仁菜ちゃんは同じく新潟県民。それなら知っているのも当然だ。安寿香はこっちに来てまだ一年ほど。たまたま出くわす機会がなかったのだろう。

「安寿香、今日はこのもも太郎と出会ったことに感謝しなさい。新潟が誇る素晴らしい氷菓を評価しなさい」

 くだらないことを言ってるんじゃねえよ。

 てっきり俺はもも太郎は全国に売られていると思ったのに、新潟にしかないとも知らずに「安寿香、知らねえのかよ」って態度とっちまったよ。俺は安寿香を田舎者って感じに言っちまったんだよ。

 このもどかしさを誰かどうにかしてくれよ。

「でも不思議やな。これ、桃の味じゃなくてイチゴ味なんやもん」

 はい? イチゴ味?

 千紗都は咳払いをする。

「『もも型』と呼ばれる桃の形をした木型の枠にかき氷を詰めたの。割り箸を刺してイチゴシロップを入れた食べ物を原型にしているからもも太郎と呼ばれるの。だからもも太郎って名前だけどイチゴ味。でも使っている果汁はりんごなのよ」

「やべえ、頭が痛くなってきた」

「掻き込みすぎなのよ。もう少しゆっくり食べなさい」

 そういう頭痛じゃねえよ。

 小さいころから当たり前のように食べていたから、もも太郎がイチゴ味だと自覚していなかった。でもそうだな、今食べるとかき氷にイチゴシロップだわ。

 俺って単純な子供だったんだな。

 俺以外のみんなも二個目を頬張り始める。

「それにしても、これどうしたんだ? 自腹か?」

「親戚がたくさんくれたのよ。せっかくだからみんなで食べようと思ったのよ。満杯にしたかかったから、入りきらない部分は自分で買い足したわ」

 凄い努力だ。アホだ。

 地元のためなら自らを犠牲にする変態だ。

「それで、いい方法は思いついたかしら?」

「んなもん、全国のスーパーで売り出すしかないだろ。安寿香の地元のスーパーやコンビニに置いておけばとりあえず知名度は上がるだろ」

「やっぱりそうよねえ。どうしてもも太郎が新潟にしかないのかしら……もしかして、新潟でしか食べられないから、わざわざみんなが買いに来るのかしら」

「このアイスのために新幹線や飛行機を使う人間がどれだけいることやら」

 そういいつつも、俺は三本目に手を伸ばす。するともう食べ終えたのか、安寿香もおかわりを取った。

「お、安寿香もはまったか?」

「これ、癖になるわ」

 そうだろうよ。もも太郎は癖になるうまさなんだよ。一本目より二本目、三本目がうまくなる不思議なアイスだ。

「といっても、いくらなんでもこんだけ一気に食うと太っちまうかな」

「大丈夫やろ。氷菓子やで」

 大きな口を開ける安寿香。

 安寿香は春になってメロンパンアイスが今のマイブームだと言っていた。去年に比べ、安寿香も成長しているとは思う。それでも、なんだか成長とはいいがたい変化がある気がしてならない。

「性格とは裏腹に、丸みを帯びた気がするな」

「へ?」

 安寿香は自分の頬をペタペタと触り、全身を見渡す。今度は腹の肉をつまみはじめる。

「嘘やろ?」

「丸いほうが女性らしいと言うし、いいんじゃねえか?」

「ウチは丸くないわ!」

 安寿香は食べかけのアイスを俺の口に突っ込んだ。

「冷たっ。っていいのか、もらって」

「これ以上はウチを醜くさせるだけや!」

 まあ、安寿香がいいならもらうか。さすがの俺もこれ以上タダでもらうのは気が引けていたから、ラッキーと思うことにしよう。

 何気なくアイスを食べていると、安寿香は俺を見つめながらみるみるうちに顔を赤くする。

「おい、どうした? やっぱりアイスが食べたかったか?」

「蒼介が食べてるの、ウチの食べかけやんか!」

 ……お前が俺の口に入れたんだろうが。

「ああああああああ!」

 安寿香は俺の頬に強烈なビンタをくらわす。

「ぼへえ!」

 ただでさえ頬が痛い上に、アイスの棒が頬の内側に刺さる。

 みんな、人が棒アイスをくわえているときにビンタはやめような。

 安寿香は俺の口からアイスを引き抜くと、すぐに自分の口に入れた。食べるというより、処理をするという速さだった。食べ終わると残った棒を凝視している。

「……って、これ蒼介の!」

 安寿香はウロウロし始める。どんどん顔を赤くし、やがてみんなの注目を集めていることに気づく。

「食べてしもうたやないか!」

 もう一つおまけ、といった具合に俺の頬にビンタをした。

「ああああああああ!」

 安寿香は部室を走り去る。ひらけた扉の向こう側から、いつまでも安寿香の叫び声が聞こえる。

「どうしたんだ、あいつ」

 痛む頬をさすりながら同意を得ようと他の部員を見ると、冷たい視線が突き刺さる。

「蒼介、あんたデリカシーゼロね」

 千紗都に言われた!

「にぶちんだね、蒼介は」

 亘希さんが呆れたように俺を見ている。

「ひどいです」

 仁菜ちゃんが今にもアイスを投げつけてきそうな様子だった。

 頬の傷を癒すため、もう一つもらっていいですか? 包装したまま頬にあてるので。あと心の傷を癒したいので。

この時期のアイスの消費量といったら……。

お金は減るのに体重は増えると困ったもんですなあ。

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