田舎じゃない! 4/5
写真はともかく、俺と亘希さんは当初の目的から済ませることにする。
亘希さんについていった先は万代で一番大きな本屋、紀伊國屋書店だ。ラブラ万代の六階に位置するそこは、知識人たちにはなくてはならない。
そして、俺みたいな娯楽好きが立ち寄るところでもある。
が、素直に漫画本の並ぶ棚へ行くのがためらわれ、亘希さんの後ろをそのままついていく。
わかってはいたが、亘希さんの目当ては小説だった。
育ちのよさなのかどうなのか、この人はおじいちゃんなのかな、というような趣味を持っている。信濃川沿いにある「やすらぎ提」と呼ばれる憩いの場で、流れゆく川や橋を渡る自動車を眺めつつ読書をするのが好きとのこと。一度だけついていったが、そのときの恍惚な表情を見て、俺は苦虫を嚙み潰したような顔をしたものだ。
いや、だって無理だろ。どこに川沿いで読書にふけることを生きがいにする高校生がいるんだよ。
普通の高校生は家でまったりとアイスを食べながらゲームをしたり漫画を読んだりするものだろう。
しかも亘希さんが興味を示したのは小説の中でも難しそうなものだった。あれが難しいのはわかる。亘希さんが一度貸してくれたからだ。あの薄茶色の背表紙の本とか、あんなの昔の文豪が読むものだろ。
借りた俺は三行で眠ってしまった。
頭が痛くなってきたので、亘希さんから離れて当初の目的である漫画の棚に避難する。この場所こそ俺の憩いの場。娯楽万歳。
小さいころから漫画やゲームと普通の生活を送っていたし、親は親でたいして教養もないから俺に本を読めとも、勉強をしろとも言わないありがたい親である。
会計を済ませると背後で亘希さんも本を片手にレジに並んでいた。
ちらっと見えた作者名が外国人なんですが。
二人そろって店を出ると、亘希さんが訊いてくる。
「なにを買ったの?」
「漫画ですよ」
袋からさっき買った漫画を取り出す。
亘希さんはあからさまに苦笑していた。
「蒼介も大概だね」
選んだのは最近流行りの人気作品だから、おかしなものはなにもないと思うのだが。
「題名に『東京』って書いてある」
「これは……」
たまたまですよ、と言いたいが、初めて買ったときは単純に東京に惹かれてもいたので俺は黙ってしまう。
「柳瀬さんも中々の地元愛だけど、蒼介の東京信仰も負けていないね」
「話も面白いですから」
亘希さんはそっぽを向いた。どこを見ているのかその先を追うが、なにを見ているのかさっぱりわからない。
やがて亘希さんは口を開いた。
「その漫画も東京以外の県だったら売れなかったのかもしれないね」
そういわれて俺は漫画の表紙を見つめる。
「新潟……」
確かに無理かもしれない。
「できるとしたら、ニューヨークとか、ロンドンとかかな」
亘希さんは笑って「ローマやパリもいいかも」と呟いた。
たぶん、亘希さんは俺を馬鹿にしているのだろう。東京志向を悪く言う亘希さんは嫌いだった。
「東京出身の亘希さんには東京の嫌なところもあるかもしれませんけど、普通は東京っていったらなんだってあると思うんですよ」
地方に夢なんてない。安寿香の地元だって所詮は地方の一つだ。
「千紗都がおかしいんですよ。あんなに地元を好きって言えるほうがどうかしている。東京に比べたらビルは低いし、コンクリートは少ないし。遊び場だって万代よりも凄いのがたくさんあるんですよ」
新宿、渋谷、池袋。その他にもたくさんの街がある。
俺もそんな街に行ってみたい。
「日本は昔、外国から黄金の国ジパングと呼ばれていた」
唐突に亘希さんは言った。
「どこもかしこも黄金でできていたと思われていたんだ」
「俺は実際に何度も東京に遊びに行っていますよ」
「柳瀬さんも東京とか、県外を旅行しているみたいだよ」
亘希さんがまた遠くを見るようになにかを見つめる。もしかしたら、どこかにいる千紗都でも見ているのかもしれない。
「東京を悪く言うつもりはないけど、ちょっと遊びに行った程度の街よりも、慣れ親しんだ上で『いい』という団長の言うことのほうがよほど期待できるよ」
「贔屓目入ってますよ、あれ」
かもね、と亘希さんは笑う。
「そして、僕も比較した上でここを好きだって言ってる」
にっこりとした亘希さんは俺の肩を軽く叩く。
「蒼介ももっと広い視野を持った方がいいんじゃない?」
「俺は今でも、亘希さんは千紗都の洗脳を受けていると思ってますよ」
「そうかもしれない」
亘希さんは笑った。
本屋を出たところで俺たちの目的は達成してしまっている。
本を買いに行き、出たところで十五分程度しか過ごしていない。
「ところでどうします? 千紗都の言っていた勝負のこと」
「カメラは詳しくないから、正直なところ、万代の建物を撮ればそれでいいと思ってるんだよね」
「ですよね」
どうせ千紗都たちもその辺の景色を撮るだけだろ。たとえこれが東京だろうが佐渡だろうが同じだと思う。
「メディアシップの展望室にでも行く?」
高層ビルからの景色なら、千紗都の言う大都市の景色が一望できるが、もう少し時間と心に余裕があったほうがいい。
「さすがに面倒じゃないですか? あいつの戯言のためにわざわざ写真撮るためだけに行くのは嫌ですよ。もっとゆっくりできるときの方がいいです」
「確かに今行ってもすぐ戻る羽目になるね……」
都会的か……。
俺はスマホを取り出し、「新潟 都会 写真」で検索する。
わかってはいたものの、万代や、信濃川の向こう側である新潟島ばかりだ。確かにこうして見れば都会と言えなくはない。その中でも俺たちが今から行けるいい感じの場所となると……。
「亘希さん、ちょっとついてきてもらえますか?」
「いい場所が見つかった?」
「都会的っていうとよくわからないんですけど、あそこでいいんじゃないかと」
俺たちは万代の北側を目指した。
この小説を書く前は新潟について調べに調べた思い出がありましたね。
まだまだ歴史も文化も知らないことがたくさんある。
さすが新潟、奥が深い。