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柳瀬千紗都のプロデュース  作者: 青山竜祐
第一話 田舎じゃない!
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田舎じゃない! 5/5

 予定の五分前にバスセンターの二階に戻ると、広場にはすでに三人の姿があった。ベンチで楽しそうに話をしている。彼女たちの脇には買い物袋と思しきものがある。俺たちより短い時間で即行の買い物。安寿香が強引に買い物させたのかもしれない。

「待たせたな」

「遅いわよ」

「都会な万代を堪能していたんだよ」

「ならよし」

 千紗都の隣に腰を下ろし、早速尋ねる。

「なに買ったんだ?」

「ラブラ2で服を買ってきたわ。ニーナのものをあたしと安寿香で見繕ったの」

「ちょいと万代に来て服とは思い切ったな」

「むしろ初めて万代に来たのに思い切らない方が後悔しちゃうわよ。また来たいって思わせるような思い出が必要なの」

 俺が初めてここに来たとき、なにを買ったのか全然覚えていない。というか、初めて来たのがいつなのかも記憶にない。聞いたところ、小さい頃に家族で遊びに来たことがあったらしいが、なにを食べてどこへ行ったのかわからない。

 ただかすかに残るあのときだとすれば、帰りのフェリーで腹が減ったと駄々をこね、ラーメンを食べていた記憶がある。

 俺って本当に子供だったな。

 両親はたぶん、買い物に来るたびに凄いなあ、と感心していたに違いない。

「俺にもはっきりした思い出があれば、今よりここが好きになれたのかね」

「蒼介、頭でも打った?」

「俺が昔を懐かしむとそういう発言が来る理由ってなんだよこら」

「でも、ニーナはきっと大丈夫よ」

「なんで言い切れるんだよ」

「だって」

 千紗都は自分と仁菜ちゃんの間に挟まった買い物袋に目をやった。

「これを着たら、またここに遊びに来ようって思えるわよ」

 千紗都は疑いもない笑みを浮かべた。

 短絡的な思考だ。

 だが、俺のときよりか仁菜ちゃんの方がここを好きになる気がする。

 この服屋は全国に展開している店ながら、万代にあってほしい店だ。仁菜ちゃんが楽しそうな顔をしてここで遊ぶ姿が目に浮かんだ。

「さて、買い物も済んだし帰ろうぜ」

 立ち上がった俺の肩を千紗都は掴んだ。

「待ちなさい。勝負のことを忘れたの?」

 面倒だからうやむやにしたかったのだが、しっかり覚えていたようだ。いい話で終わったんだからこのまま帰ろうぜ。今日は早く帰ってさっき買った漫画を読みたいんだよ。

 見せつけるように溜息をつき、手の平を差し出した。

「ほら、先行どうぞ」

「む、せっかくだから後攻がよかったのに……まあいっか。ちょっと待ちなさい」

 こほん、と咳払いを一つした千紗都は三人にも注意をする。

 千紗都はスマホで撮った写真をNDD専用のSNSグループに貼り付ける。

「……そうだよな」

 俺と亘希さんが喋っていた通り、建物を背景にした写真だった。結構有名なブランド店のロゴを背中に控え目なピースサインをする仁菜ちゃんと元気よく両手を上げる安寿香。千紗都は構図に凝りたかったのだろう。誰も歩いていない微妙な時間を狙ってのものだ。しかもちょっと下からのアングルになっている。ラブラ2を背景にしたそこは中々にきれいなものだった。

 所詮はカメラ初心者の撮り方だ。普通の写真に見えるが、千紗都の勝ち誇った顔を見ると褒めざるを得ない。

「よく撮れてるじゃん」

「でしょう。なんたってあたしが撮影したんだから間違いなしよ」

「千紗都も写ればよかったのに」

「それもよかったけど、やっぱり凝りたかったからね」

 これで勝ち誇れるのも無知蒙昧ゆえである。

 ちょっと残念なのは被写体の二人が制服というところか。せっかくだから私服の方が映えると思うが、放課後に遊びに来た高校生というお題なら妥協できる。

「ほら、今度は蒼介たちの番よ」

「わかったよ」

 撮影者の俺がスマホを操作し、千紗都と同様にグループに貼り付ける。

 俺も人のことが言えるほどにカメラは上手くないが、相手が千紗都ならどっこいだ。

「あ……」

 千紗都はその写真に見入っていた。

「ええやん」

「きれいです」

 安寿香と仁菜ちゃんも褒めてくれた。

 俺と亘希さんが本屋のあとに向かったのは信濃川沿い、通称「やすらぎ堤」だ。イベントがないと本当になにもない河川敷であるが、景色は見事なものだ。

 万代とは反対側にある新潟島を背景に亘希さんが歩くというシチュエーションになっている。建物を斜めに写したのは、信濃川が萬代橋に差し掛かったところで途切れるようにすることで、水の流れが永遠と続くように見せたかったからだ。

 最初は読書をしているところでもよかったが、亘希さんほどの被写体なら歩いている方が見栄えがいいと思ったのだ。楽しんだあとのひとときを彷彿とさせることにより、街の憩いの場を演出。

 こっちも被写体が私服ならもっとよかったと思うがそこはしょうがない。

「き、きれいね」

 今日が晴れていたのも幸いした。雨が降っていたらこの場所は使えなかっただろう。雨の日も風情があるのだろうが、やはり河川敷を歩くなら晴れの日に限る。

「思ったより蒼介が凝り性で大変だったよ。よっぽどメロンパンをおごりたくないみたい」

「そういうわけじゃありませんよ」

 センスで千紗都に負けたくないだけだ。

 俺がおごりたいくないとかはどうでもいいらしく、女子は三人ともまだスマホの画面に見入っていた。

「ウチも今度ここを散歩しよう」

「わたしも行ってみたいです」

「ぐぬぬ」

 千紗都は自分が負けたと思ったのか、歯を食いしばる。

「それで、仁菜ちゃんの判定で勝負だったけか。どうかな?」

 仁菜ちゃんはちらり、ちらりと千紗都を見る。

「ニーナ、あたしに気を遣わなくてもいいわよ」

「でも……」

 仁菜ちゃんは簡単に勝敗を宣言しない。それがどうやら千紗都に気を遣っているのではなく、本当に迷っているようだった。

「あのですね、阿久津あくつ先輩の写真は凄くきれいなんですけど、これで本当にいいのかなって思っちゃって」

「どういうこと?」

「都会の中にも安らげる場所がある、って感じで、これを都会的というのかがよくわからないんです。横に写ってる建物が高いし大きいから凄い街なのはわかるんですけど……」

 確かに俺が撮ったのは憩いの場だから、都会を撮ろうと思っていたわけじゃない。それなら純粋に対岸の街並みを撮影した方がよかったのだ。

 やっぱり仁菜ちゃんはよく見ている。

 こういうとき、ちゃんと平等に分析するところが彼女のいいところだ。

「引き分けって駄目ですか?」

 千紗都に懇願する仁菜ちゃんに俺や安寿香、亘希さんも同調していた。

 どうやら二つの写真を見比べている千紗都は唇を引き結んだ。

「万代の中で優劣をつけても仕方ないし、今回は引き分けってことにしておいてあげるわ」

 負けそうだったろうが。

 こうして写真対決は幕を閉じた。

 それがわかった途端、安寿香が腹を擦った。

「おごるとかなんでもええから、はようメロンパンを食べへん? ウチ、もう我慢できひんわ」

「勝負は終わったわ。好きにしなさい」

「ほんなら、ニーナも行こう。あそこのメロンパンアイスな、めっちゃ美味しいねん。世界で2番めにおいしい言うてな」

 仁菜ちゃんの手を掴んで無理やり連れて行く安寿香は、本当に写真のこととかどうでもよかったのだとわかる。

「蒼介も食べたいなら僕が買ってくるよ。団長の分も」

 俺と千紗都は目を合わせる。

「せっかくだから、お願いします」

「了解」

 亘希さんが小さくなったところで俺は口を開いた。

「満足したか?」

「消化不良よ。あたしはもっと驚いて欲しかったの」

「仁菜ちゃんだって県外に行ったことがあるかもしれないし、新潟駅だって知ってるんだぜ。そりゃ贅沢なことだ」

 佐渡を初めて出た素直な子供でも案内した方が千紗都の願いは叶うだろう。

「仁菜ちゃんは楽しそうだったし、ある意味で千紗都の勝ちだろ。俺は都会かどうかってより、楽しめる方がよっぽどいいと思うけどな」

「東京に憧れておいてなにを言ってるのよ」

「楽しめるところも多いと思うんだよ」

 それだったら、確かに都会の方がいいのか。楽しめるところが多い新潟。それこそが千紗都の好きなものなのかもしれない。

「お前が都会に拘る理由ってさ」

「都会ってどういう街だと思う?」

 千紗都の切り替えしに俺は上手く言葉が出せなかった。部室でしなかった都会の定義でも言い出すのだろうか。

「ここにある商業施設って、なくなったって生きていける。最低限生活に必要なものしかない町が田舎、無駄なものが多いのが都会なんじゃないかってさっき思ったわ。ニーナは万代を知らなくても生きてこられた。蒼介も中学までは佐渡だったわけだしね」

 当たり前のことを言いつつ、俺はなるほどと共感した。

「でもみんなワクワクしたいと思うのよ。だから娯楽が必要なの。都会の無駄って娯楽のための、みんなの努力の結晶なのよ」

 千紗都はスマホを眺めた。さっき俺が撮った写真を眺めている。

「その努力の結晶を大阪より小さいってだけでなじられたら、怒りたくもなるじゃない」

「その気持ちはわかるけどさ、お前も新潟より田舎を馬鹿にするわけだろ?」

「だから文句があればいくらでも聞くわよ。でも、もっと重要なことがあるの」

 千紗都はスマホを掲げる。

「大都市新潟には、魅力的なところがたくさんあるのよ。だから、みんなにワクワクしてもらいたい」

 いつもと同じ新潟バカっぷりを発揮しているのに、千紗都の横顔はどこかきれいだった。つい、俺はスマホのカメラを向ける。

 カシャっと音がすると千紗都は俺を向いた。

「なにするのよ」

「安寿香と仁菜ちゃんは写ってたけど、お前のはなかったじゃん。せっかくだから撮ってやろうと思ってな」

 連続撮影モードにして千紗都をパシャパシャ撮り始める。

「ちょ、ちょっと、やめなさいよ」

「新潟は都会なんだろ? 都会の女の子の写真なら最高の都会写真だ」

 顔を赤くしては信濃ちゃんと阿賀野ちゃんで顔を隠す。

「おい、顔が見えないって」

「うるさい!」

 恥ずかしがる千紗都が面白く、俺はカメラで撮影を続ける。

 すると千紗都は俺のスマホを奪い取る。撮った写真を削除されるのかと思いきや、俺の肩を掴み、自分に寄せる。

「なんだよ」

「写真に写ってないのは蒼介も同じでしょ。ほら、撮るわよ」

「んな、急に」

「はい、チーズ」

 怒声を発せられつつ、シャッター音が小さく鳴った。

 俺にスマホを返すと千紗都はそっぽを向いてしまう。

 仕方なく一人で出来映えを見る。

 突然のことに慌てる俺と、ムスっとした表情の千紗都。そのくせ彼女の左手は地味に人差し指と中指を伸ばしている。

 呆れつつも俺はその写真を千紗都に送った。

「ちょ、ちょっと待ちいや!」

 大声にびっくりして俺と千紗都は肩を震わせる。

「なんや? 二人で写真撮ってへんかった?」

 安寿香がメロンパンを片手に俺たちに迫りくる。

「ただ写真を撮ってただけだって」

「ふ、二人仲よくなにしてんねん!」

「なにを怒ってるんだよ」

「怒るわ!」

 安寿香に罵声を浴びせられつつ、俺は千紗都に言われたことを反芻する。

 これからもワクワクを感じたい。

 それはきっと簡単に体験できると、彼女たちに囲まれて確信した。

噂に聞くとですね、メロンパンはもうないかもしれないらしいんですよ……。

あれ、美味しかったんですよね……。

新潟でメロンパンって言ったら、万代のここかローサですよ。

異論は認めるどころか、情報提供していただけるならありがたいです。

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